“非営利”株式会社ピロウが示す、ジェンダー格差を再生産しない組織のカタチ──「経営はデザインできる」

2026.07.28

Natsuki
【特集】私たちの「働く」は、どんな社会を再生産しているのか?

私たちが人生の多くの時間を費やす「働く」こと。それは単に生活費を得るための手段であるだけでなく、私たちが社会に変化をもたらしたり他者とつながったりする身近な手段の一つです。しかし今、多くの人々が数字に追われ、規則に縛られる中で、本来のやりがいやパーパスを見失いそうになることもあるかもしれません。そうした問題を、組織として、あるいは社会のシステムとして、乗り越えることはできるのでしょうか?本特集では、このモヤモヤを個人の問題として片付けるのではなく、組織、ひいては社会のシステムを規定する「ガバナンス」というレンズを通して見つめ直します。

株式会社なら、利益を追うのが当たり前。それは、難解な社会課題を解決しようとする企業に対しても、経済市場に立つ上での“共通ルール”として課せられてきた。たとえ、そのルールが組織をギクシャクさせ、働く個人の心を擦り減らすとしても──。

そんな経済に、改善の余白がないわけがない。その可能性を示唆するのが、株式会社でありながら、定款によって株主への剰余金の配当や残余財産の分配を制限する「非営利株式会社」という企業の形だ。2024年からこの組織形態を選択しているのが、非営利株式会社ピロウ代表の江連千佳さん。科学技術分野におけるジェンダーギャップの予防に向けて、多角的な協働プログラムを通じて研究者や起業家を支援している。

江連さんはなぜ、「非営利株式会社」を選んだのか。その選択は、どんな違いを生んでいるのか。江連さんの実践と本音から、パーパスを体現するための組織デザインのあり方を探る。

話者プロフィール:江連千佳(えづれ・ちか)

2000年東京生まれ。2021年、ショーツをはかないリラックスウェア、”おかえり”ショーツの販売会社として株式会社Essayを起業、代表取締役に就任。2024年”おかえり”ショーツ事業をソーシャルM&A®︎し、株式会社Essayを非営利株式会社ピロウに変更。科学・技術の社会実装におけるジェンダーギャップの解消に取り組む。また、起業の経験を踏まえ、フェムテックの社会的影響についてアカデミックにも探究し、研究は学会発表で受賞するなど評価を受けている。

始まりは、ジェンダー課題に「構造的に」加担する苦しさ

技術開発におけるジェンダーギャップを課題に捉えてビジネスを立ち上げた江連さんは、あるオルタナティブな組織形態を選択した。それが「非営利株式会社」だ。なぜこの選択をしたのかを紐解くために、まず江連さんが眼差す課題そのものに焦点を当てたい。

「ピロウの事業の軸になってるのは『科学技術によって再生産されるジェンダーギャップの予防』です。例えば最近は、AIがジェンダーギャップが大きいデータを読み込み、それを使ってアウトプットを出してしまったり、人種的な側面も含めると、黒人女性の顔認証の成功率が低くなっていたりすることが問題として指摘されています。

それらを解決する時、アルゴリズムを変えるだけでは結局いたちごっこ。もっと根本的に技術開発のあり方や、『読み込まれるデータである現実』そのものを変えないと予防できないと思い、科学技術分野のジェンダー課題に取り組んでいます」

一日の終わりに安心して眠れるかどうか、明日が来てもいいと思えるか、そういう社会は作れるか。そんな問いをもとに、「眠ること」の安心をテーマの一つとしたブランドを手がけている|Image via ピロウ

「ピロウの主事業である『Blend』では、主にSTEM分野の研究者が自身の研究にジェンダード・イノベーションを取り入れて実践することの支援・伴走を行っています」

ジェンダード・イノベーション(GI)とは、科学や技術の研究プロセスに性差分析や交差性の視点を取り入れることで、新たな発見や創造性を引き出すアプローチ。スタンフォード大学歴史学科のロンダ・シービンガー教授が提唱した。性差は、生物学的性と、社会的・文化的性どちらも対象とし、交差性は障害、国籍、年齢、人種などさまざまな要因を考慮しながら研究開発を行おうとする考え方だ。

「アメリカやヨーロッパでは、ジェンダード・イノベーションがガイドライン化されて、研究開発の時のチェック項目になっていますが、日本の研究開発の現場でその意識はまだ浸透していません。

まずはこの概念を日本で広めること、それを実践する人材の育成方法を確立することが必要です。Blendでは、さまざまな分野の人同士が対話を通してGIの実践を考えるプロセスを重視しています。また、技術を実装する側として起業家を捉えていて、起業家に対する性被害予防や、ジェンダーギャップの解消に関わる調査支援など幅広く活動しています」

Blendでの活動の様子|Image via ピロウ

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科学技術とジェンダーをめぐる問いを見つめる江連さんは、そもそもなぜこの課題意識を持つようになったのか。

「高校生の時からずっとジェンダーの課題に関心があって、一番大きなきっかけは、ニュージーランドへ留学したときにアーダーン首相が産休を取るのを見たこと。『首相が産休を取るんや』と思いました。今は日本でも、女性市長が産休を取ることに議論が起きていますが、当時首相が産休を取ることは衝撃的で。このときから、日本の状況に危機感を持ち始めました」

ジェンダーギャップへの課題意識を持った江連さんは、起業を通じて解決に邁進。株式会社Essayの立ち上げを通じてフェムテック商品の開発を手がけたのちに、あるきっかけを経て、現在の非営利株式会社ピロウに至った。

株式会社から非営利株式会社へ。この変化が、事業を通じて社会の歪みを正すだけでなく、組織のあり方そのものが社会に変化をもたらし、パーパスに忠実であろうとする姿勢を物語る。

資本主義「以外」の答えを探るための、非営利株式会社という選択

ピロウという組織の土台となる「法人格」のデザインは、課題解決を実現する具体的なガバナンスの仕組みとして結実している。

はじめは株式会社を経営していた江連さんは、なぜ非営利株式会社を選び直したのだろうか。

「今の社会には『資本主義が唯一の答え。資本主義に従うしかない』という認識があると思います。けれど、それではオルタナティブなあり方を考える余地すら失っているように感じます。もともと株式会社Essayとしてフェムテック開発に携わっていた中で、スタートアップとして『フェムテック商品を売ること』だけで、本当にジェンダーギャップ解消になるのか疑問に思うようになりました。

フェムテックのような製品が生まれることは重要ですが、同時にそういった製品や市場が健やかに育つ社会構造も育てていく必要がある。そのためには、株式会社という形で事業を継続していてはダメだと。『事業で社会を変えられる』と言うけれど、このままでは生きているうちに社会は変わらないかもしれないという虚無と焦りも感じ、事業を売却しようと考えました」

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「特に課題に感じたのは、株主との関係性。社会課題を解決したいと思って株式会社を起業したとしても、『株主が利益を得なくてはならない』という引力が、解決したい課題の当事者の声よりも強くなってしまうこともあります。さらに資本家は、今のところ男性に偏っているという点が大きな課題です。

つまり、株式会社という仕組みだと、どんなに『ジェンダーギャップを解消する』と掲げて得た事業利益でも、それを男性中心の資本家に配当している。これでは、間接的に格差を再生産しているのではないか。この仕組みを使い続けることは自分にとって矛盾しているのではないかと、思い始めました」

スタートアップ投資を担う国内ベンチャーキャピタルにおいて、女性の投資担当者比率は2025年時点で2割に迫った(※)。業界にも変化の兆しは見えているが、いまだに「男性が意思決定する投資」の割合が高いのが現状だろう。

ジェンダーギャップを解消したくて起業しているのに、ジェンダーギャップを再生産するお金の流れを生み出す──そんな矛盾に直面した江連さん。このときに知ったのが非営利株式会社という会社の形だった。

「非営利株式会社は、基本的なルールは株式会社と同じですが、定款が違います。株式会社は基本的に、株を買ってもらうことで資金を得て、その資金で事業を行います。事業が成長して会社の評価が上がれば、株主は株式を売却するときに利益を得たり、余剰の一部を配当として受け取る可能性があります。でも非営利株式会社は、どんなに余剰ができようと株主に配当せず、事業にのみ使います。

それだけだと、会社をたたむことになり精算する時、もしくは売却する時、代表者か株主に最後にお金が入ってしまいますよね。それも避けなくてはならないので、事業を閉じる場合はNPO法人に寄付すると定款で定めています。つまり、私には何の利益も残りません。今は私が全株を所有していますが、どんなに株主が増えたとしても、事業によって得た収益が株主に回ることはありません」

利益追求よりも、事業が本来の目的のもとに続くことを重視する。この「ガバナンスの壁」は、企業のパーパスを守るための構造的な盾となるのだ。

それでも「会社」を経営する

ここでふと、疑問も残る。株式会社ではなく、利益を追求しないならば、なぜNPO法人などにせず非営利株式会社という選択をしたのだろうか。

「もともと株式会社という形を持っていて、かつ、ジェンダーギャップを解消するとなった時に、このまま『株式会社』の方法論で最後イグジットしたり、IPOみたいなゴールで事業をデザインしたりすることはもう二度とないと思っていました。

しかしEssayを売却した時に、たまたま『事業売却にしてほしい』と売却先に言われ、株式会社が手元に残りました。『この箱をどうしようか』と思った時に、非営利株式会社だったら何か新しいことができるかもしれないと思ったのです」

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一度は無力感から手放そうとした、株式会社という箱。しかし、自由度の高いその性質を逆手に取ることで、従来の投資関係とは異なる関係性を株主との間に結べるのではないかという仮説が生まれた。

「ピロウの株は、100万円で買ったら100万円で売れる。つまり株主には何の利益もありません。でも寄付者ではなく株主なので、ある程度経営に口出しができます。『一緒にジェンダーギャップを解消しよう』という株主が集まってお金を預けて、経営にも責任を持って関わってくれるような形ですね。

まだ一緒に事業を進める人は現れていないですが、そうして集まった協働の仕方が、いずれ『株主コミュニティ』となれば面白いのではないかと思っています」

非営利株式会社は、関係性をどう変えられるか

非営利株式会社は、いわば株式会社のようでNPOのような、しかしどちらでもない組織だ。株主への経済的分配を目的としない非営利性を定款で担保しつつ、株式会社としてのすばやい意思決定や事業設計の自由さを持っている。これにより、大学ともスタートアップとも、共通の土台に立ちやすくなっている。

さらに、ピロウのガバナンスは、組織内の「持続可能な働き方」にも向けられている。外側のシステムを変えようとするとき、まず自らの内側にある暴力性の再生産に歯止めをかけることが重要だと、江連さんは語る。

「経営者として、メンバーが一人休んだり自分が体調を崩したりしても問題がないよう、より良い働き方を模索しながら事業を管理しています。社会起業家は、暴力を止めるために事業を始めるのに、自分自身に暴力を振るうことも多いです。すると、他人に再生産してしまう。これを止めるためには、働き方に気をつけなくてはいけないし、自分が無理だと思ったことはやらない選択も大事かなと思っています。

私も新婚旅行のために一週間休んだり、修士論文執筆のために数ヶ月経営を離れたりと、ほぼ経営に触れず他のメンバーにお願いする時期もある。『誰もが安心して眠れる社会』をコンセプトに掲げているからには、ちゃんと実践しなくてはと思っています」

自分自身のウェルビーイングを守り、他者を消耗させないための仕組みづくり。興味深いのは、ピロウが外部のパートナーや雇用者と取り交わす契約書にも、誠実でユニークな余白として現れていること。

「私は、すれ違いが起きる前提で協業先と話しています。それは、方向性が変わる可能性がある、こういうことで揉める可能性がある、などを事前に洗い出しておくということ。『すれ違ったらしたら、こう終わらそう』と明記した契約書を作ってから、事業を始めるようにしています。

自社の利益になるからではなく『互いに心地よくできるなら、ちゃんと寝る時間が確保できるなら、協業しましょう』となる。自分の課題解決への純粋性が失われる『引力』が強い契約は絶対にしないと決めています。自分自身が消耗する契約もしません」

「それから、契約書は余白やデザインを入れることで、読みやすくデザインして、契約先と読み合わせもします。難しい契約書は読まれないので、なるべくデザインを加えた上で、協業でも雇用でも『この条文は、こういう意味です』とすべて説明しています」

こうしてピロウおよび江連さん自身は、対等な関係性とパーパスへの純粋さを多方面から担保しているのだ。一方で、非営利株式会社であるからこその課題も感じているという。

「まだ自分以外の株主がいないため、組織拡張のときに『株主をどうデザインするか』は新しい難しさを感じるだろうという前提があります。 なので、今はまだその問題は理解できていません。ピロウを5年ぐらい経営したあと、そのフェーズに挑戦したいと思っています。

今まさに直面する問題は、助成金をもらいにくいこと。株式会社が対象の補助金では、非営利株式会社は助成の対象外であることが多いですね。他方、NPO法人のように一定程度の寄付収入が必要という財務的な制約はないので、非営利が対象の中でも優先順位が低いということもあるかもしれません。まずは、非営利株式会社という組織形態の認知が進んでないことが課題です」

営利か非営利か。この二項対立に異議を唱える新しい組織のあり方が、既存システムとの建設的な摩擦を起こしながら、姿を現しつつあるのだ。

経営は自己表現として、デザインできるから

非営利株式会社は、あくまでも組織の形の一つ。それでも、お金の流れを見てみれば、組織の形は社会に対する強力な「表現」だろう。

江連さんが非営利株式会社を選びとっていることは、何を体現するのだろうか。

「経営は一つの自己表現のあり方で、決まり事ではないと思っています。初めて経営するとなった時に、『株式会社を経営するならこうすべき』というセオリーが書籍などに書かれていて、その通りに経営できない自分にすごく苛立ったり、なぜ自分はこうなれないのかと悩んだりしてきました。一方で、それは経営の形態が、自分のありたい姿に合ってなかった側面もあると思っていて。一度事業を経営してみて、経営のあり方は自分でデザインできることに気づきました。

ずっと経営に携わっている理由は、『経営で資本主義に抵抗できるのか』が大きな命題としてあるから。資本主義の仕組みの一部として『会社』や『法人』があると思っていましたが、経営はデザインできる。だから今は、オルタナティブな会社のあり方を提示することで、仕組みに抗うこともできるのではないかと思っています」

社会から与えられた制度すら、自らが描く未来像に引き寄せて創り直すことができるのだ。この主体的なデザインのプロセスの重なりが、企業環境や経済というより大きな存在を変えていくだろう。

取材後記

組織のことを「箱」に例える表現を聞いたことがあるだろうか。筆者は「組織がフレームワークとして存在し、事業がそのメインであること」を意味して、使ったことがある。

たしかに、組織という箱の中で、誰が、どこで、どんな事業をするかによって組織の色はいかようにも変わる。だから、企業という形態そのものは、無色透明な箱にも思える。

しかし、あるルールのもとで動く経済に、組織が埋め込まれたとき、組織の構造や規則は無色透明ではいられずその経済の色に染まるだろう。この経済に違和感があるときには、システムの外へ飛び出すことも選択肢の一つだった。

一方で、既存の経済に身を置きながらも、ガバナンスという設計図を工夫することで、資本や意思決定の「力」の方向を変えられる可能性をピロウは示す。それはシステムの内側から、今までと異なる価値を生み出せるのだ。

そんな考えをめぐらせたのは、「会社は、法『人格』だから」と江連さんが語ったときからだった。組織にも「人格」があって、商品やサービスだけではなく、構造や規則によっても存在そのものが多様な表情を持つ。だからこそ江連さんは「箱を上から覗くのではなく、生き物と対等に関係をつくるようにして経営を表現したい」のだという。

組織は、生きている。あらゆる色に、形に、変わる。だからこそ組織のデザイン次第で、既存構造の内側から異なる未来をたぐり寄せることもできる。そう思うと、硬直してみえる経済にも変化の兆しが浮かびあがってくるようだった。

国内VC、女性の投資担当者が2割に迫る 多様な視点で起業家発掘|日本経済新聞

【参照サイト】非営利株式会社ピロウ
【参照サイト】ジェンダード・イノベーションとは?|お茶の水大学
【参照サイト】ジェンダード・イノベーションの潮流 -セックスとジェンダーを考慮した研究・イノベーション-|国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター
【参照サイト】人口推計(2024年(令和6年)10月1日現在)|統計局
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この記事を書いたライター

Natsuki

Natsuki

仲原菜月(なかはら なつき)。IDEAS FOR GOOD 副編集長。大学在学中は政治経済を学びながら難民支援や環境課題の解決に従事し、スウェーデンに留学。ウクライナ避難民の写真展を都内で開催。脱成長、紛争予防、自然観などを中心に執筆。(この人が書いた記事の一覧