ローマ教皇はどう選ばれるのか?その存在意義と歴史的背景、そして選出のプロセス

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2025年5月、ローマ・カトリック教会の第267代目教皇として、ロバート・フランシス・プレヴォスト氏(レオ14世)が選出され、世界中の注目を集めた。史上初の「米国出身」の教皇という点でも話題となり、その出自や選出の背景、そして今後の世界への影響について、各国メディアが大きく報じている。
教皇の選出は、単なる宗教的儀式にとどまらず、国際社会にとっても大きな関心事だ。というのも、ローマ教皇は世界14億人以上のカトリック信者を導くだけでなく、貧困、紛争、環境といった地球規模の課題に対して、道徳的・精神的なリーダーシップを発揮する存在でもあるからだ。
では、そうした重要な存在がどのように選ばれるのか。本稿では、教皇という存在の意味、歴史的な背景、そして現代における選出のプロセスについて、わかりやすく解説していく。
そもそも、ローマ教皇とはどのような存在か
ローマ教皇は、カトリック教会の最高指導者であり、全世界に広がる約14億人の信徒を導く存在である。カトリックにおける教皇の役割は単に組織の長にとどまらず、信仰と教義、そして全教会の一致の象徴として、宗教的、道徳的な重責を担っている。
教皇の起源は、新約聖書に登場する使徒ペトロにさかのぼる。イエス・キリストは、十二使徒の中からペトロに「この岩(※)の上にわたしの教会を建てる」と語り、ペトロを教会の基盤となる重要な存在として位置づけた(マタイ16:18)。ペトロは後にローマで殉教したと伝えられ、その地に設けられた教会の司教が「ペトロの後継者」として認められ、「ローマ教皇」と呼ばれるようになった。
※カトリック教会において、「岩」はペトロを指すと解釈されている。
教皇は、単なる地理的教区の長ではなく、全世界にまたがるカトリック教会の司教団の筆頭に位置づけられている。ペトロが他の使徒たちと共に一つの共同体を形成したように、教皇(ペトロの後継者)と世界各地の司教たち(他の使徒たちの後継者)も固い結びつきによってつながっており、普遍教会の一体性を保っている。この意味で、ローマ教皇は教会の「一致の象徴」であるとされている。
教皇の正式な称号には、その重層的な役割が表れている。以下は教皇の主要な称号である:
ローマの司教、
イエス・キリストの代理者、
使徒たちのかしらの後継者、
普遍教会の最高司教、
イタリア首座司教、
ローマ管区首都大司教、
バチカン市国元首、
神のしもべたちのしもべ。
ここには、教会内の宗教的権威としての側面と、バチカン市国という独立国家の元首としての側面の双方が含まれている。実際、教皇は各国の首脳と会談を行い、戦争や気候変動、難民問題など、グローバルな課題に対してメッセージを発信し続けている。
新教皇レオ14世とはどのような人物か
メディアはレオ14世を「史上初の米国出身の教皇」として報道し、米国政界でもその存在がかつてないほど注目を集めている。しかし、彼は司教に任命される以前から、長年にわたりペルーで宣教師として活動しており、ペルー国籍も所有している。したがって、レオ14世は、アルゼンチン出身の前教皇フランシスコに続き、「アメリカ大陸出身の2人目の教皇」として、ローマ教皇庁によって位置づけられている。
レオ14世は、1955年に米国イリノイ州シカゴに生まれた。親はスペイン系、フランス、イタリアのルーツをもつ。少年期から教会で礼拝の奉仕に携わり、1982年に司祭に叙階された。3年後の1985年、聖アウグスチノ修道会の布教活動の一環としてペルーに移住。以後、社会的に周縁化された人々と関わりを持ち続け、信頼を築いてきたことで知られている。また、米国にも何度も帰国し、故郷で主任司祭などの役割を果たしていた。
前教皇フランシスコの死去に伴い選出されたレオ14世は、移民支援、貧困層との連帯、環境保全への関心など、先代の教皇と共通する姿勢をもっていると報道されている。就任直後の演説では、「平和と正義を一緒に求めながら、一致した教会として皆さんと共に歩んでいきたい」と語り、世界に向けたメッセージを発信した。

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現代の教皇選出プロセス(コンクラーベ)
ローマ教皇の選出は、「コンクラーベ」と呼ばれる枢機卿たちの特別な密室会議で行われる。この「コンクラーベ」では、教皇を決めるための投票や手続き(教皇選挙)が行われる。
コンクラーベは、前教皇の死去または辞任によって教皇の座が空位となった後、原則として15日から20日の間に開催される。この期間は、教皇選挙権をもつすべての枢機卿(80歳未満で、最大120名)がローマに集まる時間を確保するためである。全員が揃った場合、会議の開始を早めることも可能であるが、遅くとも20日目を過ぎると選挙を開始しなければならない。
コンクラーベの語源と会場
「コンクラーベ」とはラテン語の「cum(ともに)」と「clavis(鍵)」が合わさった言葉で、「鍵のかかった場所」を意味する。これは選挙中の枢機卿たちが外部と遮断された密室状態で投票を行うことに由来している。会場はバチカンの使徒宮殿内にあるシスティーナ礼拝堂で、ミケランジェロの名作「最後の審判」が壁面を飾る場所である。
選挙権と投票方法
教皇選挙に参加できるのは、80歳未満の枢機卿に限られ、最大で120人が選挙権を有する。選挙は、投票総数の3分の2以上の有効得票を得た候補者が現れるまで、繰り返し行われる。
教皇選挙初日の投票は午後に1回のみ実施される。もしこの1回の投票で当選者が決まらなければ、翌日以降は1日に最大4回(午前2回・午後2回)の投票が行われる。この投票は、候補者が選出されるまで原則としてこのペースで続けられる。
各枢機卿は、あらかじめ配られた投票用紙に候補者の名前を記入し、それを折りたたんで全員に見えるように掲げたうえで、祭壇に設けられた聖杯(カリス)へと運ぶ。
祭壇の前では、枢機卿はイタリア語で次のように宣誓する。
「私の証人として、私を裁かれる主キリストを呼びます。私の投票は、神の御心にかなうと私が信じる者に対して与えられるものです(※)」
その後、投票用紙をプレートに置き、それを使って聖杯の中へと票を入れる。祭壇に一礼したのち、自席へ戻る。
※イタリア語原文:Chiamo a testimone Cristo Signore, il quale mi giudicherà, che il mio voto è dato a colui che, secondo Dio, ritengo debba essere eletto.
Vatican News ‘Conclave: How a Pope is elected’.
投票結果の公表と煙の儀式
投票が終了すると、投票用紙は焼却され、この煙はバチカンの広場から確認できる煙突を通じて外に放たれる。煙の色は外部への重要な合図であり、黒い煙は有効な教皇が選出されていないことを、白い煙は新教皇の誕生を意味する。
投票が長引く場合の手順
教皇が3日間の投票で決まらない場合、最大1日間の祈りの時間をはさんで、再び7回の投票を行う。それでも選出されなければ、さらに1日間の間隔をあけて再び7回投票を繰り返す。なお、この過程で決定がなされない場合は、もう一度1日間の祈りや話し合いの時間を設け、前回の投票で最も票を集めた上位2名による決選投票を行い、投票総数の3分の2以上の支持を得た候補者が教皇に選ばれる。
教皇の就任
教皇として選ばれた者は、選出の承諾を表明した瞬間から教皇としての権限を得る。
新たに教皇に選出された枢機卿が最初に入るのは、「涙の部屋(Room of Tears)」と呼ばれる場所である。荘厳なシスティーナ礼拝堂を後にし、薄暗くこぢんまりとしたこの部屋で初めてひとりの時間を過ごす。教皇としての重い責務を胸に、静かに祈りを捧げながら心を見つめ直すのである。そして心を整え、この部屋で用意された教皇の白衣を初めて身にまとう。
以上が、ローマ教皇選出の流れである。密室で行われる厳粛な投票、そしてその過程に込められた歴史と伝統は、世界中の人々が注目する重要な儀式である。
教皇が担う役割と世界への影響力

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国際的課題における存在感と指導力
教皇は、世界の政治指導者に対して倫理的指導者として語りかけることができる稀有な存在である。
実際に、フランシスコ前教皇の葬儀には対立関係にある国のリーダーらが参列し、大聖堂での会談も実現した。この例は、バチカンが敵対する国のトップを対話の場に導く重要な役割を果たしていることを示している。宗教や政治の枠組みを超え、倫理的視点から各国リーダー間の対話を促進する教皇の存在感は、今後ますます重要性を増していくと考えられる。
とりわけ環境問題、経済格差、戦争といった世界的課題に対し、教皇は道徳的・精神的なリーダーシップを発揮し、共通の価値観に基づく解決を呼びかける役割を担っている。教皇の影響力は、政治や軍事力とは異なる倫理的な力として、21世紀の国際社会において重要な位置を占めている。
新教皇レオ14世の姿勢と、国際社会から寄せられる期待
2025年5月3日、教皇選挙を前にバチカンのシノドスホールで開かれた第9回枢機卿団全体会議では、次期教皇に求められる資質として、「自己閉鎖に陥らず外に出て、希望を失った世界に光をもたらす教会」を導く力が強調された(※1)。教会が世界と共に歩まず、内に閉じこもるような姿勢を取れば、その存在意義を失いかねないという危機感が、枢機卿たちの間で共有されていたという。
こうした期待の中で、新教皇に選出されたのがプレヴォスト枢機卿である。日本からコンクラーベに参加した菊地功枢機卿はNHKの取材に対し、プレヴォスト氏が「教会の牧者としての宗教的側面と、組織を運営する実務的側面の双方に豊かな経験をもつ人物」であることが、高く評価された要因だと語っている(※2)。枢機卿総会では、世界のカトリック信徒を導く霊的指導者であると同時に、バチカンという国家の行政を担う実務能力を備えた人物こそが、次期教皇にふさわしいという意見が多くの枢機卿たちから示されていたという。
プレヴォスト氏は、ペルーでの宣教活動や司教としての経験に加え、アウグスティヌス会のトップとして修道会の運営に携わった経歴を持つ。近年はバチカンの司教省長官として教会行政にも関わってきた。菊地枢機卿の見解によれば、霊性と実務の両面において深い知見と経験を備えた人物として、教皇の座に最もふさわしい存在であるとの認識が枢機卿団の間で広がっていたという。
レオ14世は、5月11日に行われた教皇として初の「正午の祈りの集い」において、ロシアによるウクライナ侵攻やガザ地区の戦争など、現代世界が抱える複数の紛争に言及し、「決して二度と戦争のないように」と呼びかけた。聖ペトロ大聖堂のバルコニーから発せられたこの言葉は、世界の指導者たちに向けた明確なメッセージである。
また教皇は、「細切れの第三次世界大戦」に直面していると述べ、国際社会に対話と停戦、そして持続的な平和の実現を訴えた。さらに、宣教と対話の重要性をあらためて強調し、特に「弱者や疎外された人々」への配慮こそが教会の使命であるとした。
こうした姿勢は、前任の教皇フランシスコの遺志を受け継ぐものであると報じられている。移民、貧困、環境といった地球規模の課題に対する姿勢には、両者の間に一定の共通性が見られるという。たとえば、BBCの報道によれば、プレヴォスト氏は前教皇フランシスコが女性を初めて司教省の幹部に任命し、司教選出への関与を認めた改革に対しても、支持を表明してきたという(※3)。
倫理的リーダーとして、レオ14世は世界の指導者たちにビジョンを示している。その言動は、人間としての尊厳を守るという観点から、今後の国際社会の方向性に大きな影響を与えることが期待されている。
※1 Vatican News「枢機卿団、教会の役割や世界との関係を議論」
※2 NHK「秘密投票の舞台裏で何が?コンクラーベ 菊地枢機卿が語る」
※3 BBC「【解説】 新教皇レオ14世のプレヴォスト氏、どんな人物なのか」
【参考サイト】宗教法人 カトリック中央協議会「教皇(きょうこう)とは?」
【参考サイト】宗教法人 カトリック中央協議会「枢機卿(すうききょう)とは?」
【参考サイト】宗教法人 カトリック中央協議会「コンクラーベ(Conclave、教皇選挙)とは?」
【参考サイト】宗教法人 カトリック中央協議会「新教皇レオ十四世(ロバート・フランシス・プレヴォスト[Robert Francis Prevost][聖アウグスチノ修道会])略歴」
【参考サイト】BBC「新ローマ教皇はアメリカ人、しかし「アメリカ第一」ではない…トランプ支持者ら不満」
【参考サイト】BBC「新教皇「二度と戦争のないように」と訴え ウクライナやガザ、印パにも言及」
【参考サイト】National Geographic「伝統ある教皇名「レオ」 歴史と重みを背負うレオ14世の思い」
【参考サイト】BBC「【解説】 新教皇レオ14世のプレヴォスト氏、どんな人物なのか」
【参考サイト】NHK「秘密投票の舞台裏で何が?コンクラーベ 菊地枢機卿が語る」
【参考サイト】NHK「ローマ教皇レオ14世ってどんな人?コンクラーベ舞台裏に迫る」
【参考サイト】Vatican News ‘Conclave: How a Pope is elected’.
【参考サイト】Vatican News「枢機卿団、教会の役割や世界との関係を議論」
【参考サイト】Vatican News「レオ14世、新教皇選出後、最初のメッセージと祝福」
【参考サイト】Vatican News「コンクラーベ会場・システィーナ礼拝堂と「涙の部屋」」
【参考サイト】聖パウロ女子修道会「聖ペトロ 聖パウロ使徒」
【参考サイト】The HOLY SEE. Catechism of the Catholic Church第552項
【参考サイト】BBC ‘Pope Leo appeals for no more war in first Sunday address’.