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「それ、AIですぐにできますから」
最近、そんな言葉を聞く機会が増えた。文章を書く。画像をつくる。動画を編集する。企画のたたき台をつくる。以前なら、長い時間頭を悩ませ、数時間、あるいは数日かかっていたことが、今では数分でできるようになりつつある。
もちろん、その速さに助けられることは多い。専門的な技術や資金を持たなくても、つくり手になれる人が増えることは、創作の可能性を広げてもいる。
それでも、ときどき違和感が残る。誰もが、より速く、より多くつくれるようになったとき、それを受け取るのは誰なのだろうか。
人の一日は、AIが登場しても24時間のままだ。「つくれるもの」が増えていく社会で、私たちはそれらをどう受け取り、どう支え、何に時間をかけ、何を残していけるだろうか。
「つくれる」ようになった先で
そんな問いを考えるヒントが、アートブックの世界にあった。
2026年7月、ドイツの世界的に知られるアートブック出版社Steidlが、予備的な支払不能手続きに入った。手続き自体は2週間ほどで脱したものの、この一件は、出版を取り巻く環境の厳しさをあらためて浮かび上がらせた。
ただし、これは単純な「出版不況」だけでは捉えきれない。現在では、300〜600部ほどの少部数でも高品質な本を商業的に制作できるようになった。20年前には、商業的に成り立たなかった規模である。参入障壁が下がり、多様な写真家や小さな出版社が本を出せるようになった一方、読者の市場は同じ速度では広がっていない。
業界関係者からは、大部数を売る商業出版と数百部の小規模出版に二極化し、その中間の規模が成立しにくくなっているとの指摘もある。
つまり、つくれる人が増えることと、つくり続けられる人が増えることは、同じではない。そして奪い合われているのは、お金だけではないはずだ。どの作品に出会い、どれだけ時間を使うのかという、私たちの「アテンション(注意)」も有限だからである。
では、供給が速くなるなら、受け取る側も速くなればいいのだろうか。
本はAIに要約してもらい、映像は倍速で観る。膨大な作品はアルゴリズムに選んでもらう。量の帳尻だけを考えれば、たしかに合理的かもしれない。
ただ、本を読む時間には、内容を把握することだけではない意味がある。ある一文の前で立ち止まったり、すぐには理解できないものを抱えたままページをめくったり、読み終えてから誰かと話したりする。そうした時間は、要約によって同じように短縮できるものではないはずだ。
つくる時間の圧縮に、受け取る時間の圧縮で応じる。その先に残るものを、私たちは本当に「文化」と呼べるのだろうか。一見効率的なその解は、作品と人が関係を結ぶための時間まで削ってしまうかもしれない。
「つくりすぎ」ではなく、「時間がなさすぎる」?
フランスでは、この問題がすでに「surproduction éditoriale(出版物の過剰生産)」として議論されている。
2025年1月、フランスの国立図書センター(CNL)は「過剰生産──より良くつくるために、より少なくつくるのか?」と題した円卓会議を開催した。そこで指摘されたのは、書店で新刊に与えられる時間が、およそ40日にまで短くなっていることだった。
ただし、「多すぎるなら減らせばいい」と結論づけるのも単純である。2026年、フランスの出版専門メディアActuaLittéへの寄稿で、書籍流通会社Diliscoのジャン=シャルル・カプリエ氏は、問題は本の数だけではなく、一冊の本が「存在する時間」が短くなっていることではないかと問い直した。次の新刊が来れば、その前の本は押し出される。売れなかったのではなく、読者と出会う時間を十分に与えられなかった本もあるのではないか、と。
だとすれば、問うべきなのは「何冊までなら適正か」だけではない。すでに生まれたものに、どれだけ時間を渡せるのか、という問いでもある。
その発想を試す取り組みもある。Association pour l’écologie du livre(本のエコロジー協会)は、フランスやベルギーの書店とともに「Trêve des nouveautés(新刊休戦)」を実施。一定期間、新刊の仕入れを部分的・全面的に止め、すでに店内にある本を選び直し、紹介する時間を取り戻す試みである。同協会は、参加店では仕入れを減らしても売上や販売量を落とさなかったと報告している。市場全体に一般化できる結果ではないが、「新しいものを増やす」以外にも文化を支える方法があることを示す、小さな実験である。
読書会や上映会、展示、フェスティバルもそうかもしれない。これらは作品にかける時間を短くするのではなく、むしろ誰かと共有するために時間を使う場である。一人でできるだけ多くの作品を消費するのではなく、一つの作品を囲み、話し、考える。そうすることで、本や映画は単なる「コンテンツ」ではなく、共通の経験になる。作品そのものだけでなく、それを囲む場に対価を払うことも、文化を支える一つの方法だろう。
「次」をつくる前に
そして、この問いは、本だけのものではない。新しいアプリ、新しい機能、新しいプロジェクト。私たちの周りでは、次々に何かがつくられ、ローンチされている。
エンジニア向けメディアLeadDevには、AIによって一人で機能を完成させられるようになり、リリース量は増えた一方、チームで相談したり、一緒に問題を解いたりする機会が減ったという現場からの指摘もある。
効率化によって短くなるのは、完成までの時間だけではないのかもしれない。何かをつくる途中で誰かと考える時間や、つくった後に使われ方を見て改善し、社会に根づかせていく時間まで削られることがある。
つくったものの価値は、世に出た瞬間に完成するとは限らない。本や記事なら、読まれ、語られる時間。サービスなら、使われ、試され、暮らしや組織のなかに馴染んでいく時間。受け取られ、使われ、解釈されるなかで、初めて見えてくる価値もあるはずだ。
誰もが「つくれる」未来が現実になりつつあるからこそ、次に問いたいのは、どうすればもっと速くつくれるかではなく、どうすれば、つくられたものにきちんと時間を渡せるのかということだ。
新しい作品やサービスがどれだけ多く生まれたかだけで、社会の豊かさは測れない。次々と「次」を生み出せる時代だからこそ、すでに生まれたものが、人や社会と関係を結び、根づいていくための時間も、同じくらい大切にしていいのではないだろうか。
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