合成生物学（Synthetic Biology）とは？

合成生物学（Synthetic Biology）とは、標準化やモジュール化などの工学的アプローチにより、本来の生物にはない新たな生命現象を人工的に作り出すことを目的とする学問分野のことをいう。具体的には、生物が持つ性質を遺伝子レベルの機能として捉え、特定の遺伝子の働きを変える「ゲノム編集」や、さらにはDNAのパーツを組み合わせて新たな生命体をつくろうとする「ゲノム合成」といった方法で研究が行われている。

遺伝子組み換えとゲノム編集の違い

私たち人類ははるか昔から、作物や家畜の病気への耐性を高めたり、収量を増やしたり、味を良くしたりするために品種改良（＝育種）を行ってきた。この品種改良の歴史の中で革新的な技術として現れたのが「遺伝子組み換え」だ。

遺伝子組み換えとは、外から新たな遺伝子をゲノムに挿入することにより、これまで持っていなかった性質を付加する技術。一方、ゲノム編集とは、働きがわかっている遺伝子をクリスパー（CRISPR）と呼ばれるツールを用いて切断などして、その性質をピンポイントで変える技術である。つまり、自然界で起こりうる突然変異を人工的に起こさせるものだ。

ゲノム編集の最大のメリットは品種改良に要する時間の短縮である。従来の放射線や化学物質を使った品種改良では商用化まで数年から数十年の時間を要するが、ゲノム編集であれば1年から4年程度で商用化が可能だ。

図表　育種の歴史（出典：農林水産省）

合成生物学は新しい産業革命をもたらすか

国内外で、エネルギー、食料、ものづくり、医療・ヘルスケアなどの分野でゲノム編集技術を用いた研究が進められており、2030年にはOECD加盟国合計で200－400兆円の産業規模に達すると予測されている。

例えば、バイオ燃料の生産効率向上、筋肉質で肉厚な真鯛の量産、CO2を原料とする生分解性プラスチックの生産、抗体医薬や遺伝子治療などの実用化が既に視野に入っている。蒸気機関の発明が19世紀の産業革命の原動力となったように、合成生物学が現代の産業革命をもたらすと期待する声が大きい。

図表　合成生物学が経済・社会・暮らしを変える可能性（出典：内閣府）

また、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻や世界各地の地政学リスクの高まりにより、経済安全保障の観点から合成生物学に注目する有識者もいる。合成生物学の技術を用いれば、エネルギー、食料、化学肥料や医薬品原料などの重要物資の他国への依存度を下げられるというわけだ。

テロリストや自殺的大量殺人に利用されるリスク

このように合成生物学にはさまざまな可能性が広がっている一方で、その活用を懸念する声もある。一つは、人体への安全性や生態系への影響、生命を人為的に操作することに関する倫理観にかかわる問題だ。これについては、国ごとに医薬品や遺伝子組み換え食品と同様の規制がつくられており、技術的に確立されていても実用化されていないケースもある。

もう一つが生物兵器として利用されるのではないかという懸念だ。遺伝子工学とコンピューター技術の進歩により、ある程度の専門知識があれば致死性の高いウイルスや細菌を作ることができる時代はすぐそこまできている。

音楽配信ソフト「Rhapsody（現Napstar）」の創業者で作家のロブ・リード氏は、「合成生物学が人類を滅亡させる可能性とそれを防ぐ方法」というTEDトークのなかでこうした現状に警鐘を鳴らすとともに、以下の4つの点を予防策として挙げている。

• テクノロジーを受容すること、禁止してはいけない
• 研究者を登録制とすること
• 悪用を防ぐ対策をしっかり行うこと
• 研究者のメンタルヘルスをケアすること

アルフレッド・ノーベルが建設・土木作業用の安全な爆薬として発明したダイナマイトは、戦争で多くの人々を殺す道具として使われた。現代の私たちは合成生物学をどう使いこなすのか、人類の叡智が問われている。

【参照サイト】農林水産省　農林水産技術会議　ゲノム編集の特徴は？ 遺伝子組換えとどう違うの？
【参照サイト】内閣府　合成生物学による新しい産業革命
【参照サイト】京都大学　京大発、「肉厚マダイ」参上　食に革命を起こすゲノム編集と安全
【参照サイト】アライアンス・バーンスタイン　培養肉から電気自動車まで、サプライチェーン問題解決のカギを握る合成生物学
【参照サイト】TED　合成生物学が人類を滅亡させる可能性とそれを防ぐ方法
【参考文献】サイエンス超簡潔講座　合成生物学（ジェイミー・A・デイヴィス著/ニュートンプレス）
【参考文献】合成生物学の衝撃（須田桃子著/文藝春秋）

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