これさえやれば大丈夫、の先へ。DE&Iを問い直す「Beyond Checkboxes Lab」始動【SOLIT×IDEAS FOR GOOD】

2026.10.14

【新特集】Beyond Checkboxes Lab──「制度の先にあるインクルージョン」を考える共同編集プロジェクト
多様な人が安心して参加できる組織や社会をつくるために、制度やガイドラインを整えることは欠かせません。しかし、項目にチェックをつけ終えたあと、そこで過ごす人の経験や、誰かと誰かの関係は、本当に変わっているのでしょうか。本特集では、インクルーシブデザインを実践するPROJECT SOLITとIDEAS FOR GOODが、ZINE『BEYOND CHECKBOXES』を起点に、DE&Iを制度や正解だけでは捉えきれないところから考えます。記事やPodcast、対話イベント、継続的な学びの場などを通じて、読者や実務者、当事者、企業、研究者とともに問いを持ち寄る共同編集プロジェクトです。

きっかけは、もっと素朴な願いだった。

 

属性や障害、置かれた状況によって、働く機会を奪われる人を減らしたい。誰もが必要な配慮を受けながら、自分の力を発揮できる会社にしたい。そんな想いから、DE&Iの仕事に向き合い始めた。

 

安心して働ける環境をつくるため、一人ひとりの声を聞く。じっくり話をしながら、どんな配慮が必要なのかを考える。互いに傷つけないようなコミュニケーションの仕方や、誰もが声を上げられる場づくりに心を配る。どれも、目の前にいる人を尊重するための、細やかで大切な仕事だ。

 

だが、組織のなかで求められる仕事は、それだけではない。

 

雇用率を上げること。研修の実施回数を増やすこと。期限までに制度を整え、成果を数字で報告すること。社内外からクレームを受けないよう、正確な判断をし、表現に気を付けること。

 

そんな「間違えずに、数字を達成せよ」というプレッシャーと、「丁寧に向き合いたい」との間で揺れる日も増えていった。

 

会社と当事者の間で板挟みになるなかで、やがて、目的が「チェックボックスを埋めたか」になってしまったようだ。研修を実施したか。ガイドラインを策定したか。当事者へのヒアリングを行ったか。目標とする雇用率に届いたか──そうしたチェックボックスを、一つずつ埋めることに追われていく。

 

自分がしたかったのは、何だったのだろうか。

この短いストーリーはフィクションだ。だがきっと今、いろんな場所に、こんな葛藤を抱えながらDE&Iに向き合っている人たちがいるのではないだろうか。

「正しくあらねばならない」が、誰かを孤立させる

DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)は、もはや一部の企業だけが取り組むテーマではない。そもそもILO(国際労働機関)は、雇用や職業における差別の撤廃を、すべての働く人に保障されるべき基本的な権利の一つに位置づけている(※1)。さらに、多様な人材が十分に活躍できない同質性の高い組織について、変化への対応力や中長期的な競争力の面でリスクになりうると指摘されているなど(※2)、人権という観点からも、組織の持続可能性という観点からも、DE&Iは避けて通れないテーマになっている。

その必要性は、制度にも表れている。2026年7月には、民間企業の障害者法定雇用率が2.7%へと引き上げられた(※3)。一方で厚生労働省は、障害者が能力を発揮することよりも、雇用率達成のための「数の確保」が優先される動きがあることも指摘している(※4)。

制度を整えることは必要だ。けれど、その制度の項目を「満たす」ことと、一人ひとりが尊重され、能力を発揮できる組織をつくることは、同じなのだろうか。

理念や制度を、目の前の組織でどう実践していくのか。そこには、単に「正しいことをする」だけでは解けない難しさがある。

正しく理解しなければならない。間違った言葉を使ってはならない。誰かを傷つけてはならない。そうした慎重さは、本来、他者の尊厳を守ろうとする誠実さから生まれるものだ。しかし、「失敗してはいけない」という想いが強くなるほど、分からないことを尋ねたり、迷いを口にしたりすることが難しくなる。DE&Iに詳しいとされる人や担当者に相談や判断が集中し、一部の人だけが「正解」を背負うこともある。

当事者もまた、自らが経験した困難を何度も説明したり、一つの属性を代表するような意見を求められたりする。「声を聞く」という行為が、いつの間にか、声を上げる側へ新たな負担を課してしまうこともある。

ここで問うべきなのは、担当者や当事者が、もっと上手に話し、もっと強くならなければならないのか、ということではない。

誰が問いを立てているのか。誰がルールをつくり、最後の判断をしているのか。負担や責任は誰に集まり、誰に決定する権限があるのか──個人の知識や努力だけに答えを求めるのではなく、対話の場のつくり方や意思決定のあり方、そして組織のガバナンスそのものへ目を向ける必要があるのではないだろうか。

書類の束を抱える人

「多様性」を語る前に、問いそのものを持ち直す

では、チェックボックスを超えたDE&Iとは、どのようなものなのだろう。

その問いを考える一つの入り口として生まれたのが、PROJECT SOLITによるZINE『BEYOND CHECKBOXES』である。

PROJECT SOLITは、日本とEUを拠点に、医療・福祉、建築、不動産、服飾などさまざまな領域で、「誰もどれも取り残さない、オール・インクルーシブな社会」の実現を目指してインクルーシブデザインを実践している。個人を一つの属性だけで捉えず、その人のなかにある複雑さや多元性を前提に、当事者を企画段階から迎え入れることを重視してきた。

『BEYOND CHECKBOXES』は、DE&Iがチェックリストのように扱われ、形だけの取り組みになってしまう状況を問い直すZINE(小冊子)だ。

広告表現に潜むステレオタイプ、多様な人とともにデザインするとはどういうことか、日本の文化とDE&Iの関係、組織のなかで奮闘する担当者の現実など──様々なトピックを通し、欧米を中心に発展してきたDE&Iの理論を、日本の社会や文化の文脈に照らして「翻訳」し直した一冊である。

今回、SOLITとIDEAS FOR GOODは、この問いをさらに社会へ開いていくために、共同プロジェクトを始めることになった。ZINEのページを閉じたところで問いが終わるのではなく、読んだ人が別の誰かと話し始められるように。そこで感じた違和感や迷いを、次の対話へつないでいくために。

 

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「正解を実装する」のではなく、関係性を編み直す

今回、2社の共同企画として立ち上げるのが「Beyond Checkboxes Lab──“制度の先にあるインクルージョン”を考える共同編集プロジェクト」である。特集記事やPodcast、対話イベントなどを通して、DE&Iの実践をさまざまな立場の人と考えていくメディア横断企画だ。

SOLITが、インクルーシブデザインの現場で積み重ねてきた実践知や、そこで当事者と紡いできた問い。それらをIDEAS FOR GOODという「場」で社会にひらき、読者が自分の職場や暮らし、組織、地域の問題として受け取れるように編集していく。

ここでは、DE&Iを「すでにある正解を実装するプロジェクト」ではなく、立場や経験の異なる人が問いを持ち寄り、関係性を編み直し続けるプロセスとして捉えていきたい。

プロジェクトで扱うのは、たとえば、こんな問いである。

  • DE&Iは、なぜ「正しくあらねばならない」「失敗してはいけない」というプレッシャーになってしまうのか。
  • 担当者、当事者、企業、社会のあいだには、どのような負担や葛藤が生まれているのか。
  • 誰かをケアする役割を担う人は、誰によってケアされるのか。
  • 当事者にヒアリングすることと、当事者が問いの設定や意思決定に参加することは、何が違うのか。
  • インクルージョンを進めるとき、誰が問いを立て、誰がルールをつくっているのか。
  • 「誰も取り残さない」という言葉は、どのような日々の関係性から現実のものになっていくのか。

このプロジェクトで大切にしたいのは、DE&Iを「誰かがもっと頑張るべきこと」として描かないことだ。担当者だけが頑張ればよいわけではない。当事者だけが声を上げ続ければよいわけでもない。

必要なのは、誰か一人に負担を寄せるのではなく、問いの立て方や、意思決定の仕組み、対話の場、組織のガバナンスそのものを見直すことかもしれない。

もちろん、人権や尊厳を守るために、共有すべき知識やルールはある。けれど、それだけで現場の葛藤がすべて解けるわけではない。だからこそ、読者や実務者、当事者、企業、研究者が、それぞれの経験や違和感を持ち寄る。試してみて起きたこと、うまくいかなかったこと、新たに見えてきた葛藤を再び共有し、次のアクションへと返していく。そんな循環を、一つのエコシステムとして育んでいきたい。

車いすに乗った男性と立った男性がボードに向き合う様子

問いそのものを、ともにつくる

ここは、私たちが無意識に前提としてきた問いやルール、意思決定のあり方をテーブルの上に置き、異なる立場の人と一緒に確かめ直す。私たちが作りたいのは、そんな一方通行ではないコラボレーションの場だ。

今後、本プロジェクトでは、記事やPodcastでの発信に加え、読者の皆様の率直な思いを集めるフォームの開設、対話イベント企画なども予定している。

制度はあるのに、なぜかうまく機能せず苦しい。誰も傷つけない言葉を見つけられない。違和感があっても、間違いが怖くて指摘できない。誰かの言葉で、初めて自分の思い込みに気づいた──そんなもやもやを抱えながら、みなさんにも、このプロジェクトをともに編集する一人として関わってもらえたらと思う。

紙の上に並んだたくさんの四角にチェックの印がつけば終わり、ではない。そのリストの向こうに何を編みたいのか。読み、聞き、話し、迷い、ときには立ち止まりながら、その形を一緒に探していこう。

※1 Fundamental Principles and Rights at Work(ILO)
※2 企業の競争力強化のためのダイバーシティ経営(ダイバーシティレポート)を公表しました(経済産業省)
※3 障害者の法定雇用率引上げと支援策の強化について
※4 第2章 雇用情勢の動向

Written by Yuka Kihara

この記事を書いたライター

IDEAS FOR GOOD 編集部です。世界を大きく変える可能性を秘めた最先端のテクノロジーから、人々の心を動かす広告やデザインにいたるまで、世界中に散らばる素敵なアイデアを編集部が厳選し、あなたに届けます。