1,120万人。2024年の米大統領選で、環境問題に強い関心を持つと推定されながら、投票しなかった登録有権者の数だ。米国の非営利団体Environmental Voter Project(EVP)が公表した推計である(※1)。
投票しなかった理由は人それぞれであり、この数字だけではその背景まではわからない。候補者や政治への複雑な思いから投票を見送った人もいれば、投票する意思がありながら、情報や時間などの壁に直面した人もいるだろう。投票するかどうかは、一人ひとりが決めること。そのうえで、政治参加を望む人が、より行動しやすくなる方法はないだろうか。
そんな問いに、身近な人とのつながりを通じて向き合おうとする取り組みがある。アウトドア企業パタゴニアが2026年9月26日に始めた「11.2 Million Vote Project(1,120万人の投票プロジェクト)」だ。
同プロジェクトでは、2026年11月3日の米中間選挙に向け、友人や家族など3人に投票に必要な情報をまとめたガイドを共有した参加者が、パタゴニア製品の購入に使える100ドル分(約1万5,661円)のパタゴニア製品購入用クレジット、または同社による環境政策団体League of Conservation Voters(LCV)への100ドルの寄付を選べる仕組みを導入した。
参加者はオンラインツール「Rally」を使い、身近な3人に投票日、投票所、期日前投票や郵便投票の方法などを案内する。単に「投票しよう」と呼びかけるのではなく、いつ、どこで、どう投票するかを具体的に考えてもらう仕組みだ。重要なのは、報酬が自分や相手の実際の投票行動には連動しないことだ。特定の政党や候補者への支持も条件に含まれず、パタゴニアはこの取り組みを「非党派」と位置づけている。
広告よりも「人のつながり」に。パタゴニアが投じた1,120万ドル
パタゴニアは、1978年に地元紙に投票を呼びかける広告を掲載して以来、環境問題を意識した政治参加を積極的に促してきた。2016年からは米連邦選挙の投票日に店舗やオフィスを休業するなど、従業員や顧客が投票に参加しやすい環境づくりにも取り組んでいる。
そんな同社が今回、新たに着目したのが、お金の使い道だ。キャンペーンサイトでは、大規模な広告を出す代わりに、コミュニティの力を生かす方針を示している。不特定多数に広告で呼びかけるのではなく、友人や家族といった身近な人たちを通じて投票に必要な情報を届ける。その仕組みを支えるために、最大1,120万ドルの予算を用意した。
こうした投票計画づくりの効果を示唆する研究もある。2008年の米大統領選で約28万7,000人を対象に行われた実地実験では、投票計画を具体的に考えるよう促すことで、電話で連絡が取れた人の投票率が4.1ポイント上昇した。ただし、これは今回とは異なる手法による実験であり、同様の効果が得られるとは限らない(※2)。
パタゴニアが10月1日に発表した結果によれば、開始からわずか4日間で11万2,000人以上が参加し、それぞれ少なくとも3人に投票計画づくりを呼びかけた。同社は、約50万人が投票計画を持つに至ったとしている。用意された1,120万ドルの予算枠は9月30日までにすべて割り当てられ、100ドルの特典提供は終了した。一方、投票計画を共有するツール自体は、引き続き利用できる。
政治参加を促すために、消費を増やしてもよいのか?
一方で、この取り組みには考えるべき点もある。その一つが、政治参加を促すためのインセンティブとして、商品購入に使えるクレジットを提供することだ。
100ドルのクレジットは、もともと購入を予定していなかった人の購買意欲を刺激する可能性がある。製品の製造や輸送には資源とエネルギーが必要であり、環境保護を掲げる企業だからこそ、民主主義への参加を支える手段として消費を促すことには、議論の余地がある。もちろん、今回はクレジットの代わりに環境政策団体への寄付を選ぶこともできた。実際にどれだけの人がクレジットを利用し、新たな購入につながったのかは、公表された情報からはわからない。
また、取り組みの成果をどう評価するかという問いも残る。投票計画を立てることと、実際に投票することは同じではない。約50万人が投票計画を持ったという数字は、あくまでパタゴニアが発表したものであり、今回の取り組みが投票率にどれほど影響したのかを判断するには、選挙後の検証が必要になるだろう。
それでも、この試みが投げかける問いは興味深い。企業は、社会課題についてメッセージを発信するだけでなく、人々が行動を起こすための仕組みそのものを支えることができるのではないか。
広告で関心を集めることから、情報を届け、行動のハードルを下げることへ。今回の取り組みは、企業のお金の使い道を、これまでとは異なる角度から捉え直す試みともいえる。
※1 The Environmental Voter Project identifies millions of non-voting environmentalists and turns them into consistent voters.
※2 Do You Have a Voting Plan?: Implementation Intentions, Voter Turnout, and Organic Plan Making
【参照サイト】In 4 days, Patagonia committed $11.2M in credits to community members who helped friends and family plan to vote
【参照サイト】États-Unis : Patagonia offrira 100 dollars à tout Américain qui pousse ses proches à aller voter aux midterms
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