2026年2月末、中東情勢の悪化により、ホルムズ海峡をめぐる緊張が急激に高まった。
世界の海上石油貿易の約4分の1、LNG取引の約20%が通過するこの水道で通航が大きく制約されたことを受け、国際エネルギー機関(IEA)は、加盟国による大規模な戦略石油備蓄の放出を決定した。IEAのファティ・ビロル事務局長は声明のなかで「これは痛みを和らげるだけで、根本的な解決ではない」
と、言った。
この一連の流れで露わになったのは、世界の「エネルギーの中東依存」にとどまらない。プラスチック、肥料、合成繊維、医薬品原料──これらの多くは石油化学産業の産物であり、化石燃料からの脱却を支えるはずのリチウムやコバルトなどの重要鉱物もまた、採掘や精製の担い手が一部の国に集中している。
IEAによれば、電気自動車1台には従来の自動車の約6倍の鉱物資源が必要だ(※1)。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は2023年の報告書で、「重要鉱物への依存は、化石燃料依存と同様の地政学的緊張を生む」と指摘する(※2)。石油依存から逃れようとした先で、私たちは別の資源依存に足を取られている──これを直視しなければ、グリーン転換は構造的な問題解決にならない。
「外部依存を減らし、自律性を高めること」。エネルギーの転換と資源循環も、この安全保障の根本原理を無視しては成り立たないということだ。
50年前エネルギー危機に直面したデンマークが選んだ道
この問いに、半世紀以上前に向き合ってきたのがデンマークだ。1973年、当時のデンマークは基礎的エネルギー供給の約90%を石油輸入に頼っていた。OAPEC(アラブ石油輸出国機構)の禁輸が発動されたとき、デンマーク社会は大きく揺れた。暖房が止まり、道路から車が消え、経済は失速したのだ。
「私たちも1970年代には、まさにその状況にいました。石油危機が来たとき、政治家たちは、エネルギー供給を多様化させる必要があると気づいたのです。市民の安全や暮らしを守るために、根本的に変える必要があると。よって、エネルギー移行についても最初から”環境に優しくしよう”という動機だったわけではありません」
コペンハーゲンのState of Greenオフィスで、エネルギー担当プロジェクトリーダーのマリア・アーラウド(Maria Arlaud)さんはこう語る。デンマークのグリーン転換は「環境への配慮」からではなく、「このままでは生き残れない」という危機感が出発点だったという。
当時、同じ危機に直面しながら、米国は価格が下がると旧来の消費パターンに戻り、日本は省エネと原子力を主軸に選んだ。ただ、デンマークは違った。政府主導の再エネ投資と、地区熱供給の整備、風力産業の育成に舵を切ったのだ。その結果、2024年には風力と太陽光が国内電力需要の63%を賄い、消費者が経験した停電時間は年間平均わずか17秒。「再生可能エネルギーは不安定だ」という言説を、事実によって、その見方が一面的であることを示している。
そして2026年、世界は50年前と同じ問いに直面していると言える。
今回取材したマリアさんの働く組織、State of Greenは、2009年のCOP15開催を機に、デンマーク政府と産業界によって共同で設立された。政府省庁と産業団体が運営し、600以上の企業・機関がパートナーとして参加する非営利・政治中立の組織だ。年間約200件の外国企業への対応、COPなどの国際イベントへの出席、出版物やポッドキャストの制作を通じて、デンマークの50年のグリーン移行の経験を世界に「翻訳」することを使命とする。
「私たちは小さな国です。学んだことを自分たちだけに留めていたら、世界のグリーン転換を加速することはできません」とMariaさんは言う。産業やエネルギーセクターは世界各国が繋がっているためだ。

今回取材に応じてくださったMaria Arlaudさん。コペンハーゲンにあるState of Greenのオフィスにて。筆者撮影
State of Greenを訪ねる海外からの訪問者からの問いも、近年変わってきているという。
「4年ほど前は、海外からの訪問者から『デンマーク人の信頼文化はどのように育まれたのか』といった、文化や社会の背景に関する質問を多く受けていました。しかし最近は、『家庭の暖房費はいくらか』『再エネ設備などに対する地域住民の反対やにNIMBYにどう向き合ったのか』『どこで失敗したのか』といった、より実装に踏み込んだ質問が増えています」
※NIMBY:必要性には賛成しつつも、「自分の住む地域には建てないでほしい」と反対する心理や運動を指す言葉。
世界もまた「理念の時代」から「実装の時代」に移行している証拠だ。
そしてState of Green自身も語り方を変えようとしている。「もはや”グリーンだから良い”と言うだけでは十分ではありません。グリーンエネルギーは、最も安全で、安定していて、将来に備えた選択肢であり、競争力もある。そう語り直す必要があります」
「便利だから続く」設計と、サイロを越えた統合
デンマークのグリーン転換が日常に根ざしている証拠が、スーパーマーケットの入口にある。空き缶やボトルを入れるとデポジットが戻る「パントシステム」は、回収率90%超を誇る。
「スーパーという、もともと行く場所で返せるから機能するのです」とマリアさんは言う。「正しいことをしよう」ではなく「やらない方が損」という設計思想だ。
「廃棄物の分別も同様で、若い頃から、これはやるべきことだと学校で教わります。部屋を出るときは電気を消す。ごみを分別する。それには意味がある、と」

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例えば、コペンハーゲン市内の良例、廃棄物発電施設コペンヒルも同じ文脈にある。年間44万トンの廃棄物を電力と熱に変換しながら、屋根はスキースロープと公園として市民に開かれている。廃棄物問題を「隠す」のではなく、市民生活の中心に置き直す設計だ。
「エネルギーシステムを、熱、電力、産業、交通といったサイロで考えてはいけません。一体として考えなければ、多くのエネルギーを無駄にし、供給の柔軟性と安全性を下げてしまいます。風力や太陽光のような変動電源が中心になる時代には、この考え方がますます重要になります」とマリアさんは言う。
デンマークでは発電時の廃熱を地区熱供給に活用する熱電併給(CHP)が広く普及しており、分散した再エネ資源が「単一障害点」のリスクを下げる構造になっている。これはインフラ設計論であり、同時に安全保障の問題でもある。

コペンヒルからの眺め。多くの住民がエクササイズの場として活用していた。洋上風力発電のタービンも見渡すことができる。筆者撮影
こうした統合型インフラは、技術だけでは成立しない。企業が長期的に投資判断を下せる制度環境が不可欠だ。
デンマーク外務省傘下の投資誘致機関Invest in Denmarkで企業誘致を担当するルイ・ハルセ(Loui Halse)さんは、同国の特徴をこう説明する。
「デンマークでは、外国企業に特別待遇を与えることはありません。特別な税制優遇や補助金で引きつけるのではなく、デンマーク企業と同じ条件で競争してもらうのです」
一見、控えめな誘致姿勢に聞こえる。しかし彼が強調するのは別の価値だ。
「私たちがデンマークの魅力として伝えているのは、非常に安定したビジネス環境、腐敗の少なさ、そして会社設立や税務のしやすさです。すべてがオンラインで、非常にスムーズです」
この「予見可能性」こそが、グリーン移行への長期投資を可能にする土台だ。
産業を“規制される側”から“共につくる側”へ
デンマークの転換は、単一の政策で起きたものではない。国家レベルの法制度、産業界との協働の仕組み、そして都市レベルの実装が、重なり合うように設計されている。
まず国家レベルでは、2019年12月、デンマーク議会が「デンマーク気候法(Danish Climate Act)」を採択した。この法律は、2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で70%削減し、2050年までに気候中立を達成するという長期目標を法的に固定したものだ。重要なのは、この目標が幅広い政治的合意のもとで成立している点にある。政権が変わっても方向性が揺らがないという「予見可能性」が、企業の長期投資を可能にする。
しかし、法律だけでは転換は起きない。そこで政府が導入したのが、「Climate Partnerships(気候パートナーシップ)」と呼ばれる官民連携の枠組みである。2019年から2020年にかけて設置されたこの仕組みでは、国内経済を14のセクターに分け、それぞれの業界に対して、CEO級のリーダーを議長として任命した。そのうえで政府は、極めてシンプルな問いを投げかけた。
「あなたの業界は何にコミットできますか。そのために政府に何を求めますか」
この問いに対し、各セクターはわずか数か月で具体的な提言をまとめ、最終的に400を超える政策提案が提出された。その多くが実際の政策に組み込まれている。「産業を動機付けたのは、直接的な金銭報酬ではありません」とマリアさんは言う。
「実際に彼らを動かしたのは、政府への直接アクセス、つまり発言権でした。首相につながるラインがある。それは金銭的報酬を上回る価値があります」
産業界は「規制される側」ではなく、「制度を共に設計する側」として位置づけられている。
さらに、この国家と産業の枠組みと並行して、都市レベルでも大胆な目標が掲げられていた。2012年、コペンハーゲン市は「CPH 2025 Climate Plan」を採択し、「2025年までに世界初のカーボンニュートラル首都になる」という目標を宣言した。エネルギー消費、エネルギー供給、モビリティ、市の運営という4つの分野で具体的な施策が進められた。
この目標は、結果として期限内には達成されなかった。2025年時点での削減率はおよそ80%にとどまり、完全なカーボンニュートラルには至らなかったのだ。それでもマリアさんは、この「未達」をむしろ肯定的に捉える。
「もしその野心的な目標を設定していなければ、限られた時間の中でここまで来られなかったでしょう。北極星のような目標がなければ、誰もコミットしません。目標があるからこそ、本来なら協力しなかった人たちが協力するようになるのです」
ここで示されているのは、目標の役割は「達成すること」だけではないということだ。目標は、企業、行政、市民といった異なる主体を同じ方向に動かすための装置でもある。
国家が方向を定め、産業が具体化し、都市が実装する。この三層構造こそが、デンマークの転換を支えている。

State of Greenのオフィス内にある展示スペース。デンマークのグリーン・トランジションの今を学ぶことができる。筆者撮影
日本は、次の50年に何を選ぶのか
日本はいま、その岐路に立っている。2022年時点で日本のエネルギー供給の90%を輸入が占め、原油輸入の93%は中東由来だ。今回の危機は、こうした構造的な脆弱性を、改めて可視化した。
もちろん、日本も変化していないわけではない。2025年の第7次エネルギー基本計画では、2040年度の電源構成における再エネ比率を40〜50%へ引き上げる方針が示され、GX戦略のもと10年間で官民150兆円の投資が計画されている。
しかし、重要なのは投資の規模だけではない。その投資は、外部依存を小さくする構造的な転換につながるのか。それとも、化石燃料時代のインフラや産業構造を延命するものになるのか。
デンマークの経験は、単純に日本が模倣できる「成功モデル」ではない。国土の条件も、人口規模も、産業構造も、エネルギー需要も異なる。北欧の小国で成立した仕組みを、そのまま日本に移植することはできないだろう。
それでも、そこから学べることはある。技術の選択だけでなく、制度の設計、政治的合意、企業が長期投資を判断できる予見可能性が、転換の速度と深さを左右するという点だ。
「グリーン転換に必要なのは長期性です。政治的な安定と枠組み条件がなければ、産業界の投資は起こりません」とマリアさんは言う。
デンマークの気候法は、幅広い政治的合意のもとで成立し、政権が変わっても大きく方向性が覆されにくい構造を持つ。この「予見可能性」は、日本のGXにとっても無視できない論点である。短期的な補助金や個別技術の導入だけでなく、企業や自治体、市民が「この方向に進むのだ」と信じられる制度の土台をどうつくるのかが問われている。
「コペンハーゲンについて最初に思い浮かぶ言葉は、暮らしやすさです。非常時でも、社会のシステムを信頼できる場所だった」とマリアさんは言う。
その信頼は、自然に生まれたものではない。危機のたびに何を優先し、どのインフラに投資し、誰を意思決定に巻き込むのか。その積み重ねが、社会の手触りをつくっていく。
危機は、私たちに選択を迫る。問うべきは、日本が自らの条件のなかで、どのような「自律するエネルギー」の形を描けるのかということだ。
※1 International Energy Agency. Strait of Hormuz.
※2 International Renewable Energy Agency (2023). Geopolitics of the Energy Transition: Critical Materials.
【参照サイト】U.S. Energy Information Administration (2025). Amid regional conflict, the Strait of Hormuz remains critical oil chokepoint.
【参照サイト】International Energy Agency. Strait of Hormuz.
【参照サイト】International Energy Agency (2021). The Role of Critical Minerals in Clean Energy Transitions.
【参照サイト】Müller, M. O., et al. (2018). From import dependence to self-sufficiency in Denmark, 1945–2000. *Energy Policy*, 122, 657–668.
【参照サイト】IEA Wind TCP / DTU (2025). IEA Wind Denmark Annual Report 2024.
【参照サイト】State of Green (2020). Climate Partnerships.
【参照サイト】Danish Ministry of Climate, Energy and Utilities. Climate Act.
【参照サイト】TheMayor.EU (2022). Copenhagen will fail its 2025 carbon-neutrality goal.
【参照サイト】U.S. Energy Information Administration (2023). Country Analysis Brief: Japan.
【参照サイト】Agency for Natural Resources and Energy, METI (2025). The 7th Strategic Energy Plan Outline.
Edited by Erika Tomiyama






