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マノスフィアとは・意味

女性のアイコンにバツ印を付けようとする男性

マノスフィアとは?

マノスフィアとは、(manosphere)とは、「man(男)」と「sphere(領域)」を組み合わせた言葉で、主にインターネット上で広がる男性中心のコミュニティや思想の総称である。このオンラインコミュニティ群では、男性優位思想や反フェミニズム的な見解の共有・拡散が見られる。

表向きは男性のメンタルヘルスや恋愛の悩みなどを語り合う場としてスタートすることも多い。一見すると男性の孤独や社会的不安に寄り添うように見えるが、一部のコミュニティでは女性やフェミニズムに対する攻撃的な言説が顕著になる傾向がある。

マノスフィアで女性やフェミニズムに対する敵意や差別意識を助長する言説が含まれることから、現実の暴力や差別行動に結びつく危険性があると警告されている。

なお、マノスフィアは単一のコミュニティではなく、後述する「インセル(involuntary celibate:非自発的な禁欲主義者)」や「レッドピル(red pill)」「MGTOW(Men Going Their Own Way)」など、複数の思想等がゆるやかに結びついたネットワークだ。

マノスフィアの背景にあるもの

マノスフィアが生まれた背景には、現代社会における「男性らしさ」への不安や葛藤がある。過去の社会構造においては、男性は家計を支える存在として明確な役割を与えられていたが、ジェンダー平等の進展とともにその「役割」が揺らぎはじめた。

一方で、男性向けの心理的サポートや共感の場が社会的に十分整備されていない現実がある。たとえば、カナダ人権委員会によれば、男性は自殺率が女性の3倍以上にもかかわらず、メンタルヘルスの支援を受ける機会が少ないという指摘もある

このような孤独やフラストレーションの受け皿として、マノスフィアのようなオンライン空間が生まれ、広がっていった。しかし、その中で一部が女性蔑視や過激な思想へと過激化しているのが問題視されている。

Netflixのドラマで話題に

マノスフィアという言葉が一般に知られるようになったきっかけのひとつが、Netflixオリジナルドラマ『アドレセンス(Adolescence)』である。2025年に配信されたこのドラマは、13歳の少年が同じ学校の女子生徒殺害の容疑で逮捕され、その事件の真相と少年の心の葛藤を描いている。

この物語はテーマとしてマノスフィアや「インセル」といった思想を取り上げており、世界中で反響を呼んだ。フィクションでありながら、マノスフィアが現代社会にどのような影響を及ぼしているのかを可視化する役割を果たしたといえる。

マノスフィアに関連のある用語

前述した通り、マノスフィアは単一のコミュニティではなく、複数の思想がゆるやかに結びついたネットワークだ。以下は代表的な思想の例である。

インセル(involuntary celibate:非自発的な独身主義者)

恋愛や性的な関係を望みながらも持てないと自認する男性のコミュニティ。もともとは女性嫌悪などの意味合いは含まれていなかったとされているが、女性や社会に対する恨みを募らせ、暴力的な思想に傾くケースも少なくない。

レッドピル(Red Pill)

映画『マトリックス』に登場する「現実を知る薬」に由来し、女性やフェミニズムが支配する社会から目覚めるという意味で使われる。

MGTOW(Men Going Their Own Way)

「我が道を行く男たち」の略称「MGTOW(ミグタウ)」は個人主義思想の一つ。男性が社会的に期待される役割(結婚や父親になること)を拒否し、個人の自由と幸福を追求する思想だ。MGTOWは、女性との付き合いを極力避ける。

ミソジニー

マノスフィアと密接に関連する概念のひとつが「ミソジニー(misogyny)」である。ミソジニーとは、女性に対する嫌悪や蔑視を指す言葉で、単なる偏見や差別を超えて、女性の存在そのものを脅かすような思想や言動を含む。

「男性中心のネットコミュニティ」全体を指す用語であるマノスフィアは、「男性の悩みを語る場所」や「ジェンダー論に対する反論の場」として語られることもある。しかし実際には、その多くがミソジニー的な価値観を内包している。

マノスフィアが社会に与える影響

オンライン上に広まるミソジニー、男性優位

アメリカのNPO法人Equimundo(2024年)によると、2024年にUCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)とケント大学が実施した調査で、TikTokのサンプルアカウントをわずか5日間使用しただけで、アカウントの「おすすめ」ページに表示される女性蔑視的なコンテンツが4倍に増加した、とある

さらにVodafoneの調査では、11〜14歳の少年の69%が女性蔑視や他の有害な見解を含むオンラインコンテンツに接触しており、59%が無関係な検索結果やAIアルゴリズムによってそうしたコンテンツに誘導されていたことが分かった。

Dublin City Universityの報告書(2024年)によると、YouTubeのおすすめアルゴリズムが短時間でマノスフィア関連動画へ誘導するだけでなく、マノスフィア系のコンテンツを求めるアカウントと一般的なコンテンツを求めるアカウントの両方に対し、実験開始から26分以内に何らかの男性優位的なコンテンツが表示されたことが報告されている

現実の暴力行動、性差別の再生産と結びつく危険性

マノスフィアの言説は現実の暴力事件や政治的偏向、教育現場での性差別の再生産にまで影響を及ぼす可能性があるとされている。たとえば、2018年にカナダ・トロントで発生した事件では、「インセル」思想に影響を受けたとされる男性が車で歩行者を襲撃し、10人が死亡する事件が起きている(BBC、2018年)。

また、米国やカナダの一部の政治団体では、マノスフィア的な立場から「男性の権利保護」を名目に、女性のリプロダクティブ・ライツやLGBTQ+の権利を制限しようとする動きも見られる(Human Rights First、2023年)。さらに、UN Womenの報告によれば、マノスフィア的な言説が広がることで、女性ジャーナリストや政治家がSNSでの発信を控えるようになっている、とある。これは、オンライン上の性差別的攻撃が現実のキャリアや発言の自由を制限していることに他ならない。

そのほか、イギリスの調査では、中等学校の教員の76%と小学校の教員の60%が、オンライン上の女性蔑視が生徒に及ぼしている影響について懸念を示していると報告されている(Over et al.、2024年)。

こうした誤解に基づいた認識は、日常的な人間関係やジェンダー理解などに影響を与える可能性がある。

若年男性のメンタルヘルスへの悪影響

「男らしさ」の過剰な理想像を押し付けるマノスフィアの言説は、若年男性のメンタルヘルスにも深刻な影響を与えている。

そのひとつが、感情表現の抑圧だ。マノスフィア内では「感情を見せるのは弱さ」「男性は自己解決すべき」といった価値観が広がりやすく、こうした規範は若者が困難を抱えたときに支援を求めることへの抵抗感を強めてしまう。結果として、うつ症状や不安障害などが深刻化しても、カウンセリングや医療的支援にアクセスしないまま悪循環に陥るケースも少なくない。

また、身体的リスク行動の増加も懸念されている。「looksmaxxing(外見の極限強化)」といったコミュニティでは、外見に対する過度な批判が横行し、精神的なダメージを与えることが指摘されている。過剰な筋トレ、ステロイド使用などを推奨するマノスフィア系コンテンツもあり、このようなコミュニティからのメッセージは若者に極端な身体改造へのプレッシャーを与え、身体的・精神的な健康を損なう恐れがある。

「ブラックピル(black pill)」と呼ばれる極端な宿命論的思想の影響力も大きい。この思想では、「遺伝的特徴や社会的地位によって人生の結果は決まっており、努力しても無駄である」とする見方が共有される。その結果、希望や自己改善への意欲が失われ、生きづらさや孤独感に拍車をかけることが報告されている。

これらの影響は単なるネット上の問題にとどまらず、現実の生きづらさや精神的健康に直結する重要な課題だ。若年男性が健全に自己を確立し、多様な価値観の中で安心して成長していける社会的基盤が求められている。

まとめ

マノスフィアの問題は、決して特定の個人の偏った思想にとどまるものではない。むしろ、「誰もが孤独や不満を抱えたとき、どこにその思いをぶつけるのか」「社会はすべての人にとって居場所があるのか」という、現代社会の根本的な問いを突きつけているのだ。

【参照サイト】Online ‘manosphere’ is moving misogyny to the mainstream | UN News
【参照サイト】What is the manosphere and why should we care? | UN Women – Headquarters
【参照サイト】What is the Manosphere? | Equimundo
【参照サイト】Online misogyny: the “manosphere” | CMHR
【参照サイト】The manosphere is no joke. UN Women explains why.
【参照サイト】Here’s what red pill, misogyny and other manosphere terms mean
【参照サイト】The manosphere and networked misogyny
【参照サイト】Why is the manosphere on the rise? UN Women sounds the alarm over online misogyny | UN News
【参照サイト】The Manosphere: Preventing Harmful Attitudes in Young Men and Boys
【参照サイト】A New Study Linked ‘Manosphere’ & Masculinity Content to Poor Mental Health in Teen Boys
【参照サイト】The manosphere and men’s wellbeing: How healthcare can help young men find alternatives to toxic online spaces | The BMJ

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