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マルチスピーシーズとは・意味

マルチスピーシーズとは?

マルチスピーシーズ(Multispecies)とは、従来の人間中心の視点を超えて、人間を含むあらゆる存在(動植物、微生物、精霊、機械など)が、絡まり合って世界を作り上げていることに注目する考え方だ。

この概念は、「伴侶種(コンパニオンスピーシーズ)」を提起したダナ・ハラウェイ教授の影響を受けて生まれた考え方であり、最も新しい研究分野のひとつである。人間だけでなく、動植物や微生物といった他の生物種との相互作用や共生を重視し、生態系全体を含めた視点から生命体との関係性を理解しようとするものだ。

マルチスピーシーズの視点では、人間が他の生物と環境との関わり合いの中で生まれ、成長し、影響を受けることが強調される。従来の人間中心の視点では見過ごされがちな、他の生物との相互作用や共生関係が重要視されているのがポイントだ。

マルチスピーシーズの概念は、人類学や地球環境学、科学技術論、さらには文化や芸術の領域で議論されるようになってきている。これまで、都市の景観計画や、「健康な都市のためのマイクロバイオーム・イニシアチブ Healthy Urban Microbiome Initiative」などの取り組みで、マルチスピーシーズのアプローチが幅広い分野で有用であることが示されてきた。

なぜマルチスピーシーズが研究されるようになったのか

マルチスピーシーズ研究は、「人新世」の問題意識に対する反応として生まれた。この時代において、単一種としての人類が地球環境を著しく変容させたことに対する危機感が高まり、従来の人間中心の視点から脱却し、多様な生物種との相互作用や関係性を中心に考える必要性が浮上したのだ。

人類学の中で重視されてきた民族誌のアプローチを用いながら、これまで外部の変数として扱われてきた多種多様な種を、人間との相互作用や共生関係の中で捉え直すことで、マルチスピーシーズ民族誌という新たな研究分野が生まれた。地球上の生物種すべてが共に生きる一部として考えることを目指しており、地球生態系全体をより包括的に理解するための取り組みとなっている。

近年普及してきた「サステナビリティ」という概念は、あくまで人間にとってのウェルビーイングという観点から議論されてきたという。言い換えると、これまでの「サステナビリティ」概念は、あくまで人間にとっていかに自然を持続的に活用できるか、いかに人間のニーズを満たせるかに焦点を置いた、人間のための資源利用主義が前提としてあったと考えられる。

このような考え方は、「人間」と「他者」という二元論的な概念に基づいている。しかし現実には、人間を含むすべての種は相互に依存し、複雑に絡み合っているはずである。つまり、人間以外のすべての種を「他者」として単純化することには限界があるのだ。

気候変動や地球温暖化、自然災害、汚染、資源開発、水枯渇、山火事、異常気象など、年々深刻化する環境問題を論じるとき、これまで人間中心主義を基本としてきた「サステナビリティ」という概念は本当に有効なのだろうか。人類による地球環境破壊の影響と、その結果生じるかもしれない問題への認識が高まっていることを背景に、人間だけでなくすべての生物種のウェルビーイングを考慮した「マルチスピーシーズ」の議論が活発化しているのだ。

マルチスピーシーズ・サステナビリティとは?

このような背景から、総合地球環境学研究所の研究チームは2020年、従来の人間中心の「サステナビリティ」に代わる、多種多様性の視点に基づく新たな定義と6つの原則を学術誌『Global Sustainability』に掲載した論文内で提唱した。それが「マルチスピーシーズ・サステナビリティ」だ。

マルチスピーシーズ・サステナビリティの定義:

「マルチスピーシーズ・サステナビリティとは、現在のすべての種が多様で、変化し、相互依存的なことを認識し、互いの不可分のニーズを満たすと同時に、すべての種の将来の世代が自らのニーズを満たす能力を高めることを意味する(※1)

つまり、人間だけでなく、すべての生物種の幸福や生存を考慮に入れ、地球上の全ての生命体が持続可能な未来を築けるようにすることを目指す考え方である。さらに彼らはマルチスピーシーズ・サステナビリティに関して、下記の原則を掲げた。

マルチスピーシーズ・サステナビリティの6つの原則:

  1. 特定の種のニーズだけを単独で満たすことはできず、他の種のニーズも満たす必要がある。マルチスピーシーズのウェルビーイングとは、2つ以上の種の相互依存的なニーズが満たされている状態と定義される。
  2. マルチスピーシーズのウェルビーイングは、関係するすべてのメンバーの主体性と変容の可能性によって形作られる複雑な関係から生まれ、その関係によって左右される。このことから、マルチスピーシーズなステークホルダーの重要性は明らかである。
  3. マルチスピーシーズのウェルビーイングは、資源ベースではなく関係ベースであり、ゼロサムゲームではないため、人類のウェルビーイングは、他の種を犠牲にして成り立たつものではない。現在のニーズを満たすことは、将来の世代のニーズを満たす能力を高めることである。
  4. マルチスピーシーズのウェルビーイングをトップダウンで管理するのは複雑すぎる。したがって、管理システムは、管理しようとするシステムと同等か、それ以上に多様である必要がある。言い換えれば、効果的なマネジメントには、常に変化し相互依存するニーズが存在するという前提のもと、多様なアクターの参加が必要である。
  5. 多様で相互依存的で変化するニーズは、適応し自己調整するシステムを通じてのみ満たすことができる。したがって、すべての種の自律的な相互作用が継続できる環境を提供する必要がある。この点において先住民族の知見は非常に参考になる。
  6. 従来の人間中心の視点からの未来予測は、他の種に対する支配と搾取の上に成り立ってきた。共存共栄、そして地球システム全体のより良い未来を実現するためには、人間の視点だけでなく、多様な生物種の視点からの未来予測を取り入れ、補完し合う必要がある(※1)

マルチスピーシーズの特徴とキーワード

マルチスピーシーズ民族誌は、種を固定的な存在としてではなく、個体同士の出会い、つながり、別れ、再会などのプロセスの中で捉える。このように、多様な生物間の絡み合いを主題化するこのアプローチは、「人間と動物」という二元論的な境界を曖昧にする。さらに、マルチスピーシーズ民族誌は、非人間も行為主体として認識し、実践と思弁を組み合わせたり、他の学問領域や実践家との協力を通じてさまざまな場所で研究を行なったりする。例えば、伝統的な生態学的知識や先住民族の知恵に基づく「ベストプラクティス(模範行動)」は、多様な生物種との共存において豊かな実績を持っており、マルチスピーシーズ研究においてしばしば参考にされている。

以下に、マルチスピーシーズの議論におけるキーワードや重要ポイントを紹介する。

絡まり合い(Entanglement)

「絡まり合い」とは、異なる生物種や環境が互いに影響し合いながら特定の関係性を生み出す現象を指す。これは、マルチスピーシーズ民族誌において通底する考え方であり、生物は孤立して存在するのではなく、他の生物との絡み合いの中で形成されると考えられている。二元論的な考え方を超え、自然と文化の境界を曖昧にし、多様な存在の絡み合いに焦点が当てられる。この視点の移行は、生物学や生態学、政治哲学における多種性視点を採用した議論に影響されたと考えられている。絡まり合いの視点は、生物の存在が複雑な関係の歴史の中で状況化(形成)されるという考え方に基づいており、マルチスピーシーズ民族誌の重要なテーマの一つである。

人間という種の位置付け

マルチスピーシーズ視点から見れば、人間は人間を含むそのような絡み合った多種多様な存在のごく一部に過ぎない。また、人間の前に現れる範囲でしか多種を扱わないのであれば、それは一種の「相関主義」であり、対象世界を人間という主体との相関関係においてのみ見ることになる。

人間以上(More than Human)

「人間以上」の存在とは、マルチスピーシーズ民族誌において、人間の「ともに生きる」対象の中には、動植物だけでなく、モノや鉱物、神々、目に見えない存在などが含まれており、このような多種多様な諸存在を指す。この概念は、人間だけでなく、他の存在も同様に社会的な性質や意味を持ち、人間との関係性が存在するという考え方を示している。

例えば、アラスカ周辺の先住民族であるトリンギットやアサパスカンの文化では、氷河が人間と同様に嗅覚や聴覚を持ち、道徳的な判断を下す存在として捉えられている。また、ペルーのパクチャンタの村では、山々が「地のものたち」と呼ばれ、人間と密接に絡み合いながら暮らしている。こうした例は、人間と他の存在が単なる対象としてではなく、共に生きる主体として捉えられていることを示している。

偶発性

マルチスピーシーズにおける「偶発性」とは、例えば、人間がセイヨウミツバチとの関係を管理しようとしても、予測できない出来事や要因によって影響を受ける可能性を指す。例えば、産業養蜂においても、人間がミツバチを完全に制御することはできない。このため、人間の意図や計画を超えて、意外なダイナミズムが生じることがある。

養蜂において、ミツバチは人間の介入を超えて、他の生物との関係の中で新たな環境を形成する。その結果、蜜源植物、他のハチ、そして人間の関係は、単なる産業的なものに留まらず、自然界における多様な生物との相互作用の一部となるのである。

このような状況を「潜在的コモンズ」と呼ぶ研究者もおり、人間が管理しようとしても完全に制御することが難しい異種間の出会いの場として捉えている。共生の概念は、生態学だけでなく、経済や社会文化の領域にも適用され、異なる生物や要素の相互作用が新たな活力を生み出すことが示唆されているのだ。

まとめ・今後の展望

マルチスピーシーズという視点は、持続可能性に対する考え方や地球環境問題へのアプローチを一変させる可能性を秘めている。例えば、都市計画や公衆衛生の分野にマルチスピーシーズの概念を導入すれば、持続可能な社会を新たな視点から考えることができるだろう。また、人間と非人間との関係が、人種、ジェンダー、医療、資本などの言説や実践によってどのように形成され、また形成しているのかについての洞察も得られると考えられている。

COVID-19の大流行は、多様な種が互いに影響し合うことの重要性を私たちに再認識させた。地球環境問題が深刻化し、危機が共有される中、マルチスピーシーズの考え方が持続可能性の議論における主流になるかもしれない。

※1 Rupprecht, Christoph D. D., Joost Vervoort, Chris Berthelsen, Astrid Mangnus, Natalie Osborne, Kyle Thompson, Andrea Y. F. Urushima, et al. ‘Multispecies Sustainability’. Global Sustainability 3 (2020): e34.
原文:‘Multispecies sustainability means meeting the diverse, changing, interdependent, and irreducibly inseparable needs of all species of the present, while enhancing the ability of future generations of all species to meet their own needs’.

【参考サイト】「『持続可能性』の定義を『マルチスピーシーズ』の概念から問い直す-人類以外の生物種との共存共栄が鍵-」総合地球環境学研究所
【参考サイト】Rupprecht, Christoph D. D., Joost Vervoort, Chris Berthelsen, Astrid Mangnus, Natalie Osborne, Kyle Thompson, Andrea Y. F. Urushima, et al. ‘Multispecies Sustainability’. Global Sustainability 3 (2020): e34.
【参考サイト】奥野克巳 「序 (特集 マルチスピーシーズ民族誌の眺望 : 多種の絡まり合いから見る世界) 」『文化人類学』86 巻1号(2021): 44-56.
【参考サイト】Locke, Piers, and Ursula Muenster. ‘Multispecies Ethnography’. Oxford Bibliography.
【参考サイト】Thom van Dooren, Eben Kirksey, Ursula Münster. ‘Multispecies Studies: Cultivating Arts of Attentiveness’. Environmental Humanities. 8 (1) (2016): 1–23.
【参考サイト】Price, Catherine and Sophie Chao. ‘Multispecies, More-Than-Human, Nonhuman, Other-Than-Human’. Exchanges: The Interdisciplinary Research Journal. Vol. 10 No. 2 (2023): Special Issue: The Anthropocene and More-Than-Human World.
【参考サイト】「マルチスピーシーズ・デザインと多種への配慮」以文社

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