現代を生きる私たちの「耳」は忙しい。作業中も移動中も、音楽にポッドキャスト、テレビ番組、映画、配信動画など、デジタル社会だからこそアクセスできる多くのコンテンツがあるからだ。
しかし、音声コンテンツで満たされているからこそ、聞こえにくくなる音もあるのではないだろうか。外で鳴く鳥の声、木々を揺らす風、雨が地面を打つ音……そんないつもは意識の外にある「自然の音」を主役に据えたフェスが、フィンランドで開かれた。
2026年10月10日から31日まで、フィンランド南東部ピュフター(Pyhtää)の湿原が広がるヴァルクムサ国立公園で開催されている「Hiljaa Fest(ヒルヤー・フェスト)」だ。Hiljaaはフィンランド語で「静かに」「ゆっくり」などを意味する。英語では人気音楽フェス・コーチェラをもじってQuietchellaとも呼ばれる、いわば「世界一静かなフェス」である。公園の位置するピュフター自治体と、同地区を含むコトカ・ハミナ地域の公式観光推進機関が企画し、アウトドア企業など複数社がパートナーとして参加した(※)。
公式サイトの出演者紹介は、まるで音楽フェスのラインナップ発表。クロライチョウや鶴、トカゲに加えて、朝霧や風の香りもフェスの一部として紹介されている。
そしてフェスの「顔」を務めるのが、ヴァルクムサ国立公園のシンボルであり、フィンランドでも希少な種であるという蛾「Rämekulmumittari(和名:ベニヒメシャク、学名:Idaea muricata)」だ。ただし公式サイトでは「飛翔時期の都合上、出演しないかもしれず、あるいはサプライズで現れるかもしれない」と案内されている。自然の時間は、人間の都合では動かないことを物語る一文だろう。

Photo by Cursor OY, via Visit Kotka-Hamina

Photo by Julia Kivela, via Visit Kotka-Hamina

Photo by Cursor OY, via Visit Kotka-Hamina
2026年10月10日のオープニングは招待制で、定員は30人の抽選制。「静かなフェスだから」という理由が添えられているのが、このフェスらしい。オープニング後は誰でも参加できるセルフガイド型のフェスとなり、会期中いつでも訪れることができる。
会場のヴァルクムサ国立公園は、フィンランドの最南端に位置する。30種類以上の湿原・沼地が確認されている場所で、数千年前にこの地域の浅い湖が草木に覆われ、苔が生え始めたことで形成されたという。
このフェスの芸術監督であり、荒野ガイドでもあるシモ・ペリ氏は、公式サイトでゲストにこう呼びかけている。
「私にとってヴァルクムサは、常に日々の喧騒から離れ、立ち止まって耳を澄ませる場所であり、一見静寂に包まれているかのようです。けれど、実は生命力に満ち溢れている場所なのです。私とは無関係に、その生命は独自のペースで、独自の条件で続いていきます。それは人の心を捉えるものでありながら、同時に、人を小さく感じさせるものでもあり、力を与えるものでもあります。ヴァルクムサで、この静かで力強い感覚を他の人々にも感じてもらえたら嬉しいです」
自然の中で過ごす時間を勧める呼びかけは、これまでにも数多くあった。その中でHiljaa Festが際立つのは、自然観察を「詳しい人のための趣味」としてではなく、ステージ、ラインナップ、ヘッドライナーといった音楽フェスの言葉に翻訳した。草木や鳥を「アーティスト」と捉え直すと、彼らは人間が湿原を歩くときのBGMではなく、彼らこそが湿原の主役であり、そこに少しの間入らせてもらうような感覚にもなる。
大音量のスピーカーも、きらびやかな照明もない、世界一静かなフェス。それは湿原の中だけで完結する体験ではなく、私たちが日常で何に耳をすませ、身近な世界をどう理解するのかを問いかけるきっかけにもなるはずだ。
※ Finnish National Park Hosts “Quietchella” Festival To Soak In The Sounds of Nature
【参照サイト】Hiljaa Fest 10.-31.10.2026, Valkmusan kansallispuisto|Visit Kotka-Hamina
【参照サイト】Valkmusan kansallispuisto|Visit Kotka-Hamina
【参照サイト】The World’s Happiest Country Invites Tourists to ‘Quietchella,’ a Nature Festival Celebrating Silence and Wildlife|People
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