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日本版DBSとは・意味

子供の性的虐待のイメージ

日本版DBSとは

日本版DBSとは、子どもに関わる仕事をする人を対象にした、過去の子どもへのわいせつ行為・性犯罪歴の証明を求める制度。こども家庭庁が、導入への検討を進めている。イギリスの犯罪経歴管理・証明発行システム「DBS(Disclosure and Barring Service)」を参考にしており、日本語では「犯罪証明管理および発行システム」や「無犯罪証明書」とも表される。

2020年ごろから、ベビーシッターによる子どもへのわいせつ事案が相次ぎ、日本でもDBSの導入を求める声が高まっていた。日本版DBSは、子どもと関わる仕事に従事しようとする人が、わいせつ事案などによる犯罪歴がないことを紹介できる制度として効果が期待され、またさまざまな声が寄せられている。

日本版DBS導入への背景

まず、日本版DBSの参考となったイギリスの制度から、DBS制度の意義について解説していく。

DBS制度の意義

イギリスでは、公共、民間などの組織が、子どもや高齢者など社会的弱者に関わる仕事につく人に、この証明を提出することを求める制度がある。この制度があることで、福祉や保育士などの仕事に適さない可能性のある志願者を特定でき、より安全な採用決定を行うことができるのだ。

イギリスでは、制度実施機関であるDBS(Disclosure and Barring Service、前歴開示・前歴者就業制限機構)が前歴開示(Disclosure)と就業禁止決定(Barring)を行っている。

DBSは、就労希望者が特定の犯罪(深刻な暴力的・性的犯罪など)で有罪判決を受けたことがある場合、子ども等に危険を及ぼすと確信できる判決以外の情報を持っている場合に一定の職業(学校、保育施設など、一部の例外を除くほとんどの子ども関連施設・事業)に就くことを法的に禁止するため、「子どもや脆弱な大人と接する仕事に就けない者のリスト」作成・管理している。このリストには、特定の犯罪により有罪判決を受けた者、特定の犯罪歴チェック時に開示された犯罪歴を持つ者、そしてDBSへの「通報」を基に組織的な判断の結果決定された者が掲載されている。

DBS制度では、確定した犯罪だけでなく、子どもや社会的弱者を対象とする仕事に不適切と考えられる行動に関する通報も記録される。そして雇用主は、子どもに危害を与えるおそれがある者がいる場合には通報の義務がある。誰かを傷つけたことを理由に被用者を解雇した場合や、誰かを傷つける可能性があるために解雇したり、配置換えをした場合などには通報する必要があり、通報しないのは違法となる。

日本における性犯罪とその対策

日本の場合、法務省保護局では、2006年9月から性犯罪者処遇プログラムが実施されている。性犯罪者処遇プログラムは「自己の性的欲求を満たすことを目的とした犯罪行為を繰り返すなどの問題傾向を有する保護観察対象者」を対象に、認知行動療法に基づく心理治療プログラムである。

2022年4月からは「性犯罪再犯防止プログラム」と名称を改め、18歳、19歳の者も原則として受講を義務づける、子どもを狙う犯罪者や痴漢の常習者に対する個別指導を強化するなど、処遇内容の充実が図られている。

日本版DBSの導入に向けた動き

その一方で、日本には無犯罪証明に関する制度はない(2023年8月30日現在)。

2020年8月に開催された「児童部会子どもの預かりサービスの在り方に関する専門委員会」で配布された資料によると、児童福祉法において、「禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなるまでの者」は、里親・養子縁組里親になることはできない(保育士資格は「2年経過しない者」とされている)、と書かれているが、雇用時に被用者の犯罪歴などを確認する仕組みはないのが現状だ。

日本版DBSがいつ導入されるのかはまだ不透明だが、2023年4月に発足されたこども家庭庁では、国会での法案提出を目指し、日本版DBSの導入に向けた検討が進められている。東京新聞が2023年8月30日に公開した記事によると、こども家庭庁の小倉將信大臣が取材に応じ、日本版DBSの対象を保育所や学校など公的な機関だけでなく、学習塾などの民間事業者も対象にする考えを示している。民間に対しては認定制度を設ける方向で法案の策定が進められている。

日本版DBSの対象範囲

日本版DBSの創設に向け、こども家庭庁で有識者会議が行われている。

2023年9月5日に公開された有識者会議の報告書で報告された対象事業者の範囲を以下に示す。

  • 学校
  • 認定こども園
  • 保育所
  • 児童養護施設
  • 障害児入所施設等

子どもの安全確保のための責務等を法律によって直接に義務付ける事業者である児童福祉施設を設置する者、家庭的保育事業等を行う者は性犯罪歴を確認する義務が規定される。

一方で、公的な監督の仕組みが整っていない学習塾や予備校、こども向けスイミングクラブ、技芸等を身に付けさせる養成所などは認定によって対応することが適当であると結論付けられている。

対象業務の範囲においては、「こどもに対して支配的・優越的関係に立ち、こどもと継続的に直接密接な人間関係を持つ者や、親等の監視が届かない状況の下で預かり、養護等をする者を対象とすべき」とあり、学校の教職員や児童の保育・養護等に関する業務を行う者が対象とされている。なお、対象者は必ずしも雇用関係にある者に限定されず、派遣労働者や業務委託関係にある者も含まれる。

どんな履歴が参照される?

2023年9月5日に公開された有識者会議の報告書に、確認の対象とする性犯罪歴の範囲が記されている

まず前提として、性犯罪前科は確認の対象となる。同報告書には、確認の対象となる性犯罪前科は、被害者年齢による限定は設けないことが検討されている。ただし性犯罪歴前科の期間については、以下の理由から一定の上限を設ける必要があるとしている。

禁錮以上の刑については刑の執行終了等から十年間、罰金以下の刑については刑の執行終了等から五年間再犯をせずに経過すれば他の者と同様に扱われることとすることによって更生の意欲を助長するという刑法 34 条の2の趣旨も踏まえつつ、こどもの安全を確保するための必要性と合理性が認められる年数を検討し、対象とする性犯罪前科の期間に一定の上限を設ける必要がある。

その他、条例違反、不起訴処分(起訴猶予)、行政処分等については以下の通り。

条例違反

前科である以上対象に含めることが望ましいとされているが、各自治体が制定する条例等は都道府県ごとに制定されるものであり、その改正を国において把握する仕組みはない。そのため、性犯罪を適切に拾い上げ、制度の対象とすることは困難であることが記されている。

ただし、条例違反として規定されている主な罰則のうち、盗撮は「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」(令和五年法律第六十七号)の成立により、同法に規定する罰則が日本版DBSの確認の仕組みの対象とすることが可能となる。痴漢行為についても不同意わいせつ罪(刑法第176条)に該当するものは対象となる。

不起訴処分

現時点では、対象となるかどうかは明言されていない。不起訴処分を対象に含めることについて慎重に議論されている背景には、日本版DBSが事実上「職業選択の自由」を制限するものであることがあげられる。

日本版DBSの確認の仕組みによって就業制限という不利益がもたらされることから、その不利益をもたらす根拠となる性加害行為の有無は、正確な事実認定を経たものによって確認すべきであるとされている。しかし、検察官による不起訴処分は公平な裁判所の事実認定を経ていないといえ、事実認定の正確性を担保する制度的保障もないことから、不起訴処分を対象に含めることには慎重であるべきだ、と記されている。

行政処分等

行政上の懲戒処分や民間企業の解雇処分等に対しても、対象となるかどうかは検討が進められている。主体によって処分の基準や考え方等が異なり、条例違反同様、国が把握し、制度の対象とするのは困難だと考えられる。

しかし同時に、以下のような意見も記載されていることに注目したい。

何ら処分を受けずに自主退職したような場合については、こどもの安全を確保するためにも、自主退職したから終わりにするという対応を取るべきではなく、犯罪に当たると考えるときは告発をすることにより、本件確認の仕組みの対象とすべきものが漏れることのないように適切に対処すべきであるとの意見があった。

日本版DBSが抱える課題

日本版DBSの導入に向けて検討が重ねられているが、日本版DBSの仕組みが「職業選択の自由」の侵害や情報漏洩につながることへの懸念の声があがっている。一方で、日本版DBSの性犯罪歴の確認対象が「前科」のある人のみで、不起訴処分になるなどした「前歴」のある人が含まれないことに疑問を呈する声もある。

また日本版DBSは、学校や認可保育所などを義務化の対象としている一方で、学童保育や民間塾、スイミングクラブといった民間事業者については任意での利用としたうえで、認定制度を設ける方向で策定が進められている。だが、子どもに対するわいせつ事案などの犯罪はある特定の場所でのみ発生するものではない。

冒頭で紹介したように、2020年にはベビーシッターのマッチングアプリ「キッズライン」を使用した、ベビーシッターの男性2人による幼児へのわいせつ事件が発生している。2023年には、スイミングクラブコーチの男性がプールで女児の体を触ったとして逮捕され、大手中学受験塾「四谷大塚」の元講師の男性が教え子の女子児童を盗撮したなどとして警視庁に逮捕された。

先で紹介した通り、日本版DBSには憲法上の権利の制約につながる点もある。制度の対象範囲の検討・構築には更なる時間を要することが予想されるが、可能な限り、日本版DBSの義務化対象、参照される性犯罪歴の範囲を広げることが求められる。

他国の制度との比較

日本版DBSの参考となったイギリスのシステムの他、ドイツ、フランス、オーストラリア、ニュージーランドなどでも同様の制度がある。

イギリスでは、基本的に職種に関わらず、雇用者または被用者が犯罪歴照会を求めることができる。ただし、子どもに関わる職業または活動を行う雇用者が、子どもに対する性的虐待などの犯罪歴がある者を使用することは犯罪と定められているため、子どもに関わる職種の雇用者においては犯罪歴照会を行うことが義務化されている。

ドイツでは、子どもの福祉に関する者の雇用や配置を行う場合、無犯罪証明書を確認することなどが定められている。特に、公的な青少年福祉団体などは、性犯罪などの特定犯罪の有罪判決を受けた者を子どもの福祉に関する職種に雇用や配置をしてはならないことが規定されている(公的な支援を一切受けていない団体が子どもと関わる活動をする場合には証明書利用は任意となる)。

フランスでは、教育機関など子どもに関わる職種への雇用や、子どもに関わる職種に就く者の定期確認の際、犯罪歴照会を行うことが義務付けられている。採用希望者や被用者に犯罪歴がある場合、犯罪歴があるという理由のみで不採用や解雇を行うことはできないが、犯罪歴と職種などが不適合であると判断できる場合には不採用や解雇が可能となる。

オーストラリアでは州によって制度が異なるものの、子どもと関わる仕事に就く場合は通常「Working With Children Check」と呼ばれるチェックが必要になる。「Working With Children Check」では、オーストラリア国内の犯罪歴や関係機関の審査によって判明したあらゆる違反行為を調べることができる。

ニュージーランドにおいても、子どもに対するわいせつ行為や性犯罪歴などに関するデータベース掲載が行われている。教育機関などが人を雇用する際には、「Safety Checks (安全性調査)」を受けたか確認せずに雇用してはならない。

子どもを守る制度の導入へ

優先的に守るべき対象は子どもである。

子どもに対する性的虐待などの犯罪歴がある者の再犯リスクは高いとされている。

カナダ公安省の資料によると、児童虐待者のうち性犯罪の前歴がある者の再犯率が最も高かったことが記されている。児童虐待者のうち、非性犯罪者は財産犯と非性的暴力犯罪の再犯率が高いものの、児童虐待者のうち性犯罪者の性的再犯率は、非性犯罪者の再犯率(1.5%)よりもはるかに高かった(35%)ことが記されている

「平成27年版犯罪白書~性犯罪者の実態と再犯防止~」によると、性犯罪者類型別に再犯率をみたところ、全再犯率(全再犯を行った者の比率)で見ると、痴漢型が最も高く、盗撮型、小児わいせつ型、強制わいせつ型、小児強姦型、単独強姦型、集団強姦型の順になっているが、性犯罪再犯(刑法犯)※の再犯率が最も高いのは「小児わいせつ型」となった。

※資料では、性犯罪再犯ありの者の内訳に「性犯罪再犯(刑法犯)あり」「性犯罪再犯(条例違反)あり」「その他再犯あり」「再販なし」がある。性犯罪再犯(刑法犯)は、再犯の罪名に強姦又は強制わいせつを含むものをいい、性犯罪再犯(条例違反)は、性犯罪再犯が条例違反のみによるものをいう。

『小児性愛という病−それは、愛ではない』(ブックマン社、2019年)の著者であり、性犯罪加害者臨床を専門とする斉藤章佳氏は、2019年11月に行われた「性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループ第11回会合」にて、再犯防止プログラムの定着率の難しさについて語っている

実際の治療成績を簡単に紹介します。さっき2,000名という話をしました。2,000名のうち約半数が1回の受診、若しくは受診してプログラム1回参加で脱落します。もうこれが、隠しようがない実態です。当クリニックには、あくまで本人の意思でみなさん来ています。もちろん刑事手続の入口支援の段階で、裁判があるから来るという人もいますし、家族に勧められて来るという方もいます。ただ、あくまでもこれは本人の自由意思です。その実態が、約半数は1回、若しくは1回のプログラム参加でドロップアウトです。

3年以上プログラムを継続している長期定着群の人は再犯していないとも話しているが、斉藤氏によるヒアリングから、再犯リスクを防止する難しさがうかがえる。

2023年6月に行われた「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」で、市民団体「声を聴きつなぐ会」の平野利枝氏は、加害者が子どもに強い執着を抱くことへの危険性に触れ、世の中にある仕事は子どもに関する職業ばかりではないことや、職業選択の自由も大事だが、被用者の人格も尊重しながら丁寧に職業選択を進めてほしいと話している

なお、先で紹介したフランスの犯罪歴照会制度では、犯罪歴と職種などが不適合であると判断できる場合には不採用や解雇が可能となるが、犯罪歴のみを理由とした不採用や解雇はできないような仕組みになっている。子どもと関わる職業は制限されるが、職業選択の自由が奪われるわけではない。

日本版DBSの導入、そして子どもを守ることを最優先する制度設計が求められる。

【参照サイト】保育教育現場の性犯罪をゼロにする「日本版DBS」創設の早急な検討を求める意見書
【参照サイト】イギリスの DBS 制度について
【参照サイト】イギリス・ドイツ・フランスにおける 犯罪歴照会制度に関する資料
【参照サイト】NSW州「Working With Children Check」制度
【参照サイト】1 性犯罪者処遇プログラムの概要
【参照サイト】性犯罪再犯防止プログラム
【参照サイト】資料2 こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議におけるこれまでの主な意見
【参照サイト】小倉大臣記者会見(令和5年6月16日)
【参照サイト】平成27年版 犯罪白書~性犯罪者の実態と再犯防止~ 第6編 性犯罪者の実態と再犯防止 第4章 特別調査 第4節2再犯状況
【参照サイト】性犯罪に関する施策検討に向けた 実態調査ワーキンググループ (第11回)
【参照サイト】こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議(第1回)
【参照サイト】こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議(第5回)
【参照サイト】こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに 関する有識者会議におけるこれまでの主な論点

【参考文献】田村美由紀『こどもの安全と日本版 DBS(Disclosure and Barring Service)の導入について』(淑徳大学短期大学部 研究紀要 第66号、2023年)

日本版DBSに関する記事の一覧

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