PAD(Plant Awareness Disparity:植物認識格差)とは・意味
PAD(Plant Awareness Disparity)とは?
PAD(Plant Awareness Disparity)とは、人間が身の回りにある植物の存在やその価値を、無意識のうちに見過ごしてしまう傾向のこと。「植物認識格差」と訳される。
PADは、無意識のうちに「植物は動物より劣っている」という思い込みを生みがちだ。しかし、私たちが暮らす世界において、植物は重要な役割を果たしている。この「植物が果たす役割」と「私たちの認識」との間にある深い溝が、PADという問題だ。自然界をより総合的に捉えるためには、自然とより良く共生していくために、私たちはこの認識の格差に向き合う必要がある。
以前は「植物盲目(Plant Blindness)」という名称で知られていたが、用語が障害の比喩であり、障害を否定的な特性と同一視するものであるという懸念が提起されていた。そこで2020年に発表された論文(Kathryn M. Parsley)により、より適切な用語として「植物認識格差」が提案された。
PADの例
では、具体的にどのような状態を、PADがあるとするのだろうか。
例えば、タンポポは生態系の中で重要な位置を占める植物だ。受粉を媒介する昆虫にとっては最も重要な食料源のひとつであり、昆虫が生存する上で大きな役割を果たすほか、蜂蜜の生産にも結びついている。
また私たちの食料生産も、タンポポのような植物に支えられている昆虫により支えられている。つまり、私たちの暮らしは、巡り巡ってタンポポと深く結びついている。
にもかかわらず、私たちはタンポポを雑草とみなして庭から排除することがある。私たちはタンポポを美観的に判断する一方で、生態系にとっての重要性を十分に認識していないのだ。
PADが生じる原因
PADは以下のような要因に起因することが多い。
- 認知バイアス
人間には、動くものや自分に似ているものに注目する自然な傾向があるため、植物よりも動物に注目する。 - 動物中心の教育
学校教材は動物の生態を強調することが多く、それが植物への関心や注目の低さにつながっている。 - 限られた知識
生態系における植物の重要性や意義を理解するために必要な知識が足りていない可能性がある。
植物に向けられる注意について
そもそも人間は、一般的に日常生活で植物に注意を払うことが少ないことがわかっている。
人間が狩猟採集生活をしていた時代には、危険から身を守り狩りを成功させるために、動物に注意を払うことがより重要だった。この進化論的な説明によれば、植物よりも動物をより早く識別する方が生存に適していたことになる。このため、現在の私たちは動物を見るのとは違う方法で植物を知覚しており、環境中で植物を見分けることが難しくなっているのだ。
例えば、植物と動物への「注意」の違いに関する研究(Balas and Momsen, 2014)では、被験者である大学生の「注意の瞬き(Attentional Blink)」が確認されている。
注意の瞬きとは、高速で連続して呈示される視覚情報を処理する際に、ある特定の刺激に注意を向けると、その後に続く刺激を一時的に感知しにくくなる現象のことだ。簡単に言えば、あるものに意識を集中すると、次の情報が一時的に見えなくなるような現象である。
実験では、まず参加者に植物や動物の画像を次々と見せる。その後、一度別の課題で注意をそらしてから再び画像を見せ、先ほど見た画像を覚えているか尋ねる。その結果、参加者の記憶に残り、注意を引きつけていたのは、植物よりも圧倒的に動物の画像であることが明らかになったのだ。
別の研究(Schussler and Olzak,2008)では、植物と動物が同じように名前が付けられる場合でも、被験者は植物より動物の名前をより多く思い出すと書かれている。
また別の研究(Yorek, Şahin, & Aydın, 2009)では、植物にすぐに観察できるような動きがないことを理由に、被験者である高校生らが植物を「生きている」と認識していないことが述べられている。
植物に向けられる教育的態度について
植物と動物に対する教育的態度にも差がある。たとえば、教育現場においては、植物について話したり学んだりすることに無関心な子どもたちの姿が見受けられる。進路や将来の夢、あるいは植物は人間には関係ないという考えから、植物について学ぶ必要はないと考える子どもたちも多いようだ。
実際に、科学教育の研究者であるJames H. Wanderseeは、中学校へ通う生徒たちが植物よりも動物を好んで勉強していることを指摘。
別の研究者は、教師の関わり方(教師自身の専門的な知識や熱意、興味などを含む)が生徒の植物に対する興味や姿勢に大きく影響することを示唆しており、教える側の態度の重要性を強調している。
PADによって生じること
私たちは植物からさまざまな恩恵を受けている。たとえば植物は食料源であるだけではなく、薬にもなり、衣服にもなる。また、二酸化炭素を吸って酸素を排出してくれる。つまり、私たちは植物なしでは生きられない。しかし、もし、その存在や重要性に気づけないままだとしたら、一体何が起きるだろうか。
まず、植物の保全や保護に対する支援の減少につながるだろう。さらに、それが生態系や生物多様性への悪影響を拡大させる可能性がある。
過去数十年、世界では大規模かつ急速な森林伐採が進み、植物の生物多様性が極端に失われている。さらに、絶滅危惧種に指定されている動物の大半は、生息地が消滅していることが要因で絶滅危惧種となっている。そしてこれらの生息地のほとんどは、植物で構成されているのだ。
環境とその中で重要な位置付けにある植物を保護することは、世界的な緊急課題である。しかし私たちは、生態系における植物を無視し、過小評価することでその保護を怠ってはいないだろうか。PADを放置すると、私たちが植物を保護する必要性を感じるのを妨げ、将来的により大きな環境問題を引き起こす可能性がある。
植物の重要性を意識するために
人生の早い段階からPADが生じると、大人になってもこの傾向が続くことが多い。そのため、教育現場では生徒たちが早い時期から植物に注目できるよう助けることが重要だ。それができれば、彼らは植物に対してより興味を持つようになり、それがさらなる学習を促すかもしれない。
加えて、動物の優位性を信じている・植物の有用性を知らないといった文化的な要因、動物と植物に対する認識の違いといった認知科学的な要因など、認知格差が生じるメカニズムを知ることも重要だ。
そのほか、ある研究(Balding, Williams, 2016)では、植物を意図的に擬人化し共感することで、植物への関心が高まり、PADが減少し、植物保護への支持が高まることを示唆している。
しかし、もっと簡単に植物の重要性を意識する方法がある。それは、植物に触れる機会を設けることだ。
もし、自分や自分の身の回りの人がPADに陥っているのではないかと感じることがあれば、外に出て植物に触れてみることをおすすめする。植物園への散歩、週末のハイキング、ベランダでの家庭菜園など、どんな形でも構わない。まずは、意識して植物と触れ合う機会を増やすことが大事だ。
なお、アメリカ・ワシントン州にあるベルビュー植物園はウェブサイトにて「Snap-It Challenge」を提案している。このチャレンジは、下記のリストにあるものをそれぞれ写真に撮ることで、植物そのものやPADへの気づきを促そうというものだ。
- あなたと同じ高さの植物。
- 園内の好きな場所にいる自分。
- あなたの手全体より大きな葉。
- あなたの爪より小さい葉。
- 逆さまに撮った写真、または逆さまから撮った写真。
- 園内で香りを放つもの。
- 面白い模様のある木の皮。
- 園内の動物の写真。
- 自分の年齢と同じ数の花びらを持つ花。(または茎の葉、枝の葉)。
- 園内のお気に入りのアート作品(彫刻など)の写真。
- 水や空中に浮かんでいるもの。
- 今の季節を象徴するもの。
- 自分の名前をつけてほしい植物
- あなたの名前の頭文字から始まる植物または植物の一部。
- 園内であなたが不思議だと思うもの。
PADに陥っていると気づいたら、植物に注意を向けてみてほしい。
【参照サイト】#PADisBAD: What is plant awareness disparity and why is it a problem? – Biology@memphis.
【参照サイト】Initial Development and Validation of the Plant Awareness Disparity Index – PMC
【参照サイト】Plant awareness disparity: A case for renaming plant blindness – Parsley – 2020 – PLANTS, PEOPLE, PLANET – Wiley Online Library
【参照サイト】Plant blindness and the implications for plant conservation – PubMed
【参照サイト】Plant awareness disparity | Shortcuts
【参照サイト】Plant awareness disparity | Shortcuts
【参照サイト】Beyond plant awareness disparity: Exploring intangible relationships with plants in the Catalan Pyrenees – Querol i Mercadé – 2025 – PLANTS, PEOPLE, PLANET – Wiley Online Library.
【参照サイト】Plant Awareness Disparity & Our Snap-It Challenge! – Bellevue Botanical Garden