【コラム】ペンギンの見た戦争。フォークランド諸島の硬貨に託された「羨望の念」とは?

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今年4月から10月にかけて、世界的に珍しいカラー着色のコインがとある地方政府から発行されている。イギリス領フォークランド諸島政府の50ペンス硬貨だ。4種類のペンギンが、まるで絵画のような色合いでそのままコイン表面に刻まれている。

南アメリカ大陸と南極に近い位置にあり、人口3000人程度、日本の新潟県とほぼ同じ面積のフォークランド諸島は、「ペンギンの首都」と呼ばれている。数種類のペンギンが共存する、世界でも極めて特異な場所なのだ。寒冷な気候の大地に群れを成して生活するペンギンは、フォークランド諸島のシンボルとなっている。

フォークランド諸島のペンギン

だがその裏には、血みどろの争いの歴史が絡んでいる。1982年3月、フォークランド諸島の領有権を主張するアルゼンチンは突如としてこの地域への侵攻を開始した。それをきっかけに、当時のイギリス首相マーガレット・サッチャーは機動艦隊のフォークランド派遣を決定する。ここに「フォークランド紛争」の幕が切って落とされた。

当初、世界最先端の装備を有するイギリス海軍が圧倒的勝利を収めると誰もが予想した。ところが蓋を開けてみれば、防空能力の欠如が露呈したイギリス軍艦船はアルゼンチン空軍の攻撃により次々と沈められた。とくにアルゼンチンがフランスから購入した対艦ミサイル「エグゾセ」は、当時最新鋭の駆逐艦「シェフィールド」と大型コンテナ船「アトランティック・コンベアー」を難なく海の藻屑にしてしまったのだ。

こうして戦況は混沌を極める。イギリス軍は各所で上陸戦を強行し、それを察知したアルゼンチン軍が容赦ない爆撃を敢行する。その最中にイギリス軍の揚陸艦「サー・ガラハド」が沈められ、多数の兵が氷点下の海に投げ出された。

どうにかその爆撃を乗り越えたイギリス軍兵士は、次に徒歩での長距離行軍と大口径機関銃の狙撃に悩まされることとなった。これはもはや「紛争」ではなく「戦争」である。イギリスとアルゼンチンにとって、1982年のフォークランドの光景は地獄絵図に他ならない。

戦争の歯車に巻き込まれた両軍は、各島のあちこちに地雷を敷設した。フォークランド紛争はイギリス軍の勝利に終わったが、その傷跡はあらゆる所に今も残っている。数万とも言われる地雷は現在に至るまで撤去されず、フォークランドからの帰還兵が精神疾患に苛まれ自殺するということも続発している。

地雷により立ち入り禁止となっているエリアを歩くペンギンたち – フォークランド諸島

ところが、そんな人間たちを横目にフォークランドのペンギンは大繁栄を遂げた。対人地雷は、ペンギンの体重では作動しない。撤去不可能の地雷原が、そのままペンギンたちの住処となったのだ。ここにいれば、人間に乱獲されることはまずない。

イギリスはフォークランド諸島の実効支配と引き換えに、未来永劫人間の住めない場所を作ってしまった。そこにペンギンたちが自治政府を設立したのだ。

その経緯を最も理解しているのは、現地の住民だ。いくらでも回避する方法があったはずの戦争に手を出した人間とは違い、ペンギンは種類の壁を乗り越えて同じ土地での共栄共存を達成している。

フォークランド諸島政府発行の着色50ペンスは、ただ単に「ペンギンは地域のシンボルだから」という理由で作られたわけではない。地球唯一の文明動物であるはずの人間が、ペンギンに対して一種の羨望を抱いているのだ。手のひらの中のコインから、人々の願いがはっきりと聞こえてくる。

【参考サイト】フォークランド諸島政府公式サイト