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エネルギー貧困とは・意味

毛布にくるまる女性

エネルギー貧困とは?

エネルギー貧困(Energy Poverty)とは、エネルギー価格の高騰や低所得、住居のエネルギー効率の低さなどが原因で、暖房・冷房・照明・調理といった基本的なエネルギーサービスを十分に利用できない状態を指す。

私たちは皆、日常生活においてエネルギーに依存している。適切な生活水準を確保し、健康を保証するためには、生活する上で十分なレベルのエネルギーが必要になる。

しかし、ある家庭において、その住民の健康と福祉に悪影響を及ぼす程度までエネルギー消費を削減しなければならない場合、エネルギー貧困が発生する。これにより、健康や生活の質が損なわれる可能性がある。

特に、エネルギー価格の高騰や経済的困難が重なると、影響を受ける世帯は増加し、社会的な課題となる。

エネルギー貧困を引き起こす原因

エネルギー貧困は多面的な現象であるが、主に以下の3つの根本原因によって引き起こされる。

  • 低所得
  • 高いエネルギー価格(エネルギーに費やす家計支出の割合が高い)
  • 低いエネルギー効率(建物や家電製品のエネルギー性能が低い)

欧州委員会は公式ウェブサイトにて、EUにおいてエネルギー貧困が私的な性質とその複雑さゆえに大きな課題となっていることを指摘している

また新型コロナウイルスによるパンデミックや、それに続いて発生したエネルギー価格の高騰、2022年2月に発生したロシアによるウクライナ侵攻は、すでに困難な状況に置かれていた人々にとってその状況を悪化させるものとなった。

日本のエネルギー貧困にも、エネルギー価格の高騰が影響を与えている。エネルギー自給率が12.6%(※)にとどまる日本では、海外の燃料価格に大きく左右されるからだ。また、光熱費を含む生活必需品の価格上昇は家計に逆進的な負担を発生させるため、低所得層は燃料価格上昇の影響を受けてエネルギー貧困に陥りやすくなる。

※ 経済産業省資源エネルギー庁による報告書「エネルギー白書2024」より、2022年度のエネルギー自給率

国立研究開発法人 国立環境研究所はウェブサイトにて、日本では光熱費支出が収入の10%以上に上る世帯が約130万世帯(2.6%)あり、中長期的なエネルギー価格の上昇が予想されること、低所得世帯の増加により、今後エネルギー貧困問題が深刻化していくことが予想されるとしている

エネルギー貧困と脱炭素のジレンマ

脱炭素化は、気候変動の緩和や持続可能なエネルギーシステムの構築を目指すものである。しかしその一方で、エネルギー貧困を悪化させる可能性も指摘されている。

たとえば脱炭素に伴い、再生可能エネルギーへの転換や炭素税の導入などが進められているが、これらの施策によってエネルギーコストが上昇し、特に低所得層にとってエネルギー費の負担が増加する懸念がある。

日本において、発電量の約4分の3は火力で賄われており、燃料価格の影響を強く受ける。公益財団法人地球環境産業技術研究機構による2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析によると、ただでさえ燃料価格高騰の影響を受けてエネルギー費の負担が増加する中、電力のすべてを再生可能エネルギーで賄うことで、発電コストが跳ね上がると記されている

なお、エネルギー貧困と脱炭素のジレンマは、先進国と新興国の間でも見られる。

論文「Policy spillovers from climate actions to energy poverty」では、2000年から2020年の各国データを用いて、気候変動対策がエネルギー貧困に及ぼす影響を分析。その結果、気候変動対策がエネルギー貧困に与える影響は国によって異なること、特に低所得国では、既存のインフラが脆弱であり、エネルギー価格の変動に対する耐性が低いため、炭素税などの施策が負の影響をもたらす可能性があることを示唆している

再生可能エネルギーへの転換は脱炭素には欠かせない。しかし、再生可能エネルギーの導入によって発電コストが上昇し、電気料金が引き上げられると、エネルギー貧困を深刻化させる可能性がある。そのため、上記論文は、エネルギー貧困を防ぎつつ脱炭素化を進めるためには以下のような慎重な政策設計が必要であると述べている。

  • 低所得者層向けのエネルギー補助金
  • エネルギー効率の高い住宅の普及促進
  • 再生可能エネルギーのさらなる価格低下を促す制度設計など

また、各国の政策が相互に影響を及ぼすため、国際的な連携も重要とされる。新興国への国際的な資金援助や技術移転を行うことで、気候変動対策とエネルギー貧困対策の両立を図り、持続可能なエネルギー移行の達成に貢献することが期待されている。

エネルギー貧困対策

前述の通り、すべての人にとって公正な脱炭素を達成するためには、エネルギー貧困に対策していくことが欠かせない。ここでは主な対策とされている、エネルギー効率の向上、経済的支援、再生可能エネルギーの導入支援について説明する。

エネルギー効率の向上

住宅や公共施設の断熱性を高め、省エネルギー機器の導入を促進することで、エネルギー消費を削減し、光熱費の負担を軽減できる。たとえば、LED照明や高効率の暖房・冷房システム、適切な断熱材の使用などが有効な事例として挙げられる。

ただし、奥島真一郎『「エネルギー貧困」・「エネルギー脆弱性」・「エネルギー正義」:日本における現状と課題(科学 Nov. 2017 Vol.87 No.11、岩波書店)』によると、エネルギー貧困世帯は一般的にエネルギー効率の低い住宅に住んでいるだけでなく、既築住宅を補修改修するための資金もないとされる。

同記事では、以下に示す日本の現状を指摘している。

  • 国土交通省によると約4割もの住宅が無断熱(2012年時点)である
  • 筆者の研究において「10%指標」(※)で測ったエネルギー貧困世帯のうち約43%が住宅の省エネ基準のない1979年以前に建てられた持家に住んでいた
  • これまでの改修補助は主にある程度の蓄えを持った世帯向けのものであった

※「エネルギー支出額/所得」が10%を上回る世帯ないしは個人を「エネルギー貧困」と定義するもの。

そこで、後述する支援策が重要となる。

経済的支援

エネルギー貧困世帯を対象とした住宅の断熱改修補助などの経済的支援が対策として挙げられる。

例えば、英国では「冬期燃料給付(Winter Fuel Payments)」や「暖かい家割引(Warm Homes Discount)」といった光熱費への補助制度が設けられている。「冬期燃料給付」は高齢者を対象に、冬期燃料(暖房)の利用を支援する非課税の年次給付制度であり、「暖かい家割引」は約300万世帯の燃料貧困世帯を対象に、エネルギー料金から年間150ポンドが割引される制度だ。

また、エネルギー貧困対策として導入された制度ではないものの、米国の「Weatherization Assistance Program(WAP)」では、住宅の断熱性や機密性を高めるためのサービスが無料で提供されている。この制度により、冷暖房費の軽減や住環境の改善が図られている。断熱材の追加や強化、エネルギー効率の高い暖房・冷房システムの導入といった対策により、対象世帯はエネルギー消費を削減し、光熱費の負担を軽減することができる。

そのほか、低所得世帯に対する直接的な経済支援策には、社会住宅の家賃引き下げや地方税の減免などが挙げられるほか、公共料金の未払いによるエネルギーの供給停止を禁止する法的措置も検討されている。

再生可能エネルギーの導入支援

太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを普及させることで、エネルギーコストの低減と安定供給を図ることも対策のひとつだ。特に、オフグリッド、ミニグリッドシステムは、従来の電力網の拡張が困難、または経済合理性に乏しい地域において効果的である。

なお、オフグリッドとは電力会社などの公共インフラに頼らず、電気を自給自足している状態を指し、ミニグリッドは分散型電源によって電力網の整備が難しい未電化地域や農村部などの特定の地域内に電力を供給するものを指す。

再生可能エネルギーの導入は、温室効果ガスの排出削減に加え、エネルギーへの公平なアクセスの確保や、それによる経済活動の活性化に貢献すると期待されている。

また、もし個人や家庭が住宅用太陽光発電を利用することでエネルギーの自給度合いを高めることができれば、エネルギー価格の変動に影響を受けにくくなる。

とはいえ、これらの技術の普及には、規制の整備、資金の確保、革新的なビジネスモデルの導入が不可欠だ。前述した個人や家庭が住宅用太陽光発電を利用する例においては、エネルギー貧困世帯が太陽光パネル等を設置する金銭的余裕がない場合を考慮し、初期投資がかからない対策が必要といえる。

これらの対策に取り組む場合には、オンとオフグリッドの両方を組み合わせた包括的なエネルギー計画を策定し、地域の特性に応じた最適な電化戦略を採用する必要がある。

さまざまな対策を組み合わせ、エネルギー貧困の解消へ

エネルギー貧困の解消には、地域の特性やニーズに応じた複数の対策を組み合わせることが効果的である。

また、前述したようにエネルギー貧困の課題と脱炭素化の間にはジレンマがある。だが、現代において、いずれの課題も決して無視できない。だからこそ、エネルギー貧困対策と地球温暖化対策を統合的に進めていくことが必要だ。そのためには、国際的な協力が必須となってくるだろう。

エネルギーへのアクセスは、人々の尊厳と暮らしを支える基本的な権利である。持続可能で包摂的な社会の実現に向けて、誰一人取り残さないエネルギー政策を実現する姿勢が問われている。

【参照サイト】Energy poverty
【参照サイト】Energy poverty in the EU
【参照サイト】What is energy poverty? – Enbridge Inc.
【参照サイト】日本におけるエネルギー貧困の要因分析とエネルギー貧困世帯に配慮したエネルギー・環境政策の定量評価
【参照サイト】日本の社会保障システムにおける エネルギー貧困への脆弱性
【参照サイト】よく分かる!経済のツボ『電気料金と脱炭素~エネルギー貧困とは~』 | 牧之内 芽衣
【参照サイト】基本政策分科会に対する 発電コスト検証に関する報告
【参照サイト】2023年の自然エネルギー電力の割合(暦年・速報)
【参照サイト】2050年カーボンニュートラルの シナリオ分析(中間報告)
【参照サイト】必需品の価格上昇で家計に逆進的な負担発生
【参照サイト】エネルギー貧困 – 政策最新キーワード
【参照サイト】第2回エネルギー貧困とは何か?
【参照サイト】Policy spillovers from climate actions to energy poverty: international evidence | Humanities and Social Sciences Communications
【参照サイト】気候変動対策が引き起こす新たな問題:貧困増加の可能性|2023年度
【参照サイト】» Eliminating the Path to Energy Poverty: A Multi-State Analysis of Equity in Energy Efficiency Investments
【参照サイト】Fighting energy poverty: key strategies
【参照サイト】What Is the Weatherization Assistance Program?
【参照サイト】Home weatherization and energy efficiency assistance | USAGov
【参照サイト】Solving energy poverty: power beyond the grid | SDG Action
【参考文献】奥島真一郎『「エネルギー貧困」・「エネルギー脆弱性」・「エネルギー正義」:日本における現状と課題』(科学 Nov. 2017 Vol.87 No.11、岩波書店)
【参考文献】上園昌武『地球温暖化対策とエネルギー貧困対策の政策統合 : ドイツの省エネ診断制度を事例に』(経済科学論集 43 63-85、2017年)

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