編集部内で次回の特集の打ち合わせをしていた。テーマは「働くこと」。私たちは何のために働き、それによって何を得ているのだろう? 思い思いに話をするなかで共有されたのは、資本主義というシステムのなかで感じるさまざまな葛藤だった。
社会を良くしたい、誰かのためになりたいという純粋な想いがあっても、日々の業務では売上やKPIといった数字に追われ、ときに効率性を最優先する。「役に立つ人間でいなければ」というプレッシャーを抱えながら働き続ける。そうした対話の先に見えてきたのは、いまの日本社会に生きる一人ひとりが抱える、「生きづらさ」だった。
そんなふうに「働く」ことの意味を考えていたとき、脳裏に浮かんだのが、働く権利を持たない人たちのことだった。
母国を追われ、日本で認定を待ち続けている「難民申請者」と呼ばれる人々や、収容を一時的に解かれている「仮放免(※1)」という状態にある人々。彼らは、日本で働くことを法的に許されず、公的支援も一切ないため収入を得ることができない。「食べる」ことからも遠ざけられている現実がある。
もしあなたが、明日から突然「働いてはだめ。でも誰も助けません」と言われたら、どうするだろう。貯金もなく、頼れる人もいなかったら、どのように毎日を過ごすだろうか。

いま、世界でも日本でも、外国籍住民に対する不安や厳しい視線が強まっている。政府としてもいち市民としても、「排外的」な風潮が高まるなか、そうした空気を後押しするように、日本においては、外国人をめぐる制度政策もこれまでになく排除的になっている。
たとえば、難民申請中であっても3回目以降は強制送還を可能にする法改正や、在留・永住資格の更新手数料の大幅な引き上げ、茨城県で導入された不法就労の通報報奨金制度など、「管理」と「選別」を強める政策が急速に強化されている。それによって、長年日本で暮らし、働いてきたにもかかわらず退去を求められる人や、日本で生まれ育った子どもたちが親の出身国への帰国を迫られるケースも生まれている。
そうした現実を前に、一つの問いが筆者の心をざわざわと揺らしていた。
「なぜ、誰かとともに生きることは、これほどまでに難しくなってしまったのだろう?」
そんな問いのヒントを探るべく、まずは私たちが生きる社会の実態を知ろうと、ある人のもとを訪ねた。2014年の創設時から生活困窮者支援を続けてきた、一般社団法人「つくろい東京ファンド」の大澤優真(おおさわ ゆうま)さんだ。
話者プロフィール:大澤 優真(おおさわ・ゆうま)
1992年、千葉県生まれ。2013年より生活困窮者支援に携わり、日本国籍者のみならず、難民認定申請者や仮放免者など外国籍の人々の支援にも取り組む。現在、一般社団法人つくろい東京ファンド事務局長、NPO法人北関東医療相談会事務局長。社会福祉士。博士(人間福祉)。大学兼任講師。著書に『生活保護と外国人』、共著に『外国人の生存権保障ガイドブック』などがある。
※1 入管施設に収容されている外国人について、一時的に収容を停止し、身柄の拘束を解く措置。入管側の裁量で決定され、数ヶ月ごとの更新が必要(不可なら再収容)。長期収容から逃れる唯一の制度である一方、期間中は就労や移動が禁止され、公的支援や行政サービスも一切受けられない。
美化できないサバイバルの最前線。制度の空白がもたらすジレンマ
大澤さんは、大学3年生だった2013年からホームレス状態にある人や生活困窮者の支援を始め、2018年頃から外国籍の人、特に仮放免状態にある難民申請者の支援に関わるようになった。コロナ禍を経て、公的支援からこぼれ落ちる外国籍の相談者が激増し、現在大澤さんが関わる支援の約95%は外国籍住民が占めているという。
つくろい東京ファンドでは、国籍を問わず住居に困っている人を対象に、夜回りで声をかけたり相談を受けたりしながら、都内に約45部屋(うち外国籍用は8部屋)あるシェルターを提供し、生活や医療、アパート移行へのサポートを行っている。これまで累計数百世帯以上、現在も常時約100世帯程度の暮らしを個人の寄付によって支え続けているが、その現場は決して綺麗事では語れないものだ。
「私たちが支援している仮放免の方々の中には、日本での滞在が長い人も多くいます。彼らは働けないため、やることがなく時間だけが過ぎていく一方で、明日の食べ物もないという過酷な生活を送っています。
そこで、その人々に対して、時間があるなら手伝ってほしいと声をかけたところ、向こうからも『大澤さんにお世話になったから、自分にやれることはやりたい』と申し出があり、ボランティアとして活動を手伝ってくれるようになりました」
日本語に加え、フランス語や英語を話す西アフリカ出身の仮放免の人々が、いまや、つくろい東京ファンドの「ピアサポーター」として活躍している。日本に長く暮らす彼らは地域のモスクなどとも繋がりがあるため、ホームレス状態になっている来日間もない難民申請者の情報をいち早くキャッチし、大澤さんと一緒に保護に向かうのだという。
「西アフリカ出身の彼らが間に入ってくれると、当事者への伝わり方が大きく変わります。日本人の私だけだと、やはり文化の違いもありますし、最初は信用されにくいです。ピアサポーターの彼らは、入管への同行や相談の手伝いから就職面接の同席まで、私がやっていることとほぼ同じサポートを自発的に担ってくれています。
本来なら、働ける在留資格があればお金を払って正規に雇用したい。でも、今の制度ではそれすらできず、ボランティアとして頼らざるを得ないのが現状です」

つくろい東京ファンドの事務所に集まった支援物資
現在の日本の制度の「空白」が生み出しているのは、支援者と当事者の関係性だけでなく、「当事者同士が身を削り合う」という姿だった。その構造は、本来政府が行うべき行為が、市民に、そして当事者に丸投げされているようにも見える。
「ときに、私たちは『民間が支援すること自体がまるで悪いこと』であるかのような空気を感じることすらあります。でも、私たちが支援をしなければ、彼らは生きられない。実際に、今週も一人、亡くなった生活困窮者の方がいます。
人が死んでもいい国はないはずですし、仮放免許可証を出している以上、国や入管にも責任があるのではないでしょうか」
なぜ排除が強まるのか──「タイパ・コスパ」と自己責任論の呪縛
困窮した人々が「置き去り」にされ続けているのはなぜなのか──。大澤さんは、自身がこの支援の世界に足を踏み入れた大学2年生の時の原体験を振り返る。
「当時、激しい『生活保護バッシング』が連日報道されていました。当時の私は、漠然と『不正受給は良くないよね』と一面的な見方をしていました。しかし大学の授業で、ある講義を聞いたとき、生活保護の不正受給の割合はわずか0.5%に過ぎず、実際には、本当に制度が必要な人の2割程度しか利用できていないという事実を知ったんです」
テレビで発信される情報を鵜呑みにし、よく知りもしないまま他者に偏見の目を向けていた。その自らの無知と情報の切り取られ方の怖さにショックを受けた大澤さんは、現場に出て困窮者支援の道を歩むことになった。
この「よく知らないまま、表面的な情報で他者をバッシングしてしまう構造」は、いま日本社会で急速に高まっている難民や外国人に対する反発と一致している。
「外国人に対する締め付けの空気は、確実に高まっています。数年前からは、クルド人に対するバッシングが始まりました。実際は、日本には3,000人程度しかいないにもかかわらず、『占領される』といった根拠のないデマが一人歩きし、クルド人に会ったこともない身近な人までが『怖いよね』と言うのを聞きました。
クルド人に限らず、この一年で差別的な矛先の対象が、外国人全般、そして帰化した人にまで広がっていると感じています」
他者への厳しいまなざしは、自分自身の不安から
では、なぜ人々はこれほどまでにデマやおびえに突き動かされ、自分より「弱い立場」にある人を排除したくなるのか。大澤さんの話を聞きながら、筆者のなかには一つの仮説が浮かんだ──背景には、外国人への嫌悪だけではなく、「自分自身もいつ脱落するかわからない」という不安が横たわっているのではないだろうか。
大澤さんは、こう続けた。
「いまの社会は、タイパやコスパばかりを突き詰めていますよね。効率よく、生産的であれという上からのプレッシャーが強すぎる。でも、それを永遠にやり続けたら、最後は誰も何もできなくなって過労死してしまうか、精神的に潰れてしまいます。
私自身も学生時代、『絶対に正規雇用のレールから外れちゃいけない。そのために必死に勉強して就活しなきゃいけない』という漠然とあおられるような不安を抱えていました」

もし病気になったら。もし仕事を失ったら。もし老後に十分な保障を受けられなかったら──。他者への拒絶の背景には、そうした「いつ自分が切り捨てられる側になるか分からない」という恐れが隠れているのではないだろうか。
私たちは他者が憎いわけではないのかもしれない。むしろ、自分自身も同じ天秤にかけられることに怯えている。だからこそ、自らを追い立てている厳しい物差しを、知らず知らずのうちに他者にも向けてしまう。大澤さんはこう続ける。
「そこに加えて、近年の『SNSの閲覧数のためなら嘘でも何でも発信してしまう』といった商業主義的な動きが連動し、人々の不安やおびえを燃料に、排外主義の熱量が高まり続けているように見えます。いまの日本の外国人政策、そして社会に漂う空気は、過去最悪レベルかもしれません」
ただ、そこにいること。サードプレイスが持つ「想像力」の余白
これまでで最も最悪な状態かもしれない──長年、支援の現場で現実を見てきた大澤さんの言葉は重い。だが、同時にいま、支援者の数もこれまで以上に増えているという。最近では、小学生の子どもが、「難民のことを知りたい」と問い合わせてきたこともあったそうだ。
苦しむ人々の支えになりたい──そう感じ、実際にアクションする人が増えていることは喜ばしい。だが同時に、そうした善意の裏には、排他的な制度や枠組みといった構造的な課題が潜んでいる。そこから目を背けずに、「分断や恐怖のない未来」をつくっていくにはどうすればよいのだろうか。大澤さんは、自身の体験を思い返しながら感じていることを口にした。
「2019年から20年にかけて、私は支援の現場を一度少し休んで、博士論文を執筆していました。それまでは24時間365日、修羅場のような現場にいたのですが、コロナ禍も重なって家の中でずっと一人で論文を書く生活になったんです。その時、ふと気づいたんですよ。自分には、仕事関係と家族関係以外の人間関係が、どこにもないなって(笑)」
深い悩みではないけれど、ちょっとした雑談や共有したいことを言える相手がいない。お酒が好きではないからバーやスナックに行くわけでもなく、常連になるような社交的なタイプでもない。「他の人はどうしているんだろう」と考えたとき、現代の日本社会に、職場でも家族でもない、ただありのままでいられる居場所が不足していることを痛感したという。
「つくろい東京ファンドでは、月に1回『鍋会』という食事会を開き続けています。そこには近所の人も、シェルターからアパートに移った元ホームレスの人も、外国籍の人もふらっと集まるんです。面白いことに、みんな全然共通点がない。生活保護を受けている人もいれば、受けていない人もいます」

東京・沼袋にあるカフェ潮の路
「その場では、みんなでご飯を食べるだけで、何か深い話をするわけでもない。ただそこに居て、拒否もされず、かといって過剰に歓迎されるわけでもない。だけど、皆さんとても満足した表情で帰っていくんです」
つくろい東京ファンドが運営するカフェ「潮の路(しおのみち)」も、そんなサードプレイスとして機能している。近所の常連さんがふらっと喋りにきたり、大澤さんが月1回開催するスリランカカレーのチャリティイベントには、地域の事業者など一般のお客さんが食べにきたり。そこでは、「難民」や「生活困窮者」というラベルは剥がれ落ち、ただの「隣人」として空間が共有されている。

カフェ潮の路
「香港や中国に行くと、道端におじいさんやおばあさんが特に何をするでもなく座っているのを見ました。あれくらいでいいと思うんです。でも、いまの日本は、公園に行ってもボール遊び禁止など、できないことが多い。ベンチには仕切りがあり、外でただ座れる場所、集まる場所すら限られています」
タイパやコスパを追い求め、何もしない時間が不安に感じられるような社会では、他者の背景を思いやる想像力を育てることはできない。だからこそ、ただそこにいることが許される場所や、何もしなくてもいい「余白の空間」が、私たちの心に他者を受け入れるための余裕を取り戻す鍵になるのかもしれない。
「データの裏付けがないデマや感情的なバッシングに対して、いくら正しいデータを突きつけても、人は余裕がないとデータを読み解くことすらできません。『怖い』という感情と結びついている反発に対しては、地道に出会いの機会を増やし、顔の見える関係を作っていくことで、想像力を共有していくしかないと思っています。
難民というラベルが貼られた瞬間に見方が変わってしまう社会。だからこそ、ラベルを剥がした地べたの関わりが必要なのではないでしょうか」
取材後記
なぜ、これほどまでにいち個人も政府も、冷酷に見える態度を取り続けるのだろう。こうした他者への眼差しの話は、今に始まった事ではなく、人類の長い歴史において、世界中で問い続けられてきたことだ。だからこそ、簡単に答えなど出せるはずもなく、語ろうとすることにすらためらいがあった。
それでも、大澤さんの話を聴き終えたとき、冒頭の「働くことへの葛藤」という私たちの生きづらさと、異国の地で困窮する人々の置かれた不条理が、一本の線でつながった気がした。
「ただそこにいて良い」と認め合える安心は、難民や外国人だけに必要なものではない。子育てに追われる人も、介護を担う人も、失業した人も、病気や障害を抱える人も。そして、いつか役割や肩書きを手放していく私たち自身もまた、その安心を必要としている。
この国では、そうした「居場所」がまだ十分ではないのかもしれない。もちろん、それほど短絡的な話でないのは言うまでもない。だが、一人ひとりが安心して生きていくための物理的、心理的な拠り所と出会えたとき、人の感情も、制度も変わっていくのではないだろうか。
ホームである母国を離れ、異国の地にやってきた人々、そしてすべての人が、「この世界に生きていていいんだ」と感じられる本当の“ホーム”と出会えたなら。遠い人だと思っていた誰かへのまなざしはきっと、昨日とは違う温かいものになるはずだ。

【参照サイト】つくろい東京ファンド
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