沈黙する「自然のオーケストラ」が、私たちに教えてくれること

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まずは、リンク先から1分間だけでも聴いてみて欲しい。サウンドスケープ録音家、バーニー・クラウス氏の作品「The Great Animal Orchestra(壮大な野生のオーケストラ)」だ。

The Great Animal Orchestra

「The Great Animal Orchestra」(カルティエ現代美術財団)

リリリリリ…….と絶え間なく続く虫の声の後ろで、ときおり鋭く鳴く鳥の声。パタパタと木々や地面を打つ雨の音に、ゴロゴロと地底から鳴り響くような雷の音……さまざまな音が幾重にも織り重なった深いサウンドは、タイトル通り、複数の楽器が共鳴するオーケストラのようだ。

しかし、この「自然のオーケストラ」は、段々と“沈黙”するようになってきている。

冒頭の作品を制作したバーニー・クラウス氏は、55年間にわたり世界各地で5,000時間にも及ぶサウンドスケープを録音してきた。「自然の美しい音が好きで、リラックスできるから」という個人的な理由で始めたサウンドスケープの録音だったが、続けるうちに彼はそのデータが生態系の“健康状態”を計測できる、貴重な価値を持つものであると気づいたという。

そのうちのひとつが、クラウス氏の自宅近く、サンフランシスコのシュガーローフ・リッジ国立公園の人気スポット、ヒロハカエデの側での毎春の録音だった。Guardianの取材記事に掲載されているその録音からは、2003年には勢いよく流れる水と多様な鳥の鳴き声が聞こえてくる。

だが、2009年の録音で、彼は聞こえてくる音の「密度」と「多様性」がかすかに減ったことをその耳で捉えそうだ。Gurardianの取材記事によれば、この年は一部の種類の木の葉が例年と比べ2週間も早く芽吹き始め、それが例年訪れる渡り鳥たちに影響を及ぼしたという。

2014年、カリフォルニアがこの1,200年のうち最も厳しいと言われる干ばつに見舞われ、翌年の2015年、鳥の鳴き声と水の音は聞こえなくなった。さらにその後、2017年に公園は山火事により甚大な被害を受け、2020年には再び起こった火災で、ヒロハカエデの木も燃えてしまった。そして2023年。公園には完全な静寂が訪れた。

「ここで起こっていることは、(地球上の)ほとんどすべての場所で、より大きなスケールでも起こっていることを示す、小さな示唆なのです」
Guardianの取材記事より

自然界の音を通して環境を測定しようと試みるのは、クラウス氏だけではない。近年、異なる学問分野で成熟してきた生物学と音響学が融合した「生物音響学(Bioacoustics)」が技術の進歩と共に発展し、音は生態系の健康と生物多様性を測定する方法として注目されるようになっている。

そして彼と同じように、生物音響学を用いる多くの科学者たちが、世界中の生息地で“静寂”が広がっていることを確認しているという。2021年の『Nature』誌に掲載された研究でも、「過去25年間で、北米とヨーロッパにおける20万の地点で音景の音響多様性と強度が普遍的に失われている」と報告された。

「40年前、レコーディングを開始した当時は、10時間もすればレコードや映画のサウンドトラックなどに使える良質な音のデータが1時間分は収集できました。ですが今は、地球温暖化や資源の採掘、人工音や他のさまざまな要因のために、同じクオリティの音を集めようとすると1,000時間はかかります」(TED Talk 「自然界からの声」より)

自然の音は、人間が作り出す音と比べると、不規則で、偶発性の強いものに感じられるかもしれない。しかしクラウス氏は、「聞こえてくる音すべてに意味がある」と言う。

例えば、動物が鳴くのは仲間やパートナーを探すためだったり、縄張りを守るためだったりする。特定の季節に特定の場所で同じ鳥の鳴き声がするのは、その季節に鳥が必要とする住処や餌がその場所に十分にあることを意味する。すべては、天才作曲家が書いた音符のように、意図や理由を持って存在するのだ。

だからこそ私たちは、その変化を聞き逃してはならない。自然からのメッセージに、真摯に耳を傾け続けなければならない。自然が、完全にその演奏をやめてしまう前に。

【参照サイト】No birdsong, no water in the creek, no beating wings: how a haven for nature fell silent
【参照サイト】World faces ‘deathly silence’ of nature as wildlife disappears, warn experts
【参照サイト】バーニー・クラウス: 自然界からの声(TED Talk)
【関連記事】普段は聞けない「自然の声」を聴き、生物多様性を守る世界のテクノロジー5選
【関連記事】サンゴ礁の状態は「音」でわかる?海の生態系に耳を傾けるイギリスの研究者たち

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