文化盗用とは・意味
文化盗用とは?
文化盗用とは、ある特定の文化圏の宗教や文化の要素を、他の文化圏の人が流用する行為のことだ。はっきりとした定義はないが、一般的には社会的に強い立場にある人々(マジョリティー)が、社会的に弱い立場にある人々(マイノリティー)の文化に対して行った場合に論争になりやすい。対象となる文化的要素は、ファッション、ヘアスタイル、シンボル、言語、音楽など、様々だ。
文化盗用という日本語は、「cultural appropriation」という英語を訳したものである。このappropriationという単語には「私物化」といった意味があり、相手の許可を得ず相手のものを勝手に使うようなニュアンスを含んでいる。したがって文化盗用は、「文化の私物化」とも言い変えられる。
文化盗用の例
例えば以下のような行為は、文化盗用と指摘される可能性のある代表的な例だ。
- 宗教的シンボルを、その宗教を信仰していない人がタトゥーやアクセサリーとして使用する
- 文化的なデザインや芸術を不正確にコピーしたものを大量生産し、流行のファッションアイテムとして販売する
- 書籍や映画で、ある特定の文化圏に対するステレオタイプを助長するようなコンテンツを制作する
文化盗用は、多様な人種や民族が共生するアメリカで論争になることが非常に多い。たとえば、ネイティブアメリカンの衣装や装飾品を非ネイティブアメリカンが単なるファッショントレンドの一つとして消費すると、彼らの文化が持つ本来の意味が失われたり、歪められたりする可能性があるため、文化盗用が懸念されるのだ。
文化盗用の問題点とは
本来、異なる文化を取り入れること自体は、表現の幅を広げる行為であるはずだ。なぜ、多数派の人が少数派の人の文化を流用してはいけないのだろうか。
大半の場合、文化盗用を行う人々は、多数派というだけでなく、歴史的にも強者であり、現在も社会的には支配的で強固な立ち位置にいる人々だ。そして、そのような人たちが自分たちに都合の良いように、より「弱い」立場にある人の文化を踏み荒らすことが懸念されているからだ。
アカルチュレーション(異なる文化を持つ人々の持続的な接触により、お互いの文化に影響し合うこと)や、対等な文化交流とは異なり、その根底には植民地主義があるとされる。この概念が主にアメリカで話題になっているのは、さまざまな人種や文化圏が共存する国であり、歴史的な複雑さを抱えているからこそだ。
一方、何が文化盗用とされるのかは、明文化されているわけではない。同じように他の文化を流用している場合も、問題になるケースもあれば、まったく問題にならないケースもある。少数派の文化を取り入れる場合は、最大限の敬意を払い、理解したうえで丁寧に説明して取り入れれば問題にならないのか、文化を盗用された当事者たちがそうだと言わなければ盗用ではないのか。時と場合によって異なるからこそ、一人ひとりがよく考える必要がある。
文化盗用の具体的な事例
ここでは、過去に文化盗用の論争となったいくつかの事例を紹介したい。
歌手のジャスティン・ビーバー
2016年、米の人気歌手であるジャスティン・ビーバーが自身がドレッドヘアにした動画をSNSに投稿し、黒人文化の盗用であると批判を受けた。彼は2020年のBlack Lives Matter運動の際に、「黒人文化の恩恵を受けてきた」「人種の不平等に声を上げ、必要とされる変化の一部になるための方法を模索する」といったコメントを発表していた。しかし、2021年4月、SNSの投稿で再びドレッドヘアにしたことが判明。文化盗用の問題を認識していたにもかかわらずこうした行動をとったジャスティンに多くの批判が集まった。
歌手のセレーナ・ゴメス
同じく米の歌手セレーナ・ゴメスは、MTV Movie Awardsで「Come and Get It」を披露した際、スリット入りのボリウッド風ドレスを着用し、ビンディー(ヒンドゥー教徒の女性が額に着ける装飾)をつけていた。これに対しインドのヒンドゥー教団体から、「ヒンドゥー教の伝統であり、宗教的に重要な意味を持つビンディーをファッションとして使用するべきではない」として抗議を受けた。
民主党のナンシー・ペロシ下院議長
アメリカでは、民主党のナンシー・ペロシ下院議長らが、Black Lives Matter運動のきっかけとなったジョージ・フロイド氏に追悼の意を捧げた際、黒人コミュニティへの敬意を示すためにガーナの民族衣装であるケンテを身に纏っていたことに対し、「文化盗用」ではないかとの声が上がった。
これに対し、バージニア第10選挙区で共和党員を務めるジェフリー・ダブ・ジュニア氏は自身のTwitterで、「ケンテ布を着て膝をつけば、いきなり“闘争に負けた”ことになるのでしょうか?これが、人々が不誠実な政治家を嫌う理由です。ペロシ議長は94年の犯罪法案に参加していました。彼女は問題の一部なのです。」と述べている。また、米活動家であるチャーリー・カーク氏も、これは「文化の盗用」として非難されるべきだと指摘した。
女優のキム・カーダシアン氏
2019年7月、米国人女優であるキム・カーダシアン氏が自身が立ち上げた補正下着ブランドをTwitterで紹介し、そのブランド名が日本の伝統的な衣装である「着物」と同じ名前であることから「文化盗用」にあたるとして波紋が広がった。同時に同氏がこのネーミング「Kimono」について商標登録の出願を行っており、さらに批判の声が飛び交った。この一件で「文化盗用」について知った方々も多いのではないだろうか。
結果的にキム・カーダシアン氏のブランド「Kimono」という名前は取り下げられることになったが、万が一商標登録が採用されていたらどうなっていたのだろうか。着物は日本が生み出した文化であるが、万が一「Kimono」が商標登録されてしまえば、外国人がKimonoという言葉を聞いたときに「日本文化の民族衣装」ではなく、「下着」を思い浮かべてしまう可能性がある。また、日本企業が海外で着物ビジネスを進出させようとした場合にも障壁となるのではないかと、文化面以外でのダメージを不安視する懸念の声も多く上がっていた。
私たちが文化盗用をしないために配慮すべきこと
多くの研究者は、「ある人が他文化の服を着ること自体や、受け手が不快な気持ちになること自体が“文化盗用”になるのではない」と主張する。問題なのは、誰かが他文化を用いることよってそのデザインや芸術文化の意味が再定義されてしまい、他文化を用いた人をサポートする構図になったり、自分たちの文化であるにもかかわらず、その文化の人が固有の文化を用いることにためらいをもちはじめてしまったりするときだ。
そのような問題を私たちが引き起こさないために大切なのは、他者の文化を用いるとき、まずは十分にその文化についてリサーチをすることである。複数の文化が交錯し、他文化に触れずに生きていくことが難しい現代において、その都度、「この文化のルーツはどこか?」「自分たちがしていることは搾取にあたらないか?」と考えることは大変だ。しかし、それは同時に必要不可欠な作業でもある。
また、ロンドンのジャーナリスト・アッシュ・サーカー氏が言うように、「これによって誰が利益を得ているか」「その文化の背後に存在する人々に敬意を払っているか」を考えることが、文化盗用を防ぐために私たち一人ひとりに求められているのではないだろうか。
大切なのは、文化について調べたうえで、自分が用いる文化への「尊重」と「敬意」を持つこと。また、尊重と敬意を示すために、「自分が何から影響を受けたのか」をきちんと公に表明する意識を持つことが、文化盗用によって他者を傷つけないために必要なことかもしれない。
【参照記事】How to Recognize Cultural Appropriation — and What to Do Next
【参照記事】Pelosi, Democrat leaders mocked for African ‘cultural appropriation’ photo op