東京・赤坂に、ソーシャルグッドに取り組む人たちのための拠点がある。
その名は「TOKYO BASE」。社会課題と向き合う起業家や経営者を支援する株式会社Warm Heart, Cool Head.と、遊休資産の再生を手がける株式会社MIFUが共同で立ち上げた、オフィス・カンファレンススペースである。
ここには、オフィスに多数のソーシャル企業が入居しているほか、レンタルスペースに独自の「ソーシャルグッド割(利用目的が社会的であればレンタル料が半額になる制度)」があるなど、ソーシャルグッドを志す人々同士のつながりや化学反応を生む仕掛けが用意されている。
特徴的なのは、約2年後(2028年ごろ)にこの拠点の取り壊しが決まっているということだ。
ソーシャルグッドを推進する場に、なぜ長く使える場所ではなく、あえて「なくなることがわかっている」ビルを選んだのか。今回は、TOKYO BASEを手掛けたWarm Heart, Cool Head.代表の山崎大祐さんと、株式会社MIFU代表の山﨑美笛さんにお話を聞いた。
話者プロフィール:山崎大祐(やまざき・だいすけ)
1980年東京生まれ。大学在学中にベトナムでストリートチルドレンのドキュメンタリーを撮影したことをきっかけに、途上国の貧困・開発問題に興味を持つ。卒業後、ゴールドマン・サックス証券でのエコノミストを経て、創業前から関わってきた株式会社マザーハウスの経営への参画を決意し入社。19年から代表取締役副社長に。他にも「思いをカタチにする経営ゼミ」を運営する(株)Warm Heart Cool Head 代表取締役、日本ブラインドサッカー協会外部理事などをつとめる。
話者プロフィール:山崎美笛(やまざき・みふえ)
不動産会社にて買取再販事業や不動産開発に従事。建物の価値向上に携わる一方で、空き家や建替え前のビルなど、活用の可能性を残しながら使われなくなる空間に課題意識を持つようになる。2025年に株式会社MIFUを設立。「可能性ある遊休資産を、みんなのために」を理念に、不動産仲介や空間活用事業を展開。現在は社会課題の解決に挑む企業や団体が集う拠点「WHCH TOKYO BASE」の運営にも携わっている。
ソーシャルグッドな拠点を、東京に
Q.まず、Warm Heart, Cool Head.とTOKYO BASEについて教えてください。
山崎大祐さん(以下、大祐さん):Warm Heart, Cool Head.(以下WHCH)は、社会的な思いやミッションを持って事業に取り組む起業家や経営者に向けて、経営ゼミや伴走支援を行う会社です。
僕はもともと、コファウンダーとして「マザーハウス」という会社を長年経営してきました。マザーハウスは、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という思いから始まったブランドです。バッグから始まり、ジュエリー、アパレル、チョコレートなど、さまざまなものづくりを重ね、今では世界に展開する会社になっています。
僕らが創業した当時は、「社会起業家」という言葉もまだ一般的ではありませんでした。しかし時代が進むにつれて、思いを持って起業することは特別なことではなくなり、今では社会的なミッションを持ってビジネスをすることが求められるようにもなってきたと感じています。
そうした流れの中で、いろんな起業家がマザーハウスでの経験を学びたいと言ってくれるようになりました。また、マザーハウスを退職したメンバーからも「経営ゼミのような場をつくってほしい」という声があり、それがWHCHの立ち上げにつながりました。

山崎大祐さん、美笛さん(手前から)
ゼミには全国から、あるいは海外から遠隔で参加される方もいます。その中で見えてきた共通の課題がありました。リモートワーク環境が当たり前になったからこそ、逆に「対面の場の力」が重要になっているということです。
特に地方や海外の方の中には、東京に拠点が必要だという人たちもいます。ただ、東京に拠点を持つとなると、どうしても家賃が高い。東京に限らず、世界的にグローバルシティの家賃は非常に上がっています。いつも使っているわけではない人にとっては、相対的にかなり高く感じられるんですよね。
WHCHとしても、この状況を何とかできないかと思っていました。そんな時に、ある会社さんから「今ある取り壊し予定のビルをなんとか有効活用できないか」という相談をいただき、直感的に「これだな」と思ったんです。
そうして、この取り壊し予定のビルを活かして、ソーシャルグッドな活動をする人たちのための拠点「WHCH TOKYO BASE」をつくることになりました。
Q.ソーシャルグッドな事業をを支援しているとのことで、TOKYO BASEでは具体的にはどのような設備の提供や支援をおこなっていますか?
大祐さん:TOKYO BASEの機能は、大きく三つあります。
一つ目は、固定のオフィスとして、二つ目は、ラウンジを利用できるフレックス会員用のスペースとしての機能です。こちらはいわゆるコワーキングスペースを借りるようなイメージに近いと思います。
そして三つ目が、大規模なカンファレンスルーム、セミナールームとしての機能です。撤収時間が厳格ではなく夜まで使えて、飲食物を持ち込んでセミナーやイベント後にそのままネットワーキング会に移行することもできます。
社会的な活動をする人たちには、別会場での二次会の用意などに手を煩わせるのではなく、場の中で生まれる対話やつながりに集中してほしい。ですから、できるだけフレキシブルに使っていただけるようにしました。
このレンタルスペースに特徴的なのが「ソーシャルグッド割」の存在です。これは、社会的な目的で使うのであれば、定価の半額で借りられる制度のこと。結果として、100人規模のカンファレンスルームを1日10万円を切る形で使っていただけます。


カンファレンスルームは、シアター形式で約120名、スクール形式で約100名対応可 |Image via WHCH

セミナールームはシアター形式で約50名、スクール形式で約40名対応可 | Image via WHCH
山崎美笛さん(以下美笛さん):オフィスを借りるにしても、保証金6ヶ月分、10ヶ月分……といった大きな額を用意しなければならないのが当たり前の世界ですし、レンタルスペースも、東京の中心地では手頃な額では借りられないことが多いです。
そうした中で、最初の一歩を踏み出そうとしている人たちに、価格という面からもしっかり手を差し伸べたい。そして皆さんの事業がもっと大きくなったらいいなという思いで、この“破格”の価格でオフィスやレンタルスペースを提供するTOKYO BASEを設計しました。

Q.美笛さんが経営されている株式会社MIFUは、新しい建物ではなく既存の建物の活用に力を入れています、れはなぜでしょう。遊休資産に思いを持つようになったきっかけはなんだったのでしょうか。
美笛さん:私は前職で不動産会社に勤めていました。物件を仕入れて解体し、デベロッパーさんに売る仕事をしていたんです。山崎(大祐さん)はものづくりをしていて、私はものを壊すことを中心にしていた──つまり、山崎とは正反対の仕事をしていたんですね。
仕事自体は、ミッションを持ってすごく楽しんでやっていました。ただ、自分が本当にその仕事に誇りを持っていたかというと、そうではありませんでした。
そんなことを考えていた5年ほど前、山崎(大祐さん)がマザーハウスのお客様と街で会っている場面を見たことがありました。その方は、何年も前の型のバッグを使ってくださっていたようで、「このバッグを持って、人生が豊かになった」と話されていた。そのバッグを中心に、すごく温かい雰囲気が流れていたんです。
私も、こういう仕事がしたい、と思いました。
不動産業界で自分に何ができるのだろう──そう考えて、地域にしっかり密着し、その土地のソフトデベロッパーとして、使われていない「もったいない」遊休資産を再生していこうと決めました。
TOKYO BASEに関しても、この建物を、地域の雰囲気を壊さないようにしながらどう活かせるだろう、と日々考えています。
壊される前の建物に、もう一度役割を与える
Q.もっと長く使える既存の場所を選ぶこともできるなかで、なぜ取り壊されることが決まっている建物を選んだのでしょうか。
大祐さん:取り壊されるビルを選んだ背景には、僕がここを「チャレンジオフィス」的なものだと思っているということがあります。
地方や海外にいる起業家たちのなかには、資金を含めた様々な面から、自分たちだけでオフィスを構えるのが難しいという人もいます。そういう人たちが、一度ここでチャレンジしてみる場になればいいと思うんです。ここで時間を過ごす中で「こんなふうにやっていけばいいのか」「東京に拠点を持ったら、こう使っていけばいいのか」とわかれば、ここを巣立って自分のオフィスを構える人がいてもいいんじゃないかと思っています。
もう一つの背景として、(取り壊されるまでの)約2年という時間が、フレキシブルに動いていくためにちょうどいいものだと感じていることがあります。
ベンチャーを20年やってきた自分の実感から、事業の環境は2年あれば大きく変わると言えます。組織の規模や事業の状況など、僕のゼミ生たちを見ていても、実際に2年で事業環境が劇的に変わるケースは少なくありません。そんななかでは、何千万円という費用をかけて固定オフィスを構えたとしても、活用しきれない可能性があるんですね。
だからこそ、最初から大きな投資をするよりも、まずはフレキシブルに拠点を持ってみることに意味があるのではないかと思いました。取り壊しまでの限られた時間は、一見すると制約のように見えますが、挑戦する側にとっては、むしろちょうどよい期間にもなり得るのです。

建物1階のラウンジ。棚には、シェアオフィスに入居しているソーシャルグッドな企業のプロダクトなどが並んでいる。
Q.破格の価格設定は、どのように実現しているのでしょうか。
美笛さん:大きな要因は、建て壊し前の建物であることです。オーナーさんも、ビル全体の賃料を比較的安く貸してくださっています。私たちがレンタルする価格を抑えられているので、一つひとつの部屋やオフィスに対しての家賃も下げることができるんです。
大祐さん:あとは、リフォームする段階でもかなり気を遣っていて。お金をかけないように、 中古家具を買い付けに行ったり、実際に木材を切って手作業をしたり……できる限りコストカットできるようにほぼ自分たちでやりました。そういった細かい工夫は今もたくさん積み重ねています。
Q.一方で、破格の価格で貸すことには営業面での難しさもあるのではないでしょうか。
大祐さん:めちゃくちゃありますよ。もう、すごいですよ(笑)
美笛さん:毎日のように、赤字になるのではないかとヒリヒリしながらやっています。ものすごく損をしているわけではありませんが、ビジネスなので、やはり儲けなければいけないというところはありますよね。
不動産業界では、どうやって多くお金を取るか、上限ギリギリまで価格を設定するかということが前提にあります。でも山崎大祐の場合は、どこまでギリギリ下げられるか、というところのせめぎ合いなんです。
私もそういう価格設定の仕方は初めてでしたし、最初に価格を聞いた時は、本当にハラハラしました。
ですが、みんなのために、見える形として価格を下げたいというところに私も共感しました。大変だけど頑張ろう、と精一杯やっているところです。

リアルな「場」が持つ力
Q.TOKYO BASEには、今後どんな場所になっていってほしいですか。
大祐さん:つながりの場、ですね。
まず、リアルな場所があるということは、その時その場でその人を実際に訪ねてみることができるということ。場があることによって、そこにいる人たち同士をつなぐことがしやすいんです。実際、TOKYO BASEにいる人たち同士でビジネスが広がっているケースも増えています。
今は、どの企業もソーシャルグッドを掲げる時代になりました。そうなると、取りこぼしやすいのは、よりビジネスになりにくい領域や、マイノリティの課題なのではないかと思うんです。
そうなると、大企業、政府、ベンチャー、NPOなど、それぞれが同じセクターの間で集まるだけでは課題を掬い上げることができません。そこをクロスボーダーするようなところに、場の力があると思っています。それを発展させていきたいですね。
ここTOKYO BASEは、2年ほどでなくなってしまうかもしれません。でも、なくなった先にも続いていくような横のつながりを持てるような空間にしていきたいと思っています。
美笛さん:私はTOKYO BASEを、ソーシャルグッドに取り組む方たちどうしがつながり、さらに東京を超えて、地方や海外の方々ともつながっていけるような場として大切にしていきたいです。
私個人としては、不動産業界を変えていきたいと思っています。不動産業界には、価格を過度に吊り上げたり、持っているものが違うというだけで、権力を振りかざすような関係性が生まれてしまうこともあると感じています。
そうではなく、誰かが挑戦するための場を提供できる不動産のあり方をつくっていきたいと思っています。だからこそ、TOKYO BASEをそうした場所にできるようにしていきたいです。

編集後記
TOKYO BASEで行われているのは、場所が空いているから、安く借りられるからと、とりあえずその空間を物理的に利用しよう=「埋めよう」とするような作業ではない。きっと、この空間を、人と人とのつながり、そして未来への希望で「満たそう」とする営みなのだ。
会いたいと思ったときに会いに行ける距離。声をかけられる余白。つながりを、もう一段濃いものへと変えていく時間。そこに、物理的な「場」の力がある。
この建物は、いつかなくなるかもしれない。だが、そこで生まれたつながりや、ここで一歩を踏み出した人たちの物語は、建物が壊されたあとも残っていく。
──壊される予定のビルに、なぜ未来を紡ごうとする人たちの拠点をつくるのか。
それは、ここでいう「壊す」が、過去との完全なる決別ではなく、未来を良くするために「壁を打ち破る」ためのステップを意味するからなのかもしれない。
【参照サイト】Warm Heart Cool Head TOKYO BASE
【参照サイト】株式会社MIFU





