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シンバイオシン(Symbiocene・共生新世)とは・意味 

樹木

シンバイオシン(Symbiocene・共生新世)とは?

シンバイオシン Symbiocene(共生新世)とは、環境哲学者グレン・アルブレヒト氏が提唱した、「人新世」の次に訪れるべき「共生」を軸とした地質時代を指す。

人新世(じんしんせい、ひとしんせい)とは、「人類の時代」という意味の新しい時代区分である。人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった時代を指し、現在の時代区分である「完新世(かんしんせい、地質時代の新生代第四紀の後半の時代のこと)」の次の地質時代を表している(※)

同氏は、人類の活動により地球の生態系が破壊されていき、非持続可能性や権威主義などを伴う人新世のあり方を危惧し、「シンバイオシン」を提案している。

※ 人新世は地質学の国際組織「国際地質科学連合(International Union of Geological Sciences、IUGS)」に公式に認められた時代区分ではないが、気候変動への危機意識の高まりを受けて、人々の間で活発に議論されている。

シンバイオシンで求められる「相利共生」

「シンバイオシン」の最も重要なキーワードは「共生」だ。共生は「相利共生」と「片利共生」に分けられるが、シンバイオシンの共生の形は、地球と人間の双方が利益を得る「相利共生」といえる(なお、「片利共生」は一方にのみ利益があり、他方に影響がない関係を指す)。

もし相互に生きる異なる生命のいずれかがある部分(または残りの部分)を支配するようになると、その場の機能不全につながってしまう。例えば、人新世における人類の活動が地球の生態系を破壊するシステムと化している状態は、一方に利益が生じ、他方に害が生じる関係である「寄生」に等しい。

また、共生という言葉は、相互利益のために共に生きることを科学的に意味する。そして、シンバイオシンが求める共生の形は、全体的な恒常性、つまり利益のバランスをも表す。

自然界に見る共生の例

シンバイオシンで求められる共生の例は、自然界の中から見つけることができる。植物学や人間生理学といった生命科学分野では、協力的共生が生命にとって不可欠であることが証明されている。

たとえば、カナダの森林生態学者スザンヌ・シマールの研究によれば、樹木は樹木の根に共生する菌根菌のネットワークを介してつながり、互いを認識し、栄養を送り合っていることをが証明されている。さらに、森林生態系の健全性はさまざまな年齢の木を相互接続する菌類のネットワークを制御する、いわゆる「マザーツリー」によって制御されており、この制御システムは、年齢が非常に若い木など、最も養分を必要とする木に対する養分の流れを調節するように機能する。つまり、樹木は他の生命との複雑で相互依存的なつながりを持つ、社会的で協力的な生き物なのだ。

ほかにも、人間と人間のマイクロバイオーム(ヒトの体に共生する微生物のコミュニティ)は相互依存的関係にある。人間の身体的、感情的、精神的な健康は、私たちの体内に生息する何兆もの細菌、ウイルス、真菌の生態と密接に結びついているのだ。

『あなたの体は9割が細菌:微生物の生態系が崩れはじめた』(河出書房新社、2016年)の著者であるアランナ・コリンは、感染症の治療のため、大量の抗生物質を長期にわたって投与された経験を持つ。その結果、抗生物質が病原菌だけでなく、もともと体の中にいる微生物にも影響を与えたことで、マイクロバイオームの多様性が損なわれ、新たな体の不調を抱えるようになってしまった。このことから、アランナ・コリンは著作にて、共生微生物のアンバランスが胃腸疾患やアレルギー、自己免疫疾患や肥満といった体の病気や、不安症、うつ病といった心の病気にも影響していることを紹介している。

シンバイオシンの到来には、人間中心主義からの脱却が必要

先述したような共生のあり方を、人類と地球の間で実現するためには、まず人間中心主義から脱却する必要がある。人間中心主義とは、人間が世界の中心、あるいは最も重要な存在であると主張する考え方を指す言葉だ。

そこで必要となるのが、共生関係がもたらされる統一的で複雑なシステムの中での多様性と調和の維持を善とする「共生中心主義(Sumbiocentrism)」という人間中心主義に代わる考え方だ。

シンバイオシンの到来に必要な、システムの転換

シンバイオシンをもたらすためには、このように地球上に存在する「人間」の意味を再定義したうえで、自然界に存在する共生関係をモデルとし、実際に食料の栽培方法や地下水の使用方法、ビジネスの運営方法などを変化させていくことが必要だ。

現代を生きる人類にとって、気候変動の阻止は優先事項として明らかだ。例えば、これ以上の二酸化炭素排出量を出さないように、化石燃料ベースのエネルギーから再生可能エネルギーに転換していく必要がある。

だが、再生可能エネルギーを得るための設備や部品のためにリチウムやその他レアアースの採掘や抽出を行なっている限り、私たちが依然として自然に対し「寄生」関係にあることに変わりはない。このため、シンバイオシンでは、こうした関係性を再生産しないよう、システムそのものの転換が必要とされる。

非営利組織IMSルクセンブルグが運営するメディアSustainability Magのインタビューで、グレン・アルブレヒト氏は、「シンバイオシンを到達させるためには、人類と地球の生態系を良好な関係で結びつけ共生的な世界を築くための行動やテクノロジーに、時間や資源、エネルギーや知性を投入する必要がある」と述べている。

求められる行動やテクノロジーには以下のものがあげられる。

  • 国や地域の再生可能資源を優先的に利用すること
  • 環境や生態系に有毒な物質を除去すること
  • 生分解性の素材や使い終わったら食べられる素材を開発・利用することなど

また、人類が地球の生態系と共生することを可能にするために、以下の質問への答えを通じて、今後どのような相互発展が許されるのか熟考する必要がある。

  • 私たちは、安全で社会的に公正な再生可能エネルギーを使用しているだろうか?
  • 私たちは、この企業のあらゆる面で有害廃棄物をなくすことができたのだろうか?
  • 私たちは、あらゆるスケールの生物地球化学的システムと完全かつ調和的に一体化できているのだろうか?

科学と感情を結びつけ、変化を生み出す

シンバイオシンを楽観的な考え方だと批判する人もいるが、同氏は先述のインタビュー「人を動かすのは感情であり、科学的事実ではない。しかし科学と感情を結びつけることができれば、変化に対する強力な動機が得られる」と話している。

自然界は人間がホモ・サピエンスとして登場するはるか前から存在している。そのプロセスや機能に適応しなければならないのは私たち人間である。だからこそ、人類を中心に据えて考えるのではなく、「マザーツリー」やヒトのマイクロバイオームのように、人類が地球の生態系を構成する一部であるとふまえた上で、自然保全や環境問題への意識を高め、未来のために行動を起こすことが重要だ。

ハーバード・ケネディ・スクール教授のエリカ・チェノウェス氏は、「ある国の人口の3.5%が非暴力で立ち上がれば、社会は変わる」と提唱した。これは政治的な話題だけでなく、環境問題の話題にもつながるはずだ。

【参照サイト】Glenn Albrecht’s Future Vision – Symbioscene
【参照サイト】Exiting the Anthropocene and Entering the Symbiocene|Center for Humans & Nature
【参照サイト】Finding the Mother Tree by Suzanne Simard
【参照サイト】Why Your Body’s Microbes Hold The Key to Your Health and Happiness – An Interview with Alanna Collen
【参照サイト】つくばサイエンスハッカソンVol.1 〜ホロビオント〜 | AWRD
【参照サイト】Symbiocene: Beyond the Anthropocene – Queer Brown Vegan
【参照サイト】Entering the Symbiocene | Sustainability Mag
【参考文献】スザンヌ・シマード著、三木直子訳『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』(ダイヤモンド社、2023年)
【参考文献】アランナ・コリン著、矢野真千子訳『あなたの体は9割が細菌:微生物の生態系が崩れはじめた』(河出書房新社、2016年)

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