「自分にしかできない仕事」「誰にでもできる仕事」は両方苦しい?仕事の評価をめぐるまなざしを再考する

2026.09.28

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職場では、ある仕事を長い間一人の担当者が担っているうちに、その人にしか分からないことが増えていく場合がある。確認の連絡が集中し、その人が休むと、ほかのメンバーの仕事まで滞ってしまう。そんな状態に心当たりがある人もいるのではないだろうか。

「このままではまずい」と、ほかのメンバーにも仕事のノウハウを引き継ぐことになる。「これはこうして」「困ったらここを確認して」と、一つひとつ説明し、必要な情報を整理していく。やがて質問される回数は減り、担当者が休んでいても、仕事は滞りなく進むようになっていく。

チーム全体で仕事を回せるようになった──本来なら、それは喜ばしい変化のはずだ。ところが、いざ自分がいなくても仕事が進むようになると、ほんの少し胸がざわつくことがある。

「もしかして、もう私は必要ない?」

そんな疑問が、ふと頭に浮かぶ。属人化が解消され、チームにとっては良い状態になったはずなのに、なぜか自分の価値が少し揺らいだように感じてしまう。そんな経験も、珍しいものではないのかもしれない。

会社にとって、「○○さんに聞かなければ分からない」「○○さんが休んだら仕事が止まる」という状態はリスクになる。だから、知識を共有し、特定の一人に依存しない状態をつくることには意味があるだろう。だが、「この仕事はあなたにしかできない」という評価の言葉は、言われた人の存在を特別なものにし、誇りを持たせてくれるものでもある。だからこそ、そんな仕事が一つ減ることに大きな不安を覚える人もいるかもしれない。

「私にしかできない」がくれる安心

「あなたにしかできない」という言葉が与えてくれるものは、能力を認められたという満足感だけではない。それは、「ここにはあなたの居場所があります」というメッセージをも私たちに伝えるのではないだろうか。

早稲田大学の阿比留久美教授は、居場所には「自分はここにいていい」と感じられる心理的な側面と、「誰かの役に立っている」と感じられる社会的な側面があると説明している(※1)。つまり、「私にしかできない=他でもない私自身が会社に貢献している」という感覚は、「ここにいる意味がある」という、居場所への安心感の源にもなっているのではないだろうか。

また、阿比留教授は、学校や会社だけを主な居場所にしていると、その場所を失わないために、そこで評価や承認を得なければならないというプレッシャーが強まりうると指摘している(※1)。

だとすれば、「私にしかできない仕事」を失うことへの不安は、単に「特別でいたい」という気持ちだけから生まれるわけではなさそうだ。自分にしかできない仕事は、「私はここで必要とされていること」「ここに居場所があること」の分かりやすい証拠になっている場合もある。さらに、それが「評価されなければいけない」というプレッシャーにもつながっていくのだろう。

「ほかの誰にもできない」なら、評価されるのか

では、「ほかの誰にもできないこと」ができれば、それだけで高く評価されるのだろうか。ここで、あるエピソードを紹介したい。

木村石鹸の代表取締役社長、木村祥一郎さんは、note「『変な人』が居続けられる組織」で、前職にいた一人の人物について振り返っている。その人は、なかなか出会えないような人との接点を作るなど、他の社員には真似られない、つまり「その人にしかできない」仕事ができたそうだ。一方、「当たり前」とされる仕事をこなすことは苦手だったという。そんななか、組織のなかで「当たり前のことができること」「満遍なく平均点を取れること」に比重が置かれるようになり、その人は会社を離れてしまったのだと木村さんは記している(※2)。

このエピソードは、興味深い矛盾を見せてくれる。ほかの誰にもできないことができる人が、必ずしも「価値がある」と評価されるわけではない。逆に、「その人にしかできない」わけではなくても、組織が「当たり前」としている仕事を卒なく遂行できることは、仕事上の価値判断に大きく関わってくることが多い。

GOODとBAD

「価値がある」と決めているのは誰か

では、そもそも、価値とは何なのだろうか。例えば、会社にとっての仕事の価値は、事業を継続するために必要な仕事を安定して遂行できることかもしれない。一方で、顧客にとっての価値は、自分の困りごとが解決されることかもしれないし、同僚にとっては、スムーズにコミュニケーションでき、滞りなく業務が遂行できることが重要なのかもしれない。

つまり「価値がある」と言うとき、そこには「何の目的で」「誰が」「どのような方法で」「何を基準として」測っているのかという前提がある。

だが、ときに、ある役割や目的に照らして導かれた“単なる”仕事上の評価が、「能力がある/ない」「努力している/していない」「ここにいていい/いけない」というように、その人自身を測るものにまで広がってしまっているように見える。

「あの人には価値がある」という言葉は、その人を評しているようでいて、実は評価する側の価値観をも映し出しているのかもしれない。

ものさし

まず、ものさしを疑ってみる

会社が「誰が休んでも仕事が回る状態」を目指すこと自体は、おかしなことではない。一方で、「『替えの利かない人』ほど価値が高い」というメッセージを送り続けるなら、働く側が「私にしかできない仕事」を手放すことに不安を覚えるのも不思議ではないだろう。

「どんな仕事をしていても、あなた自身に価値があるはず」──そんな言葉を目にすることは少なくない。きっと、多くの人はそれを頭では理解している。それでも、「私にしかできない仕事」がなくなることへの怖さは、簡単には消えてくれない。

むしろ「あなたには別の価値がある」と励まされるほど、今度はそれを見つけなければならない気がしてしまうこともある。一つの特別さを手放しては、また別の特別さを探し、また次の特別さを探し……「ここにいて良い理由」を証明し続ける。そのスパイラルから抜け出すのは、なかなか難しいものだ。

価値というものは、どこかに固定されたものではない。その人が所有する何かの“量”ではなく、“人・仕事・周囲とのあいだで、その都度立ち現れるもの”だと捉えることもできる。

だからこそ、問うべきなのは「この人には価値があるか」ではなく、「私たちが何を価値あるものとして見ているのか」ということではないだろうか。それは決して、「私にしかできない」「誰にもできる」にまつわるモヤモヤや痛みを取り去ってくれる特効薬ではないかもしれない。だが、「価値」をめぐるまなざしを分解することは、じわじわと体質を改善する漢方薬のような存在にはなってくれると信じている。

※1 心の健康を導く「居場所」とは? 阿比留先生と考える生きやすい社会(早稲田ウィークリー)
※2 「変な人」が居続けられる組織(木村祥一郎・note)

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この記事を書いたライター

大学ではメディア文化を専攻し、政治、広告からおもちゃ、ファッションまで幅広い題材を通して意味の形成過程やモノの見方について学ぶ。入社後は、IDEAS FOR GOODでの編集・ライティングに従事し、発達障害やうつの方のためのビジネススクール「キズキビジネスカレッジ」との共同ライティングプログラムの立ち上げにも携わる。そのほか、企業のオウンドメディア運営支援や展示企画などを担当。関心テーマは多様性、とくにニューロダイバーシティ。ハッとする言葉や考え方との出逢いは、人をしなやかに変えてくれると信じており、新しいアイデアや発想の仕方、それを届ける多様な表現に触れるのが好き。目標は、言葉の力で、誰かの心を「紙1枚分」軽くすること。