属人化解消は会社のメリット──では個人にとっては?「私にしかできない仕事」と評価のジレンマを問う

2026.10.23

「この仕事は○○さんに聞かなければ分からない」「○○さんが休んだら、仕事が止まってしまう」。こうした「属人化」は、組織にとってしばしばリスクとして語られる。担当者の長期不在や退職によって業務が止まらないよう、知識を共有し、複数の人が仕事を担える状態をつくる。組織運営を考えれば、ごく自然な対策である。

ところが、仕事を担う個人の側から見ると、話は少し複雑になる。「私にしかできなかった仕事」が、他の人にもできるようになる。それはチームにとって喜ばしい変化である一方、「では、私は何のためにここにいるのだろう」という不安につながることもあるだろう。

しかも、「属人化をなくそう」と求める一方で、「替えの利かない人材」は褒め言葉として使われる。仕事は、誰にでもできるようにする。でも、自分自身は、誰にも替われない人になる。私たちはいつの間にか、そんな二つのメッセージを同時に受け取っているのかもしれない。

では、「誰が休んでも回る組織」をつくることと、「自分はここで必要とされている」と感じられること。その二つを、私たちはどう両立させればよいのだろうか。 今回の記事ではこの問いについて考えてみたい。

属人化は会社のリスク、属人化の解消は個人のリスク?

会社が何を「価値ある仕事」と見なしているかは、どのように伝わっていくのだろうか。人的資源管理(Human Resource Management:HRM)を研究するBowenとOstroffは、人事制度やその運用が明確で一貫していると、「この組織ではどんな行動が期待され、何が評価につながるのか」について、従業員のあいだに共通した解釈が形成されやすくなると論じている(※1)。とすると、経営理念や上司の言葉だけでなく、実際に誰が評価され、どんな行動が報われているかも、組織の価値観を伝えるメッセージになるわけだ。

「知識を共有しよう」と呼びかけながら、「その人にしかできない仕事」を持つ人ばかりを高く評価することは、表向きには知識共有を求めながら、評価の仕組みを通じて「知識を囲い込むほうが有利だ」と学習させることにもなりうる。知識を共有することが、自分の評価を下げる行為のように感じられるとすれば、その不安を個人の気持ちだけの問題にはできないだろう。

こうした問題を考える手がかりの一つが、自身の立場や価値を守る防衛反応として生じる「Knowledge Hiding(知識隠蔽)」である。これは、職場への不信感や雇用の不安、評価制度の矛盾に直面した個人が、自らの資源(知識)を隠蔽しようとする行動のことだ。その裏では、「ノウハウをすべて渡してしまったら、自分だけが持っていた希少な知識が共有され、評価や社内での立場が下がってしまうのではないか」という自己防衛の心理や不安が働いている。

Connellyらは「知識隠蔽」を、他者から求められた知識を意図的に隠す行動として整理し、「知らないふりをする」「一部だけ伝える」「理由をつけて教えない」といった三つの形態を示した。単に知識を共有しなかった、ということではなく、相手から求められたにもかかわらず、「意図的に」情報を出さない点が特徴である(※2)。 例えば、以下のような例があげられる。

1. 知らないふりをする
「無知」や「失念」を装って、依頼自体を無効化する。
例)後輩から資料の格納場所を聞かれた時、探す振りをしたり、「覚えていない」「持っていない」とウソをついたりしてやり過ごす。2. はぐらかす・一部だけ伝える
表向きは協力的な態度を見せつつ、時間を引き延ばしたり、核心を隠して表面的な情報だけを渡したりする。
例)「後で資料送っておくね!」と言って何日も放置する。誰もが知っている精神論だけを教えて終わらせる。

3. 理由を付けて教えない
「自分自身の意思ではなく、ルールや第三者のせいである」という正当な口実を作って断る。
例)「会社の決まり」「上司の指示」という抗えない正当な理由(カモフラージュ)を使うことで、罪悪感を減らしながら自分の優位性を守る。

そして、知識を隠す行動が生まれる理由は、その人が単に「非協力的な性格」だから、だけでは説明できない可能性がある。Jeongらによる、韓国の労働者346人を対象にした調査では、雇用への不安が強い人ほど「自分はこの組織の一員だ」という感覚が弱く、それが知識隠蔽の多さと結びついていることが確認された(※3)。この調査から雇用不安と知識隠蔽の因果関係まで断定することはできないが、知識を手元に囲い込む行動を、個人の協調性の有無だけに還元できないことを考える材料にはなるだろう。

こうした研究を踏まえれば、知識共有へのためらいを、単に本人の協調性の問題として片づけることはできない。問うべきなのは「なぜ教えようとしないのか」だけではなく、知識を共有すると自分が不利になる、と感じさせる環境になっていないかということだ。

仮面を介して見つめ合う二人

個人が知識を手放したとき、その価値はどこへ移るのか

では、そもそも属人化の解消とは何なのだろう。ある人が培ってきた知識や経験を組織で共有するとき、実際には何が起きているのだろうか。

ここで参考になるのが、組織における「知識移転(Knowledge Transfer)」の研究である。ArgoteとFahrenkopfは、知識移転を、ある人やチームが別の人やチームの経験から学び、その経験によって影響を受けるプロセスとして捉えている。知識は、人から人へ直接教えられるだけでなく、人の移動や仕事のルーティン、使用するツールなど、さまざまな経路を通じて別の人や組織へ渡っていく(※4)。

つまり、属人化の解消とは、ある人の知識やノウハウをその人の頭のなかだけに留めず、他の人や組織へと渡していくことで、別の人もその知識を使えるようにすること。そして、組織からAさんへの依存度を減らし、双方の負担を軽減することだと言えるだろう。

ここでは、決してその人の知識や専門性、経験や感覚が失われるわけではない。まして、それを共有したからといって、当人の価値が下がるわけでもない。変わるのは、その人が培ってきた知識の「置き場所」だ。Aさんの頭の中にだけあった知識を、組織の「価値の保管庫」にも置いていく。つまり、自らの知識やノウハウをそこへ渡し、ほかの人も使える状態をつくること自体にも、価値が見出されるべきなのだ。

また、こうしたテーマについて話していると、「互いに知識を共有しあうことで、化学反応が生まれ、良い組織になっていく」という考え方がよく聞かれる。自分の知識や専門性、視点などがほかの人のそれと出会えば、一人では辿り着けなかった考えに至ることができる。個人の知識がチームの力になり、そのチームから得た新しい知識や視点が、巡り巡って再び個人へ還元される。そうした循環は、確かに起きるだろう。

ただし、チーム全体にメリットが生まれることと、知識を共有する本人にもメリットがあることは、同じではない。

組織が強くなる。それは誰の利益なのか

例えば、長い時間をかけて身につけてきた知識やノウハウを丁寧に引き継ぎ、周囲の人が、自分が習得するまでにかけたよりもずっと短い時間で同じ仕事をこなせるようになったとする。本来、それは知識の共有に成功し、チームの力を高めた成果である。

ところが、それまで「この仕事は自分にしかできない」という希少性が評価の一部になっていたとすれば、共有に成功し組織のためになればなるほど、個人の評価が下がりがちになるという矛盾が生まれうる。周囲が何の問題もなく仕事を進めていく姿を見て、嬉しさや誇らしさと同時に、どこか虚しさを覚えることもあるかもしれない。

しかも、知識の共有を成功させるまでには大きな労力もかかっている。いつも通りの仕事を進めながら、それまで感覚的に判断していたことを一つひとつ言葉にし、マニュアルや業務フローに落とし込み、ほかの人にレクチャーする。こうした作業には、決して少なくない時間とエネルギーが必要である。

にもかかわらず、それらが「当然のこと」として受け取られ、目立った評価や処遇にはつながらず、仕事を手放して空いた時間には「余裕ができただろうから」と別の業務が追加されるだけだとしたらどうだろう。「チームが強くなったのは、あなたにとっても良いことでしょう」と言われても、自分に何が還元されたのか分からなければ、納得しにくいのも当然ではないだろうか。

つまりここでは、二つの問題が発生している。一つは、知識を共有した「結果」、それまで個人に紐づいていた仕事上の評価が変化すること。もう一つは、知識を共有する「過程」で発生する言語化や引き継ぎ、育成といった仕事に、十分な対価や評価が与えられないことだ。属人化を減らすのであれば、単に「知識を渡してください」と求めるだけでなく、この両方を考える必要がある。

そもそも、組織における知識移転は「共有してください」という呼びかけだけでは成立しない。Argoteが2024年に発表した研究レビューでは、知識移転の成否には、知識を渡す機会、知識の性質、適切な移転方法に加え、当事者の「動機」も関わると整理されている。さらに、個人と周囲の成果の結びつきやインセンティブの設計も、知識を渡す動機と関係するという(※5)。

また、HRM研究者のBoxallは、雇用関係における「相互性」を考えるための観点として、組織が求めるコミットメントや柔軟性と、個人が求める安心・安定やつながりがどれほど両立しているか。さらに、組織と個人の双方が、自分の差し出したものに対して「価値のあるリターンを得ている」と感じられるかも重要だと論じている(※6)。

つまり、属人化を本気で減らしたいのであれば、「知識を共有しよう」と個人に求めるだけでは足りない。引き継ぎに使った時間は評価されるのか。マニュアルや業務フローを整えたことは成果として扱われるのか。知識を共有した結果、自分だけが損をするような仕組みになっていないかを注視する必要がある。

属性も、ライフステージも、組織に関わりたい度合いも全く異なる人々が集まっているからこそ、「組織が強くなること」自体が全員にとって価値になるとは限らない。組織側は、この点について真摯に向き合う必要があるのだ。

チェックボックスと鉛筆を持った人

そこは「自分にしかできない」を軽やかに手放せる場所なのか

GuestはHRM研究について、組織と従業員の双方が利益を得る「mutual gains(相互利益)」が想定されながらも、従来の研究や実践では組織のパフォーマンス向上が中心となり、従業員側の関心が二次的に扱われてきたと指摘する。そのうえで、従業員のウェルビーイングや良好な雇用関係そのものを重要な目的として位置づける必要があると論じている(※7)。

だとすれば、私たちは何を問うべきなのか。知識を共有したことで、一人で仕事を抱えなくても良くなる。余力が生まれ、それを休息や次のステップへとつながる挑戦へ充てることができる。手放した仕事の代わりに、育成や仕組み化の能力が評価される。そして、自分と同じように知識やノウハウを共有した別の仲間の力を借りることができる。

そんなふうに、組織が知識共有によって得た利益を、どのように評価や報酬、負担の軽減、新しい役割や成長機会などへつなげるのか、つまり「組織が得た力を、どんな形で個人へ返していくのか」まで考える必要がある。属人化の解消を、組織だけに利益のあるものにしない。その設計があって初めて、「属人化の解消」は双方に意味のある選択になりうるのではないだろうか。

もちろん、「私にしかできない仕事」を手放す不安は、評価制度を一つ変えれば消えるほど単純ではない。「自分にしかできない」には、誇りも、仕事人としてのアイデンティティも、「ここで必要とされている」という安心感も含まれているからだ。

だが、だからこそ、誰かに知識を手渡すことが、自分の働きやすさや評価にもつながっていく。「『めぐりめぐって』自分にも良いことをもたらすだろう」という曖昧な期待ではなく、「自分にとって、短期的にも長期的にも良い選択だ」と思える。自分だけが持っていたものを共有しても、損をしない。むしろ、その先に新しい選択肢が増えていく。そんな場所を、組織はつくっていく必要があるのだろう。


※1 Understanding HRM–Firm Performance Linkages: The Role of the “Strength” of the HRM System(Academy of Management Review)
※2 Knowledge hiding in organizations(Journal of Organizational Behavior)
※3 The Impact of Job Insecurity on Knowledge-Hiding Behavior: The Mediating Role of Organizational Identification and the Buffering Role of Coaching Leadership(International Journal of Environmental Research and Public Health)
※4 Knowledge transfer in organizations: The roles of members, tasks, tools, and networks(Organizational Behavior and Human Decision Processes)
※5 Knowledge Transfer Within Organizations: Mechanisms, Motivation, and Consideration(Annual Review of Psychology)
※6 Mutuality in the management of human resources: assessing the quality of alignment in employment relationships(Human Resource Management Journal)
※7 Human resource management and employee well-being: towards a new analytic framework(Human Resource Management Journal)

【参照サイト】Understanding HRM–Firm Performance Linkages: The Role of the “Strength” of the HRM System(Academy of Management Review)
【参照サイト】Knowledge hiding in organizations(Journal of Organizational Behavior)
【参照サイト】The Impact of Job Insecurity on Knowledge-Hiding Behavior: The Mediating Role of Organizational Identification and the Buffering Role of Coaching Leadership(International Journal of Environmental Research and Public Health)
【参照サイト】Knowledge Transfer Within Organizations: Mechanisms, Motivation, and Consideration(Annual reviews)
【参照サイト】Knowledge Transfer: A Basis for Competitive Advantage in Firms(Science Direct)
【参照サイト】An Organizational Learning Framework: From Intuition to Institution(Academy of Management Review)
【参照サイト】A Multilevel Model of Team Goal Orientation, Information Exchange, and Creativity(Academy of Management Journal)
【参照サイト】人的資源管理論(日本労働研究雑誌)
【参照サイト】Mutuality in the management of human resources: assessing the quality of alignment in employment relationships(Human Resource Management Journal)
【参照サイト】Human resource management and employee well-being: towards a new analytic framework(Human Resource Management Journal)

この記事を書いたライター

大学ではメディア文化を専攻し、政治、広告からおもちゃ、ファッションまで幅広い題材を通して意味の形成過程やモノの見方について学ぶ。入社後は、IDEAS FOR GOODでの編集・ライティングに従事し、発達障害やうつの方のためのビジネススクール「キズキビジネスカレッジ」との共同ライティングプログラムの立ち上げにも携わる。そのほか、企業のオウンドメディア運営支援や展示企画などを担当。関心テーマは多様性、とくにニューロダイバーシティ。ハッとする言葉や考え方との出逢いは、人をしなやかに変えてくれると信じており、新しいアイデアや発想の仕方、それを届ける多様な表現に触れるのが好き。目標は、言葉の力で、誰かの心を「紙1枚分」軽くすること。