「10年後の出口」が、働く人の情熱を奪う。デンマークの投資会社が、短期成長のルールを書き換える理由

2026.07.23

【特集】私たちの「働く」は、どんな社会を再生産しているのか?

私たちが人生の多くの時間を費やす「働く」こと。それは単に生活費を得るための手段であるだけでなく、私たちが社会に変化をもたらしたり他者とつながったりする身近な手段の一つです。しかし今、多くの人々が数字に追われ、規則に縛られる中で、本来のやりがいやパーパスを見失いそうになることもあるかもしれません。そうした問題を、組織として、あるいは社会のシステムとして、乗り越えることはできるのでしょうか?本特集では、このモヤモヤを個人の問題として片付けるのではなく、組織、ひいては社会のシステムを規定する「ガバナンス」というレンズを通して見つめ直します。

資本には、時計がある。

投資契約に埋め込まれた「いつまでに売却するか」という期限。四半期ごとの報告。何年後までに何倍に成長するかという目標。その針が早く回るほど、起業家は早く伸びることを求められ、農家は土地を短い期間で収益化することを迫られる。

しかし、土には別の時計がある。微生物が育ち、水を蓄え、作物と人の関係が根を張るまでには、季節だけでなく世代をまたぐ時間が必要になる。土の再生に必要な時間は、そこで暮らし、働く人が学び、信頼を育み、営みを続けるための時間とも切り離せない。気候危機や生物多様性の損失に向き合う事業が、こうした時間を持てないまま、なお短期の「出口」に縛られていたら、何が起きるだろうか。

デンマークのPlanetary Impact Ventures(プラネタリー・インパクト・ベンチャーズ)は、資本の時計を土の時間に合わせ直そうとしている。同社が運営するのは、食と農業の転換に挑む企業へ投資する「Venture Fund」と、農地を取得し、有機・再生型農業や自然再生の担い手へ貸し出す「Soil Fund(土壌基金)」という、役割の異なる二つのファンドだ。いずれも、満期にファンドを清算するエバーグリーン型を採用している。ファンド自体は継続しながら、個人投資家には5年後から退出の機会を設け、成功報酬として一般的なキャリード・インタレスト(ファンド運営者に配分される成功報酬)を設けないことも掲げている。

「私たちがまず問うべきなのは、資本が何のためにあるのか、ということです」

そう話すのは、同社の創業者でマネージング・パートナーを務めるThomas Høgenhaven(トーマス・ホーゲンハーヴェン)氏だ。投資は、会社を速く大きくするだけの道具ではない。誰が働き続けられるか。誰が土地にアクセスできるか。どんな食が次世代に残るか。資本の設計は、そうした条件を左右している。だからこそ、資本の設計はガバナンスそのものになる。

本記事では、短期の売却を前提にしない二つのエバーグリーン型ファンドを運営するPlanetary Impact Venturesの実践を追う。投資契約、目標利回り、報酬、取締役会の構成といった数字の背後にあるルールを変えることで、資本はどこまで事業の志と、そこで働き、土地を耕す人々の時間を守れるのだろうか。

Planetary Impact Ventures 創業者、マネージング・パートナー、投資委員会メンバーである、Thomas Høgenhaven(トーマス・ホーゲンハーヴェン)氏 | Photo by Justine Høgh

投資契約書の「18ページ目」が奪うもの

トーマス氏がこのファンドを立ち上げる前、環境分野のスタートアップを率いる多くの起業家たちに話を聞いて回ったときのことだ。起業家たちの多くが、ある共通の絶望を抱えていたという。

「創業者たちは、紙の契約書を取り出したり、パソコンで契約書を開いたりして、18ページ目あたりを指差すのです。そこには、ファンドの売却期限が書かれていました。彼らは『私はこんなことを望んでいなかった。いま、あるいは2年後に会社を売りたいわけではない。誰に会社が売られるのかを、自分ではコントロールできない』と話します。

彼らは、社会を変えるために会社を立ち上げました。ところが、ファンドに売却期限があると、投資家は期限までに会社を売る必要があります。その結果、創業者の意思とは関係なく、もっとも高い価格を提示した企業に売却される可能性があるのです。

買い手が既存の大企業だった場合、その企業が事業の目的を引き継ぐとは限りません。創業者が目指してきた変化が、企業イメージをよく見せるためのグリーンウォッシュに使われてしまうこともありえます。そうなれば、創業者が仕事への意欲を失うのは当然です」

一般的なベンチャーキャピタルは、10年という運用期間の中で高いリターンを上げることを目指す。しかし、食糧や農業といった分野では、変化の兆しが土壌に現れ、システム全体が転換するまでに長い時間を要する。約10年の運用期限を前提とする資本は、既存システムを効率化する技術とは相性がよい一方、システムの基盤にある土壌を回復させ、それを維持するための仕組みづくりとは、時間軸の面で緊張関係を生みやすい。

「もし私たちが、10年間の運用期限があるファンドで土地を買い、農家に貸し出したとしたらどうなるでしょうか。期限が来たら農家に『ファンドが終わるから出て行ってくれ』と言わなければなりません。しかし、農家の人々はそこで生活し、子どもを育て、地域に根を張ろうとしているのです。そんな彼らに、短期的な売却を前提とした資本を押し付けることは、彼らの人生そのものを不安定にすることに他なりません。だからこそ、私たちは投資を受ける側のニーズに合わせて、資本をデザインし直す必要があると考えたのです」

Planetary Impact Venturesが掲げる6つの行動指針。①謙虚である ②自然とともに学ぶ ③豊かさを総合的に捉える ④長期的な資本を信じる ⑤強いコミュニティを育む ⑥変化を後押しする。|Image via Planetary Impact Ventures公式サイトより

こうした、あらかじめファンドの清算期限を設けないエバーグリーン型のモデルに対し、トーマス氏がヒアリングした投資候補者の多くは、機関投資家からの出資は難しいのではないかという見方を示した。

多くの機関投資家は、投資した資金を10年程度で回収し、その利益や元本を次のファンドへ振り向けることを前提に、長期の資産運用計画を立てている。いつ資金を出し、いつ回収し、次にどこへ再投資するのか。その流れを、あらかじめ表計算ソフト上で組み立てているのだ。期限を定めずに継続するエバーグリーン型のファンドは、その既存の計画に当てはめにくい。しかし、トーマス氏はこう問い返す。

「惑星の危機に直面している今、書き換えるべきはスプレッドシートのモデルの方です」

ここでいうスプレッドシートとは、単なる表計算ソフトではない。短期で資金を回収し、次の投資へ回すことを当然としてきた金融の時間設計そのものを指している。

資本の都合に世界を合わせるのではなく、世界の現実に資本を合わせる。その決意が、Planetary Impact Venturesの土台となっているのだ。

Image via Planetary Impact Ventures

ミミズと未来の世代が、取締役会の席に座る日

そんな投資環境の改革に挑むPlanetary Impact Venturesは、自らのガバナンスにおいても象徴的な挑戦をしている。最たる例が、意思決定の場である取締役会の構成だ。彼らの株主間協定には、「人間以外の種」と「未来の世代」を代表するメンバーをそれぞれ1名ずつ置くことが明記されているのだ。

「私たちは、自分たちの組織におけるガバナンスを深く大切にしています。現在の取締役会には、生物学者であり起業家でもあるメンバーが『他の種』を代表する形で参加しています。また、私よりもはるかに次世代の感覚に近い、若いメンバーもいます。言葉を持たない地中の微生物や、まだ生まれていない世代の利益を、今この瞬間の意思決定に反映させる仕組みが必要なのです」

このユニークなルールは、投資判断の基準を「いくら儲かるか」という指標から、「プラネタリー・バウンダリーの内で食糧システムを構築することに貢献するか」という問いへとシフトさせる。例えば、農薬の使用量を劇的に減らす技術を持つ企業であっても、それが「農薬を使用し続けるパラダイム」を延命させるものであれば、彼らは投資を行わない。

「現在の経済構造では、自然や生命は経済への『インプット(投入物)』と見なされています。しかし、それは健全な構造ではありません。世界が経済の中に埋め込まれているのではなく、経済が世界の中に、そして生命の中に埋め込まれているのです。金融資本がいかにして人間および人間以外の生命に仕えることができるか。私たちはその問いを、組織の骨組みそのものに組み込んでいるのです」

Planetary Impact Venturesのメンバーたちが集まる

Image via Planetary Impact Ventures

2〜4%の利回りが耕す、農家の尊厳

彼らの取り組みは、スタートアップ投資に留まらない。デンマークでは土地価格が上がり、再生型農業や自然再生に取り組みたい人が、土地を持てなかったり、必要な規模の土地を確保できなかったりする課題がある。それに対し、彼らは独自の「Soil Fund(土壌基金)」を設立した。ここでのガバナンスは、あえて「リターンの上限」を設けることで、働く人の自由を守っている。

「Soil Fundの目標利回りは、年2〜4%に設定しています。これは基本的にはインフレ率をカバーする程度の、非常に控えめなリターンです。しかし、この謙虚な目標があるからこそ、私たちは銀行よりもはるかに低い賃料で農家に土地を貸し出すことができます。農家が高い賃料を払うために、やむを得ず高い地代を払うために、従来型の畜産へ転じるような選択を迫られないためです。私たちは彼らの成功のチャンスを作るために存在しており、私たちの役割は、彼らを邪魔せず、その魔法のような仕事が花開くのを支えることにあります」

この低い利回りと引き換えに、農家は「人間向けの食糧を育てること」「殺虫剤を使わないこと」「土壌の生命を育む実践をすること」といった、生命に対する誠実な「スチュワードシップ(管理責任)」を負う。農薬や土地利用に関する明確な境界線を設ける一方、その範囲内での事業モデルや経営判断は農家に委ねる。監視を強めるのではなく、守るべき条件と現場の裁量を両立させようとするガバナンスである。

「土地の所有は、時として強すぎる権力を生みます。だからこそ、私たちは農家に最大限の自由を与えたいと考えています。動物を飼うかどうか、どのようなビジネスモデルを構築するかは、彼ら自身の決断です。私たちの役割は、彼らに鍵を渡し、その入り口を開くこと。それこそが、土地の守り手としての彼らの尊厳を守る道だと信じています」

メンバーが語り合う様子

Image via Planetary Impact Ventures

成功とは、燃え尽きずに「この仕事を楽しみ続けること」

ガバナンスの構造を変えることは、そこで働く人々の日常をどう変えるのだろうか。プラネタリー・インパクト・ベンチャーズでは、他者の資産を運用する際に伴う過度なプレッシャーや、短期的な成果への強迫観念を、組織のデザインによって意識的に取り除いている。

「私は投資家に対し、『私が朝起きるのは、あなた方をさらに裕福にするためではない』とはっきり伝えています。私は、食糧と農業システムの未来にあなた方の資金を投じるために目覚めます。そして、そのプロセスを通じてこそ、真のリターンが生まれると信じているのです。また、私たち自身の報酬体系にも、従来のVCのような成功報酬は設けていません。これにより、無理な成長を急かしたり、特定の時期に無理やり売却させたりする構造的な誘因を排除しています。私たちは資金を増やすこと自体を目標にするのではなく、自分たちが望む未来のシステムを構築することを目標にしているのですから」

メンバーが語り合う様子

Image via Planetary Impact Ventures

彼らが定義する成功は、四半期報告書の数字には表れない。それは「ロールモデルとして他者にインスピレーションを与えているか」であり、そして何より「働く人々がこの困難な課題に向き合いながらも、喜びを感じられているか」という点にあるという。

「気候危機という過酷な現実に直面することは、時に深い不安や悲しみを伴います。しかし、それらの感情だけでは、活動を続けるためのエネルギーは保てません。リーダーとしての私の仕事は、自分自身やスタッフが仕事を楽しめる環境を作ることです。燃え尽きることなく、健やかに働き続けること。それができて初めて、私たちは長期的な変革にコミットできるのです」

プラネタリー・インパクト・ベンチャーズの実践が示すのは、ガバナンスが組織を管理するための枠組みにとどまらず、事業の目的を日々の意思決定のなかで守るための仕組みになりうるということだ。ファンドの運用期限、目標利回り、報酬の設計、取締役会の構成。こうした一つひとつのルールが、誰に資金が届くのか、どの事業が続けられるのか、働く人がどのような条件で仕事を続けられるのかを左右する。

資本のルールを変えることは、数字の達成だけを急ぐのではなく、土地や人、次世代に必要な時間を、組織の意思決定に取り戻す試みなのである。

「私たちは、黄色い単一栽培の野原に咲く、一輪の赤い花のような存在かもしれません」

すべての資本が同じ形になる必要はない。ただ、土壌や地域、働く人の時間に合う資本の形が、もっと増えていく必要がある。この花が種を落とし、やがて野原全体が多様な色で満たされていく──資本が生命に仕え、働くことが未来を創る。そんな当たり前の景色を、プラネタリー・インパクト・ベンチャーズはつくりはじめているのだ。

トーマス氏 | Image via Justine Høgh

編集後記

取材を通じて見えてきたのは、資本は単に「よい目的のために使うお金」ではない、ということだ。資本には、土地や企業の未来を左右する力がある。

農地を所有する側には、そこで何を育てるか、誰が働けるか、どのような収益を求めるかを左右する力がある。企業に投資する側にもまた、契約や取締役会、成長目標を通じて、創業者がどこまで自らの目的を守れるかを左右する力がある。だからこそ、トーマス氏の言葉は印象的だった。

「私たちの役割は、農家が挑戦できる条件を整えることです。実際に農地を耕し、事業をつくるのは彼らです」

資本を出す側が、現場を細部まで管理するのではない。守るべき条件を定めたうえで、事業を営む人の判断や工夫に委ねる。その距離感もまた、ガバナンスの設計なのだろう。

組織のなかでは、誰かが決め、誰かが従う構図が、いつの間にか当然のものになりやすい。しかし、その決定権は本当に適切な場所にあるだろうか。数字を決める人と、その数字を達成する人。土地を持つ人と、土地を耕す人。資金を出す人と、事業を続ける人。その間にある力の差をどう扱うかが、組織の目的を守れるかどうかを分ける。

ガバナンスとは、立派な理念を掲げることではない。誰に決める権利を渡し、誰の声を意思決定に残すのか。その具体的な配分のなかに、組織が本当に守りたいものが現れるのだと思う。

【参照サイト】Planetary Impact Ventures
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この記事を書いたライター

富山 恵梨香(とみやま えりか)。IDEAS FOR GOOD 編集長。大学卒業後は日系不動産会社のベトナム、ハノイ支店で営業マネージャーとして従事。2018年ハーチ株式会社に入社、国内外の社会的企業への取材や記事の企画などを行う。現在はフランス・パリを拠点に国際会議への参加やリサーチやイベント、教育事業などに取り組む。関心テーマは、ウェルビーイングを実現する新しい経済のあり方。(この人が書いた記事の一覧