ロンドン東部、ニューアム区のロイヤルドックス。かつて倉庫や工場が並んでいたこのエリアには、長年使われないまま残されてきた建物がいくつもある。その一角で、2026年1月から新しい時間が流れ始めた場所がある。ロンドン発の循環型経済のための建設ハブ・Tipping Point East(ティッピング・ポイント・イースト)だ。
運営責任者であるSilvie Jacobi(シルヴィー・ヤコビ)氏は、この場所をこう説明する。
「Tipping Point Eastはチャリティであり、同時に循環型経済のための建設ハブでもあります。廃棄されるはずだった建材を保管・加工し、必要とする人々へと橋渡しすることで、循環型経済を実践する団体やプロジェクトが実際に活動できる“場”を提供することを目指しています」
運営するのは、Yes Make、Material Cultures、RESOLVE Collectiveという3つの団体。それぞれ異なるやり方で「素材」と向き合いながら、一つ屋根の下で活動している。今回は現地で行われたツアーに参加し、実際に歩きながら話を聞いた。
案内してくれた人:シルヴィー・ヤコビ(Silvie Jacobi)
Tipping Point Eastで、Operations and Development Leadを務める。2025年5月、Yes Make、RESOLVE Collective、Material Culturesという3つの創設パートナーがロンドンのロイヤル・ドックス地区にある8,000平米の敷地を活用する形でプロジェクトを始動した際から関わり、2026年1月の現地稼働開始まで、組織づくりやガバナンス体制の整備を主導。現在は事業開発全体を統括し、助成金・スペース提供・見学プログラムなど複数の収益源を組み合わせながら、建設業界におけるサーキュラーエコノミーの「輪」を閉じることを目指している。

筆者撮影

筆者撮影
この土地は、借りものである
Tipping Point Eastは2025年に設立され、7,000平方メートルの敷地で活動している。今後5年間で、少なくとも1万5,000トンの建材を埋立から転用することを目標に掲げる場所だ。ロイヤルドックス・エンタープライズゾーンと呼ばれるエリアに位置し、ロンドン市長の管轄下にあるロイヤルドックス・チームが管理・開発している。
Tipping Point Eastはこの土地を「ミーンホワイル・ユース」という一時利用の契約形態で、5年から7年の期間借りている。期限が来れば、このエリアには住宅と複合商業施設が開発される予定だという。
「本来なら何の社会的インパクトも、ネットゼロへの貢献もなく空いたままになっていたはずの土地で、できることを最大限やろうとしています」とヤコビ氏は語る。

作業場の様子|筆者撮影
建物そのものも、長年使われていなかったものだ。中でもYes Makeが使っている作業場の建物は、かつてアスベストを扱っていた工場だったという。封じ込めや是正工事を行い、複数の助成金を申請してようやく中に入れるようになったそうだ。
この「借りもの」という前提が、3団体それぞれの活動の輪郭を決めている。Yes Makeは、住宅の解体現場から都市部の大型ビルまで、あらゆるスケールの建設現場から素材を回収し、作業場で仕分けし、必要とする人に届ける、あるいは自分たちで建築物として作り上げる。
Material Culturesは非営利団体で、バイオベース・低炭素素材を使った設計、素材や土地・労働・知識との関係を再構築する研究・政策活動、そして建設業界への「入り口」を開くための技能訓練という3つの軸で動いている。RESOLVE Collectiveは、アート・建築・エンジニアリング・テクノロジーを横断するデザインスタジオで、「サイトとリソースを使う」という設計思想のもと、文化施設から出る廃材を再流通させる「Material Store」を運営している。
「設計と施工が同時に進んだ」建物自体が実演に
3団体が共同で使うこのオフィス建物も、2026年の1月から4月にかけて、まさに「借りもの」の素材を集めながら建てられた。予算はInnovate UKからの約14万ポンド(約2,930万円)、現地での施工期間はわずか3ヶ月。「保管・ワークショップ・マテリアルライブラリー・マテリアルストア・ヤードのためのスペースを最大化しつつ、オフィス自体はコンパクトにまとめること」というシンプルな要件のもと、建設が進められた。
「デザインと施工のプロセスは、同時並行で進みました。空間づくりの基本的な方向性はありましたが、実際には、届いた素材に応じてその都度対応し、現場で一対一の試作を重ねながら、それをプロセスに組み込んでいくしかなかったのです」
Material Culturesのスタッフは、この建設プロセスについてそう振り返る。
この言葉どおり、建物のいたるところに「先に素材があり、そこに設計が合わせられた」痕跡が残っている。素材は20の異なる調達先から、Yes MakeとRESOLVE Collectiveが共同で集めたものだ。

Tipping Point East建設時の様子|Photo by Henry Woide
象徴的なのが、セントラル・ロンドンのオフィス改修で出た廃材と、研究開発用の在庫を組み合わせたCLT(直交集成板)だ。炭素をよく貯蔵し、火災時には炭化する性質のおかげで、再認証が難しい防火認証に頼らずに済み、建築確認も無事にクリアしている。窓ガラスも入手できたサイズに応じてその都度組み込まれ、藁と石灰、湿地のアシなどバイオベースの内装材が並ぶ。
紫色のキッチンは、ディレクターの一人が見つけて購入した「(イギリスのアーティストである)エルトン・ジョンのキッチン」だという逸話も。らせん階段も中古オンラインショップでの掘り出し物で、上下を逆にして設置し直した。ここではオフィスでさえも、素材の都合に設計が後からついていく場所になっているのだ。
この改修では、新品ではなく再生素材を使ったことで、約165トン相当の二酸化炭素排出量を削減できたという。届いた素材の分だけ設計をつくり替えるという姿勢が、数字としても裏付けられている。
文化施設から出る廃材を、もう一つの循環に
オフィスの素材の一部がそうだったように、Tipping Point Eastでは「文化」からもう一つの循環が生まれている。RESOLVE Collectiveが運営するMaterial Storeは、美術館や劇場といった文化施設と「マテリアルパートナー」という関係を結び、展示終了後に出る廃材(本人たちは「カルチュラル・ウェイスト」と呼んでいた)を引き取っているのだ。
「私たちは廃棄物の処理業者ではありません」とスタッフは強調していた。実際、素材の受け取りは無料ではなく、輸送コストに加えて「ネットワーク再流通費」を施設側に請求している。再流通が難しい素材は高く、需要の高い素材は低く設定されているという。
これまでにHauser & Wirth、Government Art Collection、V&A、Design Museum、Wellcome Collection、Whitechapel Galleryなど、複数の文化機関から素材を引き取ってきた。Design Museumからは、制作費に10万ポンド(約2,100万円)以上かかった可動展示台が、展示終了後に無価値なものとして引き取られた。V&Aからは、本来分解できるよう設計されていたはずが、デザイナーと製作者の間で行き違いがあり、結局すべて接着されてしまったベンチが届いたというエピソードもあった。

V&Aから運ばれたベンチ|筆者撮影

筆者撮影
選別の基準について尋ねられたスタッフは、「美的な好みでは選んでいません」と答えていた。選別しているのは、主にアスベストなどの有害物質や危険性、そして釘が多すぎる・木材が腐っているといった実務上の扱いにくさだという。
2026年10月2日からは会員制度が始まる予定で、ニューアム区の住民は月3ポンド、それ以外は月4ポンドで、店内のものを持ち帰れるようになる(運搬手配は自己負担)。会員費は運営費を賄うものではなく、Tipping Point East全体の助成金と、文化施設からの費用によって運営が成り立っているとのことだった。
都市の解体現場から、素材を引き取る
Material Storeが文化施設から出る廃材を扱っているとすれば、Yes Makeが向き合っているのは、実際の解体現場や建設現場から出る建材そのものだ。会員制度は取らず、開発事業者との長期的な協業関係を軸にしている。
ツアー中、Yes Makeのスタッフが教えてくれたのは、ちょうど進行中のある案件だった。ロンドンの金融街にある高層ビルで、高さ2階分もあるコンクリート製のファサードパネルが安全上の理由から撤去されることになり、Yes Makeが構造エンジニアや解体業者と、安全に取り外して引き取る方法を協議しているという。パネルが大きいため、うまくいけば小規模な住宅群がつくれるかもしれないが、具体的な計画はまだないとのことだった。
一枚の建材が、次の街をつくる可能性を持つ──Tipping Point Eastで行われているのは、そうしたスケールの話でもある。
こうした大きな素材を長期間抱えることのリスクについて尋ねられたスタッフは、「やりながら学ぶしかない」と答えていた。映画セットのように短期間で動く案件から、こうした建設現場のように長期にわたる案件まで、扱う時間軸の幅が非常に広いことも難しさの一因である。その解決策として、ある素材を複数の短期案件が順番に使い、最終的に別の開発事業者が引き取る、といった柔軟なワークフローを模索している。
届いた素材の分だけ、つくり替えていく
ツアーの終わりに、ヤコビ氏はこう語ってくれた。
「土地こそが、本当に循環型のプロセスを立ち上げるうえで一番高い障壁でした。土地がなければ、これだけの素材を保管し、加工・再利用のために提供することはできません」──そう語る一方で、Tipping Point Eastが5年から7年という期限付きの土地の上に立っているという事実は、この場所の存在そのものの前提でもある。

マテリアル・ライブラリーの様子|筆者撮影
ロンドン市長のサディク・カーン氏は、Tipping Point Eastの開所にあたって「完全に稼働すれば、このエリア全体がヨーロッパ最大のCircular Economy Villageになる」とコメントしている。その中で、オフィスやマテリアル・ライブラリーがこの先も同じ役割を担い続けるのか、あるいは別の形に姿を変えるのかは、運営側にもまだ分からないという。
取材時に見た光景は、「循環型経済の理想形」というより、その都度届く素材にあわせて、解体業者と交渉し、防火基準を満たし、資金を探しながら形にしていく、地に足のついた現場だった。届いた素材の分だけ設計をつくり替えていくという姿勢そのものが、この場所の一番の主張であるように思われた。
コンセプトが先にあり、そこに素材を合わせるのではない。素材が先にあり、そこにコンセプトが合わせられていく。Tipping Point Eastで起きているのは、そんな順番の逆転だった。
【参照サイト】Tipping Point East
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Featured image by Joseph R. Goodwin






