文化に根付く物語が、「本物」の旅へ導く。サステナブル観光の先駆者オーストラリアに学ぶ、地域を消費しない観光

2026.08.24

Natsuki

観光は、誰にとって、どんな「意味」を持つだろうか。それは地域に経済的な恩恵をもたらす一方、過剰な開発や混雑、文化の商品化を通じて、その土地の自然や暮らしに負荷をかけることもある。しかし近年、そうした旅のあり方に疑問を投げかけ、新たな選択肢を模索する動きが世界各地で広がっている。

Booking.comが2026年5月に公開したリサーチによれば、世界の旅行者のうち85%、日本の旅行者のうち71%が「サステナブルな旅行を重要・非常に重要」と回答(※1)。これは単なる一時的なトレンドにとどまらず、旅をするという行為そのものに対する人々の意識が、根本から変わりつつあることを示唆しているのかもしれない。

旅先での買い物や参加するツアーが、現地の自然を壊していないかどうか。滞在そのものが、地域の人々の生活や文化を損ねていないかどうか──そうした倫理的な問いを胸に、旅を通じて地域に貢献しようとする「意味のある観光」への支持が強くなっている。この旅行者側の変化は、観光地や事業者に対しても、従来のビジネスモデルの変革を後押しするだろう。

訪れる側と迎える側のどちらもが、自然と地域社会を守るための、持続可能な観光を求めている。では、具体的にどんな変化が必要なのだろうか。そして観光が、地域を消費するものから、自然や文化を守り育てるものへと変わるとき、旅の体験そのものはどう変化するだろうか。

IDEAS FOR GOOD編集部は2026年6月、Booking.comが主催する、オーストラリアのサステナブルな観光の形に触れるツアーに参加。自然や地域社会と調和する観光には、どんな要素が必要なのか。先駆者であるオーストラリアの取り組みと、観光の現場を束ねる組織の声から学んでいこう。

話者プロフィール(写真左から順に)

Elissa Keenan(エリッサ・キーナン)Ecotourism Australia CEO
Emma Tunnock(エマ・タノック)ポート・ダグラス・デインツリー観光局 エグゼクティブ・オフィサー
Todd Lacey(トッド・レイシー)Booking.com オセアニア&韓国代表

世界初・国家レベルのエコツーリズム認証を作ったオーストラリア

観光が招く土地開発や自然利用は、行き過ぎれば、地域の自然や文化を壊してしまう。

一方で、適切な仕組みを設計すれば、観光はむしろそれらを守り育むためのツールにもなるだろう。その可能性を信じ、より良い観光のシステム作りにいち早く取り組んできた国の一つが、オーストラリアだ。

オーストラリアは、エコツーリズム先進国として知られる。その中心的な役割を果たしてきた組織の一つが、1991年に設立された非営利団体・Ecotourism Australia(エコツーリズム・オーストラリア)だ。まだ世界的に「エコツーリズム」の定義が曖昧であった時代から、30年以上にわたり、エコツーリズムをオーストラリアの主流産業へと導くべく、さまざまな施策を手がけてきた。

認証の代表例|Image via Ecotourism Australia

1996年には、世界初となる国家レベルのエコツーリズム認証プログラム「自然環境評価プログラム(NEAP)」を開発・導入。業界に客観的な「基準」を持ち込んだ。

そして2003年には、NEAPの改訂版として、包括的な持続可能性の基準をクリアしている観光事業者であることを示す「ECO認証」をスタート。その後、事業者単位の評価からさらに一歩進め、観光地全体をサステナビリティの視点で管理する「エコ・デスティネーション(目的地)認証」を2018年に開始するなど、複数の認証プログラムを設置している。

Ecotourism Australia代表のエリッサ氏は、こうした認証システムの発端をこう語る。

Ecotourism Australia代表・エリッサ氏

「認証を始めたのは、観光事業者たちが『自然環境の中でビジネスをする以上、環境を守るためにより良い方法を実践したい』と自発的に声を上げたのがきっかけでした。現在のように会議室でサステナビリティが議論される遥か前から、観光の現場に立つ人々は自分たちの手で風景を守る仕組みを考えていたのです。

私たちはこの風景を守り、未来の世代に引き継がなければなりません」

こうした認証は、観光事業者のアクションを強要するのではなく、道標となる形で変化を支えてきた。Ecotourism Australiaも、ただその基準を与えるのではなく、より良い観光を目指す事業者の変化をサポートする支援を多岐にわたって提供することによって、国内の持続可能な観光を少しずつ形にしてきたのだ。

地域全体で育む、エコ・デスティネーション認証

観光が地域社会に与える影響は、ホテルやツアー会社といった個別の点だけで解決できるものではない。交通インフラ、自治体のごみ処理システム、地域住民の生活環境、文化のあり方など、地域という「面」全体で持続可能性に向き合う必要がある。

こうした課題背景から2018年に生まれたのが、自然を基盤とした観光地や地域全体を対象とした「エコ・デスティネーション(目的地)認証」であった。

このエコ・デスティネーション認証を国内で初めて取得した地域は、同国北部クイーンズランド州のポート・ダグラス。ここは、世界最古の熱帯雨林と、グレートバリアリーフを擁する太平洋が直に接続する稀な自然に恵まれた地。

デインツリー熱帯雨林でファースト・ネーションズ(先住民の敬称)の人々により開催されているDreamtime Walkツアー。

Image via Shutterstock

ポート・ダグラス観光局のエマ氏は、その豊かな自然を守るための地域全体でのルールも重要であることを示唆する。

「ビーチを歩いていても、そこにリゾート施設があることには気づかないはず。ここでは『ヤシの木より高い建物を建ててはならない』という景観・開発規制を設けているからです。自然環境とコミュニティ、そしてこの地の魂を守るために、議会が厳格にルールを維持しています。

ポート・ダグラスは、世界で初めてEcotourism Australiaから『エコ・デスティネーション認証』を取得した、記念すべき場所です。私たちはこれを単なるマーケティングツールとしてではなく、誇りであり、事業者たちが自然とどう関わるべきかを示す指針としています」

ポート・ダグラス観光局(Port Douglas Daintree)・エマ氏

2026年現在、ポート・ダグラスにはホテルやツアー事業者など、30以上のエコ認証取得組織が存在し、これは国内でも高い集積度なのだという。

さらに、この「地域全体を認証する」というアプローチは、豊かな自然資源を観光資源としていない地域にも応用されている。Ecotourism Australiaは2022年、都市部などの地域に向けた新たな枠組みを立ち上げた。どのような環境の地域であっても、それぞれの足元にある資源に基づき、持続可能な観光地づくりに取り組める仕組みが提供され始めている。

認証は決して「ゴール」ではない

観光におけるサステナビリティについて語るとき、「認証を取得すること自体が目的化してはいないか」という批判は常に真摯に受け止めるべき課題だ。認証を取得して終わり、となればグリーンウォッシュに繋がるリスクもあるだろう。

一方、事業を取り巻く環境も変化している。EU(欧州連合)では2026年9月27日より、「グリーン移行に向けた消費者エンパワーメント指令(EmpCo指令)」が全域で施行され、根拠のない環境ラベルに対する規制が強化される。この中で観光分野は大きく取り沙汰されているわけではないものの、変化の兆しがあることをエリッサ氏はこう指摘する。

「オーストラリアの観光業界も、Booking.comなどのプラットフォームを通じてヨーロッパの顧客にアプローチしている以上、このルールに準拠する必要があります。ヨーロッパの規制は一見遠く感じられるかもしれませんが、かつてEUがiPhoneの充電器の頻繁な規格変更を禁止したことで世界中の仕様が変わっていったように、このサステナビリティ規制は観光の認証プログラムにも変化を与えるでしょう。

ECO認証や、サステナブルツーリズム認証プログラム、そして独立した第三者による監査と検証を含む枠組みにより、私たちの認証を表示している観光事業者がEUの要件を満たしていることを保証でき、嬉しく思っています」

より旅行者にとって分かりやすい認証の形は、今後も推進されていくだろう。同時に、証明書やマークを掲げていても、観光の現場で働く人々や住民の暮らしが軽視された形だけの取り組みであれば、認証は本質的な意味を失ってしまう。

実は、こうした「表層的な観光体験」への課題意識は、すでに観光分野の議題に上がっているようだ。データから見えてきた兆しを次章でみてみよう。

求められる、本物の体験。観光は土地を「尊重」できるか

Ecotourism Australiaが歩んできた約30年にわたる取り組みは、持続可能な観光を一過性のブームに終わらせないシステムづくりの歴史でもあった。その結果として実現しつつある観光には、「本物らしい(オーセンティックな)」要素が宿っているという。

Booking.comオセアニア&韓国代表のトッド氏はこう語る。

「2026年のデータでは、旅行者のうち79%が『ローカル文化を反映した体験』を求めており、これは世代を超えて共通する強い意向です(※2)。ここで重要となるのは、その体験が『本物(オーセンティック)』であること。特に若い世代は、観光客向けに作られただけの表面的なものを見透かします。

そのため、文化的な体験の背後にあるストーリーや本物らしさが非常に重視されるのです。私たちBooking.comの役割は、旅行者がこうした本物の体験に出会えるよう、コンテンツを厳選して提供することにあるでしょう」

Booking.com オセアニア&韓国代表・トッド氏

その本物らしさは、地域の伝統文化、ひいては「土地」の歴史に紐づく。だからこそ「土地」への真摯な理解を深めるために、ファースト・ネーションズ(先住民の敬称)の人々との対話が極めて大切であると、Ecotourism Australiaのエリッサ氏は指摘する(※3)

「滞在中の体験が、本物(オーセンティック)であることは重要です。だからこそ、観光に取り入れる際は、必ず現地の長老や先住民コミュニティと膝を突き合わせ、『地元コミュニティはその物語をどう表現すべきと考えているか』『どの物語がすでに十分に共有されていて、どの物語がまだ語られる必要があるのか』を彼らと確認しなければなりません。簡単ではありませんが、時間をかけて関係を築くことが大切となります。

例えば認証においては、お土産店で先住民のアートワークを販売している場合、それが誰のどんな知的財産権を守っているのか、安価な他国製のものではないか、そして売上がアーティストやコミュニティに正当に還元されているか、などを確認します。これらはすべて、認証基準が消費者だけでなく、ファースト・ネーションズの人々を守れるよう重視している要素なのです」

観光がその土地の資源や景観を一方的に「消費」する関係から脱し、持続可能性と「本物らしさ」を共存させるためには、単にサステナビリティのラベルを形だけ掲げるだけでは十分ではない。大切なのは、地域の自然やコミュニティ、そしてその土地を守ってきた人や文化を、真摯に尊重する姿勢とそれを担保する仕組みであるはずだ。

編集後記

「話を始める前に……この地を数万年にわたり守り続けてきた伝統的な守護者、ファースト・ネーションズの人々に深い敬意を表します。彼らが持つ文化は、現存する世界最古の文化として知られ、デインツリー熱帯雨林も、現存する世界最古の熱帯雨林として認められています。このように、私たちの地域には非常にユニークなストーリーがあり、先住民文化こそがこの地の心と魂なのです」

そう語り始めたのは、エマ氏だった。こうして土地とファースト・ネーションズの人々への謝意を示すことは、オーストラリアにおける文化的慣習となっている。

たかが言葉、されど言葉。共通の「言葉」つまりは「認識」が存在することは、協働の土台を生み出すのではないだろうか。

認証という仕組みにも、万事を解決する力はない。それでも、認証という一つの共通ツールを介して、地域全体がゆるやかに認識を共にし、支援と対話のきっかけを生むことができる。

オーストラリアの観光アクターが重ねてきた実践は、責任ある観光が注目される今、それぞれの土地に根差した観光の形成に向けたヒントを見せてくれるだろう。続く記事では、実際に熱帯雨林と珊瑚再生の取り組みから、その土地らしさを守る観光の鍵を探っていく。

▶︎森と海を守り再生する「ツールとしての」観光。豪ポート・ダグラスが示す、経済と保全のバランスの取り方とは【現地レポ】

※1, 2 ブッキング・ドットコム、2026年版「サステナブル&トラベル」に関する調査結果を発表|Booking.com
※3  First Nations(ファースト・ネーションズ)という表現は、単に「先に住んでいた人々」ではなく、「この土地における最初の、そして現在も存在する国民」であるという主体的なアイデンティティを示すとされている。「Nation(国家、民族単位)」が複数存在することを認め、尊重する、より敬意ある包括的な言葉として用いられている|国立アートリサーチセンターより引用

【参照サイト】Ecotourism Australia
【参照サイト】Port Douglas Daintree
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この記事を書いたライター

Natsuki

Natsuki

仲原菜月(なかはら なつき)。IDEAS FOR GOOD 副編集長。大学在学中は政治経済を学びながら難民支援や環境課題の解決に従事し、スウェーデンに留学。ウクライナ避難民の写真展を都内で開催。脱成長、紛争予防、自然観などを中心に執筆。(この人が書いた記事の一覧