人工妊娠中絶
人工妊娠中絶とは?(What is Abortion?)
人工妊娠中絶とは、通常妊娠満22週未満(21週6日)までに行われる、妊娠を意図的に中断する医療行為です。母体保護法では「人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその付属物を母体外に排出すること」としています(※1)。日本では、条件付きで人工妊娠中絶が認められており、その条件は母体保護法に挙げられています。
第十四条 都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。
- 妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
- 暴行若しくは脅迫によってまたは抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの
前項の同意は,配偶者が知れないとき若しくはその意志を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなったときには本人の意思だけで足りる(※2)。
数字で見る人工妊娠中絶(Facts & Figures)
人工妊娠中絶の現状に関する数字と事実をまとめています。
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- 2023年度日本で行われた人工妊娠中絶は約12万7千件で、人工妊娠中絶を経験した女性は15歳~44歳の女性の約0.53%を占める(厚生労働省)
- 1996年以降、日本の人工妊娠中絶の実施率が一番多い年齢層は一貫して20~24歳(厚生労働省)
- 2001年度から人工妊娠中絶の実施率は全年齢層とも減少傾向にあったものの、2023年度の人工妊娠中絶件数は前年度に比べて4,009件(3.3%)の増加が見られた。(厚生労働省)
- 過去30年間で、60以上の国と地域が中絶法を緩和した。(CRR)
- 中絶の合法性を後退させた国は4か国のみ(アメリカ、ニカラグア、エルサルバドル、ポーランド)である。(CRR)
- 毎年3万9,000人以上の女性が、安全でない中絶によって命を落としている。(CRR)
- 毎年何百万人もの女性が、安全でない中絶によって合併症を経験している。(CRR)
- 中絶に配偶者の同意が必要な国は日本を含む15か国のみである。(Rowlands 2024)
- 人工妊娠中絶可能な妊娠週数の制限はあるが、要望に応じて人工妊娠中絶が可能な国は世界で77カ国あり、約6億6千万人(34%)の女性が対象(妊娠週数制限は12週未満が条件であることが多い)(CRR)
- 母体の危険を含めていかなる理由でも中絶を禁止する国は21カ国、約1億1千万人(6%)の女性が対象。(CRR)
- アメリカでの出産死亡率は、他の高所得国の3倍以上。(RLM)
- アメリカの黒人女性は、白人女性に比べて妊娠関連の合併症で死亡する確率が約3倍高い。(RLM)
- 2022年の調査では、アメリカの合法的な人工妊娠中絶の実施件数は約61万件にのぼり、15歳~44歳の女性の約1%が人工妊娠中絶を経験している。(CDC)
- 2013年から2022年の間、アメリカの合法的な人工妊娠中絶の実施件数は約5%減少し、実施率は10%減少している。(CDC)
- ミシガン州のNPO、Right to Life of Michiganによると、2023年における人工妊娠中絶の実施件数は推定100万件以上である。(RLM)
- 2020年において、アメリカ人口の約12%が黒人系にもかかわらず、人工妊娠中絶実施率は全体の39%を黒人女性が占める(RLM)
日本
世界
アメリカ
※CRRの調査で定義する「女性」とは”Reproductive age(出産可能年齢)”の女性を指す。
※CDCの調査では報告された49の州・地域を対象としている。
世界的に中絶の権利を保護しようとする動きが活発化する一方で、アメリカの逆行する動きが顕著です。中絶の権利が政治問題化し、二極化した意見が激しく対立しています。
また、このデータからは黒人女性の人工妊娠中絶比率の高さもわかります。アメリカの人種別の貧困率は黒人系の割合が高く、中絶率の高さには貧困問題も絡んでいることが読み取れます。
人工妊娠中絶の理由(Reasons)
人工妊娠中絶をする理由としては下記が挙げられます。
- 母体の危険
- レイプ、拒否できない性的暴行
- 経済的困難
- 配偶者の問題(特定できない・父親として未熟など)
- キャリアの妨げとなる可能性がある
- 精神的に子供を迎える準備ができていない
- 子どもを迎えられるほど成熟していない
- (仕事や育児で)新たに子どもにかけられる時間がない
中絶を選択する女性のほとんどは複数の理由を挙げており、その半数以上が少なくとも4つの理由を基に決断しているとされています。複数の研究によれば、最も大きな理由のひとつとして挙げられるのは、経済的困難です(※3)。
人工妊娠中絶の議論点(Controversial Points)
人工妊娠中絶が議論を引き起こす理由は何でしょうか。その主な要因として、宗教的な理由や胎児の命を守るべきだという立場が挙げられます。中絶反対派には、カトリック保守派を中心に「プロ・ライフ(生命肯定)」という理念が存在し、これは授かった命はどんな理由があっても失ってはいけないという考え方に基づいています。また、避妊に対しても否定的な立場を取ることが一般的です。
中絶禁止に関する法律
2022年6月、アメリカに住む人々を震撼させる歴史的なニュースが報じられました。連邦最高裁判所が、中絶の権利に関する全国的な保護を撤廃したのです。それまで中絶は、1973年の「ロー対ウェイド」判決に基づき、憲法によって守られる女性の権利とされてきました。しかし、この2022年の判決により、各州がそれぞれ独自の州法で中絶を禁止することが可能となったのです。
2024年現在、中絶が違法とされている州は13州にのぼり、数百万人の女性が必要な医療を受けられない状況に直面しています。現在アメリカのアラバマ州やテキサス州、ケンタッキー州などで、原因がレイプや近親相姦だとしても人工妊娠中絶を禁止しています。
中絶を犯罪とする州に住む女性は、合法的で安全な中絶をするために他の州に移動して中絶を行う必要があります。しかし、国土が広大で公共交通機関の乏しいアメリカでは、州をまたぐ移動に飛行機が必要な場合も少なくありません。特に経済的に困窮している女性にとって、高額な移動費用が大きな障壁となり、その結果、危険で非合法な方法に頼らざるを得ないケースが多発しています。
その上、州を移動して中絶を受けるという最後の手段をさらに困難にさせる法律が、2024年12月アイダホ州で施行されました。この「中絶売買法(Abortion Trafficking Law)」では、未成年者が親の同意なしに中絶のために州外へ移動する手助けをすることが犯罪とされ、違反した者は2年以上5年以下の懲役刑に処されることになります。
アメリカが中絶に対する反対の立場を強化する一方で、厳格なカトリック信者が多いアイルランドでは、国民投票により人工妊娠中絶が2018年に合法化しました。この背景には、人工妊娠中絶が禁止されていた当時の法案に従ったことで亡くなったアイルランド人女性の存在が大きく影響しています。
アメリカの人工妊娠中絶禁止法案の可決を受けて、各国でそれぞれ失敗を繰り返さなければ法律は動かないのか、といった印象が残ります。決められた法案によって誰が苦しみ、誰が救われるのかといった公平な視点が欠けつつある昨今において、女性男性問わず国家を超えた視野を広く持ち、国家や宗教の考え方に惑わされない自分の意見を持つことが大事です。
人工妊娠中絶禁止の影響(Impacts)
中絶を制限することで、さまざまな深刻な影響が生じています。
- 危険な中絶による死亡者
- 教育や職業的機会の喪失
- 歴史的に疎外されてきたマイノリティグループとの格差のさらなる拡大
中絶を法律によって禁止したところで、中絶の必要性が消えるわけではありません。安全で合法的な中絶を受けられなくなった女性たちは、危険な手段を選ばざるを得ない状況に追い込まれています。その結果、世界中で毎年3万9,000人もの女性が命を落としています。
アメリカの出産死亡率は裕福な国々の中で最も高い水準にあり、特に、黒人、先住民、有色人種、低所得層は、医療アクセスの制限によって不釣り合いに高い健康リスクを負っています。例えば、シングルマザーで、唯一の収入源が自分だけであり、もう一人子どもを産むとホームレスになってしまうような状況もあります。さらに、胎児が生存不可能であると判明し、中絶が必要な場合でも、医師が中絶を許可する例外ケースに該当しないことを恐れ、母体の命が危険に晒されるまで中絶を延期せざるを得ない場合もあります。
日本でも、DVにより妊娠させられ、その後中絶を強いられた女性が、相手男性の同意を得るために苦難を強いられることもあります。また、緊急避妊薬は諸外国では薬局やオンラインで安価に購入できるのに対し、日本では医師からの処方が必要で、その費用は高額です。このように、そもそも望まない妊娠を避けるための選択肢にも大きな壁が立ちはだかっているのが現状です。
人工妊娠中絶に関する国際団体(Organization)
人工妊娠中絶に関する国際団体としては下記が挙げられます。
人工妊娠中絶に関連する問題を解決するアイデアたち(Ideas for Good)
人工妊娠中絶に関連する問題を解決するために、できることは何でしょうか?
IDEAS FOR GOODでは、最先端のテクノロジーやユニークなアイデアで人工妊娠中絶に関連する問題解決に取り組む企業やプロジェクトを紹介しています。
※1 e-Gov(デジタル庁ウェブサイト)「母体保護法」
※2 ibid.
※3 Sophia Chae, Sheila Desai, Marjorie Crowell, and Gilda Sedgh, ‘Reasons why women have induced abortions: a synthesis of findings from 14 countries’.
M Antonia Biggs, Heather Gould, and Diana Foster. ‘Understanding why women seek abortions in the US’. BMC Womens Health. National Center for Biotechnology Information. 13 no. 29. (2013).
人工妊娠中絶に関連する記事の一覧
【参照サイト】日本産婦人科医会
【参照サイト】公益社団法人 日本産婦人科医会 「人工妊娠中絶の定義」
【参照サイト】厚生労働省 令和5年度衛生行政報告例の概況
【参照サイト】松本 佐保. 「人工妊娠中絶の権利を否定する判決と中間選挙にみるアメリカ社会、その国際政治への波紋」『国際問題』36, no. 712 (2023): 36–50.
【参照サイト】Rowlands, Sam. ‘Mandatory Spousal Authorisation for Abortion: Characteristics of Countries in Which It Exists and the Potential for Modernisation of the Law’. The European Journal of Contraception & Reproductive Health Care, (2024): 1–3.
【参照サイト】CNN ‘See where abortions are banned and legal — and where it’s still in limbo’.
【参照サイト】Center for Reproduction Rights.
【参照サイト】U.S. Centers for Disease Control and Prevention. Abortion Surveillance Findings and Reports.
【参照サイト】Right to Life of Michigan
【参照サイト】KFF. Poverty Rate by Race/Ethnicity.
【参照サイト】Chae, Sophia, Sheila Desai, Marjorie Crowell, and Gilda Sedgh. ‘Reasons why women have induced abortions: a synthesis of findings from 14 countries’. An International Reproductive Health Journal. 96, no 4. (2017): 233 – 241.
【参照サイト】Biggs MA, Gould H, Foster DG. ‘Understanding why women seek abortions in the US’. BMC Womens Health. National Center for Biotechnology Information. 13 no. 29. (2013).
【参照サイト】Idaho Legislature
【参照サイト】NHK 「揺らぐ“中絶の権利”日本の現実は」