過去を振り返ることは、未来を見つめることである。
なぜなら、過去は現在をつくり、現在は未来をつくるからである。過去から学ばなければ、現在を理解することはできない。現在を理解できなければ、より良い未来の方向性をどうやって見極めることができるだろうか。
「未来は不確か、記憶は本物(The Future is Uncertain, Memory is Real)」と題された、ベラルーシにある第二次世界大戦中の捕虜収容所のバーチャルミュージアムが、今年度のFIPPデジタルジャーナリズム賞を受賞した(※1)。アートスタジオMediaLAB Glagolによるこのプロジェクトは、ベラルーシの首都ミンスクにある「スタラグ352」での記憶をたどる(※2)。
スタラグ352は、ナチス占領下のベラルーシで最大級の捕虜収容所だった。ナチス・ドイツによって1941年から1944年まで使用され、ソ連兵の捕虜を含む約8万人が犠牲になったと推定されている(※3)。
ナチスのソ連兵捕虜に対する政策は、ナチスが行ったジェノサイドのひとつであった。実際、捕虜のほとんどが、飢え、寒さ、不衛生な環境、強制労働、拷問などの残酷な条件のもとで命を奪われた(※4)。ナチスはプロパガンダのもとで、ユダヤ人、ロマ、同性愛者、ソ連軍捕虜などの人々のグループを絶滅させるべき対象としたのだ(※5)。
この収容所バーチャルミュージアムは、音声、グラフィックス、アニメーションを駆使して、訪れた人にインタラクティブな体験を提供している。アーティスト、デザイナー、歴史学者、文化人類学者、アーキビストが協力し、収容所の囚人、その親族、目撃者、ドイツ人看守、捜索隊員など、これまで話すことができなかった個人に焦点を当てて制作した(※6)。
ミュージアムに入ると、実際の写真や映像などを使用したアニメーションとともに、捕虜の視点から収容所での体験が語られる。また、スプーン、カミソリ、歯ブラシなど、彼らが使っていたモノの展示があったり、収容所で命を落とした犠牲者一人ひとりの名前や情報が検索できるページが用意されていたりする(※7)。ミュージアムを訪れた人が、スタラグ352での人々やその生活をより鮮明に思い起こすことができるように工夫が施されているのだ。
歴史的に周縁化されてきた人々や物事に主眼を置いたこの方法論は、近年、歴史学などの研究分野で特に盛んになっている。文字による史料や公文書だけでなく、個人、物質文化、口頭伝承などによる記憶の伝達の重要性を認識したアプローチであると言える(※8)。
ミュージアムのプロジェクトチームはこのように語る。「私たちの任務は、スタラグ352捕虜の歴史を可視化することです。過去を再現するのではなく、それを解決する方法、つまり未来を見据える方法を提供するのです(※9)」
「歴史は繰り返す」というクリシェ(決まり文句)は、それが普遍的な真理であるからというよりむしろ、過去を省みることを怠り現状を変えようとしない、人間の怠慢による結果を表現している。このバーチャルミュージアムは、来場者一人ひとりに過去を見つめてもらうことで、平和な未来を描くことができるよう願うものである。
※1 FIPP(国際雑誌連合)は1925年にフランスで設立された、世界でもっとも古く権威のある組織の一つで、情報共有やパートナーシップを通じて、メディア業界の発展を目的に活動している。
※2 スタラグとは、戦時中のドイツにおいて捕虜収容所のことを指す言葉であった。
※3 Project Info
※4 Project Info
※5 ‘The Era of Eugenics: When Pseudoscience Became Law’
※6 Project Info
※7 1075人分の名前と情報のデータベース。「来場者」は名前を検索して犠牲者一人ひとりの情報を見ることができる。
※8 ‘Uncovering Marginalized History, Experience, and Narrative’
※9 原文は‘Our task is to make the history of the Stalag 352 prisoners of war visible. We offer a way not to reproduce the past, but to work it out — a way to look into the future.’
【参照サイト】The Future is Uncertain, Memory is Real
【参照サイト】‘Virtual museum’ of prison camp wins FIPP Digital Journalism Prize
Edited by Kimika