デンマークは「すごい国」ではない。200年かけて民主主義を育てた教育から、日本が学べること

2026.08.07

Yagihashi Pachi

2026年7月11日、青春出版社の地下1階イベントスペースにて、対談イベント「日本の教育をアップデートする!〜デンマークの対話教育に学ぶ、個性を伸ばし、自律した子を育てる秘訣」が開催された。『経済力も幸福度も高くなる デンマークのすごい教育』の出版を記念したもので、会場とオンラインの双方から参加者が集まった。

登壇したのは、同書の著者であり、長年デンマークで教育と民主主義を取材・実践してきたニールセン北村朋子氏と、「宿題をなくした校長」として知られ、学校現場で子どもの自律を促す改革に取り組んできた工藤勇一氏である。

二人の対談に、「デンマークの教育は日本と何が違うのか」「北欧の学校からどのような制度を取り入れられるのか」といった話を期待していた参加者も、少なくなかったかもしれない。

しかし、この日語られたテーマは、特定の国の教育制度を紹介することよりも、さらに根源的なものだった。それは、「私たちはどんな社会をつくりたいのか」「そのために、子どもたちに何を学んでもらうべきなのか」という問いである。

デンマークは、初めから対話と民主主義を重んじる「すごい国」だったわけではない。かつては体罰や権威主義があり、子どもを管理し、服従させる教育が行われていたという。

工藤氏が北村氏に託していたのは、二つの「宿題」だった。一つ目は、デンマークはなぜ、子どもを管理し、服従させる教育から、対話と民主主義を重んじる教育へと変わることができたのか。

もう一つは、その転換を経験した現在のデンマークの人々が、日本の小学校を描いた映画『小学校~それは小さな社会~』を、どのように受け止めるのかという問いである。

この二つは、別々のテーマではなく、デンマークがどのような教育観を乗り越えてきたのかを知ることで、現在の教師や子どもたちの反応を読み解くための伏線でもあった。対談は、その変化の歴史をたどるため、およそ200年の時を巻き戻したところから始まった。

ニールセン北村朋子氏と工藤勇一氏

話者プロフィール:ニールセン北村朋子(にーるせん・きたむら・ともこ)

文化翻訳家。2001年よりデンマーク・ロラン島在住。教育や持続可能な社会、民主主義をテーマに、発信や実践的な活動を行う。デンマーク・インターナショナル・メディア・プレスセンター代表メンバー、DANSK主宰、京都芸術大学通信教育部講師。デンマーク発祥のデモクラシー・フィットネス公式トレーナーとしても活動。著書に『デンマークのすごい教育』がある。

話者プロフィール:工藤勇一(くどう・ゆういち)

教育者。千代田区立麹町中学校校長、横浜創英中学・高等学校校長を歴任し、宿題や定期テスト、固定担任制の廃止など、従来の常識を覆す学校改革を実行。生徒の自律を促す教育を広げるため、現在は、内閣府規制改革推進会議専門委員、群馬県非認知教育専門家委員会委員、兵庫県芦屋市教育委員会エージェンシーアドバイザーなどを務める。東明館中学校・高等学校教育アドバイザー、FC今治高等学校里山校エグゼクティブコーチとしても活動している。

工藤勇一 × 北村朋子による「日本も変われる」と信じるための対話

「先ほど、司会の方のご紹介でも『宿題廃止』の件が出ていましたが、今日は朋子さんに宿題を出してきたんです。まずは、その話から」

19世紀前半の日本とデンマークを学校教育の面から比較すると、体罰を嫌っていた日本は、むしろ「民主主義的な学び合い」と「人権意識」という観点では進歩的だったと、工藤氏は語る。

「ところが明治維新以降、植民地主義が世界に広がるなかで、欧米に追いつく必要に迫られ、近代国家づくりとともに学校教育も大きく変わってしまった。科学技術を急速に導入する過程で、ヨーロッパ型の学校制度や教育文化も入ってきたのです。そこには、体罰を含む上下関係の厳しさや、管理的な教育も含まれていました。デンマークも例外ではありません。

しかし、現在の日本とデンマークを比較すると、大きな違いがある。片や管理型の日本、片や対話型のデンマークです。私がよくデンマークの話をするものだから、『工藤さんはデンマークが好きなんですね』『日本をヨーロッパにしたいんですね』と言われます。でも、全然違う。今日話したいのは、『デンマークの教育がすばらしい』ということではありません。デンマークも変わったのだから、日本だって変われるはずだという話をしたいのです」

工藤氏がここで示したかったのは、現在の日本とデンマークの優劣ではない。比較の軸に置いていたのは、管理的な教育を行っていたかつてのデンマークと、それを問い直した現在のデンマークである。

「黒い学校」から「生きるための学校」へ──体罰・権威主義からの脱却

かつて体罰や権威主義の文化を持ちながら、それを乗り越えてきたデンマーク。その「変化のプロセス」は、どのようなものだったのだろうか。対談前半の中心となったのは、デンマーク教育の歴史だった。

「工藤先生から宿題をいただいていたので、改めて整理してきました」

そう切り出した北村氏は、まずデンマークにも体罰や権威主義の歴史があったことから話し始めた。

「17世紀後半のデンマークでは、父親や雇い主には、子どもや妻、使用人を体罰する権利が法律で認められていました。学校もまた、厳格な管理と服従の場だったようです。

しかし、1814年に制定された義務教育法が転機となります。『教育を受けるのは子どもの権利であり、それを保障する責任が大人や社会にある』という考え方が、広がり始めるんですね。そして同じ頃、教師による暴力を否定する文書も現れました。その後、大戦の影響なども受けながら、1950年代にはコペンハーゲン市が公立学校で体罰を禁止します。一部の反発を経ながらも、1967年に全国の学校で体罰が禁止され、1997年には親の懲戒権も撤廃されたのです」

興味深いのは、制度よりも先に教育思想が変化していたことだ。その中心にいたのが、「デンマークの民衆教育の父」とも呼ばれる思想家、ニコライ・フレデリク・セヴェリン・グルントヴィである。思想的転換の象徴であるグルントヴィは、自らが受けた教育を嫌っていた。そこには暗記しかなく、対話も、学ぶ喜びもなかった。北村氏は、彼の思想を次のように説明する。

「こんなことでは、学ぶことが嫌いになってしまう。生きるための学校が必要だ。グルントヴィは、教師が正解を与える教育ではなく、『先生も学ぶ、生徒も学ぶ』教育を目指したんです。なぜなら、人は本来、対話によって学び続けていく存在だからです」

その後、二度の世界大戦は、教育の目的そのものを改めて問い直す契機となった。上の者の命令に従い、決められた役割を忠実に果たす人間を育てるだけでは、民主主義を支える市民は育たない。再び戦争を起こさないためには、一人ひとりが自ら考え、異なる意見を持つ人と対話し、社会の意思決定に参加する力を身につける必要がある。そうした認識が、教育を管理と服従の場から、民主主義を学ぶ場へと転換させていったのである。

かつての教育を乗り越えた社会は、映画『小学校』をどう見るのか

対談前半でたどったデンマーク教育の歴史は、後半の映画の話へとつながっていた。工藤氏が知りたかったのは、単に「現在のデンマーク人が、日本の学校をどう評価するか」ではない。かつては管理や服従を重視する教育を行っていた社会が、教育観を転換した後、自分たちが乗り越えてきたものに近い教育を、現在どのように見るのかということだった。
その問いを確かめるために取り上げられたのが、映画『小学校~それは小さな社会~』である。

「実は朋子さんに、もう一つ宿題を出していたんです」──工藤氏はそう切り出した。

この映画には、掃除や給食当番、学校行事など、日本の小学校の日常に向き合う子どもたちと教師の姿が描かれている。日本国内外で上映され、さまざまな受け止め方をされてきた作品である。

工藤氏が関心を寄せたのは、教育観の転換を経験したデンマークの教師や子どもたちは、映画に描かれた学校文化をどのように見るのか、ということ。その反応を通して、日本の教育の現在地を考えようとしたのだ。

「フィンランドでも評判が良かったし、日本でもすごく評価されましたよね。でも、デンマークではどう見えるんだろうと思ったんです」

仮に同じ北欧の国々でも作品への反応が異なるのであれば、その背景には、教育史や民主主義、人権に対する考え方のどのような違いがあるのだろうか。この違いを考えることは、管理によって秩序をつくる教育を、それぞれの社会が現在どのように位置づけているのかを問うことでもある。

そこで北村氏は、デンマークの学校の教師や子どもたちに映画を見てもらった。返ってきたのは、同国が歩んできた教育観の転換を、鮮明に映し出すような反応だった。

「面白かったのは、掃除や給食当番の場面はものすごく好評だったことなんです。『こんなに小さい子たちが、ここまでやるの?』『日本の学校ってすごいね』と、みんな感心していました」

一方、映画が演奏会のオーディションを描く場面に移ると、反応は大きく変わった。

「ある女の子が演奏に挑戦するんですけど、なかなかうまくできないんですよね」

新一年生を迎えるための演奏会。そのメンバーを決めるオーディションの場面だ。うまく演奏できない女児を前に、教師は「みんなは、なんでできていると思う?」と問いかける。子どもたちは、「家で練習してきているからです」と答える。すると教師が、「そうだよね」と言う場面だ。

「その瞬間に、デンマークの先生たちの反応が変わったんです。ある先生は、『どうして先生がいじめる側に立っているの?』と言いました。『こんなにつらい場面は見ていられない』と、両手で顔を覆ってしまう先生もいました」

ここで問われていたのは、努力することの価値そのものではない。演奏会の成功や子どもの成長を願うなかで、できない子どもを集団の前に立たせ、周囲との比較によって努力を促すことが、その子の尊厳や権利を損なっていないかという問題である。

デンマークの教師たちは、この場面を「みんなと同じようにできない子どもを、大人が集団の前で追い詰めている状況」として受け止めた。

休憩時間に急遽始まった即席サイン会

ここで重要なのは、この反応を一つの指導方法や教師個人への批判として捉えないことだ。デンマークもかつては、子どもを管理し、集団の目標に従わせる教育を行ってきた。その教育観を歴史のなかで問い直してきた社会だからこそ、同じ場面が現在では異なるものとして見える。

工藤氏が一つ目の宿題で教育観の転換の歴史を尋ね、二つ目の宿題で現在の教師や子どもたちの反応を確かめたのは、この二つの間にあるつながりを見ようとしたからである。

「演奏会をやるって、誰が決めたの?」

さらに興味深かったのは、映画を観たデンマークの子どもたちの反応だった。映画を見終わった後、北村氏が「どう思った?」と尋ねると、たくさんの手が挙がった。

「その演奏会をやるって、誰が決めたの?」

最初に出たのは、演奏の出来栄えや子どもの努力ではなく、意思決定の過程を問う言葉。対談会場もどよめいた。日本人の多くは、まず考えないであろう問いだからだ。しかし、デンマークの子どもたちは次々に続けた。

「本当にみんながやりたかったの?」
「やりたくない子はいなかったの?」
「どうしてオーディション形式でなければいけなかったの?」
「全員が参加できる方法はなかったの?」

北村氏は振り返る。「映画の中では、そこは描かれていないんですよね。でも子どもたちは、『演奏会をどう成功させるか』ではなく、『そもそも、そのプロジェクトは誰が決めたのか』を、まず気にしたんです」

完成された結果ではなく、その前段階にある意思決定のプロセスに着目する。工藤氏はこの話に深くうなずきながら、こう語った。

「ここが民主主義の違いなんだと思うんですよね。日本の教育は、『決まったことをどう実現するか』を考える。一方、デンマークの教育は、『それは誰が決めたのか』『なぜそう決まったのか』を考える」

ただし、この違いは、固定的な国民性から生まれたものではない。かつてのデンマークでも、子どもは大人の指示に従い、決められた秩序を守る存在として扱われてきた。「誰が決めたのか」と問い返す現在の子どもたちの姿は、教育と社会が長い時間をかけて、意思決定への参加を学び直してきた結果でもある。

二人をつないだのは、「デンマーク」ではなく民主主義だった

ここで対談は、思わぬ方向へ進む。二人の出会いについての話だ。北村氏は笑いながら振り返った。

「工藤さんと初めて会ったのは、ビアホールだったんですよね。しかも昼12時開店の店に、開店前から私たち二人だけ並んで。普通に見たら、ただの『昼から飲みたくてしょうがない人たち』ですよね(笑)」

会場も笑いに包まれた。しかし、話し始めてすぐ、北村氏は「工藤さん、デンマークに来たことがあるんですか?」と思わず尋ねたという。彼が語る教育論が、あまりにもデンマーク的だったからだ。

「いや、ないです」と答えた工藤氏が、日本の学校現場で独自に重ねていた試行錯誤は、次のようなものだった。

  • 子どもたち自身に権限を渡すこと
  • 多数決に頼らないこと
  • 対話によって、「自由」と「自由」の合意形成を図ること

「僕はデンマークを目指していたわけではないんです。教員になってからずっと考えてきたのは、価値観が違う人たちが、どうすれば一緒に社会をつくれるのかということです。それをどう実践できるか調べていたら、デンマークではすでにやっていたというだけなんです」

二人を結びつけたのは、デンマークとのつながりではない。「民主主義をどう育てるのか」という、共通の問いだった。

「自由」と「自由」がぶつかったら、どうするのか

工藤氏が学校改革のなかで、一貫して子どもたちに問い続けてきたテーマがある。それが、「自由と自由がぶつかったら、どうするのか」という問いだった。

たとえば、授業中。勉強したい子もいる。勉強したくない子もいる。勉強したくない子が寝ているだけなら構わない。しかし、勉強したい子の邪魔をした瞬間に話は変わる。それは、相手の自由を侵害していることになるからだ。工藤氏は指摘する。


「日本の学校は、ここを教えてこなかったんですよ。多くの場合、教師は『ルールだから守りなさい』と言います。しかし、民主主義社会で必要なのは服従ではないですよね。なぜそのルールが必要なのかを理解することです。ここを区別できなければ、民主主義は成り立ちません。私は勤務先の麹町中学校でも、ずっとその話をしてきました。

でも、これを生徒以上に先生たちに理解してもらうのが、本当に難しかった。『工藤校長、生徒にそんな自由を認めて、なめられたらおしまいですよ』って。『おいおい!』ってなりましたよ(笑)」

北村氏もまた、デンマークでは幼い頃から、そうした感覚を育てていると語る。

「私も、息子が小学生の頃に、『僕はママの自由を尊重している。だから、僕の自由も尊重してほしい』と言われるようになりました。どうしても、自分がされてきた日本的な子育てを、自分の子どもにもしてしまうことがあったんですね」

一見すると大人びた言葉だ。しかし、それは特別な教育の成果というよりも、日常的に自由と責任について会話する文化があるからこそ生まれる感覚なのだろう。

自主性ではなく主体性──「言われたことをやる子」から「自分で考える子」へ

対談の最後に、工藤氏は「自主性」と「主体性」の違いについて語った。日本では、よく「自主性を育てましょう」という言葉が使われる。しかし工藤氏は、その言葉に違和感があるという。なぜなら、日本で語られる「自主性」は、ときに「先生が望むことを、先回りしてやること」になりがちだからだ。

一方で主体性とは、自分の頭で考えること、自分で判断すること、そして自分で責任を引き受けることである。それは、ときに先生の意見と違うことを言うことや、親の期待とは異なる選択をすることでもある。

工藤氏は、「主体性を育てる教育は、管理する教育とは相いれません。民主主義に必要なのは、自主性ではなく主体性なんです」と語った。

Q&Aタイムの様子

この後は、会場参加者からの質問を受け付けるQAタイムとなった。ここでは、やり取りの「ポイント」「結論」を中心に紹介する。そして最後に、この対談イベントを振り返ってみたい。

Q&A① 「怒られる」が染みついた親子関係は、やり直せるのか

対話は“問題解決”より先に、“雑談”から始まる

10歳の娘との関係についての質問だった。質問者は、これまで管理的な関わりを続けてきた結果、「なんでやらなかったの?」と尋ねても、娘が「また怒られる」と身構えてしまう状況になっていると語った。今からでも、心理的安全性のある関係を取り戻せるのか、という悩みである。

北村氏はまず、「片付けをしなかった理由」だけを聞こうとしない方がよいと答えた。親は、つい問題が起きたときだけ子どもに話しかけてしまう。しかし、それでは子どもが会話そのものを「注意される時間」だと認識してしまう。だからこそ、「今日はどうだった?」「何か面白いことはあった?」という雑談の時間を、普段から増やしていくことが大切だという。

一方、工藤氏は「お手伝い」という考え方そのものに疑問を投げかけた。多くの家庭では、「これはあなたが担当だからやりなさい」と伝える。しかし、本当に伝えたいことは、単に決められた作業を遂行することではない。子どもも家族の一員として暮らしている以上、家族という共同体を支える役割を、少しずつ担っていく必要があるということだ。工藤氏は、「お手伝い」ではなく「家族の役割を担う」と表現した方が、本質に近いのではないかと語った。

また親は、子どもの自立を願いながらも、困っている姿を見ると、つい先回りして助けてしまう。しかしそれは、子どもが自分で考え、自分で責任を持つ機会を奪うことにもなり得る。親子関係を変えるとは、子どもを変えることではない。まず親自身が、「管理する側」から「信頼する側」へ移ることなのだろう。

ポイント

  • 問題が起きたときだけ対話しない
  • 雑談の積み重ねが、心理的安全性をつくる
  • 「お手伝い」ではなく、「家族の役割を担う」と捉える
  • 自立の機会を奪わないために、親も変わる必要がある

Q&A② 「地域の教育」は、どこへ行ったのか

学校を変えることが、社会を変える近道になる

教育を語るとき、私たちは家庭と学校に目を向けがちである。しかし質問者は、「地域」という第三の教育空間について問いかけた。

工藤氏は、本来、子どもに最も大きな影響を与えるのは、家庭や地域社会の価値観だと語る。ただし、すべての保護者や、すでに大人になった人々の価値観を変えることは容易ではない。だからこそ、社会が変わるのを待つのではなく、まず学校を変える必要があるという。

学校で対話や相互尊重、意思決定への参加を学んだ子どもたちは、やがて親となり、地域を支え、社会をつくる。一見遠回りに見えても、学校を変えることこそが、社会を変える最も確かな近道なのだ。

一方、北村氏は、デンマークでの暮らしに今も日常的に残っている、「子どもを社会全体で育てる」「誰かが困っていたら自然に助ける」という周囲との関係性を紹介した。

日本では近年、「余計なことを言わない方がいい」「関わりすぎない方がいい」という傾向が強くなっている。しかし北村氏は、子どもが社会性を学ぶのは、学校の中だけではないと語る。むしろ、現実の社会のなかで多様な大人と接する経験こそが、重要なのではないかという。

工藤氏が取り戻したいと考える「昔の日本の良さ」も、過去の価値観そのものではない。「お天道様は見ている」「情けは人のためならず」といった言葉に象徴される、自ら秩序を守る感覚や、互いに支え合う文化である。それは、誰かに強制されて身につけるものではなく、人と人との関わりのなかで自然に育まれてきたものだという。

デンマークが民主的な学校教育を積み重ねることで社会を変えてきたのであれば、日本でも、寺子屋に見られたような学び合いや支え合いの文化を、現代の学校のなかで育て直すことができるのではないだろうか。

Q&A③ AIが答えをくれる時代、人間は何を学ぶのか

知識よりも、「問い」が重要になる

「AIの急速な進化によって、教育はどう変わるのか」。これは、会場から投げかけられた大きなテーマだった。

工藤氏は、「5年前にはなかったものが、今では日常になっている」と語る。自身もAIを使わない日はほとんどなく、文章の構成や情報整理など、これまで膨大な時間がかかっていた作業が大きく変わったという。

だからこそ今後は、「何を知っているか」ではなく、「どう考えるか」が重要になると指摘した。AIは、知識や情報を瞬時に提示できる。しかし、「何を問い」「どの情報を信じ」「それをどう活用するのか」は、人間が決めなければならない。

北村氏は、デンマークで起きている別の議論を紹介。AIが広がるほど、巨大なデータセンターが必要になる。そのため、「本当にそこまでしてAIを使うべきなのか」という議論も行われているという。

興味深いのは、北村氏が関わるデモクラシー・フィットネスのトレーナー養成では、意図的に紙と手書きを使う場面が多いことだ。AIを否定しているのではない。AIだからできることと、人間だからできることを区別して考えようとしているのである。

民主主義は「鍛えて」身につける。デンマーク発、デモクラシー・フィットネスに参加してみたら

未来の教育に必要なのは、単にAIを使う方法を教えることではない。AIを使いながらも、自分で考える力を手放さない教育ではないだろうか。

ポイント

  • AIは、知識へのアクセスを劇的に変える
  • 重要になるのは、「問いを立てる力」である
  • AIにできることと、人間にしかできないことを区別する
  • 対話や思考の価値は、むしろ高まっていく

Q&A④ 対話教育の本質とは何か

「誰も負けない着地点」を探す民主主義

最後の質問は、対話教育の核心に迫るものだった。対話を大切にしようとしても、現実には、自分の意見を譲らない人もいる。そうした状況で、どこから対話を始めればよいのだろうか。

工藤氏はまず、「全員が納得できる目的を確認すること」が、対話の出発点だと語った。例えば、部活動で「県大会優勝」を目標に掲げる。しかし、その目標を全員が本当に望んでいるのだろうか。優勝したい人もいれば、楽しく活動したい人もいる。目的が共有されていないままでは、どれだけ話し合っても対話にはならない。

一方、北村氏は、デンマーク流の対話を紹介。意見が違う相手に対して、「なぜそう考えるのですか」「どんな経験があったのですか」と、好奇心を持って尋ねるのだという。説得しようとするのではない。まず、理解しようとする。すると、関係が少しずつ変わり始める。そして最後に紹介されたのが、デンマークの象徴的な言葉だった。

「最上の妥協点」「みんなにとってのセカンドベスト」

工藤氏は、「誰も負けない地点を探すこと。それが民主主義だ」と語った。

対話とは、論破することではない。正解を探すことでもない。異なる人々が共に生きるために、誰も置き去りにしない着地点を探し続ける営みなのである。

対話は、相手を変えるためではない

この対談を通して繰り返し浮かび上がってきたのは、「デンマークは特別な国ではない」ということだった。そして、「デンマークも変わったのだから、日本だって変われるはず」という、対談の冒頭で工藤氏が語り、その後も何度も繰り返された言葉こそが、対談全体を貫くメッセージだった。

かつては体罰や権威主義があり、子どもを管理する教育が当たり前だったデンマークは、およそ200年にわたる歴史のなかで、教育の目的を問い直し、対話と民主主義を学び直してきた。その歴史は、今の日本にも大きな示唆を与えている。

これからの日本社会は、確実に大きな転換点を迎える。人口減少、AIの急速な進化、価値観の多様化、地域コミュニティの変化、働き方の変化。これまでのように、「正解を覚え、指示に従う人材」を育てるだけでは立ち行かなくなる時代が、すでに始まっている。工藤氏が語ったように、知識を蓄積すること以上に、自ら問いを立て、多様な人と協働し、対話しながら答えを探していく力が求められる社会へと移行しつつある。

だからこそ、日本の教育もまた、変えることができる。その変化は自然に起こるものではない。デンマークもまた、誰かが本気で問い続け、学び続け、対話を重ね続けたからこそ変わった。対話教育も、民主主義も、主体性も、誰かが完成した形で与えてくれるものではない。

子どもに主体性を求める前に、大人自身が主体的に考える必要がある。子どもに対話を求める前に、大人同士が対話を学ぶ必要がある。子どもに民主主義を教える前に、大人自身が「誰も負けない着地点」を探す努力をしなければならない。そして、その変化は、必ずしも国の制度改革から始まるとは限らない。

家庭で、「言うことを聞かせる」から「どうしたい?」へ。
学校で、「正解を教える」から「一緒に考える」へ。
地域で、「誰かが決める社会」から「みんなでつくる社会」へ。

デンマークの教育改革とは、学校だけの改革ではなかった。社会全体が「支配」から「対話」へと価値観を転換していく、200年にわたる変化のプロセスだったのである。

子どもに問いを返す社会では、大人も問いを返すようになる。子どもを信頼する社会では、人を信頼する文化が育つ。思決定に参加して育った子どもは、大人になっても、社会の意思決定に参加する。

問われ続けているのは、私たち大人が、子どもたちの未来にどれだけ本気で向き合うのかということだ。変わることのできる未来があるとして、私たちは本気で変わろうとしているだろうか。

【参照サイト】<対談>日本の教育をアップデートする!~デンマークの対話教育に学ぶ、個性を伸ばし、自律した子を育てる秘訣
【参照サイト】経済力も幸福度も高くなる デンマークのすごい教育

Edited by Erika Tomiyama

この記事を書いたライター

八木橋 パチ

Yagihashi Pachi

八木橋 パチ(やぎはし ぱち)。「#混ぜなきゃ危険」をタグラインに、つながりをエネルギーに変え、組織や個人の力を引き出すコラボレーション・エナジャイザー。近年は、障害のある方や外国ルーツの方など、声が届きにくい人たちの「働きにくさ」を起点に、すべての人にとっての「誇りある就労」を探究している。人間の矛盾や多様性を愛し、雑談と好奇心から豊かな時間と新しい可能性を生み出そうと、常になにかと格闘中。(この人が書いた記事の一覧