スイッチを押せば、私たちはすぐに「エネルギー」の恩恵を受け取れる。部屋を照らす明かり、充電されるスマートフォン、機械を動かす動力。その力を受け取れるのは、途方もなく長く複雑な供給網が張り巡らされているからだ。しかし、エネルギーは単なる技術インフラではない。それは国家が管理に目を光らせる資源であり、政治的な影響力の源泉でもある。
2026年2月、ホルムズ海峡をめぐる現在の紛争は、世界が顔を背け続けてきた事実を真っ向から突きつけた。私たちの社会を支える一極集中型かつ石油燃料に依存したエネルギー供給は、あまりに脆弱であると同時に、その希少性から紛争の標的となり得るということだ。
化石燃料への依存が国家間の対立を生み、環境面では気候変動を加速させている現実。私たちはエネルギーを、争いの燃料ではなく、日常生活を支え平和を守るために使うことはできないのか──脱炭素化が進む今、単なる環境目標を超えて「エネルギーがどう生産され、誰の生活を支え、その利益がどこに届くのか」という問いに向き合うことは先進国の責任である。
エネルギーと平和。この切り口に視座を与えるのが、米国の非営利組織・Energy Peace Partners(EPP)だ。紛争リスクの高い脆弱な国で、再生可能エネルギーを平和のための礎として活かすことをミッションに国連などと連携して活動している。その特徴は、脱炭素市場を戦略的に活用し、平和のためのエネルギーアクセス拡大に向けた資金を募る金融アプローチだ。エネルギー源と紛争の交わり、そして国際経済を平和に活かすEPPの戦略を紐解きながら、エネルギーの果たすべき役割を問い直してみたい。
話者プロフィール:Doug Miller(ダグ・ミラー)
Energy Peace Partners マーケット開発ディレクター。システム起業家としてグローバルなエネルギー転換の効率化に従事。企業のサステナビリティおよびエネルギーチームのアドバイザーや業界標準化団体の専門家として貢献。約15年の経験を持ち、様々な非営利組織での活動を通じて、クリーンエネルギーを牽引する技術や出版物、脱炭素化ソリューションのツールを開発。トレーサビリティソフトウェアのスタートアップ・Zero Labsを共同設立し、クリーンテック系企業のアドバイザーも務める。2024年グリーンパワーリーダーシップ賞(教育分野におけるリーダーシップ部門)を受賞。
今、平和のためのエネルギーが必要だ
化石燃料から、再生可能エネルギーへ。炭素排出を減らすための定石とも言える太陽光・風力・水力発電などの再エネは、その市場を拡大している。
しかしこの移行が重要なのは、環境面だけではない。これは、地域のエネルギーをどのように管理し、誰がその利益を享受するかという構造を変える契機でもある。
そんなエネルギーの“受益者”に光を当てるのがEPPだ。再生可能エネルギーを「平和を築くための礎」として位置づけ、世界の脆弱な地域においてその導入を支援している。EPPがターゲットとする「脆弱な地域」とは、①低い電化率・エネルギーアクセス率 ②高い気候リスク ③高い紛争リスク という3つの要素が重なり合う地域のこと。現在、ソマリアやチャド、南スーダンなど約25カ国がこの条件に該当するという。
その活動は、大きく分けて3分野に集約される。
- 金融イノベーション(平和再エネ証書・P-REC):紛争の影響を受けやすい地域における再エネ開発を促進するため、「P-REC」という認証のラベリング機関の役割を担う。これは、エネルギーへのアクセスと平和促進という価値を付加することで、新たな資本を呼び込むための認証である。これまでサハラ以南の5カ国以上で20件の企業によるP-REC取引が実施され、計25万人以上が恩恵を受けている。
- インパクト測定(Peace Impacts):再エネ導入が地域社会の教育や健康、経済発展にどう貢献したかを定量・定性的に分析し、平和への成果を可視化する。
- 国連機関との連携(Powering Peace):国連の平和維持活動の現場(難民キャンプなど)から高コストなディーゼル発電を排除し、再エネへの移行を支援する。
脆弱な地域でこうしたエネルギー移行が重要である理由について、ダグ氏は「誰が最終的な利益を得るか」という構造的課題を指摘する。
「実は、ディーゼル燃料と木炭が紛争当事者の収入源となる傾向が明らかになっています。つまり、紛争の危険にさらされている、あるいは実際に紛争が起きている地域では、ディーゼル燃料と木炭は文字通り火に油を注ぐようなものです。そのため、再生可能エネルギーへのアクセスを拡大できれば、電化が進んでいない地域におけるエネルギーアクセスを広げながら、紛争当事者の収入源を断ち、紛争資金を減らすことができるのです」
つまりEPPは、単に脆弱な国々におけるエネルギーアクセスの拡大や気候変動対策を単に可能にするだけではない。エネルギー供給の経路を変えることで紛争の火種を鎮め、資金流入を断ち、平和を促進しようとしているのだ。

Image via Energy Peace Partners
再エネの恩恵を、あまねく届ける。脱炭素化を「地域の力」に変える仕組み
EPPが再エネによる平和促進に向けて特に力を入れているのが、P-REC(Peace Renewable Energy Certificate:平和再生可能エネルギー電力証書)だ。これは、EPPが発行・管理するラベルで、国際的に認められた再生可能エネルギー電力証書・I-REC(International Renewable Energy Certificate)の一部として内包される。
まずは、I-RECの仕組みをみてみよう。これはInternationa Tracking Standard Foundation(I-TRACK財団)が定める基準にもとづく、発電方法や電気の産地などの情報を明確に記録・証明するための「再生可能エネルギー属性証書」だ。国やEPPなどの認可された発行機関は、各プロジェクトがI-RECの条件を満たすかどうかを検証し、P-RECの資格要件はさらに一歩踏み込んだ条件において検証する。企業は検証を経た証書を購入・償却することで、自社が調達した電力の再生可能エネルギー属性を明確にし、スコープ2の排出量の算定に反映できる。
I-RECは通常、I-RECの使用を認可する各国に共通の基準を設けるのに対し、P-REC証明書はエネルギーへのアクセスと平和促進を目的として特別に設計されている。P-RECの対象は、紛争リスクのある地域におけるミニグリッド設置プロジェクト(主に太陽光発電と蓄電池)への資金提供。対象国のプロジェクト開発者(企業A)が申請すると、EPPは対象となるミニグリッドプロジェクトを認証し、発電データを検証し、基準を満たしていれば、P-RECを発行する。認証を受けた企業Aは、温室効果ガス排出量の削減を目指す企業にP-RECを販売することができる(※)。
「再生可能エネルギープロジェクトは、学校や診療所への電力供給を通じて、健康状態や教育の改善、街灯による安全性の向上、あるいは農業機械の充電機器の設置など、地域社会の利益にも繋がる可能性があるのです。また、これらのプロジェクトが地域住民に最大限の利益をもたらすよう、プロジェクト開発者は地域社会からの重要なフィードバックを取り入れています」
※ 本稿において、温室効果ガス排出量の「削減」という用語は、温室効果ガス議定書および科学的根拠に基づく目標設定イニシアチブ(SBTi)に基づく炭素会計上の算定結果を指します。

Image via Energy Peace Partners
「また、私たちは『ポジティブ・ピース・フレームワーク』という枠組みを用いて再エネと平和の関係を測定しており、このフレームワークには、教育成果、健康関連成果、経済発展など、さまざまな要素が含まれています。そして、私たちの初期研究結果は、再生可能エネルギーが脆弱な地域における平和促進にプラスの貢献をしていることを示唆しているのです」
電力がどう生産され、誰の利益になっているか。その道筋を明らかにするのが、EPPのような中間組織の重要な役割。データにもとづいた証書から、地域に届いたエネルギーが生活にもたらす変化のモニタリングまで、地道な積み重ねが「平和の礎としての再エネ」という機能を支えている。
脱炭素の穴を埋める、資金確保の道
こうしてデータに裏付けされた証書は、脱炭素目標を掲げる企業などが購入する。その企業にはいま、他社から供給されるエネルギーのGHG排出(スコープ2)だけでなく、原材料の仕入れや販売後の製品使用によるGHG排出(スコープ3)まで、サプライチェーン全体で責任を捉えることが求められている。
スコープ2:電力や熱エネルギーの使用による間接排出
スコープ3:サプライチェーン全体での排出(例:原材料の調達や顧客による製品使用後の排出など)
しかし、現在のカーボン・アカウンティング(炭素会計)には、企業が再エネ化によって、「誰が利益を得るか」を選ぶ上でハードルが存在する。それが、GHGプロトコルが定めるマーケットバウンダリー(市場の境界)。自社が間接的に排出したGHG(スコープ2)の削減を算定するには、原則、その電力を物理的に消費したエリアと同一の電力網内の証書を購入しなければならない。このルールは会計の正確性を担保するために必要だが、裏を返せば、自社がオフィスや工場を構えていない脆弱な国の再エネ化を支援しても、排出削減として反映できないことを意味する。
「現在企業は、自社が間接的に排出するGHG(スコープ2)の削減に対しては、エネルギー供給源が置かれている国の再生可能エネルギー証書を購入しています。しかしこのルール下では、企業がP-RECを購入するインセンティブは低くなります。なぜなら、ほとんどの企業は紛争リスクのある国に生産拠点を持たないからです」
つまり、脆弱な国で再エネ投資が必要とされていても、現在の市場システムではそこに資金が集まりにくく、脆弱な国は脆弱であり続ける状態になっているのだ。
「一方で、変化の兆しも見えています。GHGプロトコルやSBTiといった主要なサステナビリティ基準が現在改定を進めており、それぞれ2026年の夏と冬に新版が確定する予定です。
EPPはこれらの技術ワーキンググループに参加しており、アフリカに関する初の指針(ガイダンス)が示されることを期待しています。これには、アフリカの地域電力網(パワープール)を、企業が再生可能エネルギーを支援可能な単一の『市場』として認める可能性が含まれています。これまで、公式な承認がなかったために、同一の地域電力網内に生産拠点を持っていても、その国自体に証書市場が存在しない場合(例:西アフリカのコートジボワールなど)、排出削減のための適切な措置を講じることができなかったのです」
現在進む、アフリカにおける国境を越えた地域電力網を市場として認める動き。もしこれが実現すれば、P-RECの対象国を含め、大陸全体で再生可能エネルギーの導入を前進させられる可能性がある。
「例えば、ある企業がコートジボワール(再エネ証書市場が存在しない国)で1万メガワット時の電気を消費していると仮定します。もし地域電力網が市場として認められれば、企業はコートジボワールではなく、クリーンエネルギーと平和促進を支援するためにナイジェリア(I-RECおよびP-RECが利用可能な国)で1万メガワット時のP-RECを購入しても、それを西アフリカ地域内の再エネ調達として、スコープ2の算定や目標達成に反映させることが可能になります」

Image via Energy Peace Partners
「もう1つ変更の可能性が高いのは、再エネ属性証書が、サプライヤーや顧客の電力使用による排出量の削減にも利用できる方針が明確になることです。例えばコンゴ民主共和国で、日本企業のエアコンが使用され電力消費が発生しているとします。この企業は、コンゴに製造拠点やオフィスが存在しなくても、I-RECなどの証書を購入することでスコープ3の排出量を削減したとみなすことができる。この見解が初めて公式に示される可能性が高いでしょう」
その傾向は既に出てきており、意外なところからも支援が生まれているという。
「実際に、スコープ3規則に向けて先手を打っている企業があります。例えば韓国のK-POPで知られている芸能プロダクション・YGエンターテインメントは、所属アーティストであるBLACKPINKのコンサート関連の電力消費量に基づいて南スーダンのP-RECを購入しました。数都市のコンサート会場における電力消費量を合計して、P-RECに換算したのです。アジアの他の企業にとっても、P-RECを調達することで、スコープ3の電力関連排出量を最大の効果で削減できる同様の機会は存在しています」
Power is power. そのエネルギーは誰に力を与えるか
EPPの試みは、経済合理性との現実的なバランスに狙いを定めながら、エネルギーを紛争経済から切り離すという「種」をまいた。
一方で、この小さな市場の芽を、平和へと育て繋いでいくには、市場だけではなく、現地のコミュニティが再エネを生産・管理し続けられるガバナンスの構築や、そもそもそれを可能にする世界のエネルギー使用と製造のあり方への介入は不可欠だろう。国連とも協働し、国際社会と連携をとるEPPの前進と議論の行く末を注視したい。
最後に、ダグ氏が語った「電力(Power)」への視点を届けたい。
「Power is power(電力は、力だ)。電気は“力”の一形態として、地域社会に“力”を与えるのです。
炭素排出と気候変動は、国境を問わず影響を及ぼすもの。ゆえに、あらゆる場所、あらゆる人が関わることが必要であり、例えばコンゴにおける再エネへのアクセス拡大に伴う排出量削減は、日本にも影響します。同時に、地域社会が化石燃料システムから脱却できるよう支援すれば、コミュニティの人々にも利益をもたらすのです。
もし私たちが傍観し、何も行動を起こさなければ、化石燃料に依存するコミュニティはそのインフラに縛られ、電力アクセスが不足する地域も同様のリスクに直面するでしょう。環境問題が政治化されていく今、そのエネルギーによって『誰が利益を得ているのか』を問うことが重要となっているのです」

Image via Shutterstock
今、「平和のためのエネルギー」を実現するには、国や企業が行動を起こすための経済・金融的な仕組みに切り込むことは避けられない。企業が地球全体のバランスを見据えて、再エネが「誰の暮らしを支えるのか」に目を向けてエネルギー源を選べるような環境を作ることが必要だ。
その複雑な仕組みを一人で築くことは、できない。それでもまずは問うてみたい。私は、そしてあなたは、電力というパワーを使って、誰の何にパワーを与えたいと願うだろうか。
【参照サイト】Energy Peace Partners
【参照サイト】P-REC Projects|Energy Peace Partners
【参照サイト】The Bigger Opportunity that YG Entertainment’s P-REC Deal Reveals in the Entertainment Sector|Energy Peace Partners
【参照サイト】The Internation Tracking Standard Foundatioin
【参照サイト】I-REC|一般社団法人ローカルグッド創成支援機構
【参照サイト】日本でのI-REC発行について(概要)2026年4月1日|一般社団法人ローカルグッド創成支援機構
【参照サイト】知っておきたいサステナビリティの基礎用語~サプライチェーンの排出量のものさし「スコープ1・2・3」とは|経済産業省 資源エネルギー庁
【参照サイト】REC(再生可能エネルギー証書)とは|IBM
【参照サイト】I-RECとは?メリットや活用方法、非化石証書などとの違いを紹介|自然電力グループ
【参照サイト】I-RECサービス|関西電力
【関連記事】再生可能エネルギーをめぐる社会課題








