利益を社会に「還元し続ける」ルールは、働く実感をどう変えるか。検索エンジンEcosiaが選んだ、スチュワード・オーナーシップというあり方

2026.10.01

Natsuki
【特集】私たちの「働く」は、どんな社会を再生産しているのか?

私たちが人生の多くの時間を費やす「働く」こと。それは単に生活費を得るための手段であるだけでなく、私たちが社会に変化をもたらしたり他者とつながったりする身近な手段の一つです。しかし今、多くの人々が数字に追われ、規則に縛られる中で、本来のやりがいやパーパスを見失いそうになっています。そうした問題を、組織として、あるいは社会のシステムとして、乗り越えることはできるのでしょうか?本特集では、このモヤモヤを個人の問題として片付けるのではなく、組織、ひいては社会のシステムを規定する「ガバナンス」というレンズを通して見つめ直します。

なぜ、誰の、何のために、このKPIが設定されているのだろう──ときどき、そんな戸惑いを隠せなくなる。

パソコンの画面上に大きく書かれた数字の裏に、誰の、どんな表情を思い浮かべれば良いのか分からなくなるのだ。組織が続くための売上や成長率を追うあまり、実直にサステナビリティを追求していたとしても、その数字が本来誰のために、何のためにあるのかという問いを見失いかけてしまう。

そうした課題を、組織の土台である「所有(オーナーシップ)」というレンズを通して見つめ直す組織の形がある。その一つが「スチュワード・オーナーシップ」だ。会社売却をいかなる形でも不可能にし、個人が利益を引き出さないことを法的に定め、利益が企業の掲げる目的に資するよう法的な仕組みによって担保する仕組みである。

この考え方をいち早く実践してきた組織の一つが、植樹に貢献できる検索エンジンとして知られるドイツ発のEcosia。検索することで植樹を後押しできるというシンプルなモデルの裏側には、働き手の目線からも地球環境への貢献を実感できるモデルがある。それを形作っているのは、「この会社は誰のものか」という問いに対する創業者たちの明確な意思表明でもあった。

なぜEcosiaは、株式会社という一般的な形を選ばず、スチュワード・オーナーシップという構造に自らを委ねたのか。それは単に「形」として見せるだけでなく、そこで働く人々にどんな影響を与えているのか。今回、Ecosiaの広報担当、スージー・ペディ氏に話を聞いた。

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売却しない、利益を受け取らない。二つの約束から始まった組織の形

利益の100%を森林再生やその他の環境保全活動に充てるという、検索エンジン・Ecosiaのビジネスモデルは知っている人も多いだろう。

一方、こうした利益配分のさらに土台となっている所有構造にまで踏み込んで語られることは少ない。実はこの所有構造が、地球環境への貢献を「確実に」するための大黒柱となっている。今回の取材でペディ氏がまず語ったのは、創業時の「約束」だった。

「Ecosiaを立ち上げた際、代表のクリスチャン・クロルは二つの約束を掲げました。Ecosiaを決して売却しないこと、そして会社の利益を決して個人のために受け取らないことです。彼が心から望んでいたのは、富を得ることではなく、すべての人にとって、より環境に優しく、より良い世界をつくること。そして、より倫理的なビジネスのあり方が存在することを証明することでした」

創業から約10年が経ち、事業が大きく成長する中で、クロル氏は、「もし自分の身に何かがあったとき、Ecosiaはどうなるのか」という問いに向き合うようになったという。この問いは、ミッションと独立性をどう長期的に守るかという、より根本的な課題として立ち現れた。

「彼は創業時に掲げた決意を改めて確かなものにしたいと考え、複数の所有形態を検討した末にたどり着いたのが、スチュワード・オーナーシップでした」

2018年10月、Ecosiaは「営利目的を永遠に禁止する」法的契約への署名という形でスチュワード・オーナーシップ企業への移行を実現。創業者一人の決意に依存せず、組織の構造そのものに埋め込むことでそのミッションを長期的に守る体制を築いたのだ。

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議決権はあっても、配当は受け取れない。定款に刻まれた二つの原則

ではスチュワード・オーナーシップ企業として、Ecosiaは実際にどのような法的構造のもとで運営されているのか。

「Ecosiaは、Purpose Foundationの支援を受けて『拒否権付き株式モデル』を採用するスチュワード・オーナーシップ企業へと移行しました。この仕組みでは、法的拘束力を持つ二つの制限が設けられています。一つは、株式を利益のために売却したり、社外の人が所有したりすることはできない『自己決定』の原則。会社が独立性を維持し、その経営権が常にミッションに関わる人々のもとに置かれることを意味します

もう一つは、事業から利益を持ち出すことはできない『目的思考』の原則。創出された価値を所有者が個人の利益として引き出せないため、会社の資産は固定され、利益はミッションのためだけに使われます」

この「自己決定」と「目的志向」という二つの原則が、スチュワード・オーナーシップ企業の定義にあたる共通項だ。ただしこれらは単なる社是やスローガンではない。会社の定款に明記され、変更するには議決権の100%の同意が必要とされている。

その具体的な株式の持ち分についても、率直に明かす。

「現在、スチュワード株式は、代表のクリスチャン・クロルと共同オーナーのティム・シューマッハが、二人で株式の99%を所有しています。これらの株式には議決権がありますが、配当を受け取る権利はありません。残りの1%は、Purpose Foundationが、拒否権付き株式の保有者として所有しています。同財団が持つ唯一の権限は、会社の売却、またはスチュワード・オーナーシップの仕組みを損なうような定款変更を阻止すること。そのため日々の業務運営には影響しません」

議決権はあるが配当は受け取れない──この非対称な設計こそが、スチュワード・オーナーシップの核心なのだ。

「この法的構造により、社内外を問わず、Ecosiaに対する経済的権利を持つ人は存在しません。Ecosiaが売却されることは決してなく、その利益は、これから先何世代にもわたって、森林破壊と気候危機への取り組みに充てられます」

誰も経済的な権利を持たないという「空白」を制度的につくり出すことで、利益相反そのものを構造から取り除く。それが、Ecosiaが選んだ道だった。その結果は、Ecosiaがこれまでに40カ国以上で2億3,100万本以上の植樹を実現している成果に現れているだろう。

利益のためでなく、地球のための意思決定であるということ

このような所有構造は、実際の経営判断にどのような違いをもたらすのだろうか。Ecosiaは株主主導の意思決定と対比しながら、その意義を語る。

「株主ではなく、ステークホルダーのために存在する会社のほうが健全です。株主利益の最大化を軸に意思決定を行えば、必然的に利益が人や地球よりも優先される可能性があります。気候危機への取り組みを本気で進めるのであれば、この優先順位を逆転させることが不可欠です。スチュワード・オーナーシップ企業であることにより、私たちの選択は利益追求の圧力に左右されることがありません。あらゆる決定を私たちの目的や価値観、そして地球を一刻も早く再生するという最終目標に照らして検討できるのです」

四半期ごとの業績やKPIを無視するということではなく、それらの数字を、何のために追うのか。その最終的な判断基準を、自分たちが掲げたミッションに置き続けられること。それは日々の意思決定において思い描く、目指すべきビジョンをより明確なものにしているだろう。

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ただし、この仕組みも万能ではない。Ecosiaは、トレードオフについても率直に語った。

「私たち自身は必ずしも課題だとは考えていませんが、ある種のトレードオフを選んだと捉える人もいるかもしれません。スチュワード・オーナーシップ企業は株式市場に上場していないケースが多いため、大規模な資金調達が難しくなる場合があります。理論上は、創業時に掲げた二つの基本原則が維持される限り、スチュワード・オーナーシップ企業も株式を公開できます。しかしEcosiaでは、議決権を売却できず、株式にも上限が設けられているため、従来型の投資家の多くはこの仕組みに関心を示しません」

つまり、資本市場から見ればうまみの少ない仕組みかもしれない。それでも、その制約こそが自由の源泉だという。

「一方で、Purpose Foundationは、目的志向のスチュワード・オーナーシップ企業への支援に特化した投資家のグローバルネットワークを拡大しています。私たちは株主の要望に応える必要がないからこそ、むしろ自らの方向性と戦略を推し進めることができているのです」

大規模な資金調達の道が狭まる制約を引き受けてでも、組織の舵取りを自分たちの手に残すこと。それはトレードオフというより、意図的に選び取った自由の形なのだ。

誰のために働いているかを、日々思い出させてくれるもの

この所有形態は、そこで働く一人ひとりの社員にとっても意味を持つという。最後にEcosiaは、チームにとっての意味を次のように語った。

「私たち社員は、株主価値のためではなく、Ecosiaとそのパーパスのために働いているのだと確信できます。『人と地球にとって最善のことをする』という言葉は、多くの企業が掲げる言葉でもある。しかし、それを理念の表明やマーケティングで終わらせず、所有形態という制度に落とし込んでいる点に、Ecosiaの独自性があります。

私たちにとって、スチュワード・オーナーシップは、単なる法的な仕組みではありません。私たちがなぜここにいるのか、そして最終的に誰に対して責任を負っているのかを、日々思い起こさせてくれるものです」

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編集後記:「守る」ための形式から、「ひらく」ための知恵へ

スチュワードシップ企業の仕組みを紐解く中で見えてきたのは、それが株主至上主義の荒波から自社のパーパスを守るための、堅牢な仕組みであること。しかし、この法的な構造をそのまま日本企業に輸入することは、「解決策」にならない。

日本ではもともと、「会社は社員や地域のもの」という三方よし・六方よしの考え方があり、パーパス経営には馴染みがある。しかし社会への具体的な還元ルールを持たないまま「売却不可」という防御だけを建ててしまえば、日本でみられる「内向きで事なかれ主義なガバナンス」をかえって固定化してしまう可能性もあるだろう。

私たちが学ぶべきなのは、形式そのものではなく、その奥にある「仕組みの知恵」ではないか。スチュワード・オーナーシップ企業は、自らの存在理由を定款に明文化し、利益の一定割合を社会へ還元する揺るがないルールを持っている。日本企業に比較的多くみられる「暗黙の企業文化・傾向」を「検証可能なパーパス」へと構造化し、内部留保を社会へ再投資・循環させるルールの可視化は、日本企業においても導入可能な仕組みではないだろうか。

今、企業も一強体制で生き残ることが難しくなる中、いかに「社会へひらく」ことができるかが問われている。ここで日本企業が目指すべきは、新たな制度を日本の地域と文化に合うものとして取り入れることのはず。スチュワード・オーナーシップ企業に倣うならば、自社の中に眠る人的資本や利益の明確な割合を地域社会の公共(コモンズ)へ解放していく、いわば「日本型・地域スチュワードシップ企業」のような形が、オルタナティブな日本の組織のあり方になるのかもしれない。

その先にある働き方は、働く実感は、どんなものだろうか。Ecosiaの一人ひとりが数字と向き合うとき、その数字の裏やその先で思い描いているのは、どんな情景だろうか──青空に伸びてゆく苗木や、木々を愛おしそうに育てる地域の人々。そんな情景ではないだろうかと想像し、誰もがそんな心が穏やかになるような働き方が選べる日が待ち遠しくなった。

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【参照サイト】Ecosia
【参照サイト】Steward Ownership Foundation
【参照サイト】Steward Ownership|Purpose Economy
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この記事を書いたライター

Natsuki

Natsuki

IDEAS FOR GOOD副編集長。大学在学中は政治経済を学びながら、難民支援NGOやEarth Company、mymizuなどの活動に従事。スウェーデンへ留学し、環境・開発問題を学んだ。2023年から自然環境・オルタナティブ経済の領域を中心に取材。海外先進事例の企業向けリサーチ業務や、ウェブマガジンの立ち上げ支援・コンテンツ作成、気候変動と創造性を交差させた企業共創プロジェクトの企画運営に従事。脱成長、紛争予防、自然観などを軸に執筆・編集を担当するほか、移住先の地域でまちづくりや環境教育にも携わっている。