デザインは社会からの「預かりもの」。デンマーク・Kontrapunktの共同創設者ボー・リンネマン氏が語る、所有を超えたスチュワードシップ

2026.07.17

毎年6月、デンマーク・コペンハーゲンは「新作」のデザインで溢れかえる。世界中から人々が集まるデザインの祭典・3daysofdesignが開催されるのだ。その華やかな喧騒の中にいると、ふとある疑問が浮かぶ。

「私たちは、これ以上新しいモノを必要としているのだろうか」

経済成長が鈍化し、モノが飽和した成熟社会において、デザインの役割は「新しい欲望を作ること」から「今あるものを次世代へ繋ぐこと」へと変わりはじめている。

この転換期の視点を探るべく、私たちはデンマークのデザインエージェンシー「Kontrapunkt(コントラプンクト)」の共同創設者、ボー・リンネマン氏を訪ねた。50年近くデンマークの公共デザインの骨格を担い、同時に25年にわたって日本企業と深く関わってきた彼は、日本社会の中に、ある「たしかな価値」を見出し続けてきたという。それは、目先の効率や利益だけでは測れない、長期的な関係へのまなざしだ。

彼が語る「スチュワードシップ(次世代のために預かり、世話をすること)」という態度は、これからの社会のあり方をどう編み直してくれるのだろうか。コペンハーゲン現地で話を聞いた。

話者プロフィール:Bo Linnemann(ボー・リンネマン)

Bo-Linnemanコントラプンクト(Kontrapunkt)共同創設者、コントラプンクト・ジャパン会長。デンマークおよび国際的なデザイン界における先駆者として知られ、これまでにデンマーク・デザイン賞を17回受賞したほか、数多くの国際的なデザイン賞を受賞。三菱自動車、デンソー、日産、TASAKI、Ørsted、nomaなど、世界中の企業のブランディングを手がける。また、デンマーク外務省をはじめとする同国のほとんどの省庁のデザインプログラムも担当。デンマーク王立美術アカデミー(KADK)の客員教授を務めるほか、デザインやタイポグラフィの講師として世界各地で教鞭を執っている。

「ない」からこそ生まれた、スチュワードシップの精神

デンマークのデザインが人々を惹きつけるのは、単に形が美しいからではない。リンネマン氏は、その根底にあるのが豊かな資源ではなく、むしろ「資源の欠如」という切実な制約だったと明かす。

「デンマークでは、材料が非常に不足しています。隣国のスウェーデン、ノルウェー、フィンランドに行けば、木材や鉄鉱石などの天然資源が豊富にあります。しかし、デンマークにはそれがありません。ですから、家具を作るために木材を使うとき、必要以上の木材を使わないよう非常に注意を払います。限られた木材を、丁寧に扱うのです。このアプローチ、つまりクラフトマンシップが、デンマークのデザインにとって大きな意味を持ってきました」

「ない」からこそ、今あるものを極限まで大切に使い切る。この切実な態度は、1950年代、顧客が所有する組織であった「協同組合(FDB)」による家具作りを通じて、社会全体の共通認識へと変わっていった。

「彼ら(協同組合)は、誰もが手の届く安さでありながら、高品質な家具を作るという基準を設定しました。これはパラドックス(逆説)です。どうすればそれが可能なのか。彼らはデンマークのトップ建築家を5人指名し、非常にシンプルな素材と製品をデザインさせました。デザインの質と生産の質を高く保つことで、価格を抑えながら高品質を実現したのです。これが大成功を収め、数年で世界的に有名になり、『デンマークデザイン』というブランドを築き上げました」

デザインを一部の特権階級から解放し、「すべての人のために、社会に貢献するもの」へと変えたこの歴史。その精神は、現代のコントラプンクトが手がける公共サービスの仕事にも、歴史を「変えすぎない」という誠実な作法として息づいている。

リンネマン氏が特に重要視しているのが、ブランドの「声」となる書体(タイプフェイス)だ。デンマークでは建築家が文字をデザインする伝統があり、文字を単なる記号ではなく、空間に佇む「彫刻」のように捉える視点があるという。

apotek(薬局)のリブランディング|Image via Kontrapunkt

公共交通のロゴを統一したデザインに|Image via Kontrapunkt

「私たちは、数百年の歴史を持つ公共機関と仕事をしています。郵便局は500年、鉄道は200年の歴史があります。デザインを刷新する際、私たちはすでにそこにあるものをベースにすることを心がけています。現代的にリニューアルはしますが、変えすぎないことが重要です。変えすぎると、人々はそれとの関係性を失ってしまいます。新しいデザインの中に以前の面影を見つけることができれば、人々はより簡単にそれを受け入れることができるのです」

過去を否定して新しいものに置き換えるのではなく、人々が長年築いてきた「モノやサービスとの関係性」を維持し、次世代へ繋いでいく。リンネマン氏にとっての「誠実なデザイン(Honest Design)」とは、そうした時間の連続性を守るための責任の取り方なのだ。

社会の「仕組み」が、長期的な視点を支える

個人の意識だけでなく、社会の「仕組み」そのものが長期的な視点を支えている点も、デンマークの大きな特徴だ。

「デンマークでは、公共セクターが実は最大のデザインの買い手であり、民間セクターよりも規模が大きいのです。公共セクターは、公共空間を育み、すべてをできるだけユーザーフレンドリーにするために多大な努力を払っています。これらはすべて税金で賄われています。つまり、それは『みんなのもの』なのです。私たちは皆、そこに利害関係があり、所有意識(オーナーシップ)を感じています。それが社会としての団結力を高め、政府への信頼を増進させているのです」

コペンハーゲン・メトロやデンマーク国鉄(DSB)など、街の至る所にコントラプンクトが手がけた「みんなのためのデザイン」が溶け込んでいる。デザインが公共空間を整えることで、市民の中に「自分たちのものを自分たちでケアする」という当事者意識が芽生える。さらに、ビジネスの世界においても、短期的な利益追求を抑制する独自の構造が存在するとリンネマン氏は指摘する。

コペンハーゲンの地下鉄の様子|Image via Shutterstock

「レゴ、ノボ・ノルディスク、カールスバーグ、ダンスケ・バンク……デンマークの主要な民間企業の多くは、財団によって所有されています。そして、その財団はものごとを何十年ものスパンで、とても長期的に考えます。短期的な利益や素早い利益を求めません。これは、外国企業による敵対的買収から守られるガードにもなっています」

「スチュワードシップ」という態度は、個人の道徳心だけに頼るものではない。企業の所有構造や、公共デザインへの投資といった社会の設計図の中に、長期的な責任を引き受けるための仕組みが組み込まれている。その安定した土台があるからこそ、デザイナーもまた、流行に左右されない誠実な仕事に向き合えるのだ。

日本の「信頼」という、目に見えないインフラ

インタビューの終盤、話題は日本へと移った。資生堂や三菱自動車といった日本を代表する企業とも25年間にわたり並走してきたリンネマン氏は、経済成長の鈍化や少子高齢化に直面する日本社会に対し、ポジティブな視線も向けている。

「25年前に初めて日本に行って、日本の方々と仕事を始めたとき、あることに気づきました。それは、日本の方々と会うときに見出す『信頼』です。他で感じるような、言葉の裏に何かがあるのではないかという疑念や距離感がありません。出会った人々は非常に正直です。大きな組織の中で物事を通すのは大変なこともありますが、彼らは決して約束を破りません。一度信頼を確立できれば、それは長期的な関係になります。それは価格やお金の問題ではなく、一緒に何かを作り上げるということが重要になるからです」

取材時の様子

また、日本のビジネス文化における交渉のあり方にも、成熟社会が学ぶべきヒントがあると言う。

「日本では、予算の中で何を実現できるかを交渉する場面が多いように感じています。しかしデンマークや他の多くの場所では、見積もりを出すと『高すぎる』と言われ、お金の交渉が始まります。スーパーで棚から商品を取るとき、100円のものを『50円にしろ、でも全部くれ』とは言わないはずなのに、ビジネスではそれが一般的です。しかし日本での交渉は、より理にかなっていると感じます」

価格という短期的な数字ではなく、提供する価値や信頼という長期的な資産をベースに語り合う。リンネマン氏が日本社会に見出しているのは、ポスト成長期において、私たちが社会を編み直すためのインフラ──「信頼」という名の資本だ。

誠実なデザインが、未来を「預かる」勇気をくれる

対話を通じて見えてきたのは、デザインとは単にモノの形を整えることではなく、社会の変化を加速させるためのエネルギーであるということだった。

「デザインは、変化を創り出したり、変化を活性化させたりするために使うことができます。企業が自らを、より良い社会に貢献できるエコシステムの一部であると見なすようになる。このシフトを、私たちはデザインを通じてサポートしたいと考えています」

スチュワードシップとは、決して重苦しい義務ではない。それは、自分が社会という大きなエコシステムの一部であることを認め、先人から受け取ったバトンを、誠実な形で次へと手渡していくプロセスそのものだ。

デンマークの真似をする必要はないだろう。日本のビジネスシーンが持ち合わせている「正直さ」や「信頼」を、現代のシステムやデザインの中にどう落とし込んでいくか。リンネマン氏が投げかけた問いは、私たちが自分たちの手で、自分たちの社会をケアし始めるためのエールのように響いた。

LABORATORIUM: Kontrapunkt | Image via Designmuseum Danmark

【参照サイト】Kontrapunkt
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この記事を書いたライター

伊藤 恵(いとう めぐみ)。京都生まれ、東京育ち。大学院では都市社会学を学び、シンガポールを対象としたフィールドワークを通じて、大都市における人々の暮らしと都市の緑との関係を探究。現在はロンドンを拠点に、イギリスをはじめとする欧州のサーキュラーエコノミーに関する情報発信、レポート執筆、講演などを行っている。関心テーマは、まちづくり、ジェンダー、新しい経済や働き方。認定ファシリティマネージャー、CSRリーダー。(この人が書いた記事の一覧