猛暑は“日常の災害”。「すべての歩道を日陰でつなぐ」ソウルの都市戦略

2026.09.09

真夏の炎天下、信号待ちのわずか数十秒でさえ、肌を焦がすような日差しに追い詰められる瞬間がある。アスファルトの照り返しは50度を超えることもあり、木陰のない交差点は、涼を求める人々の逃げ場のない空間になる。

もしそんな街で、「日陰」がいたるところに用意されていたら、猛暑の中の移動はどれほど違うものになるだろうか。

「日陰を歩く権利」、宣言の背景にある数字

動き始めたのが、韓国の首都・ソウルだ。2026年8月19日、ソウル市は2028年までに市内すべての歩道を日陰でつなぐという大規模な都市計画「日陰を歩く権利」を発表した。

呉世勲市長は市庁舎での記者会見で、「猛暑はもはや数日我慢すればやり過ごせる一時的な不快さではない。強度と期間を増し続ける、市民の命と安全を脅かす日常的な災害になっている」と述べ、日陰を「一部の場所だけの便利施設ではなく、市民の健康と日常生活を守る基本的な都市サービス」として位置づける方針を示した(※1)

背景には深刻なデータがある。ソウル市の行政安全部によれば、今年に入ってすでに31人が熱中症関連で死亡し、3,439人が症状を訴えた。この死者数は、昨年1年間の合計23人をすでに上回っている(※2)。韓国疾病管理庁の統計でも、2023年から2025年にかけてソウル市内で報告された815件の熱中症のうち、31.4%が路上で発生していた(※3)

そこで、同市は4,031キロメートルに及ぶ市内の歩道を1メートル単位・6万7,029地点に分割し、時間帯ごとの日照状況を分析した。その結果、歩道が直射日光にさらされる時間は平均で1日あたり4時間21分にのぼり、27.6%の区間では6時間以上直射日光にさらされていることが判明した。現状の日陰率は平均44.4%(建物の影29.2%、街路樹15.2%)にとどまっている(※3)

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点在する日陰を「線」でつなぐ戦略

この分析結果をもとに、ソウル市は「日陰が必要な場所の特定」「その場所に適した日陰対策の設計」「歩行ルートの接続」という3段階の戦略を打ち出す。特に優先されるのは、地下鉄駅や学校、市場、病院、福祉施設へと向かうルートに加え、横断歩道やバス停など、人々が屋外でやむを得ず立ち止まる場所だ。

街路樹や庭園、建物の影、日除け、キャノピー、公共広場、歩道といった、これまで点在していた個々の「日陰の点」を、一つながりの「線」としてつなぎ直すという発想である。歩道が広い場所では枝葉の茂る樹木を植え、樹木が育ちにくい狭い歩道や地下インフラの上には、可動式の日除けやキャノピー、小型のシェルターを設置する。建物についても、日陰を生み出すピロティやキャノピー、日除け、スマートシェルターの設置と引き換えに容積率(建物の延べ床面積の上限)を上乗せするボーナス制度が検討されている(※4)

パイロット事業は、日照時間・歩行者数・高齢者人口の集中度・日陰施設の設置しやすさといった基準をもとに、歩行者が多いにもかかわらず日陰が不足する10地区を選定し、2026年から2027年にかけて実施される。ソウル市系の公式メディアによれば、IT企業が集まる九老・加山デジタル団地(通称「Gバレー」)はすでにその一つとして確定しており、市はパイロット事業を通じて住民の利用率や満足度を分析したうえで、2028年から効果の確認できた手法を全市展開する方針だ(※5)

日陰は「命を守るインフラ」に

興味深いのは、ソウル市がこの政策を検討する過程で参照した都市の顔ぶれだ。都市空間本部の担当者は、シンガポール、アブダビ、そして米アリゾナ州フェニックスを、歩行者向けの日陰整備を進めてきた先行事例として挙げている(※1)。かつてリー・クアンユーの哲学のもとで屋根付き歩道網を築いてきたシンガポールの経験は、赤道直下の都市だけでなく、これから夏の暑さがますます厳しくなるあらゆる都市にとっての参照点になりつつあるのだ。

「日陰」はインフラだ。都市の未来を左右する、隠れた資源に投資するシンガポール

ソウルの試みが示すのは、日陰がもはや景観上の余禄ではなく、上下水道や道路と同様に「命を守るインフラ」として扱われ始めているという転換だ。気候変動が「頑張れば耐えられる暑さ」を「日常的に人の命を奪いうる災害」に変えていくなかで、日陰へのアクセスを公平に保障することは、都市が果たすべき新しい種類の責任になりつつあるのかもしれない。

※1 Seoul brings shade to the streets for hotter summer
※2 Seoul’s new urban policy: guaranteed shade on daily walks
※3 Seoul to guarantee ‘right to walk in shade’ citywide from 2028
※4 Seoul Declares Shade a Basic Right for Pedestrians
※5 ‘Right to shade’: city gov’t pledges protection from heat waves

【参照サイト】Seoul to cover all sidewalks with shade by 2028 to combat heat waves
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この記事を書いたライター

京都生まれ、東京育ち。大学院では都市社会学を専攻し、シンガポールを対象としたフィールドワークを通じて、大都市における人々の暮らしと都市の緑との関係を探究。現在はアーティクル株式会社グローバル事業担当執行役員としてロンドンを拠点に活動。2020年からサステナビリティ領域を取材。イギリスをはじめとする欧州のサーキュラーエコノミーに関する情報発信、レポート執筆、講演などを行っている。認定ファシリティマネージャー、CSRリーダー。関心テーマは、まちづくり、ジェンダー、新しい経済や働き方。