Category Archives: コラム
女性はいつまでトイレに並ばなければいけないのか。空間設計から読み解く、都市のインクルーシブ・デザイン
女性トイレの長い列。それは「化粧直し」のせいではなく、都市の「設計」の不備かもしれません。面積を男女平等に分けることが、なぜ時間の不平等を生むのか。スペインのタクシードライバーの経済損失から、日本の最新の国交省指針まで。トイレの行列から見える、真のインクルーシブ・デザインのあり方を考えます。
2週間で84カ国の排出量。イラン戦争が奪う「炭素予算」と気候正義の余白
軍事行動によるインフラ破壊や燃料燃焼は、人命のみならず地球の炭素予算を食いつぶし、経済停滞による気候投資の鈍化を招きます。この連鎖の中で、平和とサステナビリティはどう繋がり合っているのか。その構造的危機を問うていきます。
なぜメディアとして「問い」にこだわる?誰もが乗れる“船”としてのジャーナリズムの輪郭
「解決策」から「問い」のジャーナリズムへ。IDEAS FOR GOODが掲げる新たなメディアのあり方の輪郭が見え始めています。なぜ、解決策よりも問いなのか。問いそのものが持つ可能性とは?
コミュニティ飽和時代。茅刈りをしながら、欠けている「何か」を考える
そのコミュニティでは、変化を“実感”することができますか?──自由な繋がりが増える一方、私たちは「場を消費する傍観者」になってしまうこともあります。茅刈りの一日は、「誰かに代替できないこと」を土台としたつながりの形を教えてくれました。
未来の商業施設はどこへ向かうのか。JR東日本企画jekiのビジョンに見る、「つくる場所」という可能性
オンラインで欲しいものが手に入る時代に、なぜ人はショッピングモールへ行くのか。JR東日本グループのjekiが、日本の商業施設の新しい役割を示す未来ビジョンを発表しました。
防災は、モノではなく関係性かもしれない。「まさか」のときを支える日常のデザイン
防災というと、水や非常食など「何を備えるか」に目が向きがち。しかし、災害時に人を支えるのはモノだけだろうか。日常と非常時を分けない「フェーズフリー」の発想や、それを実装した北海道小清水町の複合庁舎「ワタシノ」の事例から、防災を暮らしや街のあり方として捉え直します。
「孤独のインフラ」は都市の希望か。フェミニスト・シティの視点で東京の夜を歩く
ロンドンの夜は「社交」のためにあり、東京の夜は「ひとり」を許容する。この違いを、『フェミニスト・シティ』著者レスリー・カーンの視点を補助線に読み解くと、予期せぬ都市の希望が見えてきました。ケアの役割から解放される「孤独のインフラ」の可能性とは。
アルゴリズムの「外」へ。米国で再燃するZINEは、何を取り戻すのか
アルゴリズムが分断を加速させるデジタル時代に、米国でZINEが再び注目を集めていると、英ガーディアンが報じています。書き、綴じ、手渡すという遅く身体的な行為を通じて、対話と信頼を取り戻し、企業依存のSNSとは異なる「公共のかたち」を模索する動きが広がっているのです。
テクノロジーは「ちょっと不便」ぐらいが幸せ?SNSを制限して気づいた、足りないもの
無意識にスマホを開いてしまう──筆者もその一人です。SNSを制限して気づいたのは、自制心ではなくデジタル技術の「摩擦」の大切さ。あえて“不便さ”をデザインに取り入れたら、デジタルテクノロジーをもっと心地よい存在にできるのかもしれません。
「足るを知る」を国策に。脱成長と公正な移行の起点となる「十分政策(Sufficiency Policy)」のいま
脱成長が理念の領域を抜け、政策にも取り入れられはじめました。その中核にあるのが「十分政策(Sufficiency Policy)」。欧州で進むエネルギーや住居への介入は、私たちが個人の心がけとして抱えてきた「足るを知る」を、社会システムとして実装する試みです。「成長か否か」の二元論を超え、「何をもって十分とするか」を問い直す、変革の現在地を描きます。
自転車政策は「住みやすさ」の指針であり「美学」。パリが示した、文化としてのサステナビリティの育て方
パリでは自転車が「環境にいい移動手段」ではなく、街の心地よさをつくる文化として根づきつつあります。最新研究が示すのは、インフラ整備だけでなく、緑化や公共空間の再編が人々の移動と価値観を変えたという事実です。
フィンランドの差別的ジェスチャー騒動が問う、「極端な意見も内包する」民主主義の葛藤
2025年、フィンランドで起きた差別的ジェスチャー炎上は、単なる個人の問題を超え、国家の価値観を問う事態へと発展しました。排外的な声を「内包する」民主主義は、どこまで許されるのか。その葛藤と緊張を、現地の文脈から読み解きます。
「もっと時間があれば」は個人の問題ではない。社会の指標をお金から“時間”に変えたら
環境に良い選択も、穏やかな暮らしも、時間がなければ実現するのは難しいものです。社会の指標を「お金」から「時間」へと変えたとき、私たちの生き方はどう変わるでしょうか。
2026年の鍵を握るのは?適応、AI、ローカル、脱成長──2025年の変化から読み解く
2025年は、適応、AI、ローカル、脱成長といった言葉が、理念ではなく「現実の選択肢」として語られ始めた一年でした。そこにあったのは、明快な答えではなく、増え続ける問い。しかし問いが増えたということは、世界を捉える解像度が上がったということでもあります。2025年に現れた兆候から、私たちは2026年をどう読み、どんな選択肢を描けるのでしょうか。
「スロー」は気候危機への処方箋となるか。ファッション・建築・テクノロジーの実践からの考察
スローなファッションウィークに、スロー建築、スローフード、スローシティも……?世界各地で起きる「ゆっくりであること」に価値を置く取り組みが、気候変動へのアプローチを問いかけます。
気候変動を“自分ごと”にする、「身体化された気候ジャーナリズム」の可能性
過去最高気温を記録した夏、一瞬で過ぎ去った秋。2025年も気候変動の影響を肌で感じる年となりました。そんな中、気候変動報道に求められていることとは?データや客観性を超えた新たな報道のあり方を考えます。
