「大切な人を健やかに」が食の未来を作る。千葉外房で、酒・養蜂・猟から命と向き合う2日間【イベントレポ】

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朝、昼、夜。人間が生きるうえで、決して止めることのない、「食べる」という行為。それは、私たちの身体や活力を形作るものであると同時に、土、水、森、生きものたちの営みに支えられている。食べることは、その場所のあり様や未来を大きく変える力さえ持つ営みでもあると言えるだろう。

しかし、その営みの後ろにあるつながりは、遠く離れてしまった生産と消費の距離に阻まれて、よほど意識的にならなければ見えてこない。

どんな場所で、どんな人たちが、どんな想いで作った「食」なのか。そうしたことに自らの身体を通して触れたとき、何が見えてくるのか。日々の食の選択は、食とその生産者に対する眼差しは、どう変わるのか。

こうした問いをもとに2025年の秋から冬にかけて開催したのが、食の現場に触れる全6回の体験イベントシリーズだ。第1回から第3回までは、コーヒーや卵、野菜など、身近な食材をテーマに読者と共に様々な食の実践者を訪ね、体験を通して食の背景を探索してきた。

本記事で紹介する第4回では、東京から近いながらも豊かな自然が息づく千葉県の御宿・いすみエリアに赴き、複数の食の現場を1泊2日のツアーでめぐった。

【11/22-23開催】いのちをいただき、生き方を編み直す。「食の未来」を対話する旅【全6回体験シリーズ Vol.4】

訪ねたのは、酒造や養蜂家、猟師や生物多様性の専門家など、生命や自然と向き合いながら、それぞれの信念に基づいて食を生み出す生産者たち。

それぞれの信念や強い想いがあるからこその葛藤にも耳を傾けながら、食と環境、そして自分とのつながりを再考した2日間の様子と学びの一部を紹介する。

1日目に訪問したいすみ市の「ミナモトファーム」での農作業体験の様子

1日目に訪問したいすみ市の「ミナモトファーム」での農作業体験の様子

有機農業は「生物多様性を守る」のではなく、生物多様性に支えられている【いすみや】

最初に紹介するのは、1日目に訪ねたいすみ市のオーガニック専門店「いすみや」。この店には、有機栽培のお米や野菜のほか、有機栽培の材料を使ったレトルト食品や無添加のお菓子などが並ぶ。

「いすみや」の外観

「いすみや」の外観

いすみやの商品

店主の手塚幸夫さんは、長年この地域で生物の教員を務めながら、いすみ市の有機稲作の推進や、日本各地での生物多様性戦略の策定、野生生物の保護管理など、生物多様性を軸に豊かな地域を作る活動を幅広く行ってきた。

例えば、いすみ市では2017年秋以降、学校給食の米を100%地元産の有機米に転換。その背景にも、有機稲作の推進をはじめとした手塚さんの大きな働きがあった。

手塚さん「いすみは元々オーガニックが盛んな地域ではありませんでしたが、数件の農家が有機米の栽培に取り組みはじめ、その後市のまちづくり戦略とも連動しながら、少しずつ取り組む農家を増やしていきました。専門家の指導を仰いだことで成功事例を作ることができ、それがオーガニック給食につながっていきました」

そんな手塚さんが強く主張するのが、「有機栽培は生物多様性によって支えられる農業である」というメッセージだ。

手塚さん「有機農業は『生物多様性を保全できる農業』だとよく言われますが、私が言いたいのはむしろ、『生物多様性によって支えられるのが有機農業である』ということです。つまり、生物多様性に助けられない限り、有機農業は成り立たないのです。

例えば、慣行農業では害虫を農薬で駆除します。しかし、田んぼにカエルがいれば、放っておいても自然と害虫を食べてくれます。カエル以外にも、トンボやカマキリ、クモ、それに鳥……そうした生物が混ざり合って生息していることで、農薬をまかなくても大きな被害はなくなります」

手塚幸夫さん

手塚幸夫さん

こうした多様な生物が生息する環境──いわゆる「里山」が大事にされていた時代には、特定の害虫が大発生することはなかった。また、農業の力が強かったため、動物たちが人里に降りてくることはなく、昨今のような獣害も起こらなかったのだという。

手塚さん「生物多様性は、人間も含めた多様な生物が共生するための土台です。それを大事にできないような暮らしが、地球温暖化も引き起こしています。ですから、伝統的な里山・里海の暮らしを見直し、健全な農林漁業を推進することが、豊かな暮らしをつくるうえで欠かせないと考えています」

蜂が元気でいるために、森作りから行う養蜂【中林養蜂】

生物と環境の多様性、そして人間の健康は相互に、密接に作用し合っている。手塚さんの講義の内容をより深めてくれたのが、2日目の朝に訪ねた「中林養蜂」だ。

勝浦市の山中で人と山とミツバチが心地よく暮らせる環境づくりを行いながら夫婦で養蜂業を営む「中林養蜂」。約12年間、環境を整備しながら里山での暮らしを続けてきた中林夫婦の口調からは、日々向き合うミツバチたちへの深い愛情が伝わってくる。

中林さん「ミツバチには怖いイメージがあるかもしれませんが、私たちにとってはとても愛らしく、また尊敬に値する存在です。一匹のミツバチが一生をかけて集めるはちみつの量は、わずかティースプーン一杯。しかし、強い群れは10枚ほどの巣枠をわずか数週間で満たしてしまいます。採蜜のたびに、ハチのチームのその圧倒的な労働量に驚かされます」

中林さん

案内してくださった「中林養蜂」の中林靖晴さん

しかし、そんなミツバチの営みにとって、人間が使う農薬や環境変化が大きな脅威となっているのだという。

中林さん「ミツバチは半径約2キロを活動範囲としますが、日本では多くの場合その中に田んぼや畑が含まれます。そこで農薬が使われると、田んぼに混じった薬剤を働き蜂が飲み水として持ち帰ってしまうのです。それを巣箱の中で仲間に配ることで、一気に被害が広がります。

農薬が農業にとって必要な場合があることも理解していますから、時期をずらすなどの工夫をしながら、どうにかお付き合いしていくしかありません。ただ、小さな命がこれほどまでに脆いという事実は、もっと多くの人に知ってもらいたいと思います」

また、森の環境もミツバチの健康に大きな影響を及ぼす。中林さん夫婦が森の環境整備を始めたのは、養蜂を始めたばかりの頃に蜂が全滅してしまったことがきっかけだった。

中林さん「蜂が全滅してしまった原因を調べるうちに、そもそも蜂自体に元気がないことに気づきました。それでふと周囲を見渡せば、戦後の植林政策によって人の手で植えられた杉と竹ばかり。杉や竹はミツバチの集める花粉を出しませんし、密集した人工林は本来地面に届くべき光を妨げます。つまり、蜂にとっても多様な植物にとっても、住みづらい環境なのです。

ならば、山を本来の姿に戻せば蜂も元気になるはずだ。そう考えて、山の管理を始めました。間伐によって地面に光が注がれると、下草や雑木が芽吹き、蜂たちの糧となる多様な生態系が復活しました」

自然は元々、複雑で絶妙なバランスを自ら取っている。私たちに必要なのは、そのバランスを尊重することだと中林さんは話す。

中林さん「蜂の健康と山の豊かさ、そして山から海へと流れる栄養が勝浦の美しい海を作る。すべては一つの輪としてつながっていて、循環している。蜂という小さな存在を通して、この世界のつながりや豊かさを分かち合いたい。それが、私たちの養蜂の根底にある想いです」

採蜜したての蜂蜜を食べる様子

採蜜したての蜂蜜を味見。コップが置いてある装置に巣枠をはめ込んでハンドルを手動で回して採蜜した。

現役猟師が語る、「命をいただく」ということ【八屋商店】

最後に紹介したいのは、2日目の昼食後に話を聞いた、猟師の吉野渉さん。「房野ジビエ」という若手猟師コミュニティに属しながら、御宿町を中心に農作物被害などをもたらす野生動物の捕獲や解体を行っている。

昨今、クマなどの野生動物が人里に降りてきて田畑を荒らしたり、人間を襲ったりといった被害が増加している。御宿町やその周辺でも、イノシシやシカ、キョンといった動物たちによる獣害が深刻化しているという。

この課題を解決しようと、日本では今、農林水産省の事業である「有害鳥獣駆除」によって年間約120万頭もの動物が捕獲されている。一方で、その中でジビエとして流通しているのは全体の10%以下に過ぎないと言われている。

吉野さん「こうした背景から『もっと利活用しよう』『食べて供養してあげよう』とよく言われます。それは間違いではありませんが、『かわいそうだから食べよう』という動機で繰り返し食べるとなると、しんどさを感じてしまうものです。

ですから私は、まずはジビエを食べて、純粋に美味しいと感動するところから興味を持ってもらいたいのです。ジビエを好んで食べる人が増えれば消費量が増え、供給側でも商品化の流れが後押しされ、結果として動物の利活用が進みます。そうした自然なサイクルをつくっていきたいと考えています」

捕獲する動物の身体に打撲や刺し傷ができない場所に罠をかけたり、血抜きは捕獲後なるべく時間が経たないうちに行うなど、吉野さんはそれぞれの工程に細心の注意を払う。

こうした工夫を積み重ね、現在は地域のイベントなどでジビエ串を販売している吉野さん。今後はペットフードの開発や、御宿町のふるさと納税の返礼品に御宿産のジビエを加えることを目指している。

ジビエ串を焼く様子

吉野渉さん

野生動物の命を奪い、その肉を食として提供する。そんな猟師という仕事に対するイメージは様々だ。実際に、動物を殺めていることを快く思わない人も少なくないという。吉野さんも以前、SNSに解体したイノシシの写真をアップした際、『残酷だ』と激しいバッシングを受けたことがある。

こうした批判に対し吉野さんは、命と一番近くで向き合う猟師だからこその想いを語ってくれた。

吉野さん「最初は、日常的に解体に携わる私たちは、いわゆるグロテスクな光景には慣れていますから、感覚が麻痺しているのかもしれない、と思いました。しかし、ふと気づいたのです。そうした光景を特異なものだと感じてしまう現代人の感覚の方が、実は麻痺しているのではないか、と。

かつて人間が狩猟採集で暮らしていた頃は、命を奪う現場を知っているのが当たり前でした。しかし現代では、スーパーに並ぶ牛や豚がどのように加工されているかを知らないまま、それらを食しています。その結果、本来あるべき生命の営みが『残酷』という言葉で表されてしまうのです。

植物も含めて、人間が口にするものにはすべて生命が宿っています。生きるためには、その生命を奪い、自分の血肉に変えていくしかない。私たちは、この根本的な事実を遠ざけ、忘れてしまっているのではないでしょうか。

もちろん、全ての人が『残酷』な場面を見なければいけないとは思いません。ただ、私たちが『命を食べて生きている』ということだけは、忘れずに大切にしていく社会であってほしいと強く思っています」

罠をかける実演の様子。

実際の罠の仕掛け方も実演してくれた。地面や木の様子を見ながら、仕掛け場所は慎重に選ぶ。

編集後記

ツアーでは本記事で紹介した他にも、都心から移住して有機農業を始めた農家「ミナモトファーム」や、身体を害さない酒を追求した結果、熟成の時を刻む老舗蔵元となった酒造「木戸泉」、日本で初めて有機酪農を始めた酪農家「大地牧場」などを訪ねた。

それぞれに向き合う生命や方法は異なるが、どの生産者にも共通していたのは、人間、動物、そして食を生み出す土地や自然の「本来あるべき姿」を見つめ、妥協せずにそこに向かい続ける姿勢だった。それは、土地を蝕むのではなく、むしろ豊かにしながら食をつくる姿勢。あるいは、生きるために生命を奪っていることを事実として受け止め、いただくまでの動物の健やかな営みを可能な限り尊重し、実現する姿勢である。

「ミナモトファーム」を営む齋藤絢子さんのご自宅でのランチの様子。

「ミナモトファーム」を営む齋藤絢子さんのご自宅でのランチの様子。

また、そうした姿勢に至るきっかけが、「大切な誰かに健やかでいてほしい」というシンプルな想いである人が多かったのも印象的だった。

「娘たちが健康になる野菜を食べさせたいから、農薬を使わない有機農業を始めた。」

「戦時中に心身を蝕む粗悪な酒を飲まざるを得なかった戦友たちを想い、添加物を使わずに心を豊かにする酒をつくろうと思った。」

「蜂にもっと元気でいて欲しいと思ったから、山に手を入れて再生する営みを始めた。」

もちろん、それらの取り組みを続けるのは容易なことではない。実際に、ビジネスとして有機農業に取り組む難しさを語ってくれた農家の方もいた。そうしたリアルな葛藤を耳にしたことは、今成功しているように見える実践者たちがどれほどの困難を乗り越えて“今”を形作ってきたのかに想いをめぐらすきっかけにもなった。

日々口にする食と環境、そして自分とのつながり。それは、忙しない日常に戻ればまた見えにくくなってしまうものかもしれない。それでも、ふとしたときに立ち戻れる記憶や、もう一度訪ねてみようと思える場所が一人ひとりの中にあること。その積み重なりが、「あるべき姿」から遠く離れてしまった社会を、少しずつ良い方向へと近づけていくのではないだろうか。

【参照サイト】【11/22-23開催】いのちをいただき、生き方を編み直す。「食の未来」を対話する旅【全6回体験シリーズ Vol.4】

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