「うちには無理だと思います」
発達特性のある子どもを育てる親たちから、よく聞かれる言葉である。
子どもが大きな声を出すかもしれない。途中で飽きるかもしれない。周囲に迷惑をかけるかもしれない──そうした不安が、外出やイベントへの参加のハードルを高くしていく。
「楽しそうだけど、うちには難しそう」。そうして参加を諦める背景には、子どもの特性だけでなく、周囲の視線への不安や、「最後まで参加すること」を前提とした場のつくり方もあるのかもしれない。では、子ども自身を「参加できるようにする」のではなく、参加する場の側を変えてみたらどうだろう。
2026年8月8日(土)、東京・汐留のタイミー本社にて、発達障害や発達特性のある子どもたちを対象とした推しごと/お仕事体験イベント「すきを探求!おし(推し)ごとラボ(以下「おしラボ」)」が開催された。

会場では、途中で休んでもいい。最後までできなくてもいい。子どもが体験に合わせるのではなく、ときには体験のほうが子どもに近づいていく。そんな工夫が随所に用意されていた。そこで見えてきたのは、体験を必要としていたのは、子どもたちだけではなかったということだ。保護者も、企業も、実際に出会い、同じ時間を過ごすことで初めて気づくことがあった。
今回は、「おしラボ」を企画・運営した4団体による共同キャンペーン「CO-ROUTES(コルーツ)」のメンバーに、イベントを通じて見えてきた「参加」のあり方と、その先にある社会について聞いた。
『体験する』前にある、参加へのハードル
当日、会場には271人の参加者が集まった。
推しごと/お仕事体験ブースには、AIを使った動物づくり、3Dプリンターやプログラミング、ドローン操縦、会話AIロボット「Romi」との会話、音楽やボディパーカッションなど、多様な体験が並んだ。また、発達特性による感じ方を疑似的に体験するプログラムやブラインドサッカーなど、子どもだけでなく大人も楽しみながら学べる場が用意されていた。

会場がオープンすると同時に、NPO法人みんなのコードの3Dプリンター体験ブースへ向かう親子の姿があった。洞まなみさんは、その様子をこう振り返る。
洞さん「ディズニーランドのファストパスみたいでした。開場してすぐに来て、『もう終わったんですか?』『整理券ありますか?』という感じで、本当に楽しみにして来てくださっていました」
事前案内を読み込み、「まずここへ行こう」と決めていた家族もいたという。その姿からは、子どもが関心を持つものを実際に試せるこの機会を、家族が心待ちにしていたことが伝わってくる。
会場を提供したタイミーのスーパーサポートグループ管理者である三田千穂さんは、普段のオフィスとは異なる光景に、イベントの意味を感じたという。
三田さん「まず印象的だったのは、普段は大人たちが働いているオフィスに、たくさんの子どもたちがいる光景そのものです。すごく新鮮でした。私たちのブースでは発達障害のあるメンバーが対応していたので、次の世代へ何かがつながっていく場づくりに少しでも関われたのかなと思っています」
しかし、この日のテーマは単なる職業体験ではない。キーワードは「体験格差」であった。
発達特性のある子どもを育てる家庭では、イベントに申し込む前から多くの葛藤がある。会場まで行けるだろうか。途中で疲れてしまわないだろうか。周囲に迷惑をかけないだろうか。もし途中で帰ることになったらどうしよう──そうした不安の先に、「参加しない」という選択がある。
NPO法人ADDS共同代表の熊仁美さんは、取材の中でこう語った。
熊さん「発達障害について関心を持ってくださる方はたくさんいます。でも、体験がないと自分ごとになりにくいんです。だからまずは出会って、話して、一緒にやってみることが大切なんだと思います」
ここでいう「体験格差」は、どんな体験を得られるかという違いだけではない。その場に行くこと、参加し続けること自体にハードルがあることで、体験への入り口が狭まってしまうことでもある。

「周囲に迷惑をかけるかも」を手放せる場
子どもだけでなく、保護者自身が輪の中へ入っていく姿もあった。株式会社Connecting Point代表取締役の阿部潤子さんは、ボディパーカッション体験を振り返り、こう話す。
阿部さん「子どもたちが楽しんでくれることはある程度想像できていました。でも親御さんたちも本当に楽しそうだった。特にお父さんたちですね。最初は少し距離を置いて見ていた方もいたのですが、プログラムに入っていただくと、率先して身体を動かしてくださる。輪になってリズム遊びをしている姿がとても印象的でした」
イベント終了後、三田さんは、帰り際の保護者からこんな言葉をかけられたという。
「神イベントでした」「めちゃくちゃ楽しかったです」
また、熊さんのもとにはSNSを通じて、「大人も子どももストレスなく過ごせた」「周りが変な目で見ることもなくて、優しい世界だった」という感想も届いたという。
保護者向けの特性体験ブースでは、「こんなにしんどいんだと初めて分かった」「いつも怒ってばかりいてごめんと思った」という感想も寄せられた。子どもの感じ方を疑似体験することが、親子の関係を見つめ直すきっかけにもなっていたのだ。

なぜ、そこまで強い言葉が生まれたのだろうか。楽しかったから。もちろん、それもある。だが、それだけではない。そこには、「気を遣い続けなくてもいい時間」があった。周囲に謝り続けなくてもいい。途中で離席してもいい。子どものペースで動いていい──保護者から寄せられた声からは、子どもだけでなく、保護者自身が安心して過ごせる空気が評価されていたことがうかがえる。
「最後まで」だけを、参加の条件にしない
「途中まででもいいんですか?」
阿部さんは、保護者からのそんな質問が強く印象に残っているという。
阿部さん「もちろん大丈夫ですよ、とお伝えしていました。だって、会場に来られただけでもすごいことだし、参加したいと思えたことにも価値がありますから」
また、体験中に一度会場を出た子どもが、しばらくして戻ってくる場面もあった。最初は外から様子を見る。少し参加する。疲れたら離れる。そして、また戻ってくる。そこでは、一人ひとりのペースが受け入れられていた。
阿部さんは、「何を成功とするのかを考え直す機会だった」と振り返る。「最後までやり切る」だけが参加ではない。会場に来る。やってみる。途中で休む。もう一度参加する。その一つひとつに価値がある。おしラボは、参加や体験を評価する基準そのものを柔軟に設計したイベントでもあった。
おしラボでは、ブースに来ただけでも、途中で体験を終えてもコインがもらえる仕組みが採用された。子どもたちは体験を通じて独自通貨「コルツ」を集め、それを縁日の景品と交換する。これは、療育現場の知見から生まれた設計である。

熊さんは、コルツに込めた意図をこう説明する。
熊さん「私たちは普段の療育でも、『終わりが見えること』『見通しが持てること』を大切にしています。そのためにポイント制度やご褒美の設計を取り入れることもあります。コルツもその延長線上です。頑張ったことが見える。次の楽しみにつながる。そういう体験を作りたかったんです」
学校や仕事では、決められた課題やプログラムを最後までやり切ることが評価される場面もある。一方、その基準が唯一のものになれば、途中で休憩が必要な人や、異なる参加方法を必要とする人は参加しづらくなる。では、学校や職場ではどうだろう。私たちは無意識のうちに、「最後までやり切れる人」を標準として、参加や成果の基準をつくってはいないだろうか。阿部さんはこう語る。
阿部さん「会場まで来られなかった人もいると思うんです。だから、来られたこと自体がすごい。そこを評価できる社会であってもいいと思いませんか」
ここから見えてくるのは、インクルージョンを「既存の場に、多様な人を受け入れること」だけで捉えない視点である。そもそも、その場のルールや「成功」の基準そのものを変えられないか。阿部さんは、配慮のある場を「特別な場」にとどめないことが、次の課題だと指摘する。
阿部さん「今回のイベントを通じて、『なぜ、こうした配慮のある場を特別なイベントとしてつくらなければならないんだろう』とも考えました。もちろん、この場は素晴らしかった。でも本来は、学校や企業、地域のイベントなど、普段から子どもたちが参加する場所にも、こうした工夫があっていいはずです。特別な場を別につくるのではなく、既存の場をどう変えれば、多様な子どもたちが自然に参加できるのか。そこが次のテーマだと思っています」

人を場に合わせるのではなく、場を人に合わせる
会場には刺激が多い場所から離れ、落ち着いて過ごすための空間「センサリールーム(ゆったりルーム)」が設置されていた。ある子どもは会場の賑わいが少し苦手で、センサリールームで過ごしていた。すると株式会社MIXIのスタッフは、会話AIロボット「Romi(ロミィ)」をその部屋まで運んだ。
「こちらへ来て」と子どもを動かすのではなく、体験の側が近づいていく。みんなのコードの花田安紗子さんは、こう振り返る。
花田さん「その子にとってすごく良い体験になったと思います。成功体験として持ち帰れたんじゃないでしょうか」
「本人が体験に合わせる」のではなく、「体験が本人に合わせる」。参加できる人を増やすとは、必ずしも本人の「できること」を増やすことではない。体験までの距離や、参加の方法そのものを変えることでもある。この対応は、今回のイベントで繰り返し見られた、環境の側を調整する発想を象徴していた。目の前の一人に合わせて、場や体験の設計を柔軟に変える。その選択肢があるだけで、参加できる人は増えていく。

企業もまた「体験」を必要としていた
今回のイベントには多くの企業が参加した。しかし熊さんによれば、当初は不安を抱える企業も少なくなかったという。
熊さん「出展企業の多くは、発達障害について知識はあっても、『何をすればいいのかわからない』という戸惑いがありました。そこで事前説明や伴走支援を行い、参加しやすい環境づくりの具体例を伝えました。
すると、『こんな小さな工夫で参加しやすくなるんですね』『社内でも活かせそう』という声がありました。企業にとっても、特別な専門知識がなくてもできることを知る機会になりました」
ADDSによる事前説明と伴走は、企業の「何をすればいいかわからない」を、具体的な準備へと変えていった。花田さんも、説明会を受ける側として得た学びを語る。
花田さん「私たちみんなのコードも、今回初めてADDSさんの説明会に参加し、『こういう観点で準備するのか』『こんなところまで考えるのか』ということを学ばせてもらいました。大きな仕組みを変える話ではなく、本当に細かな工夫で子どもたちの反応が大きく変わるということを実感しました」
洞さんも、固定観念を揺さぶられた経験について語る。
洞さん「一番驚いたのは、『体験は5〜15分でお願いします』と言われたことです。私たちの教材は45分授業をベースに設計しているので、『え、本当にできるの?』と思いました。でも、子どもたちの特性から逆算すると、そうなるんですよね」
企業との関わり方にも、「いきなり出展」ではない段階設計があった。
洞さん「発達特性のある子ども向けの出展が初めてという企業が多い中、『楽しかった』『思っていたよりできた』という声も多く聞かれました。一方で、まだ出展に自信がない企業には視察から参加してもらいました。いきなり出展を求めるのではなく、まず現場を知ってもらう。こうした段階的な関わり方も重要だと感じています」
そして、こうした機会を一部の人の関心や善意だけに委ねないことも重要だと、洞さんは指摘する。
洞さん「今回のようなイベントに限った話ではなく、企業社員のボランティア活動や社会貢献活動そのものへの参加率は決して高くありません。だからこそ企業側も、参加しやすい制度を作る、評価する仕組みを作る、といった取り組みが必要なのだと思います。個人の善意だけに任せるのではなく、組織として後押ししていくことが重要だと感じています」
体験が必要だったのは、子どもたちだけではなかった。企業側もまた、発達特性について「知識を得る」だけでなく、実際に出会い、試しながら、参加しやすい場のつくり方を学ぶ機会を必要としていた。
そして、そうした学びを一度きりの体験で終わらせず、次の参加や実践につなげていく。そのためには、個人の意欲だけでなく、組織の側にも参加を支える仕組みが求められる。

※ADDSよりブース出展企業に事前に提供された研修資料の一部

※ADDSよりブース出展企業に事前に提供された研修資料の一部
体験格差を小さくするために
では、こうした体験を通じて、人の見方や関わり方はどのように変わるのだろうか。阿部さんは、知識を「自分ごと」へ変えるには、まず同じ時間を過ごすことが必要だと話す。
阿部さん「まずは、身近なこととして感じてもらうことだと思います。発達障害という言葉を知っていても、知識として知ることと、自分ごととして感じることは違います。だからこそ、まず見てもらい、一緒の時間を過ごしてもらうことが大切です。子どもの成長や教育を大切にすることは、誰にとっても同じ。その中に発達特性のある子どもたちもいる。そんな当たり前の感覚が広がっていけばいいと思います」
三田さんは、その変化が時間をかけて生まれることを感じた出来事として、同社の社員メンバーのエピソードを紹介してくれた。
三田さん「最初はまだ自分ごととして関心を持てていない様子だったのですが、少しずつイベントを通じて接点を持ち、当日は一日中会場にいました」
「知っている」と「出会ったことがある」は違う。知識を持つことと、実際に同じ場所で時間を過ごすこともまた違う。
おしラボが生み出したものは、271人という参加者数だけではない。子どもも、保護者も、企業の担当者も、それぞれにこれまでとは異なる人や体験との接点を持ち帰った。
体験格差を小さくするために必要なのは、体験の数を増やすことだけではない。参加することにハードルがある人に対して、環境の側がどれだけ選択肢を用意できるか。途中で離れても、また戻れる余白をつくれるか。人を既存の仕組みに合わせるのではなく、仕組みそのものを変えられるか。
「最後までできなくてもいい」。「こちらへ来て」と言うのではなく、体験のほうから近づいていく。おしラボが投げかけたのは、発達特性のある子どもたちだけに関わる問いではない。
私たちが普段つくっている学校、職場、イベント、そして社会は、誰を「参加できる人」として想定しているだろうか。おしラボでは、子どもが「体験する側」で、企業や大人が「体験を提供する側」だったわけではない。子どもの参加の仕方に触れることで、保護者も企業も、自分たちが当たり前だと思っていた「参加」や「成功」の基準を問い直していた。体験によって変わったのは、子どもだけではなかったのである。
「参加する」とは何か。そして、何をもって「できた」とするのか。その基準を少し広げるところから、参加できる人の輪もまた広がっていくのかもしれない。

【参照サイト】「すきを探求!おし(推し)ごとラボ」イベントレポート
【参照サイト】発達凸凹の子どもたちが自分の「好き」をお仕事に! 東京都内で体験イベント|朝日新聞EduA
Edited by Erika Tomiyama

NPO法人ADDS共同代表。公認心理師、博士(心理学)、江戸川区発達相談・支援センター長。学生時代から自閉症児の療育支援に取り組み、2009年にNPO法人ADDSを設立、共同代表に就任。発達障害の科学的根拠に基づく早期支援や保護者支援、啓発に取り組む。
NPO法人みんなのコード、パートナー事業部長。民間企業の営業職を経て2020年に入社。「誰もがテクノロジーを創造的に楽しむ国にする」をミッションに、企業との協働や資金調達を通じて子どもたちの情報教育機会を創出する。
NPO法人みんなのコード、パートナー事業部所属。大学卒業後、文化系の公益財団法人を経て2024年にNPO法人みんなのコードに参画。企業からの資金調達や助成金事業のプロジェクトマネージャーに従事している。
株式会社タイミー、HR本部 人事部 スーパーサポートグループ所属。大学院で発達障害を研究したのち、特別支援学校教員や就労支援事業の責任者として、一貫して障がい者の教育・就労支援に従事。2024年にスキマバイトサービスを運営するタイミーへ入社し、50名規模の障がい者雇用チームの立ち上げや制度設計などに携わる。
株式会社Connecting Point代表取締役。大学時代から障害者福祉領域でキャリアを重ね、2015年に株式会社Connecting Pointを創業。障害がキャリアの「障害」にならない社会を目指し、企業・学校・行政とインクルーシブな実践を推進している。現在は、セルフ・アドボカシーを起点に障害の記憶を書き換え、インクルーシブな生態系をつくる「Motivator100®」に挑戦中。社会福祉士。




