【特集】私たちの「働く」は、どんな社会を再生産しているのか?
私たちが人生の多くの時間を費やす「働く」こと。それは単に生活費を得るための手段であるだけでなく、私たちが社会に変化をもたらしたり他者とつながったりする身近な手段の一つです。しかし今、多くの人々が数字に追われ、規則に縛られる中で、本来のやりがいやパーパスを見失いそうになることもあるかもしれません。そうした問題を、組織として、あるいは社会のシステムとして、乗り越えることはできるのでしょうか?本特集では、このモヤモヤを個人の問題として片付けるのではなく、組織、ひいては社会のシステムを規定する「ガバナンス」というレンズを通して見つめ直します。
働く。私たちはそれに、睡眠と同じくらいの時間を一日の中で費やしている。多くの人は、一週間のうちのほとんど、いや、人生のほとんどの時間を労働に費やしている。私たちにとって働くことはあまりに当たり前なこと。そうしたなか、「なぜ働くのか」「どのように働くのか」といった問いにどれほどの人が真剣に向き合ってきただろうか。
一度きりの人生、よりよく生きるために、よりよく働きたい。もし、そう願うのであれば、今、私たちの「働く」をとりまく企業や会社のあり方を改めて見つめあってみることが大切なのかもしれない。
7月からスタートした「働く特集」では、企業活動に“制限”を設けることで本質的なサステナビリティを模索するさまざまな実践者たちを訪ねる。今回登場するのは、自律分散型組織(ティール組織)の第一人者であり、現在は地球を中心に据えた経済概念「Planetary Centered Economy(PCE)」を提唱する社会システムデザイナーの武井浩三さんだ。
組織、お金、そして地球。視座のスケールを広げながら社会システムの再設計を続けてきた武井さんに、明日からの「働き方」、そして人生との向き合い方についてのヒントを伺ってきた。
話者プロフィール:武井 浩三(たけい・こうぞう)
社会活動家/社会システムデザイナー。高校を卒業後、ミュージシャンを志し渡米。帰国後に米国での体験を基に起業、その後倒産、事業売却を経験。2007年に不動産関連のIT企業を設立すると、経営を透明化する独自の「管理をしないマネジメント」が注目を集める。ティール組織のような自律分散型の経営の日本の第一人者として、新しい経営の啓蒙活動に尽力し、17年にホワイト企業大賞を受賞、18年には自然経営研究会を立ち上げる。持続可能な循環型社会を創造することを目的に、デジタル通貨のプラットフォーム「eumo」や、SDGs、フェアトレード、地方創生、まちづくり、保育・教育など多数の営利非営利企業にてボードメンバーを務める。
22歳での起業失敗から始まった、組織の「支配構造」への違和感
現在、社会システムデザイナーとして多様な営利・非営利団体の経営に関わる武井浩三さん。新しい金融を実験する非営利株式会社eumoをはじめ、組織開発、福祉、フェアトレード、農業DAO、さらにはアートやスポーツまで、その活動領域は多岐にわたる。
一見、バラバラにも思えるそれらの活動の原点は、2006年、22歳のときに経験した「学生起業の失敗」にあるという。
「資本金1円から法人を作れるようになった法改正の初日に、勢いで登記して起業したんです。でも、1年間極貧生活をしてハードワークした末に会社を潰してしまった。大学を中退して手伝ってくれた友人や、大企業を辞めてついてきてくれた仲間を巻き込んでしまったうえでの失敗でした。自分は結局何がしたかったんだろう──そのとき初めて、人間は何のために働くのか、会社は何のために存在するのか、という深い問いと向き合わざるを得なくなったんです」
本当に人が幸せになる会社を作らなければいけない──。その強い後悔と決意を胸に、翌2007年に立ち上げたのが、後に「管理しないマネジメント思想」で注目を集めることとなる不動産テック企業、ダイヤモンドメディア株式会社だった。
そこで武井さんが試みたのは、世の中の当たり前を徹底的に疑うこと。「上司・部下」という概念を完全に捨てる。人はみな平等であり、役割の違いはあっても位の違いではないという前提から組織を設計していった。
「全員が自分の給料を自分で決めるなど、とにかく『自分の人生を人に決めさせない』主体性を大事にしました。指示命令、つまり誰かが誰かをコントロールする『支配構造』そのものが、僕は受け入れられなかったんです。それを突き詰めていくと、『そもそも社長って何のためにいるの?』という疑問が湧いてきました。
そこからどんどんと調べていくと、会社法という法律の話が大きく関わっていて、『そもそも会社法っていつ、誰が何のために作ったんだろう』という歴史の話に行き着きました。僕らは、会社も国家も『そこに存在する』と思い込んでいるけれど、実はほとんどが『共同幻想』なのかもしれない。そこを紐解くことで、人間らしい良い働き方が見えてくるのかもしれないと気づいたんです」
なぜ美しいパーパスは短期の数字に潰されるのか?
役職や肩書を廃止し、代表を選挙で決める独自の組織体制は、日本に「ティール組織」という概念が広がる前から、武井さんたちの現場で実践されていた。ティール組織とは、指示命令系統による管理をなくし、組織を一つの生命体として捉え、メンバー一人ひとりが自律的に意思決定していく組織モデルのこと。社内の人間関係は良くなり、ダイヤモンドメディアは「ホワイト企業大賞」を受賞するにまで至る。
しかし、どれほど組織の形を良くしても、今の資本主義のルールのなかにいる限り、成長圧力からは逃れられないのかもしれない。そんな違和感が確信に変わったのは、武井さんが主戦場にしていた不動産テックの領域で、マクロなデータと現実の不条理を目のあたりにしたときだった。
「日本の人口減少は2010年から始まっていて、家は余っています。つまり、空き家問題の本質は『建てすぎ(供給過剰)』なんです。社会の状態に合わせた適切な処置が必要なのに、大手企業は売上を伸ばすために家を建て続ける。僕は当時、彼らの売上を伸ばすためのITシステムを提供していたのですが、あるとき『このまま成長志向の社会が続くと、どんどん人が死んでいくな』と気づいたんです」
売上至上主義の厳しい営業ノルマによってうつ病になる従業員、過剰な投資に騙されて破産する人──武井さんは、そうした人たちの存在を知るなかで、自分も間接的にそれに関わっているんじゃないかと思い始めたという。

「彼らの売上は本当に社会に必要なのかと考えたとき、答えはノーでした。資本主義は『増やし続けること』が目的化していて、ブレーキの機能がない。だから絶対に破綻する。目の前の小金稼ぎのために仕事をすることに何の意味も見出せなくなり、会社を辞めることにしました」
武井さんが突き当たった、「システム自体にブレーキがない」という構造。その根底には、私たちが当たり前のように使っている貨幣システムの存在がある。その見えない力学は、武井さん一人の問題にとどまらず、今の世の中で「社会を良くしたい」と働く多くの人々を、搾取の構造へと巻き込んでいく。
「硬貨以外のすべてのお金は、民間銀行が誰かの『負債(借金)』として生み出しています。借金からお金が生まれるということは、そこには必ず金利がつく。つまり、社会全体が『経済を成長させ続けなければ、借金を返済できない』という自動的なアルゴリズムで動いているんです。
大企業の内部留保は過去最高(700兆円規模)を更新し続けているのに、現場で働く人の平均給与が上がらないのはなぜか。それは、今の経済ルールのガバナンスが、働く従業員や地球環境ではなく、『株主価値の最大化』に向いているからです。だから誰のせいでもなく、この貨幣システムの構造のせいで、企業は『社会性よりも経済性を重視せよ』という強力な見えない力学に晒されます。
この原因を正確に理解しないと、従来のガバナンス構造のままでは、どれほど美しいパーパスを掲げても、長期的な地球へのケアや働く人の尊厳は、コストとして簡単に切り捨てられてしまうかもしれません」
人間中心から脱却する、新たな経済の設計図「PCE」とは何か
自律的なブレーキがない資本主義社会。無限成長のパラダイムがいつか崩壊するのを見据え、次の受け皿を今から用意しておく必要がある。そう考えた武井さんが、組織の仕組みの再設計を経て、今、熱量を持って提唱しているのが「PCE(プラネタリー・センタード・エコノミー:地球中心の経済)」という新概念だ。
「組織作りを20年近く突き詰めて、たどり着いたのは『自然の摂理』でした。植物の種に『明日までに芽を出せ!』と命令しても意味がないように、生命には自ら育つ力が備わっている。自然の摂理の本質は『増やすこと』ではなく『循環』。人間のコントロール願望でそれを邪魔しちゃいけないということなんです」

「経営」という言葉自体、本来は仏教用語の「経(摂理・宇宙の原理原則)」に則って営むという意味を持つ。自然界の法則に合わせて持ちつ持たれつ生きる範囲であれば、過剰な負担を強いることなく生きていけるはずだ。武井さんは、これまでこの思想を「自然(じねん)経営」として発信してきたが、「地球中心の経済(PCE)」というわかりやすい言葉にすることで、より多くの人にこの概念を届けたいという。
「どうすれば、地球にとって人間が良い存在でいられるか──今、人間中心主義でないデザインが必要ではないかと思うのです。都会は都会であってもいい。技術の発展自体が悪なのではなく、奪うことや、自分の所有物を最大化することを目的にした経済が、さまざまな問題を引き起こしています。それをやめない限り、人間は地球に住めなくなり絶対に滅びる。その行き着く先が戦争です。
だからこそ、『いかに稼ぐか』ではなく、『いかに循環させるか』。富の概念を『蓄積』から『流れ』へと変え、経済の中心を人間の都合から地球の循環へと問い直す議論が大切ではないでしょうか」
「腐るお金eumo」で富を巡らせる。善意を搾取しない組織のデザイン
日本円のような法定通貨は、持っているだけで利子がつき、貯め込むほど得をする設計になっている。だからこそ、組織は利益を最大化しようとし、格差や搾取が生まれていく。
であれば、お金を「減価(価値が消える・下がる)」させることで、貯め込まずに人へ回す(循環させる)しかなくなる仕組みを作ればいいのでは──。
そうした考えから、武井さんは仲間たちと共に、共同経営するコミュニティ通貨プラットフォーム「eumo(ユーモ)」を立ち上げた。eumoでは、通貨は3ヶ月で失効する。つまり、eumoの経済圏では、お金は日を追うごとに「腐っていく」。消費期限のあるものだからこそ、誰かを支配するための道具ではなく、感謝や共感と共に流れる媒体、人とつながるための媒体になるという。

「今の資本主義の世界で生きている限り、社会のルールを徹底的に勉強し、お金の回し方を自分たちでデザインする必要があると感じています。僕がかかわる会社では、出資者に金銭的なリターンを返さない『非営利株式会社』という形態を取ったり、特定の個人が34%以上の株式(拒否権)を持たない『コミュニティカンパニー』という株式(所有)の設計にしたりしています。
歴史的にみて、株式会社の本質は『収奪』なんです。株式の持ち方や、利益の分配ルールという『組織の骨組み』を最初にフェアに設計しておかなければ、個人の善意はやがて組織に都合よく回収され、消費されてしまうかもしれません。原因が分からないままいきなり手術ができないのと同じで、まずお金の仕組みという原因を正確に理解することが、より良い社会創造に繋がると考えています」
こうしたシステムへの抵抗は、会社という枠組みだけに止まらない。武井さんが仲間たちと運営しているまちづくりのNPOでは、「年に1度のお祭り」という具体的なイベントをフックにしながら協賛を集めているという。
「NPO法人などは社会貢献が目的にあっても、なかなかお金が循環しにくい。だからこそ、収益事業をやってもいいし、使える制度はすべて活用するべきだと思います。そのためにも、お金の流れを透明化し、みんなでマネジメントすることが大事だし、世の中の仕組み自体をきちんと知っている必要があると思います」
足元から変革の波紋を広げる。組織のOSを中から書き換える鍵
インタビューの終盤、「今、組織の中でモヤモヤとした葛藤を抱えながらも、それでも社会を良くしよう、組織を良くしようと日々奮闘している私たちは、明日からどのように『働くこと』と向き合っていけばよいのだろうか」と尋ねてみた。
「組織の力学を内側から変えていくために、一番最初に手をつけるべきなのは『会計のオープン化と整理』です。お金の流れを透明化し、みんなでマネジメントできるようにする。そして組織の構造として『透明性』『流動性』『開放性』という3つの要素が十分に満たされると、自然の摂理に則って、会社はトップダウンの指示を待たずに自律的に動き出します。
会社全体の制度を一度に変えるのは難しくても、会社の中だけで閉じずに、外へと『関係性を広げていく』ことも大きな突破口になります。僕が関わっている創業150年の布団屋さんでは、自律分散型の組織へ切り替えると同時に、工場の外壁を壊して地域に開かれた畑やカフェを作り、マルシェを始めました。
会社を開き、関わる人の動機が『自分の利益の最大化』から『地域の豊かさのため』へと変わるとき、めぐるエネルギーの質が丸ごと変わる。こうした小さくても市場経済に依存しない世界を、自分たちの足元からたくさん生み出していくことが大切なんです」
さらに武井さんは、私たち一人ひとりの明日からの「あり方」について、こう結んだ。
「みんな、もっと『自分を生きる』ということに集中していいと思います。他人の顔色を伺うとか、会社の売上利益のためといったものを一切取っ払ったときに感じる『本当はどう生きたいのか』に沿って生きる。一人ひとりがエゴではなく、ある意味でわがままに生きることができれば、世界は自然と調和していくと信じています。『君たちはどう生きるか』という問いを常に自分に持ち、純度高く生きる。それに尽きると思います」
編集後記
多岐にわたる活動や探求を続けてきた武井さんが、その歩みのなかでたどり着いた「自然の摂理に沿った経営」。 自然界で当たり前のように繰り広げられる「いのちの循環」のように、私たちの経済や経営においても「いかに循環させるか」が、大きな問いとしてそこにはあった。
他の種から離れた私たちは、何かをコントロールしたがる。人も、ものも、組織も、お金も──。だけど、管理することを手放し、自然のなかに生きるいのちのように流れを大切にすることが、今、社会には色々な意味で必要になっているのかもしれない。
そうした組織づくりは、簡単ではないだろう。だけど、たった一人の「純度高い一歩」が、周囲との関係性を変え、やがて組織のあり方や社会システムそのものをも動かしていくように、個人の小さな変革と社会のシステムチェンジは、きっと地続きで繋がっている。
私たちがどんな労働を選択し、組織のなかでどう振る舞うか。その一つひとつの選択は、私たちが望む社会に向けた、力強いマニフェストになっていくのだろう。
【参照サイト】非営利株式会社eumo
【参照サイト】武井浩三オフィシャルサイト







