AIで仕事は速くなった。なのに、なぜ忙しい? 『Silicon Empires』著者と考える、効率化の果実の行方

2026.10.15

今日、あなたはAIに何を入力しただろうか。

会議の議事録、取引先へのメールの下書き、企画書の構成案。私たちはいまや、仕事の段取りや、コミュニケーションの機微、長年かけて身につけた勘どころまでを、当たり前のようにAIに手渡している。おかげで作業は速くなった。それなのに、仕事は一向に減らない。求められる資料は厚くなり、こなすべきタスクはむしろ増えているようにさえ感じる。

浮いたはずの時間は、どこへ消えたのか。そして、手渡したノウハウは、誰のものになっているのか。

その問いを携えて、キングス・カレッジ・ロンドンで教鞭を執るニック・スルニチェク氏に話を聞いた。同氏はプラットフォーム企業がデータを蓄積し、経済的な力を拡大していく構造を早くから分析してきた政治経済学者であり、欧州議会の報告書を共同執筆し、英国下院にも招かれて発表を行うなど、政策の場でも知見を提供してきた。プラットフォーム企業の力の源泉を読み解いた『Platform Capitalism』は15言語に翻訳され、最新刊『Silicon Empires: The Fight for the Future of AI』では、AIをめぐる価値と権力の集中を描いた。

AIを使うほど仕事が増えていく構造、私たちがAIに手渡したノウハウの行き先、AIの創造性と仕事の意味、そして日本の働き方のこれから。スルニチェク氏と、これらのテーマについて語り合った。

話者プロフィール:Nick Srnicek(ニック・スルニチェク)

Nick Srnicekキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)シニアレクチャラー(デジタル経済)。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で国際関係論の博士号を取得し、ウェストミンスター大学やユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)などで教鞭を執ったのち、2017年より現職。ブエノスアイレス大学名誉教授、シンクタンクAutonomy Instituteのアドバイザーも務める。著書に『Platform Capitalism』『Silicon Empires』、共著に『Inventing the Future』『After Work』など。

仕事が増えるのは、浮いた時間が「産出」に回されるから

AIで仕事が速くなっても楽にならないのはなぜか。スルニチェク氏の答えは明快だった。職場では、浮いた時間は働き手の余白ではなく、さらなる成果物のために使われる。それが、利益を追求する企業の論理だからだ。

「職場で起きていることは、とても分かりやすいものです。社員が会社のためにより多く働けば、会社の利益は増えます。ですから企業には、社員をより懸命に、より長く、より集中して働かせようとする構造的な動機がある。時間を節約できるはずの新しい技術も、結局は社員の時間を空けるためではなく、成果物と利益を増やすために使われます。利益を追求する資本主義の企業である以上、仕事はどんどん密度を増していくのです」

つまり、仕事が増えていくのは私たちの使い方の問題ではない。筆者が、AIを使うようになってから周囲の期待が上がり、プレゼン資料がどんどん長くなっていると打ち明けると、彼もすぐに同意し、自身の経験を重ねた。

「大学で教えていると、学生に対しても同じことを感じます。課題に求める水準が、以前より上がりました。同時に、自分の講義に求められるものも増えた感覚があります。『プレゼンテーションにアニメーションも入れないと』と思ったりするんです」

技術が作業を軽くするほど、「当たり前」の水準が上がっていく。AIの構造を分析してきた研究者自身も、この力学からは逃れられない。

取材時の様子

同じことは、利益を追求しない家庭でも起きているという。家庭で浮いた時間を吸い込むのは、利益ではなく、社会規範と不安だ。

「家庭は利益を追求する場ではありません。家庭でのプレッシャーは、むしろ社会の規範から、そして最近ではますます不安から生まれています。過去40〜50年のあいだに家庭から自由な時間が失われた大きな理由の一つは、親が昔よりずっと多くの時間と手間を子育てにかけるようになったことです」

「AIの領域でも、すでにその兆しが見えています。子どものためにAIでアプリを自作する親が出てきているんです。多くの点で素晴らしいことだと思いますし、私自身も作ったことがあります。でもそれは、親にとってやることがまた一つ増えるということでもあります」

職場では利益が、家庭では規範と不安が、効率化で浮いた時間を次の仕事へと吸い込んでいく。

手渡したノウハウは、会社へ、そしてAI企業へ

効率化の「果実」として持っていかれているのは、時間だけではない。スルニチェク氏によれば、私たちがAIに入力するデータやノウハウもまた、二つの段階を経て、使う側の手を離れていく。

一つ目の段階は、AIを使う企業と、AIを提供する企業のあいだで起きている。

「いまシリコンバレーでは、ある問いが議論になっています。AI企業は、利用者が入力したデータを使って、その人のビジネスを丸ごと学習してしまえるのか、という問いです。たとえば地元で小さな商売をしている人が、AI企業のモデルを使ったとします。そのときAI企業は、その人が入力したプロンプトや、AIが返した出力といったデータをすべて取り込み、自社のモデルに組み込んで、そのビジネス自体を再現するところまでいけるのでしょうか。データやソフトウェア、知識に大きく依存するビジネスほど、こうしたモデルに丸ごと取り込まれてしまうおそれがあります」

二つ目の段階は、職場の内側、つまり働き手と会社のあいだで起きている。AIエージェントを賢くするためのデータの多くは、働き手の頭の中にあるからだ。

「企業はAIエージェントを使い始めていますが、AIエージェントは与えるデータが多いほど賢くなります。そしていま、そのデータの大半を持っているのは、現場で働く人たちです。ビジネスが実際にどう回っているのかという暗黙知の多くは、働き手の側にある。経営層は業務の流れを把握しているつもりかもしれませんが、実際の仕事はその通りには進みません。

仕事が本当はどう動いているのか、その細かな事情や、目に見えない微妙なサインを知っているのは働き手です。ところが企業には、生産性を最大化するために、その知識を働き手から引き出してAIエージェントに移そうとする動機があるのです」

その先に待つものを、スルニチェク氏はこう問いかけた。

「AI企業を前にした会社の手元に何も残らなくなるのと同じように、会社を前にした働き手の手元にも、何も残らなくなってしまうのでしょうか。つまりここには、データと価値が二重に抜き取られる構造があるのです。まだ答えの出ていない問題ですが、事態はその方向に進んでいます」

書籍『Silicon Empires』の中でスルニチェク氏は、ビッグテックとAIスタートアップの関係を「所有なき支配(control without ownership)」と呼んでいる。ビッグテックはスタートアップを正式に買収するのではなく、出資や提携、主要な人材の引き抜きを重ねることで、会社を所有しないまま、実質的に自らへの依存の網の中に取り込んでいく、という構図だ。AI企業は会社のビジネスを、会社は働き手の知を、所有することなく取り込むことができる。同じ構図は、一つひとつの職場の内側にも生まれつつある。

これに歯止めをかける規制は、まだない。だからこそ、働き手の側でも、自分たちのデータの扱いを問い直す動きが出てきているという。

「一部の労働組合は、働き手のデータを企業から守る必要があると訴え始めています。これは、自分の仕事が自動化されるかどうかという問題でもあるからです。企業があなたの仕事について知れば知るほど、その仕事をあなたから取り上げて、AIエージェントに任せられるようになる。そこには政治的な闘いがあるのです」

この懸念を思わせる出来事が、すでに起きている。ある数学者たちは、OpenAIのAIツールを使いながら、長年未解決の数学の難問「ナビエ–ストークス方程式」の問題に取り組んでいた。ところが2026年9月、その問題をOpenAI自身がAIで解いたと発表する。これに対し数学者側は、自分たちの研究の進捗が同社に伝わっていたと主張した(※1)。OpenAIはこれを否定しつつも、利用者のデータを匿名化したものがモデルの改善に役立った可能性は否定しきれないと認めている。

真相はまだ分からない。しかし、AIに入力したものがどう扱われるのかを、利用者の側が知っておく必要性を示す出来事となった。

揺らいでいるのは、創造性より「生計」と「意味」

では、技能や判断力、独創性といった、仕事のより深い部分までAIに持っていかれてしまうのだろうか。スルニチェク氏の見方では、AIがすぐに人間の創造性に取って代わるわけではない。揺らいでいるのは、創造性を経済的に支えてきた土台と、仕事がもたらしてきた意味の方だという。

彼はまず、AIの創造性には限界があるとして、自身が長く使ってきたという「物差し」を教えてくれた。

「私がこのトピックに関してよく考える事例は、1960年代のプログレッシブ・ロックをすべてAIに学習させたら、その先にパンク・ロックを生み出せるか、というものです。実際の音楽史では、それが起きました。パンクは、プログレの過剰さへの反動として生まれたのです。では、AIに同じことができるでしょうか。『これは退屈で、ありきたりで、使い古されていて、やりすぎだ。まったく違うことをやりたい』という創造的なひらめきを持てるのか。AIがそうするのを見るまでは、本当に創造的だとは言い切れません」

既存のものを学び尽くしたうえで、それに飽き、反発し、まったく違うものを生み出す。その跳躍を、AIはまだ見せていない。それでもアーティストやデザイナーがAIに脅かされているのは、彼らの収入が、「独創性を求めない仕事」に支えられてきたからだという。

「たとえばアーティストという職業は、商業的な仕事に大きく支えられてきました。そして商業的な仕事では、独創性はあまり求められません。求められるのは、より多くの人の耳に残るジングルや、印象的なロゴといったものです。こうした仕事は、AIで自動化できてしまう。けれどそれは、アーティストがこれまで生計を立ててきた命綱でもあったのです。だからこそ、アーティストを支える別の資金の仕組みが必要だと考えています」

取材時の様子

では、AIによって仕事の意味や創造する喜びが失われることを、どう受け止めればよいのか。労働を減らすことを掲げる「アンチワーク」の政治と結びつけて語られてきたスルニチェク氏は、それを「本当の損失」だと認めたうえで、二つの点を付け加えた。

「一つ目に留意すべきは、多くの人が、仕事にそれほど大きな意味を見出していないということです。スーパーで商品を棚に並べている人は、給料のため以外に、なぜ自分はこれをしているのだろうと、むしろ疑問に思っているかもしれません」

「もう一つは、その裏返しです。意味や目的は、仕事からしか得られないものではありません。いま仕事が担っている社会的な役割、つまり目的を与えてくれたり、新しい人と出会ったり、人脈や友人をつくったりすることは、仕事によってある程度は満たされています。でも、その満たされ方は往々にしてとても貧しいものです。私たちは、それらを満たすもっと良い仕組みを設計できるはずです」

意味は、仕事の外でつくり直すことができる。それでも、仕事に深い意味を見出してきた人々の喪失は、簡単には埋まらない。ここでスルニチェク氏は数学者たちの話を持ち出した。

「数学者たちが、AIが自分たちの仕事に何をもたらしているのかを振り返る文章を読んで、少し恐ろしく、気が沈みました。いまやAIは、有名な難問さえ解けてしまう。そして多くの数学者が『自分の人生の目的がなくなってしまった』と語っているのです。本当に悲しく、憂鬱なことです」

「私の願いは、AIが何でも人間よりうまくこなすようになり、『では人間には何が残るのか』と問われる局面を越えて、人々がAIとともに、以前と同じくらい充実した形で続けていく道を見つけることです」

「週60時間労働」が未来ではない

では、AIに仕事を渡すことは避けるべきなのだろうか。スルニチェク氏の立場は、その逆だ。仕事が減ること自体は、むしろ喜ばしいことだ。大切なのは、効率化で生まれるものをどう分け合うかにある。

「適切な社会制度が整っていれば、AIに仕事を渡すのは理想的な状況だと思います。私が取り組んでいる政治的なプロジェクトの中心にあるのは、『ポストワーク』という考え方です。人々がもっと自由な時間を持ち、それによってもっと自由に生きられる世界をめざすもので、何よりも自由を大切にする視点です。ですから、人間の代わりに技術が働いてくれるのは大歓迎なんです」

その前提となるのが、仕事が減っても人々が暮らしていける社会の仕組みだ。

「問われるのは、有償の仕事が見つからないときにも人々が生きていける社会の仕組みがあるかどうかです。家賃や食費、保育料を払えるのか。分かりやすい例はユニバーサル・ベーシックインカムですし、週の労働時間を短くして、仕事をもっと均等に分け合う方法もあります。誰もが週に3日、4日の休みを取れるような形です。こうした仕組みを整えてはじめて、技術を『人々のためになるもの』にすることができます」

取材時の様子

そのうえで、日本の読者へ向けて、スルニチェク氏は三つの方向を示した。一つ目は、ここまでの議論の核にあったデータを守ることだ。

「一つは、データの問題です。働き手のデータ、そして企業のデータの価値を守り、それがアメリカの大手AI企業などに流れ込むのを防ぐこと。この問題を意識し、抵抗することが大切だと思います」

二つ目は、AIブームで生まれた利益を、働き手や社会と分かち合うこと。彼は、半導体企業の働き手の例を挙げ、政府の役割にも触れた。

「AIブームで莫大な利益を上げた企業があります。誰もが彼らのメモリチップを必要としているからです。その利益に対して、たとえばサムスンでは働き手たちが闘い、大きなボーナスを勝ち取りました(※2)。日本にも、AI産業に深く関わる大手ハードウェア企業があります。同じことが日本でも起きるべきです。政府も、企業の莫大な利益にウィンドフォール税(※特定の出来事によって企業が得た、想定外の巨額の利益にかける税のこと)をかけることを検討すべきです。AIブームがずっと続くとは限りません。だからこそ、取れるうちに取り、その価値を分配するのです」

三つ目は、仕事中心の文化そのものを変えることだった。

「私が知る限り、日本はよく働く国であり、同時に、とても高齢化が進んだ国でもあります。介護ロボットやケアロボットの導入では、おそらく最も進んでいるでしょう。そうした分野で先駆けとなれる余地は、大いにあると思います。

けれど同時に、AIが多くの仕事を担うようになるなら、週60時間働くことは、もう未来の姿ではない、ということに気づく必要があります。そして、仕事を通じて生きる目的や人生を見つけようとしても、もうそれは良い形では起こらないということに。だからこそ、その文化を変えることが重要なのです」

取材後記

「ビジネスの現場の人たちにこうした話をすると、たいてい『たしかに、それは考えておくべきことだ』と受け止めてくれます」

取材の終わりに、企業の人々の受け止め方を尋ねると、スルニチェク氏はこう話した。

AIを使うほど仕事が増えていくのは、私たちの使い方が下手だからでも、努力が足りないからでもない。効率化の「果実」である浮いた時間は、利益や期待の上昇に吸い込まれ、仕事のなかで培ってきたノウハウは、会社へ、そしてAI企業へと流れていく。スルニチェク氏の話から浮かび上がったのは、私たち一人ひとりの日々の仕事が、AIをめぐる巨大な価値の奪い合いに、すでに組み込まれているという現実だった。

その行き先は、まだ決まっていない。浮いた時間を、さらなる仕事や失業の不安にするのか、自由な時間にするのか。働き手の知を吸い上げさせるのか、守り、分かち合うのか。それを決めるのは技術ではなく、私たちがどんな制度を求め、どんな働き方を当たり前にしていくかだ。

今日、AIに何かを入力するとき。その成果を誰と分け合いたいのかを、少しだけ考えてみる。そこから、AIとの付き合い方は変わりはじめる。

スルニチェク氏による書籍

※1 OpenAI says it cracked 90-year-old maths problem in 88 hours
※2 Samsung workers avert strike, secure bonus deal after AI profit surge

【参照サイト】Nick Srnicek|King’s College London
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Photo by Yuko Nagano

この記事を書いたライター

京都生まれ、東京育ち。大学院では都市社会学を専攻し、シンガポールを対象としたフィールドワークを通じて、大都市における人々の暮らしと都市の緑との関係を探究。現在はアーティクル株式会社グローバル事業担当執行役員としてロンドンを拠点に活動。2020年からサステナビリティ領域を取材。イギリスをはじめとする欧州のサーキュラーエコノミーに関する情報発信、レポート執筆、講演などを行っている。認定ファシリティマネージャー、CSRリーダー。関心テーマは、まちづくり、ジェンダー、新しい経済や働き方。