「売れなくなる」ことを、成長戦略に。パリで見た「買い替えない経済」の可能性

2026.10.22

「スマートフォンの寿命が延びれば、年間販売台数は減る」

環境活動家の主張ではない。欧州委員会が、スマートフォンとタブレットのエコデザイン規則を説明する公式ページに記していることだ(※1)。

欧州委員会の試算によれば、製品の長寿命化などを促す規則によって、2030年のEU域内におけるスマートフォン・タブレットの購入支出は、規制がない場合と比べて年間約200億ユーロ減少する見込みだ。一方、修理・メンテナンスへの支出は約8億ユーロ増えると予測されている(※1)。

消費者にとっては朗報だろう。しかし、新しい製品を売ることで利益を上げてきた企業にとっては、そう単純な話ではない。もし、モノが長持ちするほど新品が売れなくなるとしたら、企業はこれから何で稼ぐのだろうか。

2026年10月15日、パリで開催された「Slow Tech Summit 2026」。主催したのは、いまフランスで存在感を高めているリファービッシュ(整備・再生)製品のマーケットプレイス、Back Marketだ。2014年にパリで創業した同社は、日本を含む世界17か国に事業を展開。2025年には世界全体の流通取引総額が30億ユーロを超え、前年比32%の成長を記録した。フランスは今も同社最大の市場である。

そんな急成長企業が主催するイベントには、科学者、起業家、ジャーナリスト、環境活動家らが集まった。掲げられた目標は、「スマートフォンを10年間使い続けられる社会」の実現である。

「10年使えるスマートフォン」の実現を呼びかける、Back Market共同創業者兼エグゼクティブ・チェアマンのThibaud Hug de Larauze氏

しかし、そのために必要なのは、丈夫なスマートフォンを開発することだけではない。製品を売った後の収益構造から、消費者が「品質」と認識するもの、競争を左右する法律まで変える必要がある。この日語られた「スローテック」は、環境配慮にとどまらず、ものづくり企業のビジネスモデルそのものを問い直す議論だった。

傷を直さないことが、新しい商品価値になる

「どうせスマホにはケースをつけるのだから、傷なんて誰が気にするのか」

そう語ったのは、Back Marketの最高製品責任者、Amandine Durr氏だ。

同社はこの日、新たなサービス「Back Market Outlet」を発表した。正常に動作するものの、外装には傷やへこみがある製品を、より手頃な価格で販売する仕組みである。現在はフランスと英国で提供を開始しており、今後は日本を含むほかの国にも展開予定だ。

中古製品の価値を高めようとすると、通常は新品に近づけることを考える。傷を消し、外装を交換し、見た目をきれいに整える。しかしDurr氏は、そうした作業の一部が本当に必要なのかを問い直した。

Back Marketの最高製品責任者、Amandine Durr氏

表面に傷があっても問題なく使えるのであれば、それを受け入れる消費者にとって、外装の修復は必ずしも価値を生むとは限らないはずだ。むしろ、不要な整備工程を省くことでコストを抑えられる可能性がある。これは単なる値引き販売ではなく、何を「品質」とみなし、何に対価を支払うのかという、商品価値そのものを問い直す試みでもある。

興味深いのは、ここに環境配慮を我慢として売り込む必要がないことだ。傷のある製品を選ぶ消費者は、より安い価格という合理的な利益を得られる。

サステナブルな商品をどう売るか。その前に、私たちは必要以上の品質を、当たり前のように商品に組み込んでいないだろうか。

「10年使えるスマホ」を実現するのは、技術だけではない

もっとも、製品を長く使い続けるためには、外観への価値観を変えるだけでは足りない。

「10年使えるスマホとは、一度も壊れないスマホではない。修理できるスマホだ」

修理情報や部品を提供するiFixitのSandra Auboy氏は、そう語った。バッテリーや画面を交換できる構造、入手しやすい交換部品、修理手順の公開。これらは特別な未来技術ではなく、製品設計と事業方針によって実現し得るものだ。

ただし、修理可能性を高めることは、メーカーにとって新たな競争を受け入れることも意味する。部品が供給され、修理情報が開かれれば、メーカー自身だけでなく、独立した修理業者やリファービッシュ事業者も製品の寿命を延ばすサービスを提供できるからだ。

Back Marketでサステナビリティ・公共政策部門を率いるMarie Castelli氏は、その可能性を自動車産業に重ねた。自動車は、新車として一度売られた後も、中古車として所有者を変え、整備や部品交換を重ねながら使われる。その過程で、販売店、整備事業者、部品メーカーなど、さまざまなプレーヤーが価値を生み出している。

スマートフォンでも、同じような市場をつくれるのではないか。そのためには、製品を売る瞬間だけでなく、購入後の10年間を一つの市場として捉える必要がある。

製品の長寿命化によって新品販売の機会が減るとしても、修理、部品供給、再販売、保証といった市場が広がる余地はある。ただし、その収益が誰に帰属するかは、メーカーの事業モデルや市場の競争条件によって異なる。

問われるのは、新品を売り続けること以外に、顧客と長く関わりながら利益を生む仕組みを設計できるかということだ。

Back Marketでサステナビリティ・公共政策部門を率いるMarie Castelli氏

EUの規制は、企業の「売った後」にまで踏み込む

こうした変化を後押ししているのが、欧州の規制である。

EUでは2025年6月から、対象となる新しいスマートフォンなどについて、主要な交換部品を当該モデルの販売終了後7年間供給することや、一定期間のOS更新などを求めるエコデザイン規則が適用されている。さらに2026年7月には、製造者に一定の修理義務などを課す「修理する権利」に関する新たな制度が適用段階に入った。つまり、企業は製品を売った時点で顧客との関係を終えることが、ますます難しくなっている。

ここには、経営上の重要な変化がある。かつて修理は、新製品の販売に付随するアフターサービスとして捉えられがちだった。しかし製品を長く使うことが標準になれば、交換部品の調達、ソフトウェアの維持、修理業者との連携、再販売までが、商品の競争力を左右する。

その意味で、修理可能性はサステナビリティ部門だけの課題ではない。設計、調達、営業、法務、事業開発が横断して考えるべき経営課題になりつつあるのだ。

会場に設けられた、スマートフォンに使われるレアアース(希土類)の採掘と、その背後にある環境負荷や人権問題、地政学的な対立を紹介する展示「The Global Fallout」。砂に埋もれた情報をブラシで掘り起こしながら、普段は見えない資源採掘の影響を学ぶことができる。

修理する権利は、民主主義の問題でもある

「彼らには顧客がいない。いるのは人質だ」

最後のセッションで、作家・デジタル権利活動家のCory Doctorow氏が放った言葉だ。同氏は、巨大テック企業が利用者を自社サービスに囲い込み、他社への乗り換えや独立した修理を難しくする構造を批判した。たとえば、製品の部品を物理的に交換できたとしても、メーカーのソフトウェアがその部品を認証しなければ動かない場合がある。製品を購入した人が修理を依頼する先を選ぼうとしても、選択肢が制限されてしまうのだ。

ここで問題となるのは、所有者の自由だけではない。特定のメーカーしか修理できない仕組みは、ほかの事業者が市場に参入する余地も狭める。反対に、修理情報やソフトウェアへのアクセスが開かれれば、独立修理、部品の再利用、互換性のあるサービスなど、新しい事業の可能性が生まれる。

Doctorow氏はさらに、こうした市場の独占が政治権力と結びつく「寡頭制(Oligarchy)」への懸念を示した。巨大企業に経済的な力が集中すれば、政府が規制を設けようとしても、その影響力によって実効性が損なわれかねない。同氏は、技術的保護手段の回避を制限する著作権法が、独立した修理や新規参入を妨げる場合があるとも指摘した。

つまり、問われているのは「誰が修理できるか」だけでなく、「誰が技術のルールを決められるのか」ということだ。本来、企業活動を規律するルールは、民主的な制度を通じて定められる。しかし、技術や市場が少数の企業に支配され、その企業がルールづくりにも強い影響力を持つようになれば、市民の意思を政策に反映することも難しくなる。

もちろん、製品の安全性やプライバシーを守るための制御は必要だ。重要なのは、その制限が何を守り、誰の利益につながっているのかを問い続けることである。スローテックは、環境負荷を減らす議論であると同時に、市場で競争する自由と、技術のあり方を社会が決める力をどう守るかという、民主主義の議論でもあるのだ。

作家・デジタル権利活動家のCory Doctorow氏

循環経済は、何が減れば成功なのか

修理や中古市場の拡大は、循環経済を実現するうえで重要な一歩だ。しかし、製品を長く使う「スローテック」の視点から考えると、市場の成長だけでは測れない成果がある。

興味深いのは、Back Marketの最高製品責任者であるDurr氏が、単に中古製品の販売を増やすのではなく、「新品購入からどれだけ市場シェアを獲得できるか」が同社の最も重要な目標だと語ったことだ。

実際、中古市場が成長しても、それが新品の購入を置き換えるのではなく、新たな消費を生むだけなら、資源採掘や製造の削減には必ずしもつながらない。

さらに、2026年9月にエレン・マッカーサー財団などが公表した北米の携帯電話に関する報告書によると、同地域では携帯電話の約50〜70%が修理、再販売、譲渡などによって再使用されると推計されている。しかし、最終的に寿命を迎えた端末に含まれる資源の多くは、廃棄物の流れに入り、あるいは域外へ輸出されているという(※2)。つまり、長く使われることと、使い終えた後も資源として循環することは、必ずしも同じではないのだ。

そして、資源の消費を減らすだけでは、すでに採掘によって生じた被害が解消されるわけでもない。コンゴ民主共和国出身の活動家David Maenda Kithoko氏は、傷ついた土地や人々に対する「Reparation(修復・賠償)」の必要性を訴えた。

製品を長く使うことは、新たな資源採掘を減らすための重要な手段になり得る。しかし、その成果を販売台数や市場シェアだけで測ることはできない。新品の製造を実際にどれだけ減らせたのか、そして、これまで資源採掘の負担を引き受けてきた地域に、どのような変化をもたらせたのか。循環経済の成功を測るには、製品が市場で何度売れたかだけでなく、その結果、何を新たにつくらずに済んだのかという視点も欠かせないだろう。

コンゴ民主共和国出身の活動家David Maenda Kithoko氏

長く使われるほど、価値が生まれる企業へ

製品の寿命が延びれば、修理や再販売という新たな市場が生まれる。しかし、新品の販売減を、それらの売上だけで補えるとは限らない。企業にとっての売上減少が、消費者にとっては買い替え費用の節約になることもある。

では、製品が長く使われる社会で、企業はどのように利益を生み出すのか。修理や中古販売で生まれる収益を誰が得るのか。そして、その変化を新たな製造や資源採掘の削減にどうつなげるのか。

これまで企業は、顧客に「次も買いたい」と思ってもらうために技術を磨いてきた。しかし、これからは「次を買わなくてもいい」と思えることを、企業の成功として設計できるだろうか。

「売れなくなる」ことを、成長戦略に。 その実現には、販売台数や売上だけでなく、製品がどれだけ長く使われ、新品の製造をどれだけ代替したのかという視点も欠かせない。スローテックは、企業にとっての成長と、社会にとっての豊かさを、必ずしも同じものとして扱わない経済への転換を問いかけている。

※1 Smartphones and Tablets
※2 Missing signal: Unlocking a circular economy for mobile phones in North America

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この記事を書いたライター

IDEAS FOR GOOD編集長。大学卒業後、日系不動産会社のベトナム支店で営業マネージャーを務めたのち、アーティクル株式会社に入社。2018年よりサステナビリティをテーマに国内外で取材・編集企画に携わる。現在はフランス・パリを拠点に、企業や起業家、研究者などを取材。Artiql Europeでは、欧州のサーキュラーエコノミーに関するリサーチや視察、イベント、教育プログラムを企画する。WCEFやISEE-Degrowthなど国際会議への参加・取材のほか、企業向けセミナーでの登壇実績を持つ。関心テーマは、人と社会、地球の豊かさを支える新しい経済のあり方。