未来に残したいものを、どう決める? 奄美大島で出会った「シマ」という営み

2026.09.04

集落のおじいちゃんたちに教わった、小さな木の棒を掌に隠し持つ「ナンコ遊び」。勝った負けたと声をあげて笑い合った帰り際、「次このシマを歩いてたら絶対声かけるからね!」と笑顔で見送られた。「旅人と住民」という境界線が、いつの間にかゆるやかに解けていくような感覚になった。

鹿児島県・奄美大島を訪れて、印象に残ったのは、世界自然遺産にも登録された雄大な自然だけではなかった。人と人との境界線が、どこかゆるやかなのだ。

旅人と住民。よそ者と地元の人。そうした線引きが少しだけ薄くなり、気づけば自分も、この島の日常の端っこに座らせてもらっているような感覚になる。

実際、世界最大級の宿泊予約サイトBooking.comが発表する「日本で最も居心地の良い都市10選」に、奄美市は2年連続で選ばれている。

なぜ、人はこれほど奄美に惹かれるのだろう。

そして、世界から人が訪れるようになったこの島で、これからも残していきたいものは何なのだろう。

「観光客を呼ぶ」だけではない、島の未来の話

今回、奄美市内で開催されたBooking.comの表彰式では、奄美市の安田壮平市長、奄美大島商工会議所の有村修一氏、Booking.com日本代表のルイス・ロドリゲス氏らによるトークセッションが行われた。そこで、話題になったのは、どうすればもっと観光客を呼べるか、ということだけではなかった。むしろ、その先にある問いだった。

「何を変えてよくて、何を変えてはいけないのか」

世界自然遺産になり、観光地として注目され、人が訪れる。そのことは島の経済を支える一方で、自然や文化に新たな負荷を生む可能性もある。だから奄美にとって、観光は単純な「善」でも「悪」でもないのだ。

外から人が来ることで、宿泊施設が生まれ、飲食店が動き、地域にお金が落ちる。島の外から経済を得なければ、暮らしを維持することが難しいという現実もある。一方で、観光客を呼ぶために島を便利にし続ければ、それまでそこにあった自然や文化そのものを失ってしまうかもしれない。

観光か、保全か。
開発か、自然か。

けれど、奄美で話を聞いていると、これは二つのうちどちらかを選ぶ問題ではないことが見えてくる。「何を変えてよくて、何を変えてはいけないのか」。その線引きを考えること自体が、島の未来を考えることなのかもしれない。

「奄美大島」は、ひとつではない

そのことを考えるうえで、印象に残ったのが、「シマ」という言葉だった。

「奄美の島唄というときの『島』は、アイランドの島ではありません。集落のことなんです」

そう話してくれたのは、奄美大島商工会議所の有村氏だった。

奄美では、集落を「シマ」と呼ぶ。奄美群島には、長い歴史のなかで育まれてきた数多くの集落文化があり、それぞれのシマに、唄があり、言葉があり、文化がある。「あなたのシマはどこですか」と尋ねることは、「あなたはどの集落の人ですか」と尋ねることでもあるという。つまり、私たちが地図の上で「奄美大島」と呼んでいるひとつの島のなかには、いくつもの小さな世界が重なっている。

外から来た旅人には、ひとつの「奄美」に見えるが、そこで暮らす人にとっては、もっと細やかな記憶の単位がある。自分が育ったシマ、そこで交わされる言葉、受け継がれてきた唄、祭り、人とのつながり──それらは、決して「奄美らしさ」というひとつの言葉にまとめてしまえるものではない。

観光地としてはひとつの島でも、暮らしとしてはひとつではない。このことは、「奄美をどう持続可能にするか」という問いにもつながっているように思えた。もし「奄美らしさ」をひとつの形に決めて、それを守ろうとすれば、そこからこぼれ落ちてしまうものがあるのではないだろうか。

「変えないこと」が、いつも正解とは限らない

では、昔からあるものを、そのまま残せばいいのだろうかといえば、そう簡単でもない。

たとえば、かつて島の経済を支えた世界三大織物の一つである大島紬は、現在では生産量がピーク時の100分の1以下になった。人口減少も続いている。伝統行事を担う人が減れば、これまで続いてきた文化を10年後、20年後も同じように続けられるとは限らない。一方で、2014年にLCCが就航して以降、観光客は少しずつ増え、レンタカーが走り、飲食店が生まれ、宿泊施設ができた。

観光には、島の暮らしを支える力がある。つまり、「変えないこと」が、必ずしも文化や暮らしを守ることになるわけではない。むしろ、残したいものがあるからこそ、変えなければならないものもある。有村氏は、こう話していた。

「世界自然遺産の恩恵を受けた私たちは、次の世代にこの価値を引き継ぐ約束を世界に対してしています。何でもかんでも開発していいわけではなく、絶えず『変えていいもの』と『絶対に変えちゃいけないもの』の判断をしなくちゃいけない」

商工会議所・有村さん

右:奄美大島商工会議所・有村修一氏

たとえば、危険な場所を安全に歩けるよう、必要最低限の遊歩道を整備する。観光客が一か所に集中しすぎないよう、地域全体の交通やインフラを考える。そうした変化は、自然や暮らしを守るために必要になることもある。けれど、人が訪れやすくすることだけを目的に森を切り開けば、いつの間にか「壊すための観光」に変わってしまう。その線引きに、最初から正解があるわけではない。だからこそ、考え続ける必要がある。

守るのは「自然」だけではない

奄美の自然と暮らしの関係を考えるとき、重要になるのが「奄美群島国立公園」の存在だ。2017年に指定されたこの国立公園は、日本で初めて「環境文化型」という理念を掲げている。守る対象は、森や海といった自然そのものだけではない。そこに暮らしてきた人々が、自然とどのように関わり、どんな文化を育んできたのか。その関係性もまた、守るべき価値として捉えられている。

奄美では、山や海に神が宿ると考えられてきた。集落の背後には「神山」があり、そこから海へ向かって「カミミチ(神道)」が伸びる。その先には、人々が集う「ミャー(広場)」がある。

奄美大島の神山

奄美大島の神山

山と海、信仰と暮らし、自然と人──それらは、もともと別々のものではなかった。

森を畏れ、海の恵みに感謝し、季節の移ろいに合わせて祭りを行う。自然との関わり方そのものが、唄や踊り、祭りやものづくりのなかに残っている。だから奄美で「守る」という言葉を考えるとき、自然だけを切り出すことはできない。守ろうとしているのは、自然とともに生きてきた「関係」なのかもしれない。

継承とは、「昔のまま」にすることではない

しかし、関係を残すことにも難しさがある。人口が減れば、島唄や八月踊り、地域の祭りを担う人も少なくなる。そこで現在、学校教育のなかに島唄や踊り、地域の歴史やエピソードを取り入れる取り組みが進められている。安田市長は、「子どもたちが一度島を離れたとしても、いつかまた戻り、文化を次の世代へ伝える担い手になってほしい」と話していた。

その言葉を聞きながら、私は「文化を守る」ということについて考えた。守るべきなのは、必ずしも「昔と同じ形」ではないのかもしれない。大切な願いや価値を次の世代へ手渡すためには、ときに、その手渡し方のほうを更新していく必要がある。島を離れた人が、また戻ってこられる場所をつくることも必要だろう。移住してきた人が、その土地の文化を理解し、ともに担い手になっていくこともあるかもしれない。

「昔のまま残す」のではなく、「未来でも生きられる形にする」。それは、文化を変えてしまうことなのだろうか。それとも、本当に文化を残すということなのだろうか。

「観光地」ではなく、問い続ける地域へ

ここまで考えてくると、別の問いが浮かんでくる。

「変えていいもの」と「変えてはいけないもの」を、いったい誰が決めるのだろう。

行政だけでは決められない。観光事業者だけでも決められない。まして、外から訪れる私たちだけが決めることでもない。そこに暮らす人、商売をする人、自然を守る人、シマの文化を受け継ぐ人、そして、これからの島を生きる子どもたち。立場が違えば、残したいものも、変える必要があると思うものも違う。

現実にはいまも、豊かな海岸線や集落の周辺で開発の構想が持ち上がるたび、地域の経済効果を期待する声と、自然や景観の破壊を危惧する住民の反対の声が交錯し、切実な摩擦が生まれる場面がある。誰かにとっての「発展」が、誰かにとっての「損失」になってしまうかもしれない。そうした二項対立の緊張感があるからこそ、Booking.comのルイス代表が語っていた「対話」という言葉が重みを増してくる。

ルイス代表は、持続可能な観光には、地域社会、行政、観光産業など、さまざまな立場の人との対話が必要だと話していた。人を呼ぶことだけを目的にしてしまえば、その土地が本来持っていた魅力は失われてしまう。大切なのは、「観光客と地域社会の双方に、どんな価値をもたらすのか」を考えることだと。

Booking.comルイスさん

「答えを出すこと」より先に、「誰と答えを探すのか」を考える。奄美に必要なのは、ひとつの正解を決めることではなく、違う立場の人たちが、その正解を探し続けられる関係なのかもしれない。

ひとつの島に、ひとつの答えはない

「360のシマ」という話を思い出す。私たちは奄美をひとつの島として見る。けれど、そこにはいくつものシマがあり、それぞれに異なる記憶や文化がある。同じように、「観光」と「暮らし」、「自然」と「経済」、「過去」と「未来」も、どちらか一方だけを選べるものではない。

観光客を増やすことが、地域の暮らしを支えることもある。観光客を増やすことが、自然や文化に負荷をかけることもある。文化を守るために、昔とは違う方法を選ぶこともある。自然を守るために、人が手を入れることが必要な場合もある。

ひとつの正解にまとめようとすると、何かがこぼれ落ちてしまう。だからこそ、奄美の未来を考えるときに必要なのは、「何を守るべきか」という答えを急いで出すことではなく、その土地に生きる人たちが、それぞれの違いを抱えたまま話し続けることなのかもしれない。

取材後記:奄美から持ち帰ったもの

旅に出る前、私は「奄美の自然をどう守るか」を考えていた。けれど、島を歩き、人の話を聞いているうちに、問いそのものが少し変わっていった。

「何を守るべきか」だけではなく、「誰と一緒に、それを決めていくのか」。

奄美大島

自然だけではない。文化だけでもない。その土地で人が暮らし続けられることも、そこにあるものを次の世代へ渡していくことも、すべてがつながっている。そして、それを「変えない」という一言で守ることもできない。

残すために、変えなければならないものがある。変えることで、残せるものがある。そして、その線引きに、永遠に変わらない正解があるわけでもない。そんなことを考えながら島を歩いていたとき、最初に出会った人の言葉を思い出した。

「次見かけたら絶対声かけるからね!」

あの言葉は、観光客に向けられた表面的な言葉ではなかった。ただ、そこにいる人が、そこに来た人に声をかけた。その距離の近さもまた、奄美が長い時間をかけて残してきたものの一つなのかもしれない。

奄美を離れてからも、私はまだ答えを持っていない。何を変えてよくて、何を変えてはいけないのか。誰がそれを決めるのか。ただ、その問いを持ち帰った。

そして、次にこの島を訪れるときには、その答えを探すのではなく、もう一度この島の人の話を聞いてみたいと思う。

【参照サイト】ブッキング・ドットコム、 2026年の「日本で最も居心地の良い都市」10選を発表!

この記事を書いたライター

大学時代、ヨーロッパで数年間過ごし、大学院では移民・難民研究(開発人類学)を専攻。その後、大阪の真ん中から海と山が近い千葉の里山に移住し、山の中の古民家でシェアハウス生活を送りながら、生態系の一部としての人間のあり方を模索している。農や飲食など「食」を通じた地域づくりや高校生への講師活動にも携わり、ライター業のかたわら人と人がつながる場づくりにも取り組む。2020年からIDEAS FOR GOODでの取材・執筆を続け、人間以外の視点にも寄り添いながら、日々の暮らしの感覚と社会の問いを地続きに捉える記事を届けている。最近のテーマは、目の前のものをじっくり感じ、味わい尽くすこと。曖昧なもの、わかりにくいものこそ大事にしたい。