アムステルダム市内西部にあるスローテル湖。賑やかな中心地から自転車で30分もかからない場所にある、緑に囲まれ、鏡のような水面が広がる静かな湖だ。
その湖の上を、小さな三角屋根の家のような船が滑るように進んでいく。近づいてみると、それは湖に浮かぶ薪サウナ。名前は「Warm Hearts Sauna(ウォームハートサウナ)」。アムステルダムの湖に浮かぶ、アムステルダム初のサウナボートだ。
中に入ると、薪で温められた木の空間が広がっている。船は湖をゆっくりと回遊し、熱くなった頃に停まる。扉を開けると、目の前には冷たいスローテル湖。そのまま水面にどぼんと飛び込む。身体が冷えたらまたサウナへ戻る。緑がきらめく湖の上で、熱と水、静けさと会話を行き来していると、時間の感覚がほどけていく。

筆者撮影
しかし、このサウナが特別なのは、湖に浮かんでいるという点だけではない。このサウナに乗るために必要なのは、お金ではなく「誰かのためにした善い行い」なのだ。
Warm Hearts Saunaのミッションは、優しさを広め、人々がコミュニティの一員であると感じられるよう支援すること。これまでにアムステルダムで800件以上の善行が生まれてきたという。
たとえば、近所の人を助ける。公園のごみを拾う。誰かのために料理をする。環境や他者のために小さな行動を起こす。そのストーリーを持ち寄ることで、人々はこのサウナに参加できる。
つまりここは、「優しさによって動くサウナ」──料金の代わりに、利用者は他者や地球のための善行を行う。ここで循環しているのは、善意そのものなのだ。
「居場所」から生まれたサウナ船
アムステルダムは、世界中から人が集まる多様な都市だ。しかし、人が多いことと、人と人がつながれることは同じではない。オランダ統計局(CBS)によると、2023年にはオランダの15歳以上人口の10.8%が「強い孤独」を感じていた。これは新型コロナ以前の2019年の約8.7%より高い水準だ(※1)。また、オランダ国外で生まれた人々のあいだでは、その割合が約19〜20%とさらに高い(※2)。
多様な人が近くに暮らしていても、必ずしも出会うとは限らない。だからこそWarm Hearts Saunaは、こうした都市の課題に対して、大きな制度やキャンペーンではなく、小さなサウナ船から応答しようとした住民たちの試みだ。サウナを新しいアトラクションとしてではなく、都市の中で人が出会い直すための小さな公共空間として立ち上げられた。
始まりは、オランダに暮らすフィンランド出身のエルサ・ハヴァスさんだった。エルサさんはよくスローテル湖に泳ぎに来ていた。彼女は同じようにこの湖で泳いでいたオランダ人のフランス・ハイゼントフェルトさんと出会い、「フィンランドのように、この場所にもサウナがあったらいいのに」と話したという。それなら、つくってみよう。そうして構想が始まった。
エルサさんはオランダに来た当初、仕事もなく、オランダ語も話せず、この国のこともよく分からなかった。けれどスローテル湖で泳ぐことで、友人ができたという。彼女にとってこの湖は、単なる水辺、自然の空間ではなく、「居場所」であり、人と言葉を交わす場所だった。
だからこそ、人とつながりのできるこの場所にサウナがあったら良いのに、と感じたのだという。

三角屋根でアムステルダムの湖の上を進むサウナボート。ボランティアのスキッパー(船頭さん)が運転する。(写真提供:Warm Hearts Sauna)

アムステルダム750周年のプログラムであるAmsterdam 750に採択されたことでプロジェクトは2024年冬大きく前進した。(写真提供:Warm Hearts Sauna)
なぜサウナは人をつなぐのか
フィンランドでは、サウナは単なる入浴施設ではなく、暮らしの一部として根づいている。家庭や公共施設、湖畔のコテージなどにサウナがあり、人々が同じ熱の中で時間を共にする文化がある。2020年には、フィンランドのサウナ文化がユネスコ無形文化遺産にも登録された。
フィンランド教育文化省は、サウナ入浴が人々の平等と相互尊重を促進するものだと説明している。それではなぜ、サウナは人をつなぐのか。
それは、ただ同じ部屋に人が集まるからではない。サウナでは、服装や肩書きによる差が薄れる。同じ熱さに耐え、同じタイミングで外へ出て、同じ水に飛び込み、また同じベンチに戻ってくる。熱くなる、冷える、また温まる。その反復が、初対面の人同士にも共有体験をつくる。
公共サウナを「サードプレイス」として分析した学術研究では、サウナの熱、ベンチ、空間の狭さ、沈黙、会話、入浴のリズムといった物質的・社会的要素が組み合わさることで、独特の社会的な雰囲気が生まれるとされている。
家でも職場でもない第三の居場所では、効率や成果を求められず、偶然の会話やゆるやかな関係が生まれる。サウナには、話してもいいし、話さなくてもいい空気があり、沈黙が不自然ではない一方で、会話が始まると、思いがけず深い話になることもある。
その上、Warm Hearts Saunaでは、会話の入口が「何の仕事をしているのですか」ではない。「どんな善い行いをしたのですか」なのだ。隣人のためにケーキを焼いた話。ごみ拾いをした話。誰かを助けた話。そうした小さな行為が、見知らぬ人同士の最初の会話になるのだ。
アムステルダムのボランティア支援団体VCAの取材で、Warm Hearts理事長のアドリアーン・ファン・デル・レリー氏はこう語っている。
「サウナは私たちの取り組みの中心にあります。でも、サウナそのものが目的ではない。出会いこそが目的なのです」

ウナの本場中央フィンランドのHarvia社製薪サウナストーブを搭載したWarm Hearts Sauna(写真提供:Warm Hearts Sauna)
Warm Hearts Saunaは、たしかにサウナである。けれど同時に、移動するコミュニティスペースでもある。地元住民、ボランティア、新しくオランダに来た人々、難民、移住者、普段なら出会わない人たちが、同じ熱の中で隣り合う。
誰もやったことがないことを、湖の上で実現するまで
ただし、この小さな三角屋根のサウナ船が湖に浮かぶまでの道のりは、決して簡単ではなかった。
エルサさんたちは当初、地域予算へ構想を申請したが、最終的には落選した。それでも諦めず、自費で活動を始め、イベント用のレンタルサウナを使って実験を重ねた。仲間を集め、スポンサーを探し、Warm Hearts Foundationを立ち上げ、Amsterdam 750の助成金も得て、ようやく建設へと進んだ。
誰もやったことがないことをやる難しさは、アイデアの面白さだけでは乗り越えられない。ましてやそれは、「湖に浮かぶ船」であり、「薪を燃やすサウナ」であり、「人を乗せて航行する場所」でもある。安全基準、水上利用許可、消防、船舶規制、保険。実現には、さまざまな制度やルールを一つずつ確認し、手探りで道をつくっていく必要があった。
Warm Hearts Saunaは、サウナブームの中の新しいアトラクションではない。市民が自分たちの手で都市の中に居場所をつくる試みなのだ。
オランダ在住の建築家で、『アムステルダム ボトムアップの実験都市』(学芸出版社)の著者でもある根津幸子さんは、Warm Hearts Saunaの立ち上げ当初からこのプロジェクトに関わってきた。
根津さんは、このサウナ船を通して見えてくる「場所の使われ方の変化」についてこう話す。
「もともと水辺を使っていたのは、泳ぐ人やボートスクールの人たちくらいでした。でも、こういうサウナができることで、湖がもっといろいろな人に開かれていく。場所の価値を、そこに住む人たちが共有しながら使い尽くしている感じがします」

ひととひととをつなぐWarm Hearts Sauna。写真左手前は今回取材に応じてくれた根津幸子さん。(Photo via Warm Hearts Sauna)
地元の人たちは、一定の金額を寄付することで貸し切り利用もできる。その収益は、誰もが参加できるこのソーシャルサウナの運営に充てられる。寄付、ボランティア、善行、助成金。複数の支えが組み合わさることで、この小さな船は湖の上を進み続けている。
オープンは2024年。アムステルダム750周年の文脈のなかで大きく前進したこのサウナは、街への贈り物でもある。
ただし、それは記念事業として外から用意されたものではない。湖で泳ぐ人たちが出会い、この場所に必要なものを考え、少しずつ形にしてきたものだ。根津さんは、このプロジェクトを「他の街で流行ったものをそのまま持ち込む」こととは違うという。
「他の場所からそのまま真似して、商業施設を入れて終わり、ということではないんです。その場所が持っている良さを見つけて、それを楽しむ人たちが集まって、使いながら育てていく。そういうまちづくりのあり方が、ここにはあると思います」
都市に必要なのは、必ずしも大きな建物や新しい商業施設だけではない。
偶然隣に座った人と話せる場所。肩書きを脱いでいられる場所。自分が誰かの役に立てると感じられる場所。見知らぬ人と、ほんの少し温度を分かち合える場所──Warm Hearts Saunaのチームが湖につくったのは、そんな「居場所」と、人と人とのつながりを温め、つむぎ直す、小さな善意の循環なのだ。
※1 Statistics Netherlands (CBS) “1 op de 10 mensen sterk eenzaam in 2023”
※2 Statistics Netherlands (CBS) “Gevoelens van eenzaamheid in 2023”
【参照サイト】Warm Hearts Sauna website
【参照サイト】VCA Nederland
【参照サイト】Ministry of Education and Culture, Finland “Finland’s sauna culture inscribed on UNESCO Intangible Cultural Heritage List”
【参照サイト】UNESCO Intangible Cultural Heritage “Sauna Culture in Finland”
【参照サイト】Leipämaa-Leskinen, Mikkonen, Heiskanen et al. “Socio-material Construction of Public Saunas as Third Places” Journal of Place Management and Development
Edited by Erika Tomiyama






