【特集】私たちの「働く」は、どんな社会を再生産しているのか?
私たちが人生の多くの時間を費やす「働く」こと。それは単に生活費を得るための手段であるだけでなく、私たちが社会に変化をもたらしたり他者とつながったりする身近な手段の一つです。しかし今、多くの人々が数字に追われ、規則に縛られる中で、本来のやりがいやパーパスを見失いそうになることもあるかもしれません。そうした問題を、組織として、あるいは社会のシステムとして、乗り越えることはできるのでしょうか?本特集では、このモヤモヤを個人の問題として片付けるのではなく、組織、ひいては社会のシステムを規定する「ガバナンス」というレンズを通して見つめ直します。
人は、人を“評価”できるのか。
多くの会社では、人事評価が当たり前のように行われている。半年に一度、あるいは一年に一度、上司が部下を評価し、その結果が給与や昇進を左右する。けれど、私たちは本当に、人の価値を測ることができるのだろうか。
「評価」という言葉は、「評」と「価」から成る。「評」は言葉によって物事をはかること、「価」は値打ちや価値を意味する。つまり評価とは、言葉によって価値を定める行為だ。
では、働く人を評価するとき、私たちは何を見ているのだろう。成果だろうか、能力だろうか、期待値だろうか。あるいは、数字には表れない気配りや、誰かを支え続ける姿勢、組織に積み重ねられていく信頼まで、見ようとしているだろうか。
この前提を問い直しているのが、大阪府八尾市に本社を構える木村石鹸である。大正13年創業の同社は、現在も職人の手作業による「釜焚き」製法で石鹸づくりを行う老舗メーカーだ。100年続くものづくりの現場でいま、働くことの意味をめぐる一つの実験が続いている。

木村石鹸本社
その象徴が、社員が自ら給与を提案する制度である。
木村石鹸では、給与を過去の成果に対する「評価」ではなく、社員がこれから生み出そうとする未来への「投資」として捉える。会社が一方的に人の価値を査定するのではなく、社員自身が自らの可能性を言葉にし、会社はその未来に賭けるのだ。
「組織は永遠にベータ版です」
そう語るのは、木村石鹸の四代目社長・木村祥一郎氏。完成された理想を掲げるのではなく、常に関係性の質を問い直し、アップデートし続けること。そのプロセスそのものを、組織のあり方として捉えている。
100年続く文化を守りながら、社員を「信じ切る」ことで生まれる、新しくも懐かしい組織のかたち。管理で人を縛るのではなく、信頼を土台に責任を分かち合う関係性は、どのように育まれているのか。木村石鹸の実践から、これからの働くこと、そして会社というコミュニティのあり方を考える。
「ちゃんとした会社」への違和感から始まった組織づくり
創業から100年を超える木村石鹸は、現在も伝統的な「釜焚き」製法を大切にしながら、石鹸づくりを続けている。一方で、同社の組織づくりは、単に昔ながらの家族的経営に戻るものではない。木村氏の考えの土台には、過去に自身が経営していた会社で、管理や評価制度を刷新した結果、かえって組織の関係性が損なわれていった経験がある。
学生時代にITベンチャーを立ち上げた木村氏は、自由な空気の中で仲間と成長を謳歌していた。しかし、会社が規模を拡大した頃、中途で入社した「組織づくり」を知る人々から、これまでのやり方を厳しく指摘されるようになる。
「君たちの組織は仲良しサークルだ、こんなのは会社じゃない、もっとちゃんとした『大人の会社』にならなきゃいけない、と言われて。僕らも『そうか』と思って、必死に会社らしくしようとマネジメントを強化する取り組みを始めたんです」
組織を整え、評価制度を導入する。けれど、良かれと思って始めた改革は、理想とは異なる結果を招いた。
「やればやるほど、人間関係の問題が出てきました。現場の人たちが『上の言っていることがわからない』となったり、部門同士のいざこざが起きたり。人間関係の調整にばかり時間が取られるようになって、『自分たちはこんな会社を作りたかったのかな』と。結局、一回組織崩壊をしましてね。多くのメンバーが会社を離れていきました」
管理を強めたはずが、現場との距離は広がっていった。その経験と向き合うなかで、木村氏は2013年、家業である木村石鹸に戻ることを決めた。かつては継ぐつもりがなかったという老舗メーカーで、彼が考えたのは、同じ失敗を繰り返さない組織をどうつくるかだった。細かなルールや仕組みに頼りすぎず、一人ひとりが常識で判断し、互いに信頼し合える組織を育てること。それが、木村石鹸での組織づくりの出発点になった。

木村石鹸の四代目社長・木村祥一郎氏 Image via 木村石鹸
給与は、過去の精算ではなく未来への投資
信頼を土台にしながら、いかに納得感のある報酬の仕組みをつくるか。木村石鹸がその問いに向き合うなかでたどり着いたのが、2019年に導入された「自己申告型給与制度」だった。社員が自ら給与額を提案し、会社と対話しながら、その妥当性を合意していく。
日本の企業の多くが採用している従来の評価制度には、一定のランク付けがあり、その結果によって給与が決まる「ロジック」が存在するように見える。しかし、木村氏はそれを「会社側の都合で見せている、根拠のない取り決め」だと話す。
「そもそも、人が人を正確に評価することなどできません。それなのに、過去の点数で賃金を精算しようとするから、納得感の欠如や不満が生まれる。ならば、賃金の定義を全く変えてしまおうと考えました。それが、結果に対する評価ではなく、未来に対する投資という位置づけです」
木村石鹸において、給与は社員自らが提案する。自分は来期、どのような価値を生み出したいのか。そのためにいくらの報酬が必要なのか。社員は「未来の提案書」を作成し、マネージャーに対して説得を行う。会社側が担うのは査定ではなく、その社員の描く不確実な未来に、投資する価値があるかどうかの判断である。
「投資だと決めた瞬間に、そこには間違いや失敗があり得るという前提が入ります。もし提案した内容が達成できなくても、それは本人の問題であるだけでなく、その人を信じてお金を投じた会社側の投資の失敗でもある。このスタンスに立つことで、社員と会社は同じ不確実な未来を向く、対等なパートナーになれるのです」

2020年1月に稼働を開始した、三重伊賀工場の工場「IGA STUDIO PROJECT」 Image via 木村石鹸
弱さを仕組みで守り、目に見えない「いる価値」を信じ切る
社員が自ら給与を提案する。その仕組みは、自律的な個人の意欲を、組織としての健全な成長へと繋げていく──けれど同時に、給与を自分で提案すると聞くと、少し身構えてしまう人もいるかもしれない。
自分の成果をうまく言葉にできる人、交渉が得意な人、目立つ仕事をしている人だけが評価されるのではないか。反対に、場を整えたり、誰かを支えたり、チームの空気をやわらげたりするような数値化しにくい貢献は見過ごされてしまうのではないか、と。
木村石鹸が重視しているのは、まさにその「見えにくい価値」である。木村氏は、業務遂行能力(Doing)だけでなく、その人がそこにいることで周囲にもたらす安心感や文化、すなわち「存在価値(Being)」に深く目を向ける。
「その人がいることでチームが安心し、仕事がスムーズに回る。そんな『いる価値』は、本人にはなかなか言語化できません。だからこそ、マネージャー陣がそこを積極的に見るようにしています。あなたの価値は、やっていることだけではない。その存在そのものに、会社は投資したいのだ、と。これを対話を通じて伝え、給与額の妥当性を共に考えていくのです」
自己申告を支えるマネージャーの役割は、単に評価することではない。本人が気づいていない価値を共に掘り起こし、言葉にすることでもある。

Image via 木村石鹸
一方で、社員を信じ、大きな意思決定を委ねることは、経営者にとってリスクにも見える。その不安に対して、木村氏は「性寂説(せいじゃくせつ)」という独自の人間観から向き合っている。
「人は、弱くもあるし、寂しい生き物だと思うんです。だから、不正をしてしまうのは、その人が悪人だからというより、弱さゆえだったりする。例えば、目の前に100万円が無造作に置かれていて、それを盗んでしまった人を責めるより、盗っ人にしてしまうような環境を作った方が悪い。だから、犯罪者を出さないための仕組みは会社として整えますが、それ以外の領域は、もう完全に任せ切りたいんです。
誰もが弱さで過ちを犯してしまう環境の方を、会社は変えなければならない。それが、社員を信じて任せる側の責任だと思うんです」
信頼とは、何もかも委ねることではない。大きな過ちにつながる部分は仕組みで守り、その上で任せる領域を明確にすることでもある。木村氏の言葉から見えてくるのは、人を強い存在としてではなく、弱さを抱えた存在として見たうえで、それでも可能性を信じる組織のあり方だ。
パンを分け合う「コミュニティ」としての会社の原点
こうした信頼の考え方は、社内だけでなく、顧客との関係や会社に受け継がれてきた文化にもつながっている。信頼の輪は、社内だけに留まらない。木村石鹸が掲げる「最愛戦略(最も愛される会社を目指す)」の核にあるのもまた、正直な関係性だ。
「正直とユーモアは、最大の戦略です。私たちは顧客を縛り付けたり、囲い込んだりしません。定期購入もいつでも解約できるようにしています。商品だけでつながるのではなく、存在としてつながりたい。嘘をつかず、誠実であり、そこに少しの遊び心がある。そんな『人柄』が見える会社を目指しています」
その姿勢が試されたのは、製品の全品回収という危機に直面した時だった。木村石鹸が正直に状況を公開し、謝罪したところ、戻ってきた返品の山には、多くの応援の手紙が添えられていたという。正直であることが、顧客との関係を支える土台になっていた。

木村石鹸の自社ブランド「12/JU-NI(じゅうに)」。「万人向けではありません。合う人と、合わない人がいます。」と伝える正直なコミュニケーションは、同社が大切にする誠実な顧客との関係性を象徴している。Image via 木村石鹸
社内においても木村氏は、先代である父親の時代から四半世紀にわたって続く、一見するとビジネスの合理性からは程遠い取り組みを継承している。毎年4月、社長のポケットマネーから全社員に「親孝行支援金」が手渡される、「親孝行強化月間」という慣習だ。
「僕が会社を継いだ時、実はやめてしまおうかとも考えたんです。そもそも親孝行のために、なぜ僕が個人として社員にお金を出さなければいけないのか。かなり不条理だと思っていました(笑)。でも、長く続いていくうちに、これは一つの文化なのだと気づいたんです。感謝の気持ちを持とう、お世話になった人に恩返しをしようと、会社としてメッセージを発信し続けること。それは効率や利益とはまた別の、感謝できる『スキル』を育てていくことに役立っているのではないか、と。社員が3倍に増えて負担は大きいですが、続けられる限りは続けようと覚悟を決めたんです」
釜焚き製法や手書きのニュースレター、親孝行支援金。いずれも効率だけで見れば、手間のかかる取り組みである。しかし木村氏は、そうした営みが会社の文化を形づくると考えている。会社とは、単なる目的達成のための手段ではない。共にパンを食べる仲間を意味する「カンパニー」の語源に立ち返れば、会社は一つの「コミュニティ」でもある。

Image via 木村石鹸
社員の希望から、必要な成長を考える
会社をコミュニティとして捉える木村氏の考え方は、成長の定義にも表れている。一般的な企業では、まず売上や利益の目標があり、それに合わせて人件費や予算が調整されることが多い。しかし木村石鹸では、順番が少し違う。
予算策定の起点となるのは、社員が自己申告した給与額の合計である。まず人件費を確認し、そこに会社を維持するために必要な経費や利益を積み上げる。そうして導き出された数字が、来期に必要な売上高となる。
つまり成長は、外から与えられる目標というより、社員が望む働き方や報酬を会社として支えるための条件として位置づけられている。
「利益は、会社が生き残るための『条件』なんです。人間が生きていくために必要な、食事や睡眠と同じ。けれど、食べることは生きるための条件であって、目的ではないはずですよね」
利益を目的ではなく、会社を続けるための条件として捉える。この考え方は、成長そのものを否定するものではない。何のために成長するのかを明確にし、数字と働く人の実感をつなぎ直すものだ。
「来年の人件費が確定したら、そこから必要な利益を算出して、必要な売り上げを出す。そうすると、『あれ、何%ぐらい成長してないとこの人件費は担保できないな』と見えてくる。必然的にそうすると、成長していくんですよ」

Image via 木村石鹸
ここでの成長は、上から与えられたノルマを達成することだけを意味しない。社員が自らの価値を考え、それに見合う報酬を求める。その合計を支えるために、会社としてどの程度の売上や利益が必要なのかを考える。給与をめぐる対話は、個人の希望と会社の持続可能性を結びつける場にもなっているのだ。
もちろん、この仕組みがすべての会社にそのまま当てはまるわけではないだろう。自己申告された給与をもとに予算を組むには、社員と会社のあいだに一定の信頼関係があり、経営側にも数字を丁寧に共有する姿勢が求められる。だからこそ木村氏は、組織づくりを完成形としてではなく、常に見直し続けるものとして捉えている。
「組織は永遠にベータ版です。完成された理想はない。でも、関係性の質を問い続け、コミュニケーションの土台を整えていけば、どんな問題も解決に向かえると信じています」
木村石鹸の実践は、評価制度や給与制度の有無を超えて、会社と働く人との関係そのものを問い直している。会社は一人ひとりをどのような存在として捉え、限りあるお金や時間を、どのような未来のために配分するのか。その問いに向き合い続けることが、組織をつくるということなのだ。評価する側とされる側、管理する側と従う側。その関係を少しずつほどきながら、木村石鹸は、働く人が自分の言葉で未来を語り、会社がそれを受け止める関係性を育てようとしている。
「木村石鹸で働くという時間が、そのまま自然に、その人自身の素直な気持ちとつながっていてくれたら、それが一番いいなと思っています。自分たちがつくる日用品を通じて、誰かの生活がちょっとだけ良くなる。その営みに加担していることが、働く一人ひとりの喜びになる。そんな姿を、僕はこれからも大切にしていきたいんです」
編集後記
「人は、弱く寂しい」
それは、人間に対する失望ではない。むしろ、人間という存在への少しの諦めと、底なしの信頼が同居した言葉のように感じた。人は弱い。だから、過ちを生まない仕組みが必要になる。けれど人は、無限の可能性を持つ存在でもある。だからこそ、守るべきところを仕組みで守ったうえで、最後は任せ、信じることができる。
評価制度は、人を理解するための道具にもなり得ると同時に、時に人を測り、比べ、過去の点数に閉じ込めてしまうこともある。木村石鹸の実践が問いかけているのは、会社が働く人のどこを見ようとしているのか、そしてどのような未来をともにつくろうとしているのかということだった。
働くことは、単にお金を得るための時間ではないはずだ。そこで交わされる日々の言葉に救われることもあれば、誰かに任されること、誰かを支えることを通じて、自分の存在を確かめることもある。そうした関係性の積み重ねの中で、私たちは日々、社会のあり方を小さく再生産している。
管理する側とされる側、評価する側とされる側。その関係を少しずつほどきながら、弱さを前提に信頼を組み立てていくこと。その地道で難しい営みの先に、働くことがもう一度、人と人をつなぐ時間として立ち上がるのかもしれない。
【参照サイト】木村石鹸公式サイト
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