お金以外の価値を問う。「機会」「理解」「交換」で入札する、ポスト資本主義オークション

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もし自分が金持ちになれたら、アートコレクターになりたいと思っている。共に生きたいと思える運命の作品に出会えたら幸せだ。そんな私が今回取材にうかがったのは、2月14日に横浜市開港記念会館で開催された「ポスト資本主義オークション」だ。

このオークションは北京出身のアーティストであるジンイ・ワン氏によって発案され、お金だけではなく「機会」「理解」「交換」でも入札することができるのが大きな特徴だ。

新たな通貨「機会」「理解」「交換」とは

「機会」「理解」「交換」で入札できるとは、どういうことなのか。まず「機会」のカテゴリーではアーティストへの支払いとして、キャリアの機会を提供することができる。例えば学芸員の人が、アーティストに個展の機会を提供するといった具合だ。

次に「理解」のカテゴリーでは、入札者が作品に対する気持ちや理解を表したり、個人的な解釈を加えたりすることで、自分が作品の正当な所有者になり得るとアーティストを説得することができる。

そして「交換」のカテゴリーでは、入札者がモノの交換を提案することができる。船や本といった有形のもの、法律相談やアーティストの制作補助といった無形のもの、自分の作品などアーティスティックなものとの交換を交渉することが可能だ。

入札者全員が内容をプレゼンしたあと、最終的にアーティストが落札者を決める。なお、アーティストは全ての入札を却下することもできる。

入札方法を説明するシーン

パフォーマンスにとどまらない、リアルを追求したイベント

オークション後のディスカッションで、ジンイ・ワン氏が「“パフォーマンス”ではなく“パフォーマティブ・イベント”と呼ぶことにこだわった」と話していたが、まさにポスト資本主義オークションはリアルさを追求したイベントだった。

入札内容には全て拘束力があり、落札されればアーティストとの間に正式な契約が成立する。そのため会場には弁護士が同席しており、また本物のオークショニアがオークションを進行した。

真剣なオークションだったが、ユニークな入札内容が多くて会場は笑いに包まれることが多かったし、アーティストやアドバイザー(作品に対する見解を示したり、入札するにあたっての助言をしたりする人たち)も全体的に格式ばらない人が多く、高慢でスノビッシュな雰囲気のない素敵なオークションだった。

オークションのタイトルとアドバイザーたち

私を落札して!さまざまな口説き文句

ポスト資本主義オークションでは、入札者がひとりずつマイクを持って入札内容を発表した(手話で発表した人もいた)。これはアーティストに自分を選んでもらうようアピールする、絶好のチャンスだ。

個人的に特に印象に残ったのは、ティム・エッチェルス氏が出品した刺青という形式での作品の入札だった。作品の購入者は「SKIN SINK INK KIN SIN IN」という6つの単語からなる刺青を自らの皮膚に彫る責任を負うため、ハードルが高くて入札者が現れないのではないかと心配したが、蓋を開けてみれば7名あまりの入札者が集まってかなり人気だった。

ティム氏への口説き文句も様々で、「私はこの刺青を顔に入れます」と言う人や、「自分はトランスジェンダーで、SINとKINという単語にシンパシーを感じました」と言う人、「私はダンサーではありませんが、私の踊り1分と交換させていただきたい」と言う人などがいた。

オンラインでオークションに参加する、ティム・エッチェルス氏

また、岡﨑乾二郎氏が出品した「制作ノート引換証」を落札した人物の口説き文句も魅力的だった。実際には代理人が会場で手紙を読み上げたのだが、この人物は岡﨑氏の制作ノートが登場する小説を書くとアピールした。手紙の内容を一部抜粋すると、次のようなものだった。

「私はこれまで実際にあったことを小説に書いたことがありません。実在する人物、経験したことを書いたことがありませんから、この小説もそうなります。ただし、そんな私の書くフィクションの中でこの制作ノートだけ、現実に存在しています。この小説は、実在する制作ノートの存在抜きに存在できません。また逆に、私の小説があることによって、この現実の制作ノートも何らかの影響を受けることになるでしょう。記述されることによって、小説というフィクションの中に制作ノートは場所を持つことになります。」

制作ノート引換証の入札で、誰を選ぶか迷う岡﨑氏(オンライン参加)

フィクションの中にひそむ現実。そして、フィクションの影響を受ける現実。この手紙の内容は、結果的にポスト資本主義オークションの核心を突く言葉となったと思う。ポスト資本主義オークションは実験的なパフォーマンスの要素、すなわち虚構を含んでいるが、そこで行われる取引は全て現実だからだ。

ポスト資本主義オークションは、オープンで敷居が低いのか?

ポスト資本主義オークションは、オークションへの参加経験の有無や、アートへの造詣の深さを問わず、興味のある人なら誰でも参加できることを謳ったオークションだ。確かに従来のオークションと比較して入札方法が多く、最低入札価格も無いから、入札内容に拘束力があることさえ覚悟していれば、誰でも入札はできる。

実際、「私はアート作品を買ったことがなくて、今回はチャンスだと思いました」と1,000円を入札したり、「ディナーをごちそうします」と提案したりと、お茶目なオファーは割と目立った。

ただ、作品を落札するハードルは決して低くはなかった。今回は5組のアーティストが参加し、計8点の作品が出品されたが、そのうち2点においては全ての入札が却下された。契約が成立した作品についても、当然その背後には採用されなかったオファーが数多く存在する。

アーティストにしてみれば、どれも魂を込めて制作した大切な作品だ。作品に対する相応の敬意と愛を示してくれる人に譲りたいと当然考えるし、そこにはお金も含まれる。

また、オークションは結構スピーディーに容赦なく進んでいくものだ。今回は前半部分に時間がかかってしまったこともあり、途中からオークショニアが入札者に対し内容を簡潔に説明するよう指示することが、たびたびあった。ひとりひとりに10分も20分も交渉時間が与えられるわけではないし、アーティストは落札者を1人選ぶにせよ、全て却下するにせよ、必ずその場で決断をしなければならない。

限られた時間内で、自分が提供できる価値を簡潔かつアーティストの食指を動かすようにプレゼンするのは、とてもスキルのいることだ。普段からアート界に属する人にしてみれば、美術史などに言及しながら作品への知的な理解を示すことなど当たり前だが、その「当たり前」は会場にいる人全員が共有するものではなかっただろう。

取材を終えて

ポスト資本主義オークションを見学する前の自分は、全然考えが足りなかったと感じた。事前に入手できる情報を読んだときは、「お金vsそれ以外の価値」という二項対立について考えるイベントだと単純な理解をしていた。だが実際に見学してみると、オークションのルールだけでなく出品された作品にも考えさせられたし、度肝を抜かれた。

例えばBCLが出品した「Ghost in the Cell/Heartbeat」は、すごかった。なんせ初音ミクのDNAデータを作成し、人工的に作り出した心筋細胞に組み込んだ作品だ。会場では、初音ミクの心拍を取り出した映像が流された。言わずもがな、あの音声合成ソフトのキャラクターである初音ミクだ。バーチャルなものが現実との間にある壁を突き破って、ぬうっと眼前に現れたような奇怪な光景だった。驚きで自分の脳細胞が溶けていきそうだった。

こうしたコンセプチュアルな作品の数々から分かるように、ポスト資本主義オークションは、アートの中でも現代アートを扱うオークションだった。ポスト資本主義を掲げている点もそうだが、極めて現代的で、未来への広がりを感じられた。

【参照サイト】ポスト資本主義オークション

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