「本を読まない人とは付き合えない」?読書でポイントがもらえる国も現れたいま、私たちは「本」に何を求めているのか

2026.10.19

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「本を読まない人とは、付き合えない」

恋愛の条件をめぐる会話のなかで、そんな言葉を耳にしたことはないだろうか。続けて誰かが「でも、自己啓発本ばかり読んでいる人もちょっと」とささやく。他愛ない笑い話のようでいて、考えてみると不思議なやりとりだ。私たちはいつの間にか、相手が本を読むかどうか、何を読むかによって、その人の内面を推し量ろうとしている。

海外でも同じような問いが語られている。英カルチャー誌Dazedの記事は、カップルの間で読書量に大きな開きがある「リーディング・ギャップ」の関係を取り上げた。記事に登場する女性は、読書量の差も一因となって恋人と別れている。本に心を動かされても、その高揚を彼と分かち合えない。当時の寂しさを、彼女は「孤独」という言葉で振り返っていた。

読む力で世界一の国が、読書にお金を払う理由

恋人選びという個人的な場面からスケールを広げて、「読書」を考えてみたい。

2026年9月、シンガポール政府は国民に1日15分の読書を促すため、報酬を支払う制度を始めた。政府のウェブサイトに15分以上の読書を記録すると20コインが付与され、1,000コインで1シンガポールドルに交換できる。記録できるのは1日1回までなので、1ドルを手にするには50日間、毎日読み続ける必要がある。

50日で、日本円にして100円あまり。金額だけを見れば、さほど高いとはいえない報酬だ。

制度の狙いは「ドゥームスクロール(悲観的なニュースを延々と読み漁ってしまうこと)」に対抗し、集中力や批判的思考、想像力を育むことにある。国立図書館庁の長官は、私たちはコンテンツや情報、刺激が溢れかえる世界に生きていると語り、だからこそ「バスの中で、寝る前に、昼休みに」15分から始めようと呼びかけている。

興味深いのは、シンガポールの15歳の生徒たちが、2025年のPISA(OECD生徒の学習到達度調査)の読解力で世界1位になっているという事実だ。読む「力」では世界の頂点にいる国が、それでも国民に本を読ませようとしている。つまり政府が危惧しているのは、読解力の低下というよりも、スマートフォンの画面に吸い込まれていく日々の中で、「本を読む時間」そのものが失われていくことなのだろう。

黙って集まる、読書会という場

そんな中、世界各地で新しい読書のかたちも生まれている。

北米では、Z世代やミレニアル世代の間で読書が再び盛り上がっており、その多くがドゥームスクロールや絶え間ないSNS利用による心の疲れから逃れる手段を求めているという。

中でも急速に広がっているのが「サイレント・ブッククラブ」と呼ばれる形式だ。メンバーは図書館やカフェといった公共の場に集まり、それぞれが持ち寄った本を静かに読む。課題本もなければ、感想を言い合う時間も必須ではない。

本について語り合わない読書会。一見すると矛盾しているようだが、ここに集まる人々が求めているのは、本の中身を分かち合うことではなく、スマートフォンを置いて「読む時間」を誰かと一緒に確保することなのだろう。一人ではつい手が伸びてしまう画面から、同じ空間で本を開く他者の存在が、そっと守ってくれる。シンガポールが制度とポイントで実現しようとしていることを、「場」のデザインで実現している事例とも言える。

日本でも、ここ数年で各地に読書会やブッククラブが開催されるようになり、韓国でも若い世代を中心に、読書を「クール」なものとして楽しむ「テキストヒップ(Text Hip)」というカルチャーが広がっている。

いま、「読むという行為」が意味を持ちはじめている

ここまでの現場を振り返ると、一つの共通点が見えてくる。いずれの場面でも、本は単に中身を得るためのものではなくなっているのだ。

シンガポールや読書会で求められているのは、スクロールから離れて過ごす「時間」だった。一方、冒頭の恋愛の話で求められていたのは、相手の人となりを映し出す「しるし」としての本である。

フランスの文学研究者ピエール・バイヤールは、著書『読んでいない本について堂々と語る方法』の中で、教養とは個々の本の中身を知ることではなく、書物の全体の中でその本がどこに位置するのかを把握することだと論じた。バイヤールの議論を少し広げて考えてみれば、読書はもともと、中身を得る行為であると同時に、自分が文化のどこに立っているかを示す行為でもあった。

「自己啓発本ばかり読んでいる人は」という声も、この視点から見ると輪郭がはっきりする。そう口にする私たちの多くは、その本を実際に読んだわけではないかもしれない。問われているのは本の中身だけではなく、本が映し出す「その人らしさ」なのではないだろうか。

もっとも、本で人を推し量ること自体は、いまに始まったことではない。変わったのは、測られているものの方だ。情報も要約も数秒で手に入るいま、希少になったのは知識ではなく、一冊の本に長く注意を向け続ける時間である。「本を読む人」であることは、スクロールから離れ、自分の時間をどこに向けるかを選べる人であることのしるしにもなっているのだ。読書が恋人選びの条件になりうるのは、本が、相手の価値観だけでなく、時間との向き合い方までを推し量る「ものさし」として働いているからだろう。

本がものさしになること自体は、悪いことではない。誰かの目を意識して手に取った一冊が、やがて手放せない一冊になることもあるだろうし、恋人や友人に誘われて参加した読書会が、自分のために本を開くきっかけになることもあるはずだ。習慣というものは、たいていそうした小さな入口から始まる。

気をつけたいのは、そのものさしが他人の目にしか向かなくなったときだ。相手の本棚で人を測り、自分の本棚がどう測られるかばかりを気にしていると、読書はいつの間にか、SNSと同じように、評価し、評価されるための時間になってしまう。形から入った読書が、やがて誰の目も気にしない自分のための時間へと変わっていくこと。大切なのは、その移り変わりなのだと思う。

もし誰にも見られず、何のポイントも貯まらない15分があるとしたら。あなたはそこで、どんな本を開くだろうか。

【参照サイト】Help! My boyfriend doesn’t read
【参照サイト】Singapore pays people to pick up a book in battle against doomscrolling
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この記事を書いたライター

京都生まれ、東京育ち。大学院では都市社会学を専攻し、シンガポールを対象としたフィールドワークを通じて、大都市における人々の暮らしと都市の緑との関係を探究。現在はアーティクル株式会社グローバル事業担当執行役員としてロンドンを拠点に活動。2020年からサステナビリティ領域を取材。イギリスをはじめとする欧州のサーキュラーエコノミーに関する情報発信、レポート執筆、講演などを行っている。認定ファシリティマネージャー、CSRリーダー。関心テーマは、まちづくり、ジェンダー、新しい経済や働き方。