日本最大級のコリアタウンから考える、多様性の尊重とは?【ウェルビーイング特集#27 多様性】

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大阪市生野区。ここには日本最大のコリア・タウンがある。韓国料理のお店、韓流スターのグッズや韓国メーカーの化粧品、食品などを扱うショップがひしめき合い、それぞれの店内にはハングル(朝鮮語の表音文字)が踊っている。“インスタ映え”するカフェも多く、週末には若い女性たちが多数訪れる。

コリア・タウン

大阪市生野区のコリアタウン

そんな生野区は、歴史的に在日コリアンが多く暮らす町だが、実は今、朝鮮半島にルーツを持つ人だけでなく、ベトナム人を中心とした外国籍住民が増えている。統計によると、生野区民の5人に1人が外国籍住民、およそ60か国以上の国や地域の人々が生活しており、その比率は全国の都市部でトップだという。

しかし、全国トップレベルなのは、外国籍住民の多さだけではないようだ。

「生野区で就学援助(※1)を受けている世帯は、全国平均の2倍以上。経済的に困窮している家庭が非常に多く、貧困や格差が課題の一つになっている地域なんです。」

※1 経済的な理由により児童生徒を就学させることが困難な家庭に対して、自治体が学用品その他の費用を援助する仕組み

そう話すのは、NPO法人クロスベイスのスタッフ・金和永(キム・ファヨン)さんだ。「差別と貧困をなくし、ともに生きる社会をつくる。」というビジョンを掲げるクロスベイスは、生野区に住む子どもたちへの教育支援を行う。今回編集部は、2017年の立ち上げ当時から活動を続けてきた金さんに、クロスベイスが立ち上がったきっかけ、“多様性社会”について考えることを伺った。

話者プロフィール:金和永(キム・ファヨン)さん

キムファヨンさん在日の3世と4世の間(在日2世と3世の両親を持つ)。学生時代から外国にルーツのある子どもの居場所づくりと若者の活動のボランティアやコーディネーターをやってきた。大学では臨床哲学を専攻し、「子どもの哲学」をテーマに、子どもたちと輪になって話す対話の場づくりなどを行ってきた。

教育や体験の機会の不平等をなくしたい

多国籍化、多民族化し、多様な文化が交じり合う生野区のコリア・タウン。そんな活気あふれる町の一角を拠点とし、クロスベイスは活動してきた。地域の子どもたちの「学習支援」「体験活動」「まちづくり」の3つを軸に、地域密着型の取り組みを行っている。まずは金さんにクロスベイスが立ち上がったきっかけを伺った。

「きっかけの一つは、“ヘイトスピーチ”です。2013〜14年をピークとして、全国でヘイトデモが起き、ここ生野区・鶴橋でも大規模な街頭宣伝が繰り返されました。なかでも衝撃的だったのが、2013年2月に一人の女子中学生によって行われたスピーチ。その中学生の口から出てきたのは、『鶴橋大虐殺を実行しますよ』という言葉でした……。」

「その言葉を聞いたとき、人々の心の内にある差別意識が、分かりやすく表出したんだと感じました。在日コリアンへの差別は、戦前や戦中、朝鮮半島から人々が日本に来たときから長らくあり、結婚や就職などさまざまな場面や制度上での差別がありました。現在では解消されつつある差別もありますが、この強烈なヘイトスピーチは差別問題の深刻さを再認識せざるを得ない出来事だったように思います。それはまた、クロスベイスの活動が立ち上がる一つのきっかけにもなりました。」

さらに、この差別という課題に加えて、生野区に住む子どもたちの多くが直面する「貧困と格差」も、クロスベイスの活動につながった。

「貧困世帯の子どもたちのなかには、家の中で勉強できる環境が整っていないことなどを理由に、学校の勉強についていけなくなる子が少なくありません。また経済的な事情などから、習い事や塾に通うことが難しい子も多いです。選ぶことのできない環境によって、子どもたちの教育や体験の機会に差が生まれてしまう──そんな機会の不平等をなくしたかったんです。」

子どもたち一人一人の悩みと向き合える場所

在日コリアンの子、シングルマザーのお母さんと暮らすフィリピン人の3人の子どもたち、中学生になってから親に呼び寄せられて日本に来た韓国人の姉妹、難民として認められず仮放免(※2)の状態で暮らす家庭の中学生の子……。外国にルーツを持つ子どもから日本人の子どもまで、これまで計8か国のルーツの子どもたち、43人とクロスベイスはかかわってきた。

※2 仮放免中の外国人は仕事に就くことが許されておらず、県外に出かけるためにも、出入国在留管理庁の許可を要するなど、さまざまな制約がある。

クロスベイス

クロスベイスに集まる子どもたちとスタッフ

多様な子どもたちが集うクロスベイス。そこは一体、どのような場所なのだろうか。

「ここにやってくる子どもたちは、それぞれ異なる課題を抱えています。そのなかで全員に共通するのが、勉強の悩みを抱えていることです。クロスベイスでは週に一度、『学習サポート教室DO-YA』を開講し、自分自身で宿題や勉強の時間をつくることができない子どもたちが、自学自習の習慣を身につけられるようにサポートを行っています。」

「学習における課題ひとつとっても、勉強をする環境が整っていないだけでなく、さまざまな課題があります。たとえば、日本に来て間もない子どもたちは、日本語という言語の壁があり、日常でのコミュニケーションに苦労します。一方で、日本語はある程度話せるし、読み書きにも問題がなさそうな子どもたちのなかには、学習言語に課題がある子がいます。その子たちは、たとえば『天気』と言われると理解できても、『気候』という言葉の意味は理解できません。」

「子どもたちが悪い成績をとると、『本人が勉強していないからだ』『勉強ができない子だからだ』という言葉で片付けられてしまうことが多いですが、実は一人一人がさまざまな事情によって“できない”状況にあります。そして、できない理由を理解してもらえないまま勉強が嫌いになり、進学をあきらめてしまう子たちも少なくありません。そのような子を一人でも減らしたいと思い、活動しています。」

視野や選択肢を広げられる学びの体験

あきらめてしまう子たちを減らし、可能性を広げたい──そんなクロスベイスの想いは、教室での学習支援活動だけでなく、体験活動にも現れている。子どもたちが「面白い」大人たちと出会い、多様な経験をできるようにと始まった『体験活動DO/CO』では、キャンプなどのアクティビティや大学訪問などが企画され、子どもたちが手足を動かしながら学べる機会が生み出されている。

クロスベイス

体験学習の様子

「学校のテストでいい点数が取れるようになることは、子どもたちの自信にもつながるのでとても大切です。ただ同時に、色々な人や物事に出会い、『こういう生き方もあるのか』と視野や選択肢を広げられる体験も同じくらい大事だと考えています。今は体験もお金で買うことが多いですが、すべての子どもたちがそれを享受できるわけではありません。特にこの地域では、子どもの将来に向けた体験や教育に、お金を使う余裕がない家庭も少なくないんです。」

「もちろん一括りにすることはできませんが、ここにきている子たちの周りには『高校を卒業したら働く』ことが既定路線になっている人たちが多いです。周りに大学生がいないため大学がどのような場所か分からない、大学は中学校や高校みたいに勉強ばかりしなければならない辛い場所だろうとイメージしている子どもも少なくありません。」

「そういう子たちに、『大学はもっと自由に勉強ができるところなんだよ』と伝えたり、多様な人たちとの交流の機会をつくったりすることで、少しでも将来の選択肢を広げられたらと思っています。実際、一緒に大学の見学へ行ったベトナムにルーツのある中学生が、『大学に行って英語の先生になりたい』と言い、ある不登校の子は、『絶対この大学に行きたい』と話してくれました。それを聞いて嬉しかったですし、子どもたちの未来の可能性を感じました。」

社会から感じられるマイノリティへの「関心のなさ」

差別と貧困をなくし、ともに生きる社会をつくるための“土台(ベイス)”をつくりたい。そのためには、多様な人々が互いに“交差(クロス)”することが不可欠──そんな想いからクロスベイスという名前は付けられた。そんな多様な存在が交じり合う空間で過ごしてきた金さんは、「多様性」という言葉について何を思うのだろうか。自身の在日コリアンとしての経験を振り返りながら話してくださった。

「私は小学校まで生野区の学校に通っていました。在日コリアンが多いこの地域の学校には民族学級があり、朝鮮半島にルーツのある子どもたちが、韓国や朝鮮の文化や歴史を学ぶ時間があります。在日コリアンでなくても、学校にいるみんなが、在日コリアンという存在を知っている環境でした。」

「その後奈良の中学校に通い始め、そこで始めて、小学校までの状況が“普通”ではなかったと気づきました。金という名前の人は周りにいないし、中学校のクラスメートのほとんどが、在日コリアンについて知らなかったんです。私がなぜ金という名前なのか、自分のルーツを説明してみても周囲の反応は薄く、自分と異なる人の文化的なバックグラウンドにはあまり関心がないようでした。」

中学生の頃に感じたマイノリティへの「関心のなさ」。その空気感は、学校のなかだけでなく今の社会にも存在し、ひいては、“多様性社会”の実現を難しくしている。そんなふうに、金さんは今の社会をとらえているという。

「『多様性を尊重しましょう』という言葉を聞くことが増えました。この言葉を嚙み砕くと、『国籍やルーツ、セクシュアリティ、障害の有無など一人一人違うけれど、差別することなく一緒に生きましょう』というような意味になると思います。そしてそこには、『違いなんて関係ない』『みんな同じ人間だから』というメッセージも含まれているように感じられます。」

クロスベイス

交流の様子

「しかし、どれほどの人たちが、マイノリティを取り巻く日本社会の課題や背景を理解したうえで『違いなんて関係ない』という言葉を発しているのでしょうか。現実は、マイノリティを取り巻く社会の課題、そこから生じる生きづらさなどを知らないまま、『多様性』や『多文化共生』という言葉が使われていることが少なくない気がしています。」

「『多様性を尊重しよう』という意識を持つことは大事なことです。しかし、一人一人が『なぜ多様性を尊重しなければならないのか?』と問い、背景を知ろうとしなければ、表面的な言葉だけで終始してしまうと感じているんです。」

多様性社会へのカギは、人と“ちゃんと”出会うこと

マイノリティを取り巻く課題や社会背景から目を背けず、知ろうとすること。それが、表面的な言葉にとどまらない“多様性の尊重”に必要だと話す金さん。最後に、このような言葉を残してくださった。

「私は中学生のとき、ネット上のヘイトスピーチに出くわし、しばらくの間ファイティングポーズをとるようになりました。クラスメートや同級生など、みんなが心の中で在日コリアンに対して偏見や差別的な感情を持っているのではないかと疑心暗鬼になり、腹を割って人とかかわることが減ったんです。表面的な付き合いしかできないので、自分の悩みを相談できるような友達もできませんでした。」

「私もクラスメートも、お互いに出会っているはずなのに、相手のことを知らないし知ろうとしなかった。互いに“ちゃんと”出会っていなかったんです。」

クロスベイス

クロスベイスの子どもたち

「貧困、障害、ルーツなど、一人一人の直面する課題やニーズが異なるなかで、マイノリティとマジョリティ、またマイノリティ同士が分断されてしまうことが多いのが現状です。たとえば、障害のある子どもたちは健常者の子どもたちと同じ環境で一緒に学ぶことが難しい場合もあります。しかし、そうやって幼いころから違いを見えない環境をつくるのではなく、色々な人が交じり合い、必要なときにサポートし合える環境が大切だと思うんです。」

「多様な人々と“ちゃんと”出会うことと、相手への関心を持つこと。それが、真の意味での多様性社会への一歩になる気がしています。そんな状況があちこちで生まれたらいいですよね。」

編集後記

「みんな同じ人間だから助け合おう。」

多様性という言葉が存在感を増すなかで、耳にすることが増え、筆者自身も口にしたことがあるフレーズである。一見、多様性の尊重を肯定するようなこの言葉だが、ともすれば暴力性も伴ってしまう……改めてそのことに気が付いた。“同じ人間”という共通点に加えて、“違うところ”にも目を向ける。その前提があってこそ、意味を成す言葉だと感じる。

金さんは取材中、こんなことを言っていた。

「クロスベイスや地域のなかで多様な人たちと関わることは具体的なんです。つまり、『その人はどんな人か?』から始まって、かかわるなかで日本へ移住することになった理由など、社会的・文化的な背景への理解が織り込まれていきます。そんなふうに、一人一人ときちんんと向き合って、相手のことを知る。そういう関係性を抜きにして多様性を謳うことは、上辺をなぞっているにすぎないのかもしれません。」

オンラインでのコミュニケーションが増え、日常生活のなかで多様な人と接する機会は少なくなった。多くの人たちにとって、日々のコミュニケーションは、自分自身と似た考えを持つ人たちと行うことがほとんどなのではないだろうか。そんな今、これまで“ちゃんと”出会えなかった人たちと“出会いなおし”、つながっていくこと。それこそが、“真の多様性社会”を実現するために必要な気がする。

「違いやバックグラウンドを知って、理解してほしい」そんな金さんの想いが人々に届き、上辺だけでない、多様性ある社会になっていくことを願う。

【参照サイト】特定非営利法人クロスベイス

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