「誰もが“聴こえる”音楽フェス」がみせる、SDGs達成後の未来とは?

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野外フェスやコンサートホールの後方部にいると、音がよく聞こえずストレスを感じた経験はないだろうか。まして、聴覚障害を持つ人であれば、日々その聞こえにくさと向き合い、ライブやコンサートを楽しめないのが当たり前になっているだろう。このような現状を変えようと、2017年10月21日、横浜で「Sooo Sound Festival」が開催された。音の明瞭度を高めクリアな音を出すことができるSONORITYというスピーカーを用い、野外フェスで後方にいる人だけではなく、伝音性難聴や感音性難聴の方でも”聴こえる”ライブだ。

フェス当日は台風接近であいにくの雨であったが、屋外でも音割れすることなく音楽はクリアに聞こえた。難聴の方にも音が聞こえ、音が完全に聞こえない聴覚障害を持つ方でも、スピーカーに耳を当てると、音と認識できたようだ。夜は、プロジェクションマッピングで漫画のオノマトペ(擬音)をプロジェクターで映して音を視覚で感じてもらう体験をすることもできた。音楽が好きで参加した人、たまたま音が聞こえたから見に来た人、友達が出演しているから応援に来た人、聴覚障害の団体で働いている人など、様々な人が集まっていた。

ライブテント前にいる観客

HyLø.IsE

横浜みなとみらいで雨の中ライブを見ている観客

Nagisa Mizuno

実は、この音楽フェスは、SDGsが達成されたあとの世界を想像し体験する「ソーシャルフェス®」というプロジェクトの1つなのだ。SDGsとは、国連サミットで採択された2016年から2030年までに達成すべき持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)のことで、途上国だけではなく、世界中のすべての国と人類に適用される貧困撲滅や環境保全など17のユニバーサルな目標だ。今回のフェスは、SDGs10「国内及び各国家間の不平等を是正する」のTarget2「2030 年までに、年齢、性別、障害、人種、民族、出自、宗教、あるいは経済的地位 その他の状況に関わりなく、すべての人々の能力強化及び社会的、経済的及び政治的な包含を促進する。」を達成した後の世界を表現している。

みなとみらいという多様な人種、属性の交差点となる場所の広場を貸し切り、誰にでも聴こえる音で世界的なアーティストのライブが楽しめる無料の野外音楽フェスは、すべてクラウドファンディングと個人の持ち出しにより資金が賄われた。人種、障害、経済的地位を乗り越えてひとつになる未来は、大資本の投入ではなく個人の小さな善意の母数が増えたときに、現象として自然に起こるものだろうという、希望的な未来観測がフェスを成り立たせた。

一見関連性がなさそうな音楽フェスとSDGsをつなぐ同イベントを主催したOzone合同会社 の代表雨宮氏に、今回のフェスのきっかけから今後の展望までいろいろなお話を伺った。

Ozone合同会社代表雨宮氏

HyLø.IsE

インタビュー 「平和につながるフェスの魅力とは」

Q: フェスに注目した理由は?

課題の啓蒙や仮想敵との対立扇動ではもう、ぼくらの世代は動かないと思うのです。例えば「貧困」という課題を、知らない人の方が少ない。重要なのは「知ってる」ことではなくて「やってる」ことで、情報過多なこの時代は「知らない」のではなくて「知っているからこそ」壁があまりに大きすぎて立ち竦んでしまうんです。

それに構造が複雑化しすぎていて、戦うべき敵すら存在しないので、フランス革命のような革命はもう起きません。ならば壁の先の世界を仮想的に体験できるプログラムをつくって、ワクワクの引力を使った方が効果的かもと思いました。そしてそれこそがフェスでした。

そもそもフェスティバルカルチャーは欲しい未来を実現したい若者たちによるムーブメントから派生していきました。80年代のグラストンベリーフェスティバルでは既にソーラー発電を用いた音響システムが実用され、自転車発電によるDJブースなんかもありました。彼らはそれをグリーンフューチャーと呼んでいましたが、今自分がやっていることと変わらないことをやっていたわけです。なので「ソーシャルフェス®」とかいって格好つけてますが、実のところ、原点回帰ですね。

Nagisa Mizuno

Q: SDGsのような国際問題に興味を持ったのはいつ頃か?

大学時代は教育の領域で活動していたのですが、教育というものについて考えていると「この世の中結局何が正しいのか」なんて考えはじめてしまいます。国際問題や環境問題に行き着いたのは、そんな問いの最大公約数的正解みたいなところでもありますし、それ以前に存在するすべてがご機嫌な方が自分もご機嫌でいられますし、課題を見て見ぬふりをすることのほうが難しかったということもあります。

Q: 国際問題の中でも、SDGsに焦点を当てた理由は?

例えば、フェス×平和やフェス×福祉は、すでに様々な場所で実行されていますが、少し曖昧でフワフワしていると感じていました。しかし、SDGsはターゲットがはっきりし、期限が定まっているため、より具体化しやすいと思いました。SDGsを掲げることで、逆に楽しいという入り口だけでは来ない人も来てくれます。例えば、SDGsを教育している人たちがフェスと組み合わせるやり方があるんだと見に来られ、新しいアイデアを持ち帰られた、なんてこともありました。

Q: ソーサウンドフェス以外にも、他のSDGsとフェスを組み合わせたソーシャルフェスを実施されているが、それぞれのアイデアを思い付くきっかけは?

ソーシャルフェス®はいくつか定義があり、製作フローを体系化しています。しかし、ここではお伝えしきれないのでざっくり言うと、過去と未来、想像と創造を行き来するような感じです。基本的にはまず、各ゴールに対する課題を調べます。それから、実際にそれが課題なのか、課題が解決された後の未来はどうなっているのかを現場でその課題に取り組んでいる当事者の方と話し合います。今回のフェスを考える時も、難聴の方と会ってたくさん話し、目標が達成された後の未来を想像することでアイデアが浮かんできました。

その中で、難聴の方を特別扱いしない、ということには気をつけました。難聴でかわいそう、お金がなくてフェスに行けないみたいでかわいそう、だからやるという態度ではなく、「誰でも来れてみんなに聴こえる音のほうがいいでしょ?だってその方が楽しいから」という態度でいたくて。

DJをするエコビレッジ村長さん

HyLø.IsE

Q: これまでの参加者の声は?

入り口にSDGsを見せることはほとんどないので、SDGsのような目標が定められていることを初めて知ったというような声はありました。例えば、今夏は有機野菜畑を泥だらけにして、野菜が生まれた場所に埋まりに行くをテーマにマッドランドフェスというものを開催しました。これは、SDGs12「つくる責任 つかう責任」のあとの世界を表現しました。畑を地産地消のレストランにして、フードロス、マイレージのない世界を表現したり、プラコップがつくられる際に発生するCO2と同じ重さの重りを足につけてもらって、地球温暖化を体験してもらい見える消費をつくったりしました。初回だし「食べ物を無駄にしないようにする」くらいコメントがあればいいかなぁと思っていたのですが、参加者からは、「自然と生命が一体となれた」、「魂が抜ける感覚がした」というぶっ飛びコメントがあり、SDGsで言語化された字面上のターゲットを超える次元のものを感じてもらうことができたと驚きでした。そして、そこまで行き着けるのがフェスの力強さなんだと思います。

Q: 参加者にどのような変化を生みたいか?

実は、僕個人としては参加者に対して何か変化を促す意識はないんです。想像と創造の機会を最大化して、自由を保障するような環境づくりのもと、有機的なコミュニティが生まれるデザインさえできていれば、健全な批判精神と然るべき変化は起きていきます。希望らしきものを確かめながらつくり続け、新たな文明開化の選択肢と実現可能性を増やし続けるだけですね。

Q: 雨宮氏にとって平和な世界とは?

平和な状態を定義することは難しいですね。例えば、内戦の終結活動をしてノーベル平和賞を取った人がいる一方、自分の国の兵士がこれ以上傷つくのが嫌で平和を望みたいから毒ガスを作った人もいます。でも結果として大量の人が殺されているわけです。それだけ平和というのは、時代背景や人の思想によって意味が異なり、定義するのが難しい概念だと思います。

ただ、一つ言えることは、一人ひとりの心持ちや認識の仕方ではないでしょうか。自分の心が平和でないとその平和な状態を他人とシェアできないと思います。あとは、なんにせよ安心があることですかね。明日寝る場所があること、食べるものがあること、側にいてくれる人がいるということ、そういう安心を感じられることが、平和な心持ちには大事ではないかと考えています。

Q: 今後どのようなプロジェクトを行っていきたいか?

このソーシャルフェス®というプロジェクトは2030年までに17個のフェスをつくることを1つの目標にしているのですが、それに向けてそれぞれの課題に取り組む企業やNPOとコラボしてどんどん生み出していければと思います。あとソーシャルフェスの作り方ワークショップも展開していて、エデュテイメント型SDGs教育として教育機関や企業研修にぜひ採用いただけないかなと思ってます。また来年には「サイレントライブハウス」なる概念をリリースして展開していこうと思っています。

インタビュー後記

世界平和や国連の持続可能な開発目標と聞くと、達成への道のりが長く実現不可能に聞こえるかもしれない。しかし、フェスでみんな一緒に音楽を楽しむことで、社会の「マジョリティ」、「マイノリティ」、「健常者」、「障害者」というカテゴリーは関係なく、平等な機会が与えられたSDGs達成後の世界に価値を感じるようになるのではないか。このようなSDGsに対する気づきの積み重ねと広がりが、大きな目標達成への一歩になっていくのだ。

横浜みなとみらいの観覧車とライブ会場

HyLø.IsE

【参照リンク】Ozone
【参照リンク】ソーサウンドフェスティバル
【参照リンク】外務省 SDGs(持続可能な開発目標) 持続可能な開発のための2030アジェンダ
【参照リンク】Universal Sound Design SONORITY
(画像:HyLø.IsE / Nagisa Mizuno)

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