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批判的人種理論とは・意味

End Systemic Racism

批判的人種理論とは?

批判的人種理論 (Critical Race Theory/CRT)とは、人種差別が法制度に組み込まれており、人種的マイノリティの活動領域を制限していると考える学問的立場、及びそのような人種、法、権力の関係を改変することを目指す法学運動を指す。

批判的人種理論 (CRT)は、「人種」概念に基づく不公正なヒエラルキーを排除するために、人種差別の制度的な性質を本質的に理解することで、人種差別と闘おうとするものである。 そのための様々な実践的なアプローチがあり、社会状況を理解するだけでなく、それを変えようとする立場をとる。 現在の社会システムは人種差別が複雑に組み込まれているため、根本的な見直しと、包括的なアプローチが重要であると主張する。

CRTは、アメリカの文脈で生まれた議論である。差別がアメリカの法律や法的機関に組み込まれ、特に白人と非白人(とりわけアフリカ系アメリカ人)の間に社会的、経済的、政治的な不平等を生み出していると考える立場である。 アメリカ史において、黒人の地位を決定してきた一つの主因が法にあるとし、その役割に着目するものである。

批判的人種理論の2つの前提

1. 「人種」は社会的に構築された概念であるということ

CRTは、「人種」という概念が社会的に構築されたものであり、生物学的に決定されたものではないという立場をとる。つまり、科学的に「人種」は存在しないということだ。

「人種」の非存在は、現代の遺伝子学によって裏付けられている。同分野では人類の単一性が常に確認されており、「人種」という概念の生物学的根拠は否定されている。さらに、1997年のユネスコ総会で採択された「人権とヒト・ゲノムに関する世界宣言」でも、第1条で「ヒト・ゲノムは人類の根本的一体性とその生来の多様性及び多元性を明確に示している」と明記している。

実際、現在英語で「人種」を指す‘Race’という言葉が、精神的・文化的属性を持つ生物学的タイプに基づいて徐々に定義され、人間を分類するようになったのは、18世紀のヨーロッパにおいてである。 それまでは、‘Race’は、人間の多様性を指す言葉ではなく、一般的に物事を分類するために使われていたと考えられている。

‘Race’は、18世紀初頭にはキリスト教徒か「異教徒」か、衣服、居住地、マナーなどの宗教的、文化的差異とともに認識されていたが、世紀末には今日のように、肌の色、顔の特徴、髪などの身体的差異が指標になっていったという。

この「人種」という概念は、身体的な特徴を、心理的・行動的傾向と人為的に結びつけてこれを本質的なものとする。CRTはこの概念が、支配的集団による他の集団の搾取や抑圧を正当化するものとして使われていると考えている。

2. 人種差別の存在が「当たり前」になってしまっていること

CRTは、あからさまな人種差別的態度や法律が減少したとはいえ、人種差別は社会のあらゆる側面で依然として一般的であり、「有色人種」にとっての現実であり続けていると主張する。差別や不当な扱いは、雇用、刑事司法、住宅、医療などさまざまな分野で続いている。

「人種」というカテゴリーは扱いやすいため、「人種的」不平等に関する疑似生物学的理論は、人種主義、外国人嫌悪、不寛容のイデオロギーを強化するために、いまだに世界中で使われている。 また、マイクロ・アグレッションや微妙で非意図的なバイアスの存在は、人種差別が社会の隅々にまで浸透していることを示している。

批判的人種理論の成り立ち

CRTは1980年代末にアメリカで確立されたが、そのルーツは1960年代から1970年代に遡ることができる。桧垣によると、CRTは3つの理論的起源を挙げることができる。公民権運動、批判的法学研究、フェミニズムである。

公民権運動

アメリカでは、1950年代後半から1960年代前半にかけての公民権運動によって、公民権法が制定され、選挙権の平等が認められた。しかし、それでも経済、雇用、住居などの社会的な不平等は依然として解消されていなかった。こうした反省から、人種差別を解決するためには、差別が社会全体の構造に組み込まれていることを認識し、それを根本的に見直す必要があるという考え方が、CRTの発展につながっていった。

1970年代、公民権運動が失速し後退しているという認識が、多くの法律家や法学者によって共有されていた。Alan Freemanによると、公民権法は形式的な変化をもたらしたが、根本的な人権問題の解決にはほど遠く、実質的な変化はほぼなかったという。

Derrick Bell, Alan Freeman, Richard Delgadoらは、「アファーマティブアクション」のような一時しのぎのアプローチでは、「有色人種」を対象とする日常的な差別には対処できず、根本的な解決にはならないと主張した(※1)。この反省を踏まえて、社会システムに焦点を当てるCRTの考え方が発展していく。

批判的法学研究(Critical Legal Studies)

CRTは、法がマイノリティを軽視し、権力者の利益を保護する方法を分析する批判的法学研究(Critical Legal Studies)から発展したものである。 批判的法学研究とは、法は必然的に社会問題と絡み合っており、特に社会的偏見は法に内在しているとする理論である。

批判的法学研究の支持者たちは、法はそれを作る者の利益を支えていると考えている。 伝統的なリベラリズムが法の下での平等な取り扱いを強調するのに対して、CRT支持者は、そのようなアプローチでは微妙な制度的人種差別に対処できないと主張する。

フェミニズム

CRTは、フェミニズムの言説で用いられる、本質主義 (Essentialism)と、家父長制 (Patriarchy)の概念を参考にする。フェミニズムは、伝統的な男性中心の人権概念や人権理論を根底から揺さぶろうとするものであり、CRTはこの考え方を人種問題に応用した。

言い換えれば、社会に構造的に根付いた、ジェンダーに基づく権力の分配を検証し、根本的に改善しようというフェミニズムの方法論を、人種問題の言説にまで拡張するものである。

社会変革は「マジョリティの利益にも関わる場合にのみ」起こる?

CRTの基本的な考えの基礎には、人種差別がアメリカ社会の根底にあるという信念がある。それは単なる法律で簡単に是正できるような偶発的なものではない。というのも、特定のグループが自らの利益に基づいて社会的現実を構築するため、マイノリティの利益はシステムの利益に従属することになるからである。

アメリカの現行システムもまた、白人エリート男性のために構築されており、マイノリティの地位向上は、それがマジョリティの利益を促進する場合にのみ、現行システムによって容認され、奨励される傾向があると考えられている。

この考えに基づき、Derrick Bellは、「利益合致原理 (Interest Convergence Principle)」を提唱した。既存のアメリカ社会が白人男性によって築かれ、彼らが権力を握っている以上、人種的平等を達成するという黒人の利益は、白人男性にとってはほとんどの場合に利益をもたらさず、この問題に対処する動機は、偶然白人男性の利益と合致するときにのみ生じるという考え方である。物質的な条件と社会政治的な条件がたまたま一致したときにのみ、解決に向けた動きが出てくる可能性があるということだ。

例えば、ブラウン判決における法的人種差別撤廃は、道徳的配慮のみから生じたのではなく、冷戦下の「第三世界」をめぐるソ連への対抗戦略として必要だったからである可能性があると指摘した(※2)

アメリカにおけるCRTをめぐる対立

人種差別や不平等は制度や構造によって生み出されるという見解は、言い方を変えると「白人が築いた社会や諸制度が悪い」「白人が悪者」という認識につながる。リベラルと保守の立場が二極化しやすいアメリカの現状では、そもそも多様性を目指すCRTであるはずが、「CRTを支持する=白人を攻撃している」という単純化した二項対立的な考えが浸透し、CRTに対する非難を招いている。

学校教育

CRTが学校教育に取り入れられているという認識が広まったことで、CRTへの反発が強まったと考えられる。その一例が、CRTの考え方に基づくとされる「1619プロジェクト」が学校教育で採用されたことである。

2019年、ニューヨーク・タイムズは特集企画として「1619プロジェクト」を開始し、アメリカの奴隷制やその惨状がエッセイや写真、映像を通して自己批判的に展開している。白人のみの視点から構築されてきたこれまでのアメリカ史を、奴隷制という観点から根本的に見直すことがねらいであった。

小中高校が「1619プロジェクト」を授業内容の一部として採用するようになると、主に白人の多い南部や中西部の州で「1619プロジェクト=CRT教育=白人への攻撃を助長する」ものだと受け止める人々から批判を浴びた。彼らは、このプロジェクトは白人に対する差別であり、子供たちに憎しみ合うことを教えようとしていると主張した。一方で、ニューヨークやロサンゼルスのような都市では、CRT教育について、多様性について再考させる、新たな有益な視点としてポジティブに受け入れられた。

しかし、CRTは高度な学問的枠組みであるため、そもそもCRTそのものが初等・中等教育で本質的に教えられている事実はないという見解もある。言い換えれば、CRT教育と断定するための具体的な要素や基準が曖昧で確立されていないということである。そのため、特定のカリキュラム(特に人種差別に関する歴史教育)がCRTと結びつけられた場合、そのカリキュラム自体も排斥される可能性があるのだ。

実際に、最近の事例(2023年8月)として、アーカンソー州で「アフリカ系アメリカ人学(AP African American Studies)」という授業が削除された。このコースは、アフリカ帝国、大西洋奴隷貿易、ブラックパワー、ブラックプライドなど、アフリカ系アメリカ人の歴史において大変重要なトピックを扱っていた。この科目が排除された理由は、アーカンソー州がこのコースを「学校における『洗脳』と『批判的人種理論』」と認識したためである。

保守派によるCRT批判

2020年ドナルド・トランプは大統領令によって、連邦政府機関内で「アメリカ社会のシステムが人種差別的である」と示唆するプログラムを禁止した。彼によると、CRTは国家を分裂させるものだという。この大統領令は廃止されたものの、CRTを批判する流れは各州に広がっている。

フロリダ州のような共和党支持州は、公立学校でのCRT教育を禁止し、アメリカの約半数の州で人種的正義を教えることを規制している。CRT支持の教育委員会委員を罷免する運動、CRTをプロパガンダとみなして批判する運動、CRT教育が行われないか監視しようとする運動も起こっている。

共和党は、CRT批判を推進する人々が増えたことで勢いを増し、バージニア州では2021年の知事選で民主党候補の圧勝が予想された中、学校教育でCRTが教えられることに反対した共和党候補が当選するなど、CRTへの賛否が選挙の流れを変えるほどの力を持っているようだ。

まとめ

批判的人種理論 (CRT)とは、「人種」は社会的に構築された幻想であるという前提に立ち、人種差別は制度的に社会に組み込まれており、それを根本的に理解することで改革を目指す学問的かつ実践的アプローチである。

これまで主にマジョリティの視点からしか論じられなかった物事を、マイノリティの視点から再考することで、歴史的に差別され周縁化されてきた個人の尊重と多様性を目指す試みだ。

※1 Derrick Bell, Alan Freeman, Richard Delgado はCRT初期の論者である。
※2 「ブラウン判決」とは、1954年において、「白人用」「黒人用」といった公共施設の分離が憲法違反であると判断し、人種に基づく分離政策が連邦最高裁判所によって違憲とされた画期的な判決である。それまでは、交通機関や公園、病院、学校などにおいて、白人と黒人の間で「人種的」な分離が合憲的に実施されていた。

【参照サイト】Chris Demaske, ‘Critical Race Theory’ in The Fiest Amendment Encyclopedia
【参照サイト】Cole Mike, Ikeno Norio, Komatsu Mariko, Kawaguchi Hiromi, Goto Kenjiro. 「批判的人種理論と教育」 『学校教育実践学研究』 16巻 (2010): 77-84.
【参照サイト】‘Critical Race Theory’. Encyclopedia Britannica.
【参照サイト】‘Critical Legal Theory’. Cornell Law School, Legal Information Institute.
【参照サイト】桧垣 伸次 「批判的人種理論 (Critical race theory) の現在」 『同志社法學』63巻2 (2011): 929-982.
【参照サイト】前嶋 和弘「『批判的人種理論潰し』は、『第2のティーパーティー運動』になるのか」Yahoo News Japan (2021)
【参照サイト】McEachrane, Michael. ‘Universal Human Rights and the Coloniality of Race in Sweden’, Human Rights Review 19 (2018): 471-493.
【参照サイト】峰尾 洋一 「批判的人種理論」 『M-SPIRIT』 (2022)
【参照サイト】森 利枝 「ブラウン裁判から50年―アメリカ高等教育と多様性 (上)」『日本私立大学協会 アルカディア学報』
【参照サイト】Shah, Nirvi and Wong, Alia. Arkansas says AP African American Studies is ‘indoctrination,’ students can’t earn credit. USA TODAY.
【参照サイト】Wheeler, Roxann. The Complexion of Race Categories of Difference in Eighteenth-Century British Culture. Philadelphia, PA: Pennsylvania UP, 2000.
【参照サイト】山岸 敬和 「初等中等教育をめぐる文化戦争と2024年大統領選挙―批判的人種理論、トランスジェンダー、マスク―」 笹川平和財団 (2023)
【参照サイト】The 1619 Project, The New York Times Magazine.
【参照サイト】人種主義に反対する ユネスコ(国連教育科学文化機関)
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