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日本版DBSとは・意味

日本版DBS

日本版DBSとは?

日本版DBSとは、子どもに関わる仕事をする人を対象にした、過去の子どもへのわいせつ行為・性犯罪歴の証明を求める制度。日本政府は2024年3月19日に、日本版DBS制度を導入するため、法案を国会に提出した。

イギリスの犯罪経歴管理・証明発行システム「DBS(Disclosure and Barring Service)」を参考にしており、日本語では「犯罪証明管理および発行システム」や「無犯罪証明書」とも表される。

2020年ごろから、ベビーシッターによる子どもへのわいせつ事案が相次いで発生し、日本でもDBSの導入を求める声が高まっていた。日本版DBSは、子どもと関わる仕事に従事する人が、わいせつ行為などによる犯罪歴がないことを証明するための制度であり、これにより子どもたちの安全を守る効果が期待されている。

DBS制度の意義

まず、日本版DBSの参考となったイギリスの制度から、その意義について解説していく。

イギリスでは、公共や民間の組織が、子どもや高齢者など社会的弱者に関わる仕事に就く人に、この証明を提出することを求める制度がある。この制度があることで、福祉や保育士などの仕事に適さない可能性のある志願者を特定でき、より安全な採用決定を行うことができるのだ。

イギリスでは、制度実施機関であるDBS(Disclosure and Barring Service、前歴開示・前歴者就業制限機構)が前歴開示(Disclosure)と就業禁止決定(Barring)を行っている。

DBSは、就労希望者が特定の犯罪歴(深刻な暴力的・性的犯罪など)があり有罪判決を受けたことがある場合や、通報に基づき組織的に判断された者が、子ども関連施設や社会的弱者と接する職業に就くことを法的に禁止するため、「子どもや脆弱な大人と接する仕事に就けない者のリスト」を作成・管理している。このリストには、特定の犯罪で有罪判決を受けた者、犯罪歴チェックで開示された犯罪歴を持つ者、そしてDBSへの通報に基づき組織的に判断された者が掲載されている。

DBS制度では、確定した犯罪だけでなく、子どもや社会的弱者を対象とする仕事に不適切と考えられる行動に関する通報も記録される。そして雇用主は、子どもに危害を与えるおそれがある者がいる場合には通報の義務がある。例えば、誰かを傷つけたことを理由に被用者を解雇した場合や、傷つける可能性があるために解雇または配置換えを行った場合などには通報する必要があり、通報しないのは違法となる。

日本版DBS制度の概要

日本政府が2024年3月19日に提出した法案の概要には大きく分けて2つのポイントがある。

1つは、学校だけでなく民間の事業者も含めて、教員や保育などの従事者による子どもへの性暴力を防止することを義務づけるというもの。

もう1つは、上記に対する手段のひとつとして、性犯罪の前科の確認を事業者に義務づけ、違反した場合にはその情報を公表するというものだ。

確認対象となる性犯罪

前提として、強制わいせつなどの刑法犯は確認の対象となる。また今回の法案で、痴漢や盗撮などの条例違反も含まれることになった。

ただし、上記のような罪で示談が成立するなどして不起訴処分となった場合、また懲戒処分や民事訴訟は対象から外れる。

性犯罪の対象期間は、以下のように定められた。

  • 拘禁系で実刑の(執行猶予が付かない)場合:刑の執行終了から20年
  • 執行猶予の場合:裁判の確定日から10年
  • 罰金刑の場合:刑の執行終了から10年

対象となる事業

法律上、認可の対象となっている施設は前科の確認が「義務」となる。義務の対象となるのは以下の通り。

  • 学校
  • 認可保育所
  • 児童養護施設
  • 障害児の入所施設など

公的な監督の仕組みが整っていない学習塾や予備校、こども向けスイミングクラブ、技芸等を身に付けさせる養成所などは、「認定制度」が設けられ、認定を受けた場合には前科の確認の対象となり、性犯罪歴確認の義務を負う。認定を得られれば、犯罪確認をしているという広告が可能となる。

また、対象者は学校の教職員や児童の保育・養護等に関する業務を行う者など、子どもに接する業務を行う者とされているが、必ずしも雇用関係にある者に限定されず、派遣労働者や業務委託関係にある者も含まれる。

なお、個人事業主(フリーランスのベビーシッターなど)は制度の対象外となった。

性犯罪歴の確認手順

まず事業者はこども家庭庁に申請を行う。この際、戸籍書類を提出するなど、業務に就く予定の本人も関わる形となる。

申請を受けたこども家庭庁は法務相に照会し、その結果、性犯罪歴がなければ、「犯罪事実確認書」が事業者に交付される。

一方、性犯罪歴があった場合、まず本人に事前に通知される。本人は2週間以内であれば通知内容の訂正請求ができるほか、本人が内定を辞退すれば、事業者の申請は却下される。(事業者に犯罪歴が通知されることはない。)

また、事業者には情報を適正に管理する義務が課され、情報を漏えいした場合には、罰則が設けられる。

照会の対象は新規採用者だけでなく、現職も対象だ。子どもに接触する業務に就く現職に犯罪歴が確認された場合は、配置転換などの対応が求められる。

性犯罪対策のこれまで

日本の法務省保護局では、2006年9月から性犯罪者処遇プログラムが実施されている。性犯罪者処遇プログラムは「自己の性的欲求を満たすことを目的とした犯罪行為を繰り返すなどの問題傾向を有する保護観察対象者」を対象に、認知行動療法に基づく心理治療プログラムである。

2022年4月からは「性犯罪再犯防止プログラム」と名称を改め、18歳、19歳の者も原則として受講を義務づける、子どもを狙う犯罪者や痴漢の常習者に対する個別指導を強化するなど、処遇内容の充実が図られている。

その一方で、日本にはこれまで無犯罪証明に関する制度はなかった。

2020年8月に開催された「児童部会子どもの預かりサービスの在り方に関する専門委員会」で配布された資料によると、児童福祉法において、「禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなるまでの者」は、里親・養子縁組里親になることはできない(保育士資格は「2年経過しない者」とされている)、と書かれているが、雇用時に被用者の犯罪歴などを確認する仕組みはないのが現状だ。

日本版DBSについて、日本政府は今国会での法案の成立と2026年ごろの制度開始を目指している。制度が開始されれば、無犯罪証明に関する制度が補完されるといえる。

日本版DBSが抱える課題

2026年ごろの制度開始を目標とする日本版DBSについて、前向きに受け止める声が上がる一方、さまざまな観点から懸念の声もあがっている。

義務化対象の範囲

日本版DBSでは、学習塾や予備校、こども向けスイミングクラブなどの民間事業者に対し「認定制度」が設けられ、認定を受けた場合には前科の確認の対象となるが、子どもに対するわいせつ事案などの犯罪はある特定の場所でのみ発生するものではない。

冒頭で紹介したように、2020年にはベビーシッターのマッチングアプリ「キッズライン」を使用した、ベビーシッターの男性2人による幼児へのわいせつ事件が発生している。2023年には、スイミングクラブコーチの男性がプールで女児の体を触ったとして逮捕され、大手中学受験塾「四谷大塚」の元講師の男性が教え子の女子児童を盗撮したなどとして警視庁に逮捕された。

後述するように、日本版DBSには憲法上の権利の制約につながる点もあるといえるが、可能な限り、日本版DBSの義務化対象を広げることが求められる。

制度対象の扱い

性犯罪歴の範囲についても課題が残る。たとえば先述した通り、痴漢や盗撮などの条例違反であっても示談が成立するなどして不起訴処分となった場合や、衣類に体液をかけるなどの器物損壊罪、下着を盗む窃盗罪などは照会の対象外となっており、子どもへの加害の抜け道となるのではないかと不安視されている。

2023年9月5日に公開された有識者会議の報告書でも、確認対象となる性犯罪の範囲として、不起訴処分や行政処分、民事訴訟の扱いが議題にあがっていた。

職業選択の自由や個人情報の扱い

日本版DBSの導入に際し、不起訴処分が慎重に議論されていた背景には、日本版DBSが事実上「職業選択の自由」を制限する可能性があるためだ。

日本版DBSによって就業制限が生じる場合、その根拠となる性加害行為の有無は、正確な事実認定を経たものであるべきだ。しかし、検察官による不起訴処分は公平な裁判所の事実認定を経ていないといえ、事実認定の正確性を担保する制度的保障も欠如している。そのため、不起訴処分を対象に含めることには慎重であるべきだ、と報告書には記されている。

行政処分等に関しても、主体によって処分の基準や考え方等が異なり、条例違反同様、国が把握し、制度の対象とするのは困難だと考えられている。

しかし同時に、以下のような意見も記載されていることに注目したい。

何ら処分を受けずに自主退職した場合については、子どもの安全を確保するためにも、自主退職で問題を終わらせるのではなく、犯罪とみなされる行為については告発することで確認の仕組みの対象から漏れないようにするべきとの意見もある。

また日本版DBSは、参考としたイギリスのDBSと異なり、被雇用者ではなく雇用者が照会者となるため、事業者はセンシティブな個人情報を取り扱うことになる。個人の前科に係る情報は、法が定める漏洩防止措置だけでなく、この情報が探索されるようなことを防ぐ措置も必要だ。よって事業者は厳格に管理する体制を整える必要がある(なお、先述したように、事業者が情報を漏えいした場合には罰則が設けられている)。

「初犯」を防げないという声も

日本版DBSの創設によって、性犯罪を起こせば、子どもに接する職業に就くことはできない、と強く打ち出されることで性犯罪への抑止力になることが期待される。

その一方で、性犯罪で検挙される人のうち9割は前科のない初犯者であるともいわれており、法案づくりの議論の過程では、日本版DBSによる性犯罪歴の確認だけでは「初犯」を防げないという指摘もあがっていた。

他国の制度との比較

日本版DBSの参考となったイギリスのシステムの他、ドイツ、フランス、オーストラリア、ニュージーランドなどでも同様の制度がある。

イギリスでは、基本的に職種に関わらず、雇用者または被用者が犯罪歴照会を求めることができる。ただし、子どもに関わる職業または活動を行う雇用者が、子どもに対する性的虐待などの犯罪歴がある者を使用することは犯罪と定められているため、子どもに関わる職種の雇用者においては犯罪歴照会を行うことが義務化されている。

ドイツでは、子どもの福祉に関する者の雇用や配置を行う場合、無犯罪証明書を確認することなどが定められている。特に、公的な青少年福祉団体などは、性犯罪などの特定犯罪の有罪判決を受けた者を子どもの福祉に関する職種に雇用や配置をしてはならないことが規定されている(公的な支援を一切受けていない団体が子どもと関わる活動をする場合には証明書利用は任意となる)。

フランスでは、教育機関など子どもに関わる職種への雇用や、子どもに関わる職種に就く者の定期確認の際、犯罪歴照会を行うことが義務付けられている。採用希望者や被用者に犯罪歴がある場合、犯罪歴があるという理由のみで不採用や解雇を行うことはできないが、犯罪歴と職種などが不適合であると判断できる場合には不採用や解雇が可能となる。

オーストラリアでは州によって制度が異なるものの、子どもと関わる仕事に就く場合は通常「Working With Children Check」と呼ばれるチェックが必要になる。これにより、オーストラリア国内の犯罪歴や関係機関の審査によって判明したあらゆる違反行為を調べることができる。

ニュージーランドにおいても、子どもに対するわいせつ行為や性犯罪歴などに関するデータベース掲載が行われている。教育機関などが人を雇用する際には、「Safety Checks (安全性調査)」を受けたか確認せずに雇用してはならない。

日本版DBS制度開始に向けての議論の活発化

子どもに対する性的虐待などの犯罪歴がある者の再犯リスクは高いとされている。

カナダ公安省の資料によると、児童虐待者のうち性犯罪の前歴がある者の再犯率が最も高かったことが記されている。児童虐待者のうち、非性犯罪者は財産犯と非性的暴力犯罪の再犯率が高いものの、児童虐待者のうち性犯罪者の性的再犯率は、非性犯罪者の再犯率(1.5%)よりもはるかに高かった(35%)ことが記されている。

「平成27年版犯罪白書~性犯罪者の実態と再犯防止~」によると、性犯罪者類型別に再犯率をみたところ、全再犯率(全再犯を行った者の比率)で見ると、痴漢型が最も高く、盗撮型、小児わいせつ型、強制わいせつ型、小児強姦型、単独強姦型、集団強姦型の順になっているが、性犯罪再犯(刑法犯)(※)の再犯率が最も高いのは「小児わいせつ型」となった。

※ 資料では、性犯罪再犯ありの者の内訳に「性犯罪再犯(刑法犯)あり」「性犯罪再犯(条例違反)あり」「その他再犯あり」「再販なし」がある。性犯罪再犯(刑法犯)は、再犯の罪名に強姦又は強制わいせつを含むものをいい、性犯罪再犯(条例違反)は、性犯罪再犯が条例違反のみによるものをいう。

『小児性愛という病−それは、愛ではない』(ブックマン社、2019年)の著者であり、性犯罪加害者臨床を専門とする斉藤章佳氏は、2019年11月に行われた「性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループ第11回会合」にて、再犯防止プログラムの定着率の難しさについて語っている。

実際の治療成績を簡単に紹介します。さっき2,000名という話をしました。2,000名のうち約半数が1回の受診、若しくは受診してプログラム1回参加で脱落します。もうこれが、隠しようがない実態です。当クリニックには、あくまで本人の意思でみなさん来ています。もちろん刑事手続の入口支援の段階で、裁判があるから来るという人もいますし、家族に勧められて来るという方もいます。ただ、あくまでもこれは本人の自由意思です。その実態が、約半数は1回、若しくは1回のプログラム参加でドロップアウトです。

3年以上プログラムを継続している長期定着群の人は再犯していないとも話しているが、斉藤氏によるヒアリングから、再犯リスクを防止する難しさがうかがえる。

2023年6月に行われた「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」で、市民団体「声を聴きつなぐ会」の平野利枝氏は、加害者が子どもに強い執着を抱くことへの危険性に触れ、世の中にある仕事は子どもに関する職業ばかりではないことや、職業選択の自由も大事だが、被用者の人格も尊重しながら丁寧に職業選択を進めてほしいと話している。

なお、先で紹介したフランスの犯罪歴照会制度では、犯罪歴と職種などが不適合であると判断できる場合には不採用や解雇が可能となるが、犯罪歴のみを理由とした不採用や解雇はできないような仕組みになっている。子どもと関わる職業は制限されるが、職業選択の自由が奪われるわけではない。

日本版DBS制度開始に向けての議論は今も続けられている。犯罪歴の照会期間を延長すべきという意見や犯罪歴の確認を義務づける事業者の範囲の拡張などの声もあがっており、子どもを守ることを最優先する制度設計に向けて、さらに活発な議論が起こっていくだろう。

加えて、子どもを守るためにも、制度開始が期待される日本版DBSだけに頼るのではなく、多角的な取り組みが重要だ。子どもが声をあげやすい社会づくりや、加害者の再犯を防ぐため、加害者を治療につなげるなどの支援も必要である。

【参照サイト】1からわかる「日本版DBS」 法案閣議決定 性犯罪歴を確認 子どもを守る | NHK政治マガジン
【参照サイト】これで、子どもたちの性被害を防げる? 教員などの性犯罪歴確認を義務づけへ 日本版DBS、国会に法案提出
【参照サイト】「日本版DBS」 可能性と限界|NHK読むらじる。
【参照サイト】第213回国会(令和6年通常国会)提出法律案
【参照サイト】日本版DBSに関し、児童対象性暴力等が行われるおそれが適切に客観的・適切に認定されるよう求めるとともに、より根本的な性被害防止策を充実させることを求める声明 | 日本労働弁護団
【参照サイト】国会会議録検索システム
【参照サイト】保育教育現場の性犯罪をゼロにする「日本版DBS」創設の早急な検討を求める意見書
【参照サイト】イギリスの DBS 制度について
【参照サイト】イギリス・ドイツ・フランスにおける 犯罪歴照会制度に関する資料
【参照サイト】NSW州「Working With Children Check」制度
【参照サイト】1 性犯罪者処遇プログラムの概要
【参照サイト】性犯罪再犯防止プログラム
【参照サイト】資料2 こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議におけるこれまでの主な意見
【参照サイト】小倉大臣記者会見(令和5年6月16日)
【参照サイト】平成27年版 犯罪白書~性犯罪者の実態と再犯防止~ 第6編 性犯罪者の実態と再犯防止 第4章 特別調査 第4節2再犯状況
【参照サイト】性犯罪に関する施策検討に向けた 実態調査ワーキンググループ (第11回)
【参照サイト】こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議(第1回)
【参照サイト】こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議(第5回)
【参照サイト】こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに 関する有識者会議におけるこれまでの主な論点

【参考文献】田村美由紀『こどもの安全と日本版 DBS(Disclosure and Barring Service)の導入について』(淑徳大学短期大学部 研究紀要 第66号、2023年)

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