視覚以外の感覚を通じて芸術を味わう──そんな体験が新たなアートの楽しみ方として広がっている。
例えば、視覚障害のある人にとって、絵画鑑賞は従来の方法ではハードルが高いこともある。では、もし“見る”代わりに“聴く”ことで、名画の世界が広がるとしたらどうだろう。音の中に色を感じ、筆遣いが響き、感情が流れ出す。そんな新たなアート体験を届けるプロジェクトが、イギリスで立ち上がった。
それが、Sound of a Masterpiece(サウンド・オブ・ア・マスターピース)というプロジェクトだ。音響技術の先駆者であるドルビー・ラボラトリーズと、視覚障害者支援を行う英国王立盲人協会(RNIB)によって共同で始動された。視覚障害者が名画を音で体感できるよう、世界的に有名な絵画を音楽作品として再解釈するという試みだ。
このプロジェクトの要となるのが、ドルビーの空間音響技術・Dolby Atmos(ドルビー・アトモス)だ。従来のステレオ音声とは異なり、音が前後左右、さらには上下からも流れることで、まるで音の中に包み込まれているような臨場感を生み出す。絵画が持つ感情や質感、色の広がりまでも音で描き出すことで、視覚以外のアート鑑賞の可能性がさらに広がっていくのだ。
このアルバム制作には、視覚障害を持つ作曲家・ボビー・グールダー氏、ニュー・ラジオフォニック・ワークショップの受賞歴のある作曲家たち、ドルビー・アトモス・ミックス・エンジニアなど、才能と専門知識を持った人々が参加。現在、アルバムはApple Music、Amazon Musicなどで配信中で、収益はすべてRNIBに寄付される。
音楽化されたのは、いずれも美術史を彩る名画として知られた下記7点だ。
- Mona Lisa(モナ・リザ)──レオナルド・ダ・ヴィンチ
- The Water-Lily Pond(睡蓮の池)──クロード・モネ
- The Scream(叫び)──エドヴァルド・ムンク
- Self-Portrait with Thorn Necklace and Hummingbirds (とげのネックレスとハチドリの自画像) ──フリーダ・カーロ
- A Bigger Splash (ア・ビガー・スプラッシュ) ──デイヴィッド・ホックニー
- Kings of Egypt(キング・オブ・エジプト)──ジャン=ミシェル・バスキア
- The Persistence of Memory(記憶の固執)──サルバドール・ダリ
今日、多くの人々にとってアートとの接点は遠いものになりつつある。2024年にイギリスで2,000人を対象にした調査では、成人の20%がアートギャラリーを訪れたことがないことがわかった。回答者の29%は退屈を懸念し、14%は芸術を理解することに威圧感を感じ、13%はギャラリーが堅苦しいと感じて敬遠しているという(※)。
Country & Town Houseの取材で、グールダー氏はこのように語っている。
私たちの願いは、すべての人にこれらの絵画をより深く体験してもらい、一時的な印象ではなく、それぞれの絵画に物語を見出してもらうことです。また、私のように視力が低下している人、あるいはまったく見ることができない人が、音声による説明を超えて絵画とつながれることを願っています。
このプロジェクトは、視覚障害のある人にとってのアート体験を豊かにするだけでなく、美術館に足を運ぶことにためらいを感じている人々に対しても、芸術作品との新しい接し方を提案している。普段、美術館に足が向かない人も、絵を見る代わりに“聴いて”みるという体験から始めてみてはいかがだろう。これまでとは違った形で芸術に触れるきっかけになるかもしれない。
※ A Fifth Of UK Adults Fear They’ll Find An Art Gallery Too ‘Posh’ Museum Observer
【参照サイト】Dolby X RNIB create ‘Sound of a Masterpiece’ to allow blind people to experience art like never before
【参照サイト】Dolby’s Sound of a Masterpiece: Hear what Da Vinci’s Mona Lisa and Monet’s Water-Lily Pond sound like
【参照サイト】What Is Dolby’s Sound Of A Masterpiece?
【関連記事】「さわれる絵画」がヨーロッパ各地で広がる理由
Edited by Megumi