3月8日の国際女性デー。今年も国内各地で、女性の権利を訴える行進やイベントが行われた。ジェンダー不平等の現状にメスを入れようとする気運は年々高まっており、一昔前と比べれば、社会は少しずつ風通しが良くなってきているようにも見える。
一方で、「何歳までに結婚すべき」「母親ならこうあるべき」「結婚は異性とするもの」──私たちの日常には、個人の生き方を無意識のうちに縛る“見えない鎖”が、今なお重くのしかかっているのも事実だ。
2026年1月、そんなわだかまりを優しくときほぐしてくれる一冊の本が生まれた。タイトルは、『「自分のかたち」のまま、これからも私は』。ジェンダー先進国・カナダで生きる8人の女性とLGBTQ+の方たちへの取材をもとにしたノンフィクションのエッセイだ。
執筆したのは、生き方やジェンダーをテーマに執筆活動を行う、ライターの貝津美里(かいつ・みさと)さん。自身の中に芽生えたジェンダーのモヤモヤをきっかけに、カナダに渡って生活をしながら、自身初となる本書を書き上げたという。
「『自分の人生を、自分で選んでいい』と、背中を押せる一冊であり続けられたら」
そんな想いを語る著者の貝津さんに、執筆の原動力となった気づきや書籍に込めた想いについて話を伺った。

出典:WAVE出版
20代後半で直面した、自分の人生を自分で決められない苦しさ
Q.改めて、本の内容について教えてください。
カナダで出会った8人の女性とLGBTQ+の方々の生き方を綴った、ノンフィクションのエッセイです。仕事やキャリア、結婚、子育て、セクシュアリティ、家族のかたち。20代から60代まで、世代もバックグラウンドも異なる方々にインタビューを重ね、それぞれの物語を丁寧にすくい上げました。
一人ひとりの声から、私たちの中にある“ジェンダーのモヤモヤ”を紐解き、人生の岐路に立ったときに、女性だから、妻だから、母だから、ではなく「自分らしく選ぶ」ことをそっと後押してくれる、そんな一冊です。
Q.制作のきっかけは、ご自身が日本で感じていたモヤモヤや女性としての生きにくさだったとのことですが、具体的にはどんなことを感じていたのでしょうか。
ちょうど20代後半、いわゆるクオーター・ライフ・クライシスの真っただ中にいました。結婚、出産、子育て、キャリア、働き方、住む場所……。人生の選択肢が一気に目の前に並んだとき「女性であること」によって感じる生きづらさやモヤモヤが増えていったんです。
「30歳までに結婚しなきゃ」と焦ってしまう。「子どもは?」と何気なく聞かれ、うまく答えられない。結婚したら女性が名字を変えるのが“当たり前”とされる空気。特に、名字を変えることには強い抵抗がありました。本来は喜ばしいはずのパートナーとの結婚の話し合いのなかで、自分のアイデンティティが揺らぐような感覚に襲われたのです。
「なんで、私の人生なのに、私が決めちゃだめなんだろう?」「なんで、私は私のままではいけないんだろう?」そんな問いが、胸の奥でくすぶり続けていました。
「違いを尊重しよう」と言ってくれる社会で暮らしてみて
Q.そこから、どのような経緯がありカナダへ渡ったのでしょうか。
きっかけは、海外ドラマ『The Bold Type』でした。そこで初めて「フェミニスト」という言葉に出会ったんです。女性やLGBTQ+をエンパワメントする価値観、自分らしくパワフルに生きる女性たちの姿に心を打たれました。「女性であるがゆえに感じていた違和感は、間違いじゃなかったんだ」と、勇気をもらったのを覚えています。
そこから、海外で暮らす女性たちはどんな生き方をしているのだろう、と自然に関心が広がっていきました。ライターとして、「女性の生き方の選択肢を広げたい」「“こうあるべき”という枠を少しでもゆるめたい」という思いも、次第に強くなっていきました。
なかでもカナダは、多様性を尊重する国として知られています。2005年には同性婚を法制化し、2017年には当時の首相だったジャスティン・トルドー氏が、LGBTQ+の方々への過去の差別について国として公式に謝罪しました。さらに国のトップが自らをフェミニストだと公言する姿勢にも強く惹かれ、「こういう国で暮らしてみたい」と思ったのです。
拠点をバンクーバーに決めたのは、高校時代から大好きな作家の西加奈子さんが、同地での生活を綴ったエッセイ『くもをさがす』を読んだことがきっかけでした。本に描かれていた、女性や子どもにやさしい街の空気、多様な人々が自然に共生する社会。その描写に、「きっと私はこの街が好きになる!」と思ったのです。
Q.実際にバンクーバーに滞在してみて、どのような印象を持ちましたか?
まず感じたのは、子どもにやさしい雰囲気でした。バスでもカフェでも、誰かが自然に席を譲り、迷惑そうな顔をする人はほとんどいません。親たちも必要以上に「すみません」と謝らなくていい空気があります。
また、子ども向けイベントのチラシに「ママのための〇〇」という表現はほとんどありません。子育て=お母さん、という前提ではない。平日の昼間にお父さんがベビーカーを押している姿も、ごく当たり前の風景でした。

バンクーバーの海辺の様子。 / 撮影:貝津美里
さらに、図書館にはLGBTQ+コミュニティのおしゃべりカフェのポスターが貼られ、街のあちこちにレインボーステッカーがある。そのなかでも心に残っているのが、バンクーバー公共図書館に掲げられていた言葉です。
VPL is a place for the whole community. Respect and celebrate the differences among us.
図書館はコミュニティ全体のための場所です。私たちの違いを尊重し、共に祝福しましょう。
その一文を目にしたとき、胸の奥がじんわりと温かくなりました。社会の側から「違いを尊重しよう」とはっきりとメッセージを発してくれている。そのこと自体が、大きな安心感につながったのです。制度が整っていることだけではなく、街の空気や日常にちりばめられた小さなサインが、「ここにいていい」と伝えてくれる。その積み重ねに、私は何度も救われていました。

図書館の入り口に貼られたステッカー / 撮影:貝津美里
“悩みや揺らぎ”を分かち合うことが、ゆるやかな連帯に
Q.本の中には、8人の女性とLGBTQ+の方々が登場します。カナダに滞在しながら、どのような方々にインタビューをしていったのでしょうか。
生き方も、働き方も、セクシュアリティもさまざまな、20代から60代までの方々を取材しました。専業主婦としてキャリアへの葛藤を経験し、起業した人。2つの夢をどちらも叶えようと、新たな道を模索する人。離婚をして、明るく自由なシングルマザー像を体現する人。ママとママの家族として暮らす人。
多様な生き方の中でも共通していたのは、「自分の人生を諦めずに生きている」ということでした。女性だから。もう結婚したんだから。子どももいるし。いい歳だから。セクシュアルマイノリティだから。そうした“理由”で、自分らしい選択を手放さない。
「人として、自分はどうありたいんだろう?」「私は、本当はどう生きたいんだろう?」その問いから目をそらさず、ちゃんと向き合っている。自分の心の声に従って、少しずつ、自分が向かいたい方向へ諦めずに歩みを進めているのが印象的でした。
Q.最後に、本に込めた想いと読者へのメッセージを教えてください。
実は、インタビュー前は、「みなさん、きっとキラキラした遠い存在なんだろうな」と心のどこかで思っていました。けれど実際にお話を聞いてみると、どれも等身大の言葉で「わかる」とうなずいてしまうエピソードばかりだったのです。これは、迷い、傷つき、葛藤しながら選び直してきた人たちの物語です。自分らしく生きている人たちの悩みや揺らぎごと届けられたことが、この本のいちばん大切な部分かもしれません。
また、読者の方からは「自分の気持ちを、代弁してくれたような本でした」という感想をいただきました。その言葉に触れるたび、「ああ、同じようなモヤモヤを抱えている人は、こんなにも多いんだ」と胸が熱くなります。
女性であること。結婚や出産、キャリア、年齢、容姿や体型のこと。ひとつひとつは小さなことのようでいて、ふとした瞬間に胸に引っかかる、生きづらさの正体。けれどそれらはあまりにも日常のなかに溶け込んでいて、「わざわざ言葉にするほどのことでもないよね」と、自分に言い聞かせてしまうこともあるかもしれません。
でも本当は、全部をひとりで抱え込まなくていいと思うんです。
「それ、私も感じてたよ」と言い合えること。気持ちを言葉にし、分かち合うこと。私はそれを「連帯」だと思っています。一人では難しいことも、誰かとならできるかもしれない。変えられるかもしれない。だからこそ帰国後は、読書会やジェンダーおしゃべり会のイベント開催にも力を入れています。これからもページのなかで終わらせるのではなく、一緒に考えるつながりを育んでいきたいです。
この本が、誰かと誰かをつなぐ小さな橋のような存在になれたら。「これ、読んでみて」とそっと手渡したくなる、お守りのような存在になれたら。そして「実はね……」と、本音をこぼすきっかけになれたなら。書き手として、これ以上うれしいことはありません。
人生の岐路に立ったとき、「自分の人生を、自分で選んでいい」と、背中を押してもらえる。そんな一冊であり続けられたらと、心から願っています。
【参照サイト】「自分のかたち」のまま、これからも私は ALL GENDER(オールジェンダー)の国で出会った8人の“私たち”
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