先住民ツーリズムとは・意味
先住民ツーリズムとは?
先住民ツーリズム(インディジネス・ツーリズム、Indigenous Tourism)とは、簡単に言えば、先住民の文化に焦点を当てた観光形態を表す。
先住民ツーリズムは文化的ツーリズムのひとつである。
足立照也『北西太平洋岸先住民社会における先住民ツーリズムに関する研究ノート-文化力の観光活用-(阪南論集社会科学編 Vol. 51 No. 3、2016年)』によると、文化的ツーリズムとは、芸術作品や工芸品、食べ物や飲み物、言葉や祭りなどのさまざまな文化要素によって表される文化的に異なる人びとの生活を、旅行者がオーセンティック(日本語で「本物の」「正真正銘の」などと訳される)な環境下で実際に観て体験するツーリズムである。
今日、観光業界のトレンドにおいて、文化的な観光体験に対する需要が高まっており、より多くの観光客が、自分とは異なる文化に浸り、その文化での習慣や伝統を体験できる有意義な経験を求めている。文化的ツーリズムには過去の遺跡を巡る「ヘリテージ・ツーリズム(heritage tourism)」や農業体験など田園地帯を対象とするツーリズムなども含まれる。
先住民ツーリズムは「原住民ツーリズム」「アボリジナル・ツーリズム(aboriginal tourism)」「エスニック・ツーリズム(ethnic tourism)」などとも呼ばれる。また「ネイティブ(native)」「トライバル(tribal)」などの用語をつけて呼ばれることもある。いずれも、先住民や原住民と呼ばれる人びとの文化が対象となる。
同文献によると、先住民ツーリズムとエスニック・ツーリズムは厳密に区別されることもある。この場合、先住民ツーリズムは旅行者とは異なる地で暮らす部族集団の伝統的な生活様式を体験する旅を表す。一方、エスニック・ツーリズムは旅行者と同じ社会に暮らす少数民族や移民などの文化などが対象となる。
先住民ツーリズムの具体例
旅行雑誌「コンデナストトラベラー(Condé Nast Traveller)」はウェブサイトにて、カナダの先住民ツーリズムについて紹介している。
カナダには現在、約200万人の先住民が暮らし、50以上の異なる伝統的な言語が話されている。カナダのケベック市郊外にあるOnhoüa Chetek8e Huron Traditional Siteでは、ヒューロン・ウェンダット族の歴史と文化を学ぶことができる。30年以上にわたって運営されているOnhoüa Chetek8e Huron Traditional Siteには、16世紀の(ヨーロッパと接触する前の)ヒューロン・ウェンダット族の暮らしぶりを示す村が復元され、また伝統的な野菜や狩猟肉などを提供するレストランや体験型のアクティビティもある。
ノースウエスト準州イエローナイフには、旅行者のオーロラ鑑賞をサポートする先住民によるツアー会社がいくつかある。ノーススターアドベンチャーズ(North Star Adventures)ではオーロラが現れるのを待つ間、先住民のガイドがカナダの先住民であるデネ族の伝説や物語を話してくれる。同社はオーロラツアーを「オーロラハンティング」と呼び、曇っていてオーロラが見えない、あるいは見えにくい場所では、数マイル離れた湖や草原などに移動する。オーロラが定点に来るのを待つのではなく、先住民のガイドとともにオーロラを見るのに適した場所を探し出すのが特徴だ。
なお、カナダにはカナダ先住民観光協会(ITAC:Indifenous Tourism Association of Canada)がある。ITACは、カナダの10の州と3つの準州に住む先住民の社会経済状況を改善することを目的に、先住民の観光事業者やコミュニティなどに対して、経済開発の提案業務やトレーニングおよびワークショップなどのサービスを提供し、先住民ツーリズムの成長を支援している。ITACの公式ウェブサイトには、おすすめの先住民ツーリズム、旅行パッケージリストが公開されている。
日本の先住民ツーリズムに、アイヌ民族の文化や歴史に触れるツーリズムが挙げられる。アドベンチャー北海道(Adventure Hokkaido)は、北海道の先住民族であるアイヌの文化と歴史に触れ、霊峰・嵐山への日帰り登山を楽しむツアーを提供している。1916年に設立され、現在はその子孫によって運営されているアイヌ民族の歴史的な博物館「川村カネトアイヌ記念館」を訪問したり、アイヌの聖地である嵐山にハイキングしながら、アイヌ民族の自然崇拝の精神をガイドから学んだり、といった体験ができる。
阿寒湖のさまざまな現地ツアー・アクティビティを提供する阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社では、旅行者がアイヌ民族のガイドとともにアイヌ文化を体験することができるプラン「阿寒アイヌ文化ガイド」が提供されている。
有意義な先住民ツーリズムにするために
国連世界観光機関(World Tourism Organization=UNWTO))によると、世界の約3億7千万人の先住民族が観光事業に携わっているという。先住民が主導する観光が持続可能な方法で管理されれば、雇用の増加、貧困の削減、地域コミュニティの強化、文化振興の促進、土地、自然、先住民の持続的な関係を可能にするとされている。
カナダ・ブリティッシュコロンビア州(以下、BC州)の公式観光機関「Destination BC」は、先住民ツーリズムを始めとする文化ツーリズムへの関心の高まりが、BC州の先住民族に歴史や文化の一部を共有するビジネスを展開する機会を与えた、とウェブサイトで書いている。同サイトによれば、2016年時点で、BC州で約401の先住民観光関連事業が営業しており、7億500万ドルの国内総生産を生み出し、7,400人の直接雇用を創出した、とある。
しかし、先住民ツーリズムを先住民と旅行者の双方に有意義なものにするためには注意点もある。なぜなら、先住民族は何世紀もの間、さまざまな差別、先祖代々の土地からの移住、文化的同化に直面してきたからだ。近年では、天然資源の深刻な枯渇にも直面している。このような背景から、2012年、オーストラリアのダーウィンで開催された世界先住民族観光連盟(WINTA)によってララキア宣言が採択された。
ララキア宣言は、観光事業に関係する人たちが、先住民の文化や権利、伝統を保護し尊重するための役割について言及している。ララキア宣言が求めているのは、観光部門と先住民族との間のより公平なパートナーシップだ。先住民ツーリズムの発展は、先住民族コミュニティ、政府、観光地、民間企業、市民社会との健全なパートナーシップなしにはありえない。
ヨーロッパのニュース専門放送局「ユーロニュース(Euronews)」は好ましくない先住民ツーリズムのあり方について、「数千年にわたる文化や歴史を早足でたどるような先住民ツーリズムは、先住民にとって教育的でもなければ楽しいものでもない」「旅行者がインスタグラムのストーリーをあげるために、先住民族の文化や歴史を実際に理解することなく、先住民族の生活体験を収益化するのはダメなやり方だ」とウェブサイトにて述べている。
先住民ツーリズムにおける、配慮すべきポイント
UNTWOは先住民ツーリズムにおける一般的な考慮事項として、先住民族コミュニティに対して社会経済的・人権的側面を考慮する必要がある、と「先住民族観光の持続可能な開発に関する勧告」で述べている。その具体的な内容は以下の通りだ。
- すべての関係者が先住民族の文化的価値観や慣習などを尊重すること
- 観光事業や商品、サービスなどの計画から管理まで、透明性のある話し合いを実現すること
- 先住民族のスキル開発とエンパワーメントの促進を支援すること
- 公平な先住民の事業と持続可能なビジネス慣行を支援すること(経済的利益を高めるだけでなく、コミュニティの発展、個人の生活向上に貢献するなど)
- 先住民の自然・文化財や知的財産の保護に参加すること
同勧告18〜20ページには旅行者向けの勧告が掲載されている。旅行者として先住民ツーリズムに参加する場合に注意したいことを、同勧告より一部抜粋して紹介する。
- 参加前に、訪問先の先住民の歴史や文化、行動規範を理解しておく
- 参加中は、現地の水や動物、植物を大切に扱う
- 参加中は、あらかじめガイドに「やっていいこと」と「やってはいけないこと」を聞き、それに従う
- 先住民族コミュニティによって管理されている地域では、旅行者に開放されている場所にのみアクセスする(場所や儀式によっては、精神的な意義があるため神聖視されたり、単に観光客の立ち入りが禁止されていたり、安全でない場合がある)
互いにとって有益な観光とするために、先住民ツーリズムのプログラムなどに参加する場合には、同勧告に目を通しておくことをおすすめする。
【参照サイト】足立照也『北西太平洋岸先住民社会における先住民ツーリズムに関する研究ノート-文化力の観光活用-』(阪南論集社会科学編 Vol. 51 No. 3、2016年)
【参照サイト】5 Unique Ways to Experience Indigenous Culture in Canada
【参照サイト】Onhoüa Chetek8e Huron Traditional Site – Indigenous Tourism Destination
【参照サイト】North Star Adventures
【参照サイト】Indigenous Tourism Association of Canada
【参照サイト】Asahikawa Ainu 1 Day Hiking & Culture Tour – Adventure Hokkaido
【参照サイト】阿寒アドベンチャーツーリズム
【参照サイト】Indigenous tourism: Empowering a sustainable future – Checkfront
【参照サイト】Indigenous Tourism – Destination BC.