【特集】私たちの「働く」は、どんな社会を再生産しているのか?
私たちが人生の多くの時間を費やす「働く」こと。それは単に生活費を得るための手段であるだけでなく、私たちが社会に変化をもたらしたり他者とつながったりする身近な手段の一つです。しかし今、多くの人々が数字に追われ、規則に縛られる中で、本来のやりがいやパーパスを見失いそうになることもあるかもしれません。そうした問題を、組織として、あるいは社会のシステムとして、乗り越えることはできるのでしょうか?本特集では、このモヤモヤを個人の問題として片付けるのではなく、組織、ひいては社会のシステムを規定する「ガバナンス」というレンズを通して見つめ直します。
現代の多くの組織やプラットフォームにおいて、「ものごとを決める権限」は一部の経営者や株主、あるいはアルゴリズムの裏にいるサービス提供者に握られている。数字と効率が最優先される構造の中で、私たちは「自らの声が社会に届く感覚」を経験することが難しくなっていないだろうか。
韓国を拠点に活動する社会的協同組合Partiは、その「実感」をテクノロジーの力を借りて取り戻そうとしている。しかし、ただのアドボカシー団体ではない。自らの組織のガバナンスを民主化し、社会のシステムに代替策を提示しようと試みる人々がいる。
彼らは、市民が自由に対話してアクションを起こすためのデジタルプラットフォームを運営する「社会的プラットフォーム協同組合」だ。政策提言から、正反対の意見の人々を繋ぐ1対1の対話、さらには中学生の校内言論の自由を守るキャンペーンまで、人々の日常に「民主主義の体験」を届けてきた。
そんな彼らが、組織形態として選んだのが「社会的協同組合」だ。韓国において、これはどんな組織なのか。なぜ、営利企業でも従来のNPOでもなく、社会的協同組合を選択したのか。その形態を土台に、デジタル技術が分断を煽る現代で、どのようにデジタル民主主義を実現しようとしているのか。
Partiの創業者であるオヒョン氏と、プラットフォームを率いるイニョン氏の言葉から、私たちが「働く」こと、知識や価値観を共有しながら共に組織を、社会をつくることの意味を探る。
話者プロフィール:オヒョン・クォン(Ohyeon Kweon)
社会的協同組合Parti創業者・代表。Code for Korea 代表。DaumでのAgora開発、コロナ禍でのマスクアプリ主導、DemosXなど市民と行政をつなぐ対話プラットフォームの運営を通じ、「デジタル広場は資本や政府ではなく市民に帰属すべき」という信念のもと活動し、韓国でのシビックテックを牽引。大統領直属 国家AI戦略委員会 AI民主主義分科会委員。大統領表彰を受賞している。
話者プロフィール:イニョン・オ(Inyoung Oh)
社会協同組合Parti・プラットフォームチームリーダー。「デジタル市民広場」であるPartiの構築と運営を行う。ヘイトや差別、フェイク情報のない安全で信頼できるプラットフォームであるPartiが市民の日常生活の一部となれば、人々が本当に生きたいと願う世界に少しでも近づくことができる、という信念のもと業務に取り組んでいる。ニックネームはDoran(ドラン)。
意見の違いを消さず、対話の余白を生むプラットフォーム
社会的協同組合Partiは、理論や表現としての民主主義にとどまらず、デジタルツールを用いて市民が日常で使える「民主主義の道具」を提供している。 その代表例が、同じくPartiと名付けられたデジタル市民広場だ。
オヒョン氏「デジタル市民広場『Parti』は、市民なら誰でもキャンペーンの立ち上げや議論、集会の企画などを行えるオープンなスペースです。月間10万人以上、ピーク時には18万人が訪れて、市民自らが議題を設定し、キャンペーンの立ち上げやファクトチェック、対話を行っています」
例えば、学校の校長によって学校新聞の発行を差し止めされてしまった中学生たちは、抗議のためにこのサイトでキャンペーンを立ち上げ、わずか1週間で3万人以上の賛同署名を集めた。このデジタル市民広場「Parti」に加えて、行政向け参加型ガバナンスプラットフォーム「DemosX」と、市民団体・NPO・個人向けプラットフォーム「Mixon」という3つが協同組合Partiとしての軸をなす。
オヒョン氏「DemosXは、行政機関と市民が協働する場です。ソウル市庁、教育庁、大統領直属委員会などがこのツールを採用し、市民の提案を受け付け、実際の政策へと結びつけています。
一方、NPOや小さな団体が独自のデジタルツールを簡単に運用できるよう設計されたプラットフォームが『Mixon』です。私たちはこれを、デジタル格差への解決策となる『適正技術(Appropriate Technology )』と呼んでいます」

DemosXを活用したソウル市ウンピョン区の市民からの提案|出典:https://epforest.kr/1/proposal/list
このようにPartiは、デジタル上で多様な声を集め、議論の基盤を作る。その上で、対面での対話会の実施など多様な入り口を作ることで、よりオープンな意思形成・意思決定の機会を届けているのだ。
デジタル市民広場Parti内で開発された、市民の声を星座のようにマップ化するツール・Galaxy Votingと対話会を掛け合わせたイベントでは、ウェブサイト上で意見を集めた後、対面の場で、最も意見が対立する2人を1対1でマッチングし厳格なルールのもと1時間の対話を行なった。
2026年7月には、ソウルの王宮・景福宮にある光化門の扁額に、既存の漢字表記だけでなくハングル表記を追加するという案をめぐって対立意見を持つ市民約200人の参加を募り、1対1で意見を交わす場を実現した。

Galaxy Votingによってデータを可視化した上で対話の場を設計している|Image via Parti

Image via Parti
オヒョン氏「この場所に来る人は、招待や任意での登録を経て参加しているため、違う意見の人に会うための心の準備ができています。私はこうした、日常的に『他の意見もあり得る』と考えられるための場を作りたいのです」
イニョン氏「投票や話し合いの場を通じて『彼らとは意見が違うけれど、それでもお互いに話し合うことができるんだ』と気づくことができます。私たちは、その小さな一歩から始まる変化を信じています」
尊重された経験がなければ、他者を尊重できないから
Partiの取り組みを語るとき、二人は度々「広場」という表現を用いた。これは単に広い空間を意味しているのではなく、韓国の民主主義の歴史の上に立つという自覚に基づく表現である。
韓国における市民運動と民主主義の歩みは、街頭の「広場」と共にあった。1990年代以降、市民社会の草の根運動と政府の市民参加施策は相互に影響を与え合いながら進歩し、近年に至るまで、大統領の弾劾を求めて何百万人もの市民が広場に集う「キャンドルデモ」に代表されるような、社会のうねりを生み出してきた。オヒョン氏は、その歴史的文脈をこう語る。
オヒョン氏「私たちの民主主義運動の歴史は、市民の場と、政府の市民参加施策が相互に影響を与え合い進化してきました。広場に市民が集まり大統領を弾劾した経験などが、Partiのようなデジタルプラットフォームに影響を与え、請願からシビックテックへと発展したのです。私たちの社会は今も模索し、学び、成長している途中だと捉えています」

光化門の前での抗議運動。韓国においてロウソクを掲げる抗議は歴史的に続いてきた形式|Image via Shutterstock
民主主義は、形を変えながら進展してきたのだ。そして今、それはデジタル技術と融合し新たな可能性をはらみ始めている。一方で、日常に目を向けるとどうだろうか。「日々の生活や組織の中に、本当の意味での民主主義が存在しているか」と問われれば、現代だからこその課題も浮かんでくる。
イニョン氏「韓国でも日本でも、誰もが『民主主義』という言葉を知っていて、選挙という仕組みが存在しています。しかし、そこで終わってしまいがちで、私たちは日常生活の中に『本当の民主主義』を持っていないのです」
オヒョン氏「私たちは多くの資源を得たにもかかわらず、すべての人が『社会が自分に優しくなった』と感じられるほど包摂的ではありません。民主主義において大切なのは、社会が市民のものであり、一人ひとりが尊重され、包摂されていると『実感できること』なのです」

Image via Parti
イニョン氏「韓国の公教育では、包摂(Inclusion)の考え方や多様性について学ぶ経験がほとんどありません。先生が『これをしなさい、あれをしなさい』と言うことに従うだけ。そうした環境で、真の民主主義が育つことはありません」
多様性や包摂(インクルージョン)という考えは、「概念」として世に広がってきた。一方、日常で一人ひとりがそうした尊重や敬意を受け取ったと「実感」できる場面は欠如している。
その溝を深めているのが、めまぐるしいテクノロジーの進化。不透明なアルゴリズムやフィルターバブル、フェイク情報がその孤立感や分断を加速させているという。
オヒョン氏「現代のテクノロジーをめぐって、相互に悪影響を及ぼす3つの問題があります。1つ目は煽動的なコンテンツを押し出すプラットフォームのアルゴリズム。エンゲージメント向上や広告のために挑発的な投稿を優先し、それが私たちの偏見を強め、政治的な分断を深めています。
2つ目は、事実よりも速く拡散するフェイク情報。そして3つ目が、そこから生じるヘイトスピーチです。このような社会では人々がお互いを攻撃し、自己中心的に引きこもり、信頼と包摂が崩壊してしまいます。韓国は1997年のアジア通貨危機(IMF危機)後に、この状況を非常に短期間で経験し、個人の成功が優先されてきたからこそ、私たちは今、Partiを通じて孤立や差別といった問題に取り組みたいと考えているのです」
なぜ社会的協同組合なのか。市民としての意識を育むガバナンスの選択
デジタルツールが際立つPartiだが、その組織形態も注目に値する。「日常に民主主義を取り戻す」ことを掲げる組織は、その働き手の職場という日常に、どのような環境をつくるのか──Partiが選択したのは、営利企業でもNPOでもなく「社会的協同組合」だった。韓国における社会的協同組合とは、法律上、公共の利益(Public Goods)を目的とする公益組織として定義されている。
オヒョン氏「社会的協同組合はNPOに似ていますが、収益事業を行うことができます。それでも、非営利であるため、利益を構成員に分配することはできません。一方で、通常の協同組合とも異なり、市民から寄付や他の組織からの支援を受けることができるのが特徴です」

オヒョン氏|Image via Parti
なぜ、一般的なスタートアップのように株式を発行して資本を集める道を選ばなかったのか。オヒョン氏はその根本的な理由を語る。
オヒョン氏「実際には、所有者がしっかりとした哲学や価値観を持っていれば、法的な形態はそれほど重要ではないと思います。それでも、法的な形態は、組織のビジョンや価値観を維持するのに役立ちます。
また私は、民主的なプラットフォームやインフラは、私的な利益ではなく公共の利益を目的とする組織によって作られるべきだと考えています。株式企業は投資家や創業者の所有に限定されますが、私たちは創業者離脱後も民主的に続くガバナンスを目指しているのです」
組織の形態が、ガバナンスを変える。同時に、協同組合という形態に加えて、内部で働くクルーたちの働き方や組織文化も重要であることをイニョン氏は強調した。
イニョン氏「システムだけで組織が民主的になるわけではありません。組織の文化が重要です。Partiにも全員が参加する月次のオンライン集会や組合出資による発言権などの制度が存在しますが、そこに『どんな状況でも互いをリスペクトする』という暗黙のルールが必要なのです。
民主主義を作る組織ならば、その組織自体が民主的でなければなりません。一部の人が利益を独占している組織では、真の民主主義を作ることはできないでしょう」

Image via Parti
オヒョン氏「私たちは『尊重されたという経験』を得ることで、もっとマクロに物事を想像できるようになります。それが、市民になる過程だと思うのです。私は人として尊重をもって扱われたとき、社会について考え始め、何か貢献したいと思うようになりました。だからまずは、自身が他者を尊重する必要があり、そうすれば彼らがまた他者を尊重し社会のために行動する市民になる。組織の中でも、これに似たプロセスを経験する仕組みが必要だと思っています」
仕組みが先か、文化が先か。ここに答えはなく、常に改善を図る仕組みと、それを運用する人間の経験と実感から生まれる慣習があって、これらが影響しあっていくことで組織が育つのだろう。
協同組合では、一人が「労働者であり、利用者であり、所有者でもある」という重複が起き得る。立場の境界線がぼやけるからこそ、異なる立場から見えるもの・感じることに思いを寄せることができるのかもしれない。
組織と技術のオーナーシップを「社会」に据え直す
現代には、このような互いへの尊重を阻む大きな構造がある。その一つは、SNSやウェブサービスが、一部のIT企業によって所有・管理されていることだろう。そこでは、アルゴリズムや利用規約の決定権はユーザー側になく、市民は知らず知らずのうちにプラットフォームに従属させられる構造におかれている。
イニョン氏「既存の配達プラットフォームなどは市場を独占していて、利用者はルール変更やアルゴリズムに抗うことができません。だからこそPartiは、誰にも独占されないデジタル市民インフラを作っているのです」
オヒョン氏「特に、民主主義のためのテクノロジーならば、コミュニティに帰属する『デジタル・コモンズ』でなければなりません。Partiは所有者ではなく、テクノロジーの管理者(スチュワード)や守護者(ガーディアン)に過ぎないのです。
今直面しているハードルは、市民や投資家が『テクノロジーはシリコンバレーやエリートのもの』と思い込んでいること。市民自らが所有し、扱いやすい、適正なテクノロジーが必要であるという意識を、まずは共有していかなければなりません」
テクノロジーを、市民全員で育み管理する「デジタル・コモンズ(共有財)」へと書き換えていく。それは単に現代技術へのアンチテーゼとなるだけではなく、自らが去った後の未来の社会に「民主主義の土壌」を残していく営みでもあるのだという。
オヒョン氏「私にとって、民主主義のための社会的協同組合を作ることは、自分が亡くなった後も残る『木』を植えるような行為です。Partiのような組織や活動、制度あるいは市民のためのデジタル時代のインフラは、民主主義に関心を寄せる次世代によって引き継がれていきます。そこに、今取り組んでいることの意義を感じているのです」
今ある暮らしや働き方がどんな市民を育てているかを問い直し、自らの手で「ガバナンス」を再構築していくPartiの実践。デジタル空間に生まれた彼らの新たなインフラは、国境を越えて、私たちがこれからどんな社会を再生産していくべきなのかを問いかけている。

Image via Parti
取材後記
厄介なプロセスや無駄な手間は、効率化やデジタル化によって「省略できるもの」へと変化してきた。今、それを取り戻そうとする動きがあるのは、ノスタルジーがゆえのようにも映る。
しかし、そうした過程は単に懐かしさから価値が見出されるのではなく、そこに所属する者に、言葉では表現しきれない何かを、身をもって「経験・実感」するための習得の機会だったからではないだろうか。そんな時間をかけてこそ得られる知を、現代にどう組み込み直すことができるかが問われている。
私たちは何のために、生きることを、働くことを効率化し、それによって何を手放してしまっているのか。翻せば、何を握り直すことで「省略してはならないもの」を守り、生きることや働くことの実感を変えていけるだろうか。
Partiがその存在をもって問うているのは、まさに、何を市民の手に戻すかという「所有(ownership)」の力である。働く組織で、生活する地域で、利用する技術に対して、部分的にでも自ら「所有」する役割と責任が共有されることで、数字ばかり追う中で失っていた「互いに尊重しながら物事を決める」ことの練習を重ね、より優しく包摂的な社会を再生産していくことができるのかもしれない。
【参照サイト】Parti COOP
【参照サイト】DemosX
【参照サイト】Mixon(日本語版サイト)
【参照サイト】光化門県板、ハングル併記すべきでしょうか? 【みんなの討論会】(韓国語サイト)
【参照サイト】韓国でデジタル時代における民主主義の実装に取り組むプラットフォーム「Parti」|Note
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